やっと帰ってきた。私の6日間にわたるジュネーブの荒野への滞在が終わった。
出発前に、この1週間はスイスの時計業界でしか見られないようなあり得ない展開を目撃することになるだろうと書いたが、それは間違っていなかった。新記録に次ぐ新記録、莫大な金額が飛び交い、収益と関心の両方で新たな高みへと押し上げられていく業界を目の当たりにしながら、何であれ、パンデミック後の世界に少しずつ近づいていることを実感した。
これまで参加してきたニューヨークのオークションに比べて、とても斬新な体験だった。私が見た限りではアメリカのメディア関係者はほとんどいなかった。客層は国際色豊かで、大物コレクター(ジョン・ゴールドバーガー〈John Goldberger〉氏、クロード・スフェール〈Claude Sfeir〉氏、ウィリアム・マセナ〈William Massena〉氏、ゲイリー・ゲッツ〈Gary Getz〉氏など)、昔ながらの個人ディーラー(イタリア人が多い)、時計メーカーやブランドの幹部(フランソワ‐ポール・ジュルヌ〈Francois-Paul Journe〉氏、マックス・ブッサー〈Max Busser〉氏、レジェップ・レジェピ〈Rexhep Rexhepi〉氏などが複数日にわたって参加)、小売店の有力者(マイケル・テイ〈Michael Tay〉氏、ダニー・ゴブバーグ〈Danny Govberg〉氏)など、まさに錚々(そうそう)たる顔ぶれだ。
ジュネーブ滞在中、私はみなさんにお伝えしたいことをリストアップした。このイベントを取材するのは初めてだったため、正直なところ少し興奮していた。本記事でその臨場感を味わっていただけると嬉しい。
フィリップス・ジュネーブ・ウォッチ・オークション XIVの第2セッションではオークションを見ているというよりも、時計オークションを題材にした映画を見ているような気分になった。セッションが始まって3~4時間が経過したころ、髭面のイタリア人である天才オークショニア、マルチェロ・デ・マルコ(Marcello De Marco)氏がオーレル・バックス(Aurel Bacs)氏に代わって壇上に立った。彼は会場に新しいエネルギーをもたらし、独特のセンスとテキパキとした手の動き、そして観客を興奮させる弾んだイタリア語のアクセントで自分の担当するロットを司会した。
バックス氏は世界で最も偉大な時計のオークショニアである。それは今や誰もが知るところだ。しかし、彼を取り巻くチームもまた非常にすばらしい。ティファニー・トゥ(Tiffany To)氏、マルチェロ・デ・マルコ氏、クララ・ケッシ(Clara Kessi)氏の3人は彼の代理として週末の演壇に立ち、それぞれが多言語で国際的な雰囲気を醸し出し、(少なくとも観客にとっては)非常に楽しいものとなり、大きな成功を収めた。
最後に、フィリップス社のジュネーブ・ウォッチ・オークション XIVが、時計オークションにおける過去の記録の2倍近い総額6820万スイスフラン(約84億1900万円)を達成したことに心より敬意を表したいと思う。
フィリップスは新記録を樹立。オンリーウォッチは3000万スイスフラン(約37億340万円)を記録したのだ。この週末、クリスティーズ レアウォッチズ、サザビーズ、アンティコルムを除いても、約1億スイスフラン(約123億4455万円)が時計に費やされたことになる。時計業界ではオークションで法外な落札価額を見慣れているが、この数字はまさに狂気の沙汰としかいいようがない。
少し前までは、オークションの年間落札総額が1億スイスフランを超えなかったこともあった。それが週末に行われた2回のオークションで達成されたということは、近年の時計業界の注目度の高さを物語っている。6桁台のお金の話をしている(実際には叫んでいた)人たちと同じ部屋にいるというのは、正直なところ浮世離れした感があった。
