ここ数年、私が新作を追いかけてきたブランドを挙げるなら、ダニエル・ロートは間違いなくその筆頭格である。もしホワイトメタルのエクストラ プラットが出たなら(もっとも現時点では存在しないのだが)私のコレクションにぽっかり空いている、ドレスウォッチのための席をきれいに埋めてくれるはずだ。そんな1本を夢見ても、いいじゃないか。
私がロートに惹かれるのは、このブランドが、本来なら制約にもなり得る要素をむしろ持ち味へと変えているからである。ブランドを手がけるのは、ルイ・ヴィトン傘下のラ・ファブリク・デュ・タン。私自身、いささか古風で保守的な時計観の持ち主なのだろう。好ましいと思うのは、奇をてらって何もかも作り変えたり、やたらと選択肢を増やしたりするものではない。むしろ、安心感のある定番を磨き込みながら、完成度を高めていくあり方に惹かれる。たとえばロイヤル オークに、パテック フィリップのRef.96やRef.3796、あるいはヴィンテージクロノグラフに見られるツートンのシルバーダイヤルやガルバニックのブラックダイヤル。要するに、私の好みはそれほど奇抜ではない。だから、ひとつのブランドが自社の優れたデザインを複数のモデルで展開していても、それに目くじらを立てて嫌がる人の気持ちはわからないのである。
ダニエル・ロートについても事情は同じである。ロート氏本人が自らの名を冠したブランドを所有していた期間は、1988年頃から1994年までとごく短いものだった。しかし、そのあいだに彼は明確なデザインの指針を打ち立て、いまでは象徴的で、かつ無理なく身に着けられる時計を生み出した。だが残念なことに、その名を掲げた会社はほどなくして彼の手を離れることになる。その後、このブランドの可能性を探ろうとさまざまな試みが重ねられたものの、結局のところダニエル・ロートというブランドは、むしろ限られた様式のなかでこそ真価を発揮するのだと思う。あの端正なダブルエリプス、すなわちエリプソカーべックスのケース形状と、古典的なダイヤル。その枠組みで十分なのだ。少なくとも私としては、それでまったく構わない。
今回のダニエル・ロート エクストラ プラット スケルトンは、ブランドにとって大きな転換ではないにせよ、これまで手がけてこなかった新しい1歩ではある。厳密にいえば、現在チームが進めていることの多くは、このブランドにとって少なからず未知の領域でもある。というのも、ロート氏本人は自社製キャリバーを作っていたわけではなく、ヌーベル・レマニアやフレデリック・ピゲなどのエボーシュをもとに、改良と仕上げを施していたからだ。そうした背景を踏まえると、これは再始動したブランドにとって初の完全新作ダニエル・ロートだと言える。見た目の印象にはしっかりと親しみやすさが残されている一方で、先のトゥールビヨンやエクストラ プラットとは異なり、オリジナル時代には存在しなかったモデルでもある。そして実機は実に素晴らしい。実機を手に取って見てみると、その魅力はいっそう際立つのである。
まず何より、このキャリバーに目を奪われる。のちほど別の比較もお見せするが、Cal.DR002SRは従来のエクストラ プラットを単に肉抜きしただけのものではない。むしろ、あらためて設計を見直したものと言うべきだ。ブリッジと地板には18Kローズゴールドが用いられ、ケースの色味とも自然になじんでいる。一方で、歯車類や巻真機構、巻き上げ機構については、あえてそのままの仕上げを残した。ネジも同様である。そうすることでムーブメント全体に3種の色調が生まれ、コントラストが際立つ構成となっている。
視認性については(この稿では何度も触れることになるが、ご容赦いただきたい)当然ながら気になるところである。しかし、腕時計は平面的に眺めるものではない。実際に腕を持ち上げて時刻を読むときには、手首の角度を変えるたびに光の入り方も変わる。そのため、ブルースティールの針とブリッジワークは意外なほど見分けやすく、時刻の判読にもそれほど苦労しない。加えて、香箱の巻き上がり具合が見えるため、いわば簡易的なパワーリザーブ表示のような役割も果たしている。この点に関連して触れておくと、本機は2万8800振動/時で作動し、パワーリザーブは65時間である。
ダイヤル側を見比べただけでは違いはわかりにくいが、直近のエクストラ プラット スースクリプションのプロトタイプを写した下の写真を見ると、チームがブリッジワークの造形に手を入れていることが見て取れる。テンプ受けは従来どおり流れるようなラインを保っているが、それを固定するネジの位置をはじめ、いくつかの点には微調整が加えられている。スケルトン仕様の3本のアーム状のブリッジは、実際にはひとつながりのパーツであり、全体としては下側の大きなブリッジプレートの輪郭をおおまかになぞるような構成になっている。さらに、センターピニオンと上部の大ぶりなブリッジによって、実際には完全な対称ではないにもかかわらず、どこか左右の均衡を感じさせる意匠にまとめられている。
