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Four + One FUMIYA HIRANO BESPOKE 平野史也氏による、スーツを魅せる時計選び

卓越したアルチザンはみな確固たる美意識を確立していて、それが作るものに表れるからこそ多くの顧客を魅了する。目下、最も勢いのあるビスポークテーラーと呼び声高い平野史也の時計コレクションもまた、一貫した審美眼を感じさせるものだった。

正統派のスーツを愛好する人も、デザイナーズブランドに熱を上げる人も、生粋の英国好きも、イタリアンスタイルのファンも、ファッション熟練者も、今どきな若者も……。FUMIYA HIRANOという言葉を出すと、みな一様にパッと目を輝かせる。ひとりのビスポークテーラーがここまで多様な層に支持されるという現象は、少なくともここ20年は皆無だった。その理由は、平野氏が卓越した技とセンスに加えて、エバンジェリストとしての志をもっていたからであろう。

 「私がテーラーを目指しはじめた2000年代は、イタリアン・テーラリングの全盛期。英国スーツが好きな人は、周りにほとんどいませんでした。だからこそ、ブリティッシュスタイルの魅力をひとりでも多くの方に広めていきたい。若輩の身ではありますが、そう常々思っていました」

 平野氏は現在、中核であるハンドメイドのビスポーク(注文殺到につき約2年待ち)のほか、メイド トゥ メジャー(納期約3〜4カ月で、こちらも大人気)、トラウザーズとジャケットを展開する既製服を自社ブランドとして提供している。アトリエでの採寸・仮縫い・製作、国内外でのトランクショー、既製服の商品企画など多忙を極めるが、あえてここまでレンジを広げたのもブリティッシュの魅力を伝えたいという願いゆえだ。

 ここで平野氏の経歴を振り返ってみよう。1985年、名古屋に生まれた氏は、高校生のときにクラシックテーラリングと出合う。一度は大学で経済を学ぶも、あるきっかけで自分のやりたいことに挑戦しようと奮起。19歳で愛知文化服装専門学校に入学する。ほどなく名古屋のトゥモローランドでアルバイトを始めるが、この時は当時のブームだったイタリアン・クロージングにどっぷりだったという。

 「ベルヴェストやイザイアのスーツにジョンロブやエドワード グリーンの靴を合わせるような、典型的クラシコスタイルでした。当時の名古屋ではグリーンが手に入らず、深夜バスに乗って東京まで買いに行ったこともあります。そんななか、ルイジ・パオロ・カペッリというサルトが手がけたスーツに出合いました。ビスポークではなく既製品でしたが、注文服のクオリティに衝撃を受けて、自分もテーラーになりたいと思うようになったのです。ただ、仕立ての世界を研究するうち自然と英国に傾倒していきました。クラシコの服は“ハンドが何カ所”とか“雨降らしの袖が……”といったように、言葉でその凄さを説明しやすいものですが、英国服はなかなかそうもいかない。“胸のドレープが優雅で……”と伝えてもわかりにくいですよね。そこにかえって魅力を感じたんです。もちろん英国ならではのスタイルや、スーツの原点という歴史にも魅了されました。あるときアンダーソン&シェパードのウィンドウディスプレイを見て、“やっぱりこれだ”と確信したんです」

サヴィル・ロウ修行時代の写真。若かりし頃の平野氏が写っている。

 専門学校を卒業すると、国内のテーラーに入門。スーツ作りの修業をしながらアルバイトで資金を貯め、27歳で念願の渡英を果たす。2012年のことだった。

 「何の伝手もないままロンドンに住み始めましたが、幸運なことにヘンリー・プールでインターンの機会を得ることができました。最初は雑用しか任されず、インターンということで給料も出ませんでしたが、折に触れて“自分にもスーツを作らせてほしい”と懇願しました。ある日、望みが叶って自分の技を見てもらうと、上長だったポールという人物が『彼を雇ってみよう』と言ってくれたのです」