先週、ジュネーブに出発する前に、一連の予測を披露した。意外にも当たっていたのではないだろうか。コンスタンチン・チャイキンがオンリーウォッチで素晴らしい結果を残してくれたこと、週末の後半に多少のブレーキがかかったにもかかわらず市場がまったく減速しなかったこと、独立系時計メーカーが全体的に成熟し続けていること、ロレックスやパテック フィリップの現行品を見て顔をしかめることが少なかったこと、そして当然のことながら、物事が馬鹿げた方向に行くこともだ。
しかし、正確な予測をしようとするのは無駄足だとも思った。多くの時計は市場の動きが早すぎて、細かな傾向を観察することができないし、あるロットの価格が跳ね上がったからといって、それがマーケット全体に波及することはほとんどない。さらに言うとオークションハウスはエスティメートを正確に弾くことを明らかに放棄している。確認したわけではないが、フィリップス社で最低予想価格に達しなかった時計の数は両手で数えられるほどしかない。オンリーウォッチでは、たった1本の時計だけがエスティメートに達しなかった(悪くとらないで欲しい、フレデリック・コンスタント)。
賛否両論あるかもしれないが、オークションハウスがエスティメートを控えめに提示するのは理にかなっていると思う。オークションハウスは、より多くの入札者を集めたいと考えている。彼らの目的は当然のことながら、その時計を可能な限り高い金額で売ることだが、エスティメートを低くすることでそれが可能となる。また、先に述べたように、最近では特定の時計の価値がどのように推移するかを推測することは非常に困難であるため、オークションハウスが無難な提示に留まるのも無理もない。入札を考えている方におすすめしたいのは、エスティメートを一切無視して、入札前に頭のなかでその時計にかけられる金額を確認することだ。結局のところ、オークションハウスが最終的な価格を決めるのではなく、入札者が決めるのだから。
噂はかねがね伺ってはいたものの、ついにオンリーウォッチの内覧会やイベント会場でリュック・ペタヴィーノ(Luc Pettavino)氏本人に会う機会を得た。彼は2000年代初頭にご子息がデュシェンヌ型筋ジストロフィーと診断されたことをきっかけに、オンリーウォッチのオークションを始めた創始者だ。
オンリーウォッチで使われたお金の99%は、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)の治療法の研究に使われる。また、クリスティーズでは入札を促進するために、すべてのロットのバイヤーズプレミアムを免除している。時計を、そしてその利益を慈善事業のために寄付することは、時計業界では日常的に行われていることではない。それを人々にすすめるには、真のリーダー、真の人間が必要なのだ。ペタヴィーノ氏は私が話をしたわずかな時間の間にも、類まれな温かさと人間味を感じさせてくれた。突然、すべてに合点がいったのだ。
フィリップス・ジュネーブ・ウォッチ・オークション XIVは2日間で249本のロットが出品された。クリスティーズ レアウォッチズは118本。サザビーズは220本。アンティコルムは563本。1週間で何と1100本以上の時計が競り落とされたことになる。私はサザビーズにもアンティコルムにも参加しなかったので、そこでの雰囲気については何とも言えないが、日曜日のフィリップス 第2セッションと月曜日のクリスティーズ レアウォッチズでは、確実に状況が減速し始めていたと感じた。
時計への関心が絶頂を迎えた今、個々のオークションでの正確な販売率はわからないものの、その分岐点はどこにあるのだろうと考えた。どんなに理想的な状況にあってもすべての時計に買い手がつくわけではないため、オークションハウスには今後も慎重な姿勢で臨んで欲しいと思う。オークションカレンダーのなかで“数撃ちゃ当たる”戦術が定着するのは、誰にとっても好ましいことではないと思うからだ。
私はニューヨークの時計オークションには何度か参加したことがあるが、多くの場合、平日の夜に2〜3時間で終わるものだ。ジュネーブではフィリップスの各セッションは6時間以上もかかっていた。私はフィリップスの会場で90%の時間を過ごしていたので、観客の出入りを一日中観察することができた。
