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Bring A Loupeへようこそ、そしておかえりなさい。今週、Instagramでヴィンテージディーラーたちが口論しているのを偶然見かけた。議題は時計業界で昔から言われてきた“売り手を買え(buy the seller)”というフレーズについてで、彼らはネット上で本気で怒っていた。ちょっとした豆知識だが、ネットでこのフレーズを広めた人物を調べるとあのエリック・クー(Eric Ku)氏(やあエリック!)の名前が出てくる。今回おもしろかったのは、ある若手の新進ディーラーがこの考え方を公然と批判し、コレクターたちにとにかく自分で調べることが大切だと主張したことだ。一方、コメント欄では長年信頼を寄せてきたお気に入りのヴィンテージディーラーを擁護する声も多く見られた。私はというと、その中間の立場だと思っている。世界のトップディーラーたちはやはり一般的なコレクターよりも多くを知っており、それは価値のあることだ。加えて、そうしたディーラーの多くは公平で誠実であると同時に、コレクターとして自ら学び、知識を深めていく能力も計り知れない。ただし、それには年月がかかるのもまた現実である。さて読者諸君、あなたはどう思う?
さて、先週の結果を振り返ろう! まず、ランゲのダブルスプリットは(MB&F LM シーケンシャル EVOの存在をすっかり忘れ、“スプリットセコンドとスプリットミニッツの両方を計測できる機械式クロノグラフ、唯一無二の存在”と誤って紹介してしまった。ウィリアム・マッセナ氏からWhatsAppでツッコミが入ったのはいうまでもない)Subdialで販売され、希望価格は6万4500ポンド(日本円で約1290万円)だった。オークションでは手入れ前提のホイヤー カマロが2500ドル(日本円で約37万円)で落札されたが、かなりお買い得な価格といえるだろう。そしてeBayではジェニー カリビアン ジュニアクロノグラフが908ポンド(日本円で約18万円)で落札。こちらも“掘り出し物”といえるだろう。
それでは、今週もBring A Loupeの新しいエディションへと向かおう。
1960年代製 パテック フィリップ カラトラバ Ref.2545/18Kローズゴールド
手を挙げて白状しよう。私はこのBring A Loupeにおいて、かなりの頻度でカラトラバを取り上げている。5年以上前、このBring A Loupeがユニバーサル・ジュネーブやブライトリングといったブランドのヴィンテージクロノグラフであふれていたのと同じように、今の私はカラトラバやよりドレッシーなヴィンテージウォッチに関心を寄せている。というのもそれは時代を反映しているのであり、それこそが今、コレクターたちが最も興味を抱いているカテゴリーといえよう。そのなかでもRef.2545は秀逸な1本だ。ケースや全体の意匠はオリジナルのカラトラバであるRef.96を踏襲しているが、特筆すべきは、防水性能を備えたスクリューバックを採用している点だ。
とはいえ、見た目に惑わされてはいけない。この個体は、実のところもう少し後年に登場したスクリューバック仕様のカラトラバなのだ。565や2508(あるいは2509)といった初期モデルは、より明確にスポーティな構造を備えており、タウベルト&フィス社が製造を手がけた。これらのケースにはフランソワ・ボーゲル(François Borgel)の刻印が刻まれており、ボーゲル製ケースはパテック自身の設計というより、サプライヤーであったボーゲル側の意匠によるものだった。彼らは初期の防水ケース技術における第一人者であったのだ。そうした特性を持つモデルは1940年代から50年代を通じて製造されていたが、Ref.2545は後期のデザインであり、一般的には1950年代後半から60年代初頭にかけて見られるものだ。
パテックはある時期まで防水仕様のカラトラバの製造をボーゲルに頼っていたものの、やがてRef.2545を通じて、より自社のブランドDNAに根ざしたモデルを生み出そうと決意したようだ。そこで彼らは初期のゴールドおよびプラチナ製Ref.96を手がけたことで知られるケースメーカー、アントワーヌ・ゲルラッハ(Antoine Gerlach)に声をかけ、このRef.2545が誕生したのである。