仕上げのよさはとりわけ印象に残る。ケースとムーブメントの色味をそろえたトーン・オン・トーンの仕立てが巧みであるのはもちろん、各部の装飾もきわめて端正に仕上げられている。内角をいちいち数えたわけではない(そこまでやるのはさすがに骨が折れる)が、ブランドによればおよそ80カ所に及ぶという。面取りは、光を受ける部分と影になる部分とが繊細に移ろい、ムーブメントに豊かな奥行きを与えている。ブリッジの裏面には縦方向のヘアライン仕上げが施され、歯車にまで面取りが及んでいる。
なじみのない人にはわかりにくいかもしれないが、ここは手仕事の質をよく示す部分である。もっとも、すべての内角が同じ価値を持つわけではない。ブリッジの開口部はまず放電加工によって形作られ、その後さらに整形と研磨が加えられている。たとえばネジまわりを見れば、その周囲の空間がいかに切り詰められており、そこへ工具を差し入れて作業するのがどれほど難しいかが想像できるだろう。しかも厄介なのは、そうした限られたスペースのなかで、ネジを避けるようにカーブを描きつつ、ふたつの内角を成立させなければならない箇所まであることだ。その好例が、三番車を支えるアームである。これは巻真機構用の中間車の鏡面仕上げの外周に沿って弧を描くように造形されているが、その狭い曲線部分も実に見事に仕上げられている。
加えて、この時計は装着感が驚くほど優れている。取材にはジェームズ・ステイシーとティム・ジェフリーも同席していたが、とりわけその着け心地のよさを強調していたのは確かジェームズだったと思う。ラグの形状とケースへのつながり方は、ラグがより直線的でフラットだったヴィンテージのエクストラ プラットから見直されている。新作では、わずかに下向きのカーブを描く丸みのあるラグとすることで、より幅広いオーナーの手首に自然に沿うようになった。縦38.6×横35.5mmというサイズは、私の感覚では横幅38.6mmに近い着用感でありながら、わずかながらいっそうエレガントに感じられる。
しかも、次に挙げる重要なふたつの点から、標準仕様のエクストラ プラット以上に着け心地がよくなっている。第一に、ケース厚が約1mm薄くなり、6.9mmに抑えられていることだ。これによって、超薄型らしい軽快さがいっそう強まっている。写真ではその差はわずかに見える程度だが(上がスケルトン、下が通常モデル)、実際に腕に載せるとはっきり違いがわかる。さらに、重量も明らかに軽い。これは単に、ムーブメントから多くの素材が取り除かれているからだけではない。通常モデルではソリッドゴールド製のダイヤルを用いており、それが重量感に大きく影響しているのである。
時計の世界では、素材を削ぎ落としたからといって、必ずしも安くなるわけではない。エクストラ プラット スケルトンの価格は8万5000スイスフラン(日本円で約1600万円)で、非スケルトン仕様のエクストラ・プラットの4万9000スイスフラン(日本円で約1000万円)に比べると大幅に高い。とはいえ、その差は素材によるものではなく、加工と仕上げに要する手間の差によるものだ。実物を前にすると、この価格が手仕事の量に裏打ちされたものであることがよくわかる。そうした追加工程を要するため、生産数も限られているのである。
比較検討
スケルトンウォッチを比較するのは、思いのほか難しい。たとえば“おすすめのスケルトンウォッチ”と検索して、SEO対策だけは万全のまとめサイトにたどり着き、25本ほどの時計がずらりと並んだリストを眺めたとしよう。AIまじりの記事が、もはや活気を失ったネット上の残骸を寄せ集めているような有様のなかで、すぐにひとつの残念な事実に気づくはずだ。市場に出回っているスケルトンウォッチの多くは、実のところ本当の意味でスケルトナイズされてないか、あるいは単純に出来がよくないだけなのである。だからといって、ツァイトヴェルクのようなまったく別種の時計を、同じスケルトンのドレスウォッチという土俵で比較する気にもなれない。両者はまったく別のものだからだ。