この日は常に混雑していて、オークションハウスは重要な時計を10~20ロット前後に戦略的に配置し、早い段階で人を集める。同じことがその日の終盤に行われ、第1セッションが終了に近づくにつれ、カタログの最後だけでなく、真ん中に大物が並ぶことを意味する。
一日中、顧客に興味を持ってもらいお金を使っていただくことが目的だが、中盤に差し掛かると客足が減っていくのは仕方がない。ランチに出かけたり、すでに見た時計に満足して帰ったりしていた(あるいは競り勝ったり)。なかにはあるロットに一点集中して来場し、それが終わると帰ってしまう人もいた。それぞれの参加者が、それぞれの目的を持って参加していることがよくわかった。私を除いてオークション全体を見ようとしている参加者はほとんどいなかった。
周りを見渡すと、私の周りには筋金入りの時計マニアしかいないことに気づいた。もちろん私はこの趣味を愛しているが、昼間から競馬場に行って、ほかの人が一攫千金を狙ったり、特定のレースを当てたりするのを見ているような気分にさせられた。
オークションが開催されるホテル“La Reserve(ラ・レゼルブ)”のフィリップステントは、ラスベガスのカジノを彷彿とさせるものでさえある。空調管理され、窓は覆われ、時間を忘れてしまうような場所で(皮肉なことに)、大当たりを期待してお金を投げ入れているのだ。
コロナ禍から日常に戻り、20数ヵ月ぶりに同僚や友人と再会すると彼らと直接話をしたり、抱き合ったりすることのすばらしさに私は本当に励まされた。この感覚は先日のニューヨークでのイベントから引き継がれたものだ。ジュネーブに来て、さらにその思いが強まった。
ゼニスのことは、ジュネーブにいる間気になっていた。幸運なことにGPHG(ジュネーブ時計グランプリ)の前にル・ロックルにあるゼニスの歴史的なマニュファクチュールを午前中に訪れることができ、スイスでの1週間の滞在中に着用するデファイ・エクストリームのサンプルの貸出を受けることができた(近日中にハンズオン記事を公開予定)。
しかし私が海外にいる間、ブランドそのものと過ごすことがなかったとしてもゼニスから関心を逸らすことはほとんど不可能だっただろう。今年のクロノグラフ部門で“クロノマスター スポーツ”が当然のように優勝したが、これは衝撃的なことに、この賞が創設されて以降初めてのことだ。そしてオンリーウォッチオークションの最終ロットを飾るにふさわしい、48万スイスフラン(約5930万円)という非常にすばらしい金額を達成したのだ。
この落札金額はルイ・ヴィトン(22万スイスフラン/約2715万円)、タグ・ホイヤー(29万スイスフラン/約3580万円)、ウブロ(32万スイスフラン/約3950万円)、ブルガリ(22万スイスフラン/約2715万円)など、居並ぶLVMH参加ブランドのなかで最も高い数字となった。
ジュネーブでは、3本のジュルヌの時計が100万ドル(約1億1445万円)の壁を突破した。2本はフィリップスで、3本目はオンリーウォッチで。しかも単に突破したのではなく粉砕したのだ。クロノメーター・ア・レゾナンス“スースクリプション”が390万スイスフラン(約4億8090万円)、トゥールビヨン・スヴラン・ア・ルモントワール・デガリテ“スースクリプション”は354万スイスフラン(約4億3655万円)、そしてオンリーウォッチのFFCブルーは450万スイスフラン(約5億5490万円)に達した。
この週末まで、F.P.ジュルヌの時計で200万ドル(約2億2890万円)を突破した個体はなかった。私は目下、F.P.ジュルヌこそ世界で最もホットな時計ブランドだと考えている。それは、ロレックスやパテック フィリップよりもずっとだ。しかし、オレンジ色のベストを着て登場したオンリーウォッチやフィリップス 第2セッションでは、気難しいことで知られるジュルヌ氏が笑顔を見せてくれたのを私は見逃さなかった。