初期のボーゲル製ケースのような重厚感こそないものの、Ref.2545は直径32mmと、個人的にはまさに“スイートスポット”といえるサイズ感。Ref.96よりもわずかに大きく、それが絶妙なバランスを生み出している。ダイヤルデザインも私たちがよく知り、そして愛してやまないものであり、シグネチャーであるエナメル象嵌ダイヤルに、アプライドのバトンインデックス、そしてパールドロップのミニッツトラックと、クラシックなカラトラバの美学がしっかり息づいている。このモデルは非常にニッチなカラトラバで、市場に出回ることはまれだ。とくに今回のようにコンディションのよい個体は、そうそう見かけるものではない。さらに特筆すべきはケース素材がローズゴールドであるという点だ。
販売者はニューヨークに拠点を置くGood Evening Vintageのジュリアス(Julius)氏で、このパテック Ref.2545を2万2500ドル(日本円で約335万円)で販売中。詳細や写真は、詳細は彼のInstagramから。
1950年代製 モバード Ref.44820 トリプルカレンダー/14Kイエローゴールド
Bring A Loupeの記事上位にモバードを掲載するときは、それは本当の本当に価値のある個体だと誓おう。今回の1本はまさにそれに該当する。
紹介するのは1950年代のモバード製トリプルカレンダー。通称カレンドグラフと呼ばれるモデルで、イエローゴールドケースに、ブレゲ数字のダイヤルを組み合わせた1本である。クロノグラフを除けば、モバードのカレンダーウォッチは同社のなかでもとくに熱心な収集対象となっている。これまでに私はラジウム夜光のスポーティなダイヤルにスティール製の防水ケースを組み合わせた個体(ちなみにこれもボーゲル製)から、今回のようにイエローゴールドケースに上品なダイヤルを備えた個体まで、じつにさまざまなバリエーションを目にしてきた。
モバードがトリプルカレンダーの腕時計を手がけ始めたのは1938年、手巻きの自社製Cal.475の登場がきっかけである。当時のイギリスの広告にはこうある。「非常に興味深い腕時計が、わがショールームに登場しました。“真に現代的”といえるこの時計は、月、日付、曜日、時、分、秒をひと目で表示します。製造はスイス時計界の名門、モバードで、ステンレススティール仕様でご用意しています。価格は25.1.8ポンド」そう、25ポンド1シリング8ペンス(当時のレートで2万5000円)だったのだ。
ケースは直径34.5mmで、モバードの装飾性の高いモデルを多く手がけていたファーブル&ペレ(Favre-Perret)社製だ。このバリエーションは、モバードのトリプルカレンダーのなかでもとりわけ人気の高いケースデザインのひとつで、ミドルケースに施された繊細な段付きのリブ装飾が立体感を演出している。通称“タートルラグ”と呼ばれる独特なラグ形状は、この時代のモバードとして非常にユニークな意匠だ。そしてもちろんダイヤルにも注目したい。ブレゲ数字があしらわれたこのダイヤルは、おそらく名門スターン(Stern Créations)社によるもので、ヴィンテージモバードの魅力を語るうえで、これ以上の仕上がりはないと言っても過言ではない。
販売者はニューヨークに拠点を置くGoldfinger’s Vintageのディラン(Dylan)氏。このモバードのトリプルカレンダーは6295ドル(日本円で約93万円)で販売中(編注;現在は売り切れ)。詳細はこちらから。
1930年代製 レブナー ベルリンのクロノグラフ/レマニア製のCal.15CH搭載
これは私自身、これまで聞いたことのなかったブランドだ。レブナー ベルリン(Löbner Berlin)は、1862年にフランツ・ルートヴィヒ・レブナー(Franz Ludwig Löbner)によって創業された、ベルリンを拠点とした小売業者。同社は創業当初、ストップウォッチや競技場用クロック、さらには100分の1秒や、1000分の1秒単位での計測が可能な計時システムなど、精密計時機器のスペシャリストとして知られるようになった。1936年のベルリンオリンピックで公式計時を担当していたという記録も一部に残っているが、1938年にはその歴史にいったん幕を下ろしている。そして、2023年にヘリテージブランドとして復活を果たした。詳細が気になる方はこちらから。
さて、この時計に話を戻そう。これはとても美しい初期のクロノグラフ腕時計だ。製造はおそらく1930年代半ばと見られ、ムーブメントにはレマニア製Cal.15CHを搭載。このムーブメントはティソとオメガでも採用され、Cal.33.3の名でも知られており、この個体にはティソの刻印が確認できる。オメガ(とティソ)がこのレマニア製キャリバーを採用し始めたのは1933年とされているため、本機の製造時期は1933年から1938年のあいだと特定できる。ケースサイズは当時としてはかなり大ぶりな38mmで、収まりのよいフラットなベゼルと、コレクターのあいだで“コインエッジ”と呼ばれる、平らで幅広のベゼルを備えた魅力的なケースデザインが特徴的だ。
