ウルバン・ヤーゲンセンの再始動に大きな期待が寄せられていたということは、一部の人々にとっては控えめな表現であり、また別の人々にとっては大げさな表現でもある。知る人ぞ知る、ここでいうところの“期待していた人々”とは、インディペンデントウォッチメイキングの動向を追っている層や、ネオヴィンテージのハイエンドウォッチを愛する層など、やや特殊なベン図の領域に属する人々のことである。そうした人々にとって、かつて同ブランドに関わっていたカリ・ヴティライネン(Kari Voutilainen)氏がウルバン・ヤーゲンセンを復活させるというアイデアは、率直に言って、この上なくエキサイティングなものだ。
彼らは、1980年代から2000年代にかけての“アイコニック”なウルバン・ヤーゲンセンのどの要素が受け継がれるのかを推測しながら、ニュースを心待ちにしていた。一方で、そうした人々以外にとってこの再始動は、以前と同様、どこか難解で、そしてますます手の届かない存在であり続けるだろう。どちらにせよ、このブランドが(ウォッチメイキング、そしてブランド戦略全体の観点からも)じつに魅力的であることは否定しがたい。まさに大胆という言葉がぴったりである。
プラチナ製のリヒャルト・ランゲ・トゥールビヨン“プール・ル・メリット”。 Image courtesy of Sotheby's
ウルバン・ヤーゲンセンのUJ-1 フライングトゥールビヨン ルモントワール デガリテ “アニバーサリーウォッチ”は、1994年にA.ランゲ&ゾーネが発表したトゥールビヨン“プール・ル・メリット”以来、ブランドの再始動におけるフラッグシップモデルとして最も印象的な1本かもしれない。ここで示された高度な専門技術は、これまで同様に理解が難しい。今後数年のうちに、下記に示すようなUJ-2のタイムオンリーウォッチや、興味深いUJ-3のパーペチュアルカレンダーも登場してくるだろう。ある意味では、これらは今回の再始動における“ランゲ1”的な存在であり、いずれ脚光を浴びるときが来るだろう。しかし我らがベン・クライマーも嘆くように、最近の若者はランゲのトゥールビヨンPLMを評価していない。これほど注目すべき機会はしばらく訪れないかもしれないからこそ、UJ-1を深く掘り下げることは大きな意義があると感じている。
ウルバン・ヤーゲンセンのUJ-1は、デレク・プラットが同ブランドのために設計した有名なオーバル型の懐中時計から着想を得ており、それに比肩する素晴らしい出来栄えだ。プラットの体調が悪化した際、ヴティライネン氏がこの懐中時計を引き継いだがその時点ではまだ多くの作業が必要だった。この経験により、彼はムーブメントのコンセプト面においても豊富な知見を得ることとなった。そして第一印象とは裏腹に、ブランドがいくつかの変化を経たとはいえ、その核となるDNAはいまなお健在である。デザインとウォッチメイキングにおけるすべては、250年以上にわたるブランドの確固たる歴史を熟慮の末に洗練させたものであると、文字どおり感じられるのだ。
美学
今年3月に新しいウルバン・ヤーゲンセンの時計を初めて見たときは驚いた。その後、実際に時計を手に取りヤーゲンセンの歴史を研究するうちに、ヴティライネン氏がブランドの過去から、安易な焼き直しに見えないような要素を見事に選び抜いたことに気付かされた。彼自身も最近公開したインタビューのなかで語っていたが、それは大きな挑戦だったと言う。というのも彼自身の名前を冠したブランドでは、ネオヴィンテージ時代のUJの気に入ってる要素をすでに多く取り入れており、彼は自ら作り上げたそのスタイルを超える必要があったからだ。