おっと、それに彼は連絡を取るのがとても難しい人でもある。今回のオンリーウォッチのコラボレーション作品についてジュルヌ氏とコッポラ氏に話を聞いたが、コッポラ氏の方がはるかに簡単に連絡が取れた。ジュルヌ氏とは記事掲載の前日にようやく通訳付きの電話で話すことができた。二人とも記事のために快くインタビューに応じてくれたことには感謝しているが、時計出版社の時計ライターとしては世界的に有名な映画監督と連絡を取るのが、独立時計師よりも簡単だったというのはおもしろいことだと思っている。
ジュネーブ時計グランプリのイベント後の記事で、私はオリスのアクイス キャリバー400が、ルイ・ヴィトン タンブール ストリートダイバーよりもダイバーズウォッチ部門の優勝にふさわしいのではないかと主張した。これは、外観が奇抜なルイ・ヴィトンの時計を軽視しているのではなく、ダイビング用の製品としてのアクイス キャリバー400の強さゆえだ。
ヴィトンに投票した審査員の一人と少し話をした後、私の総括記事に寄せられたコメントを読んで、なぜLVが勝者にふさわしいのかが明らかになった。その審査員は彼の目にはアクイスがオリスのほかのダイバーズウォッチにしか見えなかったと言っていたからだ。一方、ルイ・ヴィトンはヴィンテージのコンプレッサー型ケースに新しい風を吹き込んだ。このモデルは現代的でワクワク感を湛えている。多くの審査員がアクイスを見て、“同じデザイン”に賞を与えたくないと思ったのも納得できよう。
ここのところ、カルティエのオークションでの活躍は目覚ましいものがあるが(『HODINKEE』マガジンの最新号に掲載されている私の取材記事をご覧いただきたい)、この週末は別格だった。
サザビーズでは、1970年製“カルティエ ロンドン クラッシュ”が80万6500スイスフラン(約9945万円)で落札され、これはカルティエの時計としてはオークションでの最高記録とされている。また、この週末に好成績を収めたリシュモン社の時計メーカーはカルティエだけではない。これまで知られていなかった1956年製のヴァシュロン・コンスタンタンRef.4737 “Cioccolatone(チョコラトーネ)”プラチナ製ケースが予想を上回る70万5600スイスフラン(約8700万円)で落札されたほか、1977年初期のヴァシュロン・コンスタンタン 222 ステンレススティール製ケースが15万7500スイスフラン(約1945万円)と、222としては私が見たなかで最高額を記録した。
A.ランゲ&ゾーネはフィリップスのオークションで数々の強力なロットを出品し、オークションでは“脆弱”だという悪評をようやく払拭し始めたようだ。2016年に発売された20本のランゲ1(ハニーゴールド)は18万9000スイスフラン(約2330万円)で落札されたが、この価格は数年後に振り返ったときにはきっとお買い得とみなされるだろう。またA.ランゲ&ゾーネの“Handwerkskunst(ハンドヴェルクスクンスト)”シリーズにおける30本限定の1815トゥールビヨンは63万スイスフラン(約7770万円)という驚異的な価格に達した。
これはオンリーウォッチで誰かがジュルヌ FFC Blueに支払った450万スイスフラン(約5億5490万円)が、オークションで独立系ブランドが到達した最高額かどうかについて、ジャックと私がSlackでしばらくDMをやり取りした後に初めて気づいたおかしな話だ。その競争相手とは、2019年にロンドンのサザビーズにて361万5000ポンド(当時の為替で約4億8995万円)で落札されたジョージ・ダニエルズのイエローゴールド製“スペース・トラベラー1”だと私たちは結論を出した。我々は過去2年間のインフレを計算し、GBP(イギリスポンド)をCHF(スイスフラン)に換算しなければならなかったが、ジュルヌとフランシス・フォード・コッポラのコラボレーションは確かにダニエルズの懐中時計を打ち負かし、新しい記録保持者となった。
そのはずだった。翌日、私がフィリップスにいるとオーレル・バックス氏が私に声をかけてきて、私の記事が間違っていることを親切に教えてくれた‐金曜日にフィリップス社で落札されたフィリップ・デュフォーのグランド&プチソヌリN°1が記録を塗り替えたと。私は彼にお礼を言い、やや混乱した;そのロットの会場にいたのに、どうして見逃してしまったのか?