そして何より目を引くのがダイヤルである。シルバーのツートーン仕上げと思われるベースに、セクタースタイルのアワーマーカーが配されており、内側にあるスネイル仕上げのトラックにはタキメーター、外周にはテレメーターが組み込まれている。実用的な情報をエレガントに盛り込んだデザインだ。ティソであれオメガであれ、Cal.33.3は当時のクロノグラフにおいて、間違いなく中心的な存在だった。そんな名機を、無名に近いブランドが採用していたという点においても、この時計は非常にユニークで注目に値する存在だと感じている。
販売者はフランス・モントルイユに拠点を置くThe Arrow of Timeのティモシー(Timothée)氏で、1万500ユーロ(日本円で約180万円)で販売中。詳細はこちらから。
1966年製 ロレックス Ref.1029 ゼファー /18Kイエローゴールド
ロレックスのゼファーは、もはや同ブランドの歴史において重要な位置を占めるモデルとはいえない。1950年代半ばに登場し、1970年代まで製造されたこのシリーズは、ロレックスの基幹であるオイスターケースをベースにしながら、同社の堅実で実用的なツールウォッチとは一線を画す、装飾的なデザイン要素を取り入れた異色の存在だ。かつての広告では、ロレックス自ら“おそらく世界でもっともハンサムな時計”と称したほどだ。もちろんすべてのゼファーがその名にふさわしいかは別としても、このRef.1029というより華やかなバリエーションについては、その評価もうなずける仕上がりとなっている。
ゼファーのアイデンティティの中核をなすのは、中央を貫くクロスヘアダイヤルだ。細く延びたミニッツマーカーと、これはプリントされたシンプルなディテールでありながらもほかのオイスターパーペチュアルとは一線を画すディテールとなっている。そして、この時計でもっとも際立っているのがベゼルである。このモデルではダイヤル上にアワーマーカーがない代わりにそれをベゼルに配置し、精巧なモレリス仕上げが施されている。モレリス仕上げとはエンジンターン加工の一種であり、幾何学的でファセット状のテクスチャーを生み出す装飾技法。これによりベゼルは光を受けて独特の輝きを放つが、その輝き方はほかのロレックスのベゼルでは滅多に見られないものである。このベゼルはRef.1029固有の意匠であり、別モデルとの共通パーツではない。
現在ではドレスウォッチとして見なされることが多いゼファーだが、登場当初の位置付けはもっと複雑だった。“ゼファー”という名称自体が、1930年代の流線型列車などの、ミッドセンチュリー期のラグジュアリーな旅を想起させるものであった。名称に込められたイメージとは裏腹に、ゼファーはほかの多くのロレックスモデルのように“○○のための時計”として定着することはなかった。ゼファーはラグジュアリーで端正なだけだなく、実用性も備えた製品として登場し、常にオールゴールド仕様もしくは少なくともゴールドのベゼルとリューズを備えたモデルとして展開されていたが、のちにモータースポーツ向けの時計としての位置付けへとシフトしていく。ロレックスはゼファーをレーシングドライバーに身に着けさせるようになり、なかでも有名なのがテキサス出身のレースカーデザイナー兼ドライバー、キャロル・シェルビー(Carroll Shelby)である。のちにシェルビー・コブラ(編注;スポーツカーの名称)で名を馳せる彼は、1960年代にゼファーを日常的に愛用していた。もちろんこれはロレックスがデイトナをドライバーズウォッチとして確立する以前の話である。
この個体はeBayに出品されており、見たところコンディションはとてもよい。ロレックスの保証書も付属しており、私の目には正しいものにみえる。この時代の保証書は手書きであることが一般的であり、出品者もケース番号と保証書の記載が一致していることを確認済みとのこと。書類の有無を抜きにしてもこのゼファーは時計そのものの状態が素晴らしく、しかもきわめて珍しい1本である
これはフロリダ州マイアミのeBayセラーが即決価格5990ドル(日本円で約88万5000円)で出品中(編注;現在は売り切れ)。詳細はこちらから。
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