真のスケルトナイズは手間のかかる作業であり、その手間をきちんとかけてこそ成立する。まず必要なのは、大胆に素材を削ぎ落とすことを前提に設計された、あるいはそれに耐えうるキャリバーである。ダイヤルを少し切り抜いて「ほら、歯車が見えるでしょう」と言う程度では中途半端で、そんなものは看板倒れとして退けるべきだ。たとえ放電加工を用いるにしても、そこには十分な手仕事が伴っていなければならないし、ムーブメントの構造も極力切り詰められている必要がある。ムーブメントのスケルトナイズそのものが主題でなければならず、単なる付け足しであってはならない。したがって、ここで挙げる顔ぶれは網羅的ではないし、よりスポーティなモデルや、たとえば比較対象としては予算がまったく合わないネオヴィンテージのブレゲ トゥールビヨン Ref.3355のような、定番すぎる選択肢も外している。それでも、条件に照らして正当に比較対象となるモデルを絞っていくと、結局このあたりに収れんしてくるのである。
ドレスウォッチをよく理解しているブランドを挙げるなら、カルティエは真っ先に思い浮かぶ存在である。しかも、時計を創造的にスケルトン化する術にも長けているとなれば、なおさらこのブランドの名がふさわしい。カルティエは、クラッシュ、アシメトリック、ノルマルをはじめ、サントレやタンク ルイなど、象徴的なデザインをスケルトン仕様へと展開してきた。ダニエル・ロートのように、手仕上げや内角の美しさを前面に押し出す方向性ではないにせよ、ムーブメントとダイヤルから可能な限り要素を削ぎ落とし、狙った効果をきちんと形にする手腕は見事である。そして、それを一度きりで終わらせず、繰り返し手がけてきた点も、コレクターにとってはありがたい。
私の知るかぎり、現在カルティエで公に入手可能なスケルトンウォッチは、いくつかのサントス デュモンを除けば見当たらない。ただし、これらは私が今回比較対象としたい範囲には入らない。もっとも、ブランドは最近になって、ニューヨーク、ロンドン、パリの3都市で展開する旗艦店限定のスケルトンモデルを発表しており、いずれまた新作が出てくると見てよいだろう。アシメトリックが2020年に登場した際の価格は、素材によって6万1000〜7万ドル(当時のレートで約650万〜750万円)だった。ノルマルのプラチナ仕様は、およそ8万ドル(日本円で約1275万円)だ。スケルトンのクラッシュは、古典性という点では一歩譲るものの、価格帯はほぼ同水準だったが、現在では流通市場で数十万ドル級に達している。もちろん次の1本を待つという手もある。だが、ここ数年でカルティエの時計をほとんどひととおり購入、すでにプリヴェを何本も所有しているような顧客でもない限り、定価で手に入れられる可能性はまずないと言っていい。
次に挙げるのは、ロートと比べるとややコンパクトなブランパンである。しかも、技術面ではロートに対して明確な強みがある。すなわち、非常に長時間駆動することだ。実に8日間である。パワーリザーブが長いということは、それだけ多くの香箱を必要とするということでもある。このモデルでは3つの香箱を直列に連ねている。そのぶんムーブメント内部は、光を通してスケルトン化の妙を見せるというより、渦巻き状のゼンマイで大きく占められることになる。スケルトンウォッチにおいては、むしろその見せ場こそが肝心なはずである。
見た目の完成度は依然として高い。ただ、私の好みで言えば、やや時代を感じさせるのも事実である。ブリッジに施された彫金には、1980年代から1990年代のスケルトンウォッチを思わせる趣がある。彫金そのものは見事なのだが、そのぶんスケルトナイズの印象はややすっきりしない。内角の仕上げが美しいかどうかは、実機を手に取らないことには判断が難しい。もしかしたら、そうでもないのかもしれない。個人的には、これが簡潔なブリッジ造形に繊細な仕上げを施したものだったなら、かなり映えたのではないかと思う。それでも角度を変えて眺めれば、先入観を差し引いてもなお、技術的にも、そしてある程度は美観の面でも十分に見応えのある時計である。とりわけ二次流通では2万5000ドル(日本円で約400万円)前後、すなわち定価よりおよそ7万ドル(日本円で約1110万円)ほど安く入手できることを思えば、なおさらである。
この比較で真っ先に思い浮かんだのが、オーデマ ピゲである。ロイヤル オークの傑作級オープンワークから、Code 11.59のフライング トゥールビヨンに至るまで、このブランドはスケルトン化の勘どころをよく心得ているし、どの段階でそれをオープンワークと呼ぶべきかという線引きも理解している(ダブルバランスホイールがその好例だ)。もっとも、それらはあまりに高価すぎる。そこで少し時代をさかのぼってみたい。
ヴィンテージのAP クラシックである。 Photos courtesy Watch Brothers London.