ウルバン・ヤーゲンセンのデザイン言語において、ある種、当然だと感じられる要素がいくつかある。そのひとつがギヨシェ彫りであり、これはウルバン・ヤーゲンセンの近年のスタイル、そしてヴティライネン氏自身の作品においても象徴的な存在である。センターダイヤルの横向きのグレンドルジュ装飾は、ポリッシュとサテン仕上げが施された外周部分およびセカンドトラックと絶妙なコントラストを成している。スモールセコンド部分には、より繊細なクル・ド・パリ装飾があしらわれている。3つのなかで、ローズゴールドモデルが最も伝統的な雰囲気を持っており、ホワイトダイヤルのプラチナモデルはコントラストがやや乏しいものの、グレーダイヤルは最もモダンな印象を与えている。
デレク・プラット時代のウルバン・ヤーゲンセンは、より伝統的なスイス式の仕上げを特徴としていた。これは、ヤーゲンセン家がスイス時計産業へと統合された時代の名残である。当時の時計にはコート・ド・ジュネーブなどの伝統的なスイス式の仕上げが施されることが多く、オリジナルのUJピースに見られた、パリ風のフロスト仕上げとは異なっていた。こうした意匠は、彼の同時代の師であり、父親の友人でもあったアブラアン-ルイ・ブレゲからの影響が色濃いと考えられている。
デレック・プラットがウルバン・ヤーゲンセンのために製作したオープンフェイスのトゥールビヨン懐中時計。2021年フィリップス秋のジュネーブ・オークションにて17万6400スイスフラン(当時のレートで2190万円)で落札。
仕上げ全体が、伝統的なスイススタイルであることに注目したい。
この新しいコレクションは、ウルバン(そしてユール)・ヤーゲンセン(Jules Jürgensen)本人による仕上げをより忠実に解釈しつつ、より現代的なウォッチメイキング技術を取り入れているのが特徴だ。UJ-1の仕上げは、言うまでもなく卓越している。ハイエンドな仕上げはいまや当然のごとく求められるが、これはウォッチメイキングそのものに対する期待と同じレベルで、仕上げにも目を向けるようになったコレクターの嗜好を反映したものでもある(良くも悪くも)。要するにいまや多くのユーザーにとって、ムーブメントが革新的であるかどうかよりも美しいかどうかのほうが重要なのだ。そしてこの時計はその両方を備えている。
同ブランドは、ムーブメントの目に見える部分のほとんどを覆う、面取り、ブラックポリッシュ、フロスト仕上げを、イチからすべて手作業で行っている。Cal.UJ-1にあしらわれたフロスト仕上げは、“オーバル”の香箱蓋や小さなブリッジにも用いられていた。本作では、このフロスト仕上げはムーブメント全体にあしらわれており、輪列全体を覆うプレートにも採用されている。それに対しオリジナルでは、トゥールビヨン中央から放射状に広がる美しいストライプ装飾が特徴的であった。
比較のため、オリジナル型懐中時計のムーブメント写真。
ヴティライネン氏は“オーバル”を特別な存在たらしめた要素のひとつである、奥行きと立体感を強調している。直径39.5mm、厚さ12.2mmというサイズでこの美学を実現するのは、それ自体が快挙だ。また、輪列のほとんどをムーブメントのプレート下に隠すことで可能な限りシンプルな外観を保っている。技術的な側面と美的な側面の交わりについては、のちほど詳しく触れることにする。
以下に示すUJ-2およびUJ-3のムーブメントは、伝統的な意匠から着想を得ている。ブリッジ構造の形状や石の配置は、一部のコレクターにとってユール・ヤーゲンセンのキャリバー(日本生まれスイス在住の時計師、関口陽介氏のプリムヴェールにインスピレーションを与えたキャリバーを含む)をすぐに思い起こす人もいるだろう。しかしこのムーブメントはまったく別物であり、ダイレクトダブルホイールナチュラルエスケープメントとフリースプラング式のテンプを備えるだけでなく、さまざまな面でヤーゲンセンを進化させた、美的オマージュとなっている。
ウルバン・ヤーゲンセン UJ-3.
左がマリッジウォッチ(編注;古い懐中時計のムーブメントを別の腕時計のケースに組み込み、新たに腕時計としてコンバートしたもの)としてケースに収められたウルバン・ヤーゲンセンのキャリバー、右が関口陽介氏のプリムヴェール。進化したとはいえ、ブリッジのデザインが似ていることに注目。
UJ-3の永久カレンダーに見られる、ある種の侘び寂びを感じさせるレイアウトや、UJ-2の5時位置に配されたスモールセコンド(ヴティライネンの20周年記念トゥールビヨンも似た配置)、そしてダイヤル中央よりやや上に置かれたセンターポスト(外周トラックの重心がダイヤル上部へと移る)の設計はいずれも過去作品へのオマージュだ。これは“形態は機能に従う”という、ウルバンおよびユール・ヤーゲンセン自身が時計製作で実践していた考え方を反映している。彼らはスモールセコンドを10時位置や2時位置など、輪列構造上自然な場所に配置していた。これに対してUJ-1は時計デザインにおける伝統を最も忠実に守ったモデルと言えるだろう。
ダイヤルデザインに見覚えがあるとすれば、ケース形状とラグの選択はコレクターのあいだで最も混乱や議論を呼ぶポイントであろう。以前のインタビューでも述べられているとおり、ヴティライネン氏自身も、バウムバーガー/プラット時代のUJで愛されたティアドロップラグの要素を取り入れた時計をヴティライネン名義で作ってきたことで、結果的に(意図せず)UJの選択肢を狭めてしまったことを自覚している。そのインタビュー全文を読む価値はあるが、要するにヴティライネン氏は今回、UJ初期のマリンクロノメーターに着想を得たケースデザインに完全リセットする好機だと捉えたのだ。
ティアドロップラグはある意味、残されている。というのもラグの輪郭自体はティアドロップ形状だが、それが90°回転した形となっているのだ。このラグはエルメスのアルソーケース下半分のラグを思い起こさせる。短く、ややずんぐりとした印象だが、その利点はケースがやや厚みを持ちながらも装着時に手首の低い位置に収まり、かつラグ・トゥ・ラグが短いためさまざまな手首のサイズにフィットする点にある。さらにエンジンターンド仕上げのケースバックも相まって、このケースは極めて洗練されている。ただし以前の時代に見られたあの魅力的なクセが、少々失われた印象は否めない。
ダイヤルのふたつのクセについてのテキストメッセージやInstagramのDMをいくつか受け取った。ひとつ目は、“XII”の位置に“0”という数字を使用している点だ。これはカスタムフォントを含むブランド全体のリデザインの一環であるが、ローマ数字にはゼロやnulla(ヌラ、ラテン語でゼロの意)を表す記号は存在しない。しかし懐中時計コレクターやフランス史の研究者であれば、このコンセプトがフランス革命後に導入された短命のフランス革命暦、いわゆる“10進法”の時計に由来することを思い出すかもしれない。ユール・ヤーゲンセンが製作した10進法の懐中時計(下記画像参照)が、このアイデアのインスピレーション源となっている。正直に言えば、このクセには引かれるものがある。
1867年のパリ万国博覧会のために製作されたユール・ヤーゲンセンの10進法の懐中時計。Photo courtesy Christie's.
一方で、ダイヤルに“コペンハーゲン”と記されているのは少々強引な感じがする。記憶が確かなら、ローゼンフィールド率いるグループに買収される前に一時的にデンマーク投資家による買収があったものの、このブランドはここ100年近く、コペンハーゲンで生産されたこともなければ、深い関わりも持っていない。現行の時計はスイス・ビールの工房で製造されており、スイス製と表記しなければならない法律はないものの、ダイヤルに“コペンハーゲン”と記されているのは誤解を招くとまでは言わずとも、少々奇妙に感じられる。またUJ-1のグレー仕上げモデルのように、力強いデザインのダイヤルに対して針がやや繊細すぎる印象もある。プラット作の懐中時計に見られるような重量感のあるブレゲ針を採用していれば、より調和が取れたのではないだろうか。
この時計について唯一難点を挙げるとしたら、ラグを除いて、完璧すぎるのではないかということだ。このような時計には企業がデザインをひたすら洗練させ続けて作り上げたものではなく、時計師の手作業による完璧すぎない美しさを感じたいと思ってしまう。私は写真家ロラン・バルト(Roland Barthes)氏が、技術的な完成としての“ストゥディウム(知的関心)”のなかに、人を射抜く“プンクトゥム(心を刺す何か)”を探し求めたことを思い起こす。たとえばロジャー・スミス(Roger Smith)氏の時計はその好例であり、彼の時計には作り手の手の温もりが、ここで見るよりも少