結論から言えば、バイヤーズプレミアムのことを忘れていたのだ。これは時計の買い手がオークションハウスに支払う手数料のことで、ハンマープライス(委託者に支払う金額)に上乗せされる費用だ。オークションハウスやハンマープライスによって異なるが、ハンマープライスの15〜25%の追加料金で、最終的なオールインワン販売額に加算される。オンリーウォッチにはプレミアムが含まれていないため、FFCブルーは独立メーカーの時計が達成したハンマープライスの最高記録を保持しており、デュフォーはオールイン(プレミアムを含む)の最高価格である474万9000スイスフラン(約5億4350万円)を記録している(ちなみにハンマープライスは390万スイスフラン/約4億4635万円だ)。
展示会やオフ会とは異なり、オンリーウォッチには選ばれしハイレベルなブランドのエグゼクティブや著名なコレクターが主に参加している。周りを見渡すと、いたるところに時計メーカーや著名人の姿があった。ローラン・フェリエ(Laurent Ferrier)氏は通路側に座り、私の席の近くには彼の娘さんの隣に座ったカリ・ヴティライネン(Kari Voutilainen)氏や、ドゥ・ベトゥーンのCEOであるピエール・ジャック(Pierre Jacques)氏の姿が見えた。F.P.ジュルヌ自身も前の方に座っていた。また、チャペック社のCEOであるザビエル・デ・ロックモーレル(Xavier de Roquemaurel)氏の顔には、寄付金が20万スイスフラン(約2290万円)を超えたとき笑顔が浮かんでいた。
そして当然のことながら、それだけのプレーヤーが集まっているのだから、誰もが腕時計を用意してくる。私の前にいた人は40万ドル(約4585万円)もするジャケ・ドローのオートマトンをつけていた。写真がほとんど撮れなかったので、私の言葉を信じてもらうほかないが。
私はローマン・ゴティエ(Romain Gauthier)のファンなので、オンリーウォッチの後にゴティエ氏と話をしたり、彼の最新作である総チタン製のコンティニュアムを見る機会を期待していた。幸いにも実現し、ゴティエ氏とオークションのことや、たまたま身につけていた彼の新しい時計について15分ほど話した。この時計は、わずか55グラム(オメガのアクアテラ ウルトラライトと同じ)、価格は3万7000スイスフラン/約425万円(オメガよりも安い)ながら、ローマン・ゴティエが誇るディテールへのこだわりと驚くべき精巧さを備えている。
これはジュネーブで多くの熱心なコレクターから聞いたフレーズで、メールでも同じことをよく聞く。2年ごとに開催されるこのオークション初期から見ていた人にとっては正直なところお買い得感があった(と思われる)。今はそうでもなくなった。
最初の数年は、オンリーウォッチのたびに何本も入札しては購入していたというペタヴィーノ氏。現在ではあまりにも多くの人が関心を持ち、多くのお金が投じられているため、事実上多くの層が興味を持てども手が出ない状態だ。それは残念なことだが、見方によってはすべてがチャリティになるのだから、落札結果が高額であればあるほどいいのではないだろうか?
オンリーウォッチ2019でパテック フィリップ“グランドマスター・チャイム”が3100万スイスフラン(約38億2330万円)で落札され、その過程で史上最も高価な時計となった今、“コンプリケーテッド・デスククロック”が1000万スイスフランを下回ったことに驚く人はいるだろうか?