ここで少々自己矛盾めいたことを言おう。ひとつ前の時計では古く見えると感じたあの彫金が、APの“クラシック” Ref.5442やその近縁モデルではむしろ好ましく見える。これは別に不公平ではないと思う。片方は過去に取り残されたように映るのに対し、もう片方は文字どおり過去の時計だからだ。加えて言えば、私がこの時計に肩入れしてしまうのには個人的な事情もある。というのも、私は以前、ある友人からこれを譲ってもらおうとしていたのだが、彼は「一度も着けていない」と言い、さらに「そこまで気に入っているわけでもない」とまで言いながら、結局「売るとは言っていない」と突っぱねたのである。しかも、私は彼に会うためだけに半ば地球の反対側まで飛んでいった。友人と過ごす時間だけで十分だと言うべきなのだろうが、そういう時間に1本の時計が添えられたら、と思ってしまうこともある。少し話が逸れた。
ケース径33mmと小ぶりな時計であり、視認性はロートに比べるとあまり高くない。また、ムーブメントのスケルトン化そのものはきわめて繊細で、場所によっては少し不安になるほど華奢に見える曲線もあるのだが、ロートのような視覚的インパクトを狙って設計されたキャリバーではないことも明らかである。Ref.5442に関して言えば、ベースキャリバーは実際にはRef.5402にも使われたものと同系統である。自動巻きローターの存在も、見た目の迫力という意味ではやや不利に働いている。それでも、そこには抗いがたい懐かしさがある。私はこの時計が好きだし、2048万円(税込)の現行パテックが埋めてくれるのと同じ種類の欲求を、こちらも十分に満たしてくれる。そして価格が1万〜2万ドル程度(日本円で約160万〜320万円)であれば、財布への痛手もそこまで大きくない。
最終的な考え
実機を目にしたとき、私がこのエクストラ プラット スケルトンに強く惹かれたことは、おそらくもう十分伝わっているだろう。ただひとつ忘れてはならないのは、そのときの体験は、下に載せたような手首の写真1枚ではとうてい伝えきれないということだ。確かに平面的な画像で見ると、実際に私が1時間ほど時計を前にし、あるいは腕に載せて感じた印象よりも、どうしても視認性が低く、実用性にも乏しく見えてしまう。だが、それは私たちが拠って立つメディアの限界であると同時に、実物を見ることの大切さを示してもいる。とはいえ、このモデルが限られた本数しか作られない、ややニッチな存在であることに変わりはない。大半の人にとっては、通常のエクストラ プラットのほうが適しているだろうし、価格もいくらか抑えられるうえに(こちらは8万5000スイスフランである)、装着感のよさも十分に味わえる。それでも、ダニエル・ロートの新たな時代を示す1本として見るなら、今これ以上を求めるのは難しいのではないかと思う。
ローズゴールドのダニエル・ロート エクストラ プラット スケルトンの詳細は、ブランドの公式ウェブサイトをチェック。
話題の記事
Hands-On ダニエル・ロート エクストラ プラット スケルトンを実機レビュー
Bring a Loupe 5桁の“逆6”ダイヤルを備えるロレックス デイトナ、カルティエのトーチュ モノプッシャー、オメガのクロノグラフ デ・ヴィル スポーツなど
セイコー プロスペックス スピードタイマー メカニカルが正確に刻む、真に重要な瞬間