 そんな平野氏の情熱が幸運を呼び寄せたのか、その際にもうひとつ、千載一遇のチャンスが訪れた。

 「晴れて雇用が決まったのですが、当時テーラーの席に空きがなかった。そこで『じゃあカッターを任せよう。君ならできるよ』という運びになったのです」

 英国のテーラーにおいて、Tailor(縫製士)とCutter(裁断士)は全く別の仕事である。製作のイニシアチブを握るのは前者で、ヘンリー・プールのような名門ともなればその地位は非常に高い。ポストに空きがあったことは幸運ではあるものの、インターンからいきなりカッターに採用されるというのは異例の大抜擢なのだ。しかしその座を射止めたのは、紛れもなく平野氏の実力である。

 2015年には独立を果たし、ロンドンで自らのテーラーをオープン。2020年には日本へ拠点を移し、英・日の魅力を融合させた独自の仕立てでブリティッシュの普及に大きく貢献してきた。

 「近ごろは少し見方も変わってきましたが、ブリティッシュと聞くと“カッチリしている”とか“ハードルが高そう”というイメージが浮かぶ方も多いと思います。しかし本場ロンドンでは、若者がスーツにセーターを合わせてラフに着こなしていたりする。想像よりずっと自由な服なんです。既製服を始めてからはセレクトショップの方々もそういった着こなしを広く実践してくれて、それがとても嬉しいですね」と平野氏は目を細める。その視座の高さに舌を巻くばかりだ。

 そんな平野氏だが、実はファッションに傾倒し始めた青年時代に時を同じくし、機械式時計にも親しんできたという。「祖父が時計好きで、ユニバーサル ジュネーブやグランドセイコー、シチズン デラックスなどを所有していました。ただ、自分で本格時計を購入したのはロンドンで独立したあとの2016年。理由はシンプルで、修業時代はお金がなかったからです。その際入手したのはイエローゴールドケースのジャガー・ルクルト レベルソ・デュオ。独立したテーラーとしてお客様と接するなら、それなりに箔がつく時計が必要と考えて選びました」

 ところがこの名作時計、平野氏にはどうもしっくりこなかったという。手首の細い氏にとっては少々オーバーサイズで、スーツに合わせるならもっと薄く小さな時計がいいと感じたそうだ。加えて、長く時の風にさらされてきたヴィンテージウォッチのほうが自分の好みであるということにも気づいた。このあたりは祖父のコレクションに影響の源があるのかもしれない。方向性が定まったところで、古巣トゥモローランドのバイヤーを通して江口時計店代表の江口大介氏と知己を得た。ここから時計探求の旅が幕を開けることになる。


平野史也氏の4本の時計
カルティエ マスト ドゥ カルティエ ブラックローマンダイヤル 1970年代

 ヴィンテージ志向を固めると、平野氏のなかにいくつかの基準が生まれてきた。スーツに合うドレスウォッチであること。薄型で小径。ブレスレットよりはレザーストラップ。そして、“ひとクセ”あることだ。

 「ヴィンテージの魅力はユニークさだと思います。人とかぶらないし、自分の個性も表現しやすい。ですからドレスウォッチのなかでも少しだけアクのあるデザインを選ぶようにしています。私が作るスーツは至極ベーシックですから、手元でヒネリを加えるような形になり、全体のコーディネートとしてもうまくまとまるんですね。マストタンクを最初に選んだのも、王道でありながら個性豊かなバリエーションがあるから。こちらは2018年に入手しました」

ヴァシュロン・コンスタンタン クロウラグ スモールセコンド 1950年代

 日本に帰国した2020年に購入したのがこちら。「いわゆる三大時計ブランドに憧れていたのですが、パテック フィリップには手が出なかったし、ブレゲはちょっと自分のスタイルとは違うかなと思いました。その点ヴァシュロンのヴィンテージは、正統派の品格がありつつひとクセ効いていて、デザインのバリエーションも多彩。こちらは繊細な文字盤と華やかなケースの組み合わせがひと目で気に入りました。トリプルラインのクロウラグが優美な印象で、小径ながら目に留まる時計ですね」

 ところで平野氏は、2024年にもヴァシュロン・コンスタンタンのドレスウォッチを購入している。こちらはエクストラフラットケースに細身のバーインデックス、2針のバーハンドとシンプルを極めたデザインである。「とことんベーシックな時計も1本くらいは欲しいなと思ってコレクションに加えました。これはこれでそつのない、シーンを選ばず間違いのない感じが魅力ですね」

ロンジン シンパシーケース 1970年代

一期一会の運命を楽しめるのもヴィンテージウォッチの醍醐味だ。平野氏がこの時計に出合ったのは2025年のこと。

 「1年に1本くらいずつのペースで時計を買い足していこうかなと考えていたときに、たまたまネットで目にしたのです。この独特な造形に痺れてしまいました。説明を見ると『かつてロンジンに在籍していたロジェ・デュブイ氏がデザインしたものという説があり……』とのこと。真相はともかく、ロマンのある話にも惹かれて購入しました。ちなみにこちら、ブルースティールの針に合わせてネイビーのストラップが装着されています。ネイビーのスーツと完璧に合うだろうなと思ったのが決め手になりました」

ロレックス チェリーニ キングマイダス Ref.4017-9 1970年代

 ヴィンテージウォッチ愛好家には、必ず遭遇する受難がある。これはと目に留まる一本を発見したものの、逡巡しているうちに旅立ってしまった、という経験である。今年、平野氏もまさにそんな場面と出くわした。

 「パテック フィリップのRef.7119(クル・ド・パリの装飾を施した31mm径のケースにローマンインデックスの文字盤を組み合わせたドレスウォッチ)で凄くいい出物があって、ほとんど購入を決めていたのですが、一瞬の隙に逃げ去ってしまいました。大変ショックだったのですが、その直後に発見したのがこちら。時計熱が高まっていた矢先の出合いだったこともあり、すぐさま買いに走りました。かのジェラルド・ジェンタがデザインを手がけたらしいという話は後から聞いたのですが、やはり唯一無二の造形美ですよね」

 ひととおり手持ちの時計についての話を聞き終えたのち、ちなみに余談ですが……、と平野氏は言う。「私は断然レザーストラップ派なのですが、34mm径のロイヤル オークだけはいつか欲しいと思っています」


もうひとつ
先輩たちより受け継いできた裁ちバサミ

 テーラーの世界ではしばしば、腕を見込んだ弟子や後輩に愛用のハサミを贈る習慣があるのだという。いうまでもなくハサミはテーラーの象徴ゆえ、“自らの魂を贈る”というような意味合いになるだろう。

 「ヘンリー・プールでは、ストライカー(カッターにおける役職のひとつ。クリッカー・ストライカー・カッターの順に昇進する)になったときと退職するときに上司のダン、トムからハサミを贈ってもらいました。それから渡英する前に働いていたキリンテーラーズの上山善史さんから頂いたハサミもあります。どちらもいまだに愛用していますね。優れたカッターがハサミを使うと、刃が鈍りにくいため研ぐ回数が減り、結果長持ちします。この古いハサミがずっと現役でいられるのは、先輩方の腕がいいことの証なんです」

 ファッションを生業とする人は装身具としての腕時計に魅了されることが多いが、平野氏もそのひとり。「手元へ取り入れたいムードは随時変わっていきますから、つい色々と欲しくなってしまいますね」と破顔する。こういった言葉が自然に出てくるのは、新世代の日本人テーラーに特有の傾向かもしれない。海外では、良くも悪くも自分のスタイルが固まっていて、20年前と全く同じ服装で通している人も少なくないからだ。

 「スーツやシャツタイは自分のところでまかなっていますが、カジュアルウェアや靴は毎年結構な数を買っているんです。ビスポークスーツもファッションですから、旬を取り入れてお洒落に着こなしたいですよね。作る服は普遍的、着こなしはコンテンポラリーというバランスを大切にしていきたいです」と平野氏。そんな感性を宿しているからこそ、お洒落好きがあまねくフミヤ ヒラノの門を叩くのだ。

Words by Hiromitsu Kosone Photographs by Yusuke Mutagami