実際、オンリーウォッチ 2021全体で3000万スイスフラン(約37億円)となり、2019年に出品されたパテックの1ロットが、今年の53ロットすべてよりも高い数字に達したことになる。置き時計や懐中時計は軒並み腕時計ほどの成績を上げていないが、パテックが“グランドマスター・チャイム”の次の目玉として何を出すのかを見ることができたのは良かったと思っている。早くも次回開催の2023年が楽しみだ。
週末に最も話題になった2本のロットは、最低落札見積額にも一般的な期待値にも達しなかった。クリスティーズとフィリップスでそれぞれ入札された2つのロレックスのディープシー・スペシャルのことである。
クリスティーズがこの個体の歴史について混乱したマーケティングを行っていたにもかかわらず、私はそれぞれのアイテムが好奇心の対象として純粋に興味を持たれていると感じていた。しかし、ディープシー・スペシャルは、従来の時計愛好家の興味を引くにはあまりにも難解なもののようだ。これらの時計を手にした人が誰なのかはわからないが、ダイバーズウォッチそのものよりも深海探検の歴史に興味を持った人たちなのではないだろうか。
週末の間、リシャール・ミルが出品されるたびに会場は爆発的な関心の高まりを見せた。入札者はパドルを振り上げ、コレクターと電話で話していた専門家はどんどん数字を上げていく。驚くべきことに、それがどのモデルであるかは関係なかった。どのリシャール・ミルもロレックスやパテック フィリップとは別の意味で注目され、興味を引いていた。
2021年現在、リシャール・ミルはほかの時計メーカーとは独立した存在として、ほかのメーカーでは考えられないような価格で著名な顧客たちを魅了していると感じている。
オークションはエキサイティングだ。また、スポーツの試合を思わせるような長丁場でもある。入札権のない観客としてはアメリカンフットボールの試合を観戦しているような気分になるが、誰を応援しているのかわからず、価格がどんどん上がっていくのを拍手したり応援したりしている。そしてジュネーブオークションには、MLBのポストシーズンのようなリラックスした雰囲気がある。
だからこそジュネーブにいるアメリカ人には、スイスのオークションシーンにテールゲーティング(移動露店)を導入する必要があると思う。ラ・リゼルブの芝生でくつろいでソーセージを焼いて冷たい飲み物を飲みながら、オーレルが魔法をかけるのを見てみたいものだ。
21. ロイヤル オークの新記録まであと一歩
電話での入札者を管理するのは、どれほど不安なことか想像できないほどだ。電話をかけてきた顧客を満足させ、会場で何が起こっているのかを伝えなければならない一方で、オークショニアの声を聞き、会場中の参加者が自分を見つめているのだ。
クリスティーズのボブ・シュエ(Bob Xue)氏、フィリップスのアレクサンドル・ゴトビ(Alexandre Ghotbi)氏をはじめ、週末に電話での入札者や顧客に見事に対応したすべてのスペシャリストに心より賞賛を送りたいと思う。
私は最近、オークションで販売された最も高価な時計のリストを見直すのに多くの時間を費やした。トップ10の一貫性には目を見張るものがある。パテック フィリップの時計が8本、ロレックスのデイトナが2本。15位までを見ても、オーデマ・ピゲやフィリップ・デュフォーなど、この2社以外のブランドが入ってきているのは今年に入って初めてである。
他社がトップ10に入るためには何が必要か? どのメーカーにチャンスがあるのか? もちろん、バズ・オルドリン(Buzz Aldrin)が月面で着用したオメガのスピードマスターが現れれば、実現の可能性は高いだろうが、その可能性は限りなくゼロに近い。ダニエルズ、デュフォー、ジュルヌ、ロジャー・スミスの時計にはチャンスがあるだろうか? あるいはブレゲのNo.160 “グランド・コンプリケーション(別名“マリー・アントワネット”)がエルサレムのL.A.メイヤー記念イスラム美術館から出てきたら?
それは何とも言えない。今のところわかっているのは、パテック フィリップとロレックスは手堅くみえるということだけだ。
画像はフィリップス、クリスティーズ、そして筆者の提供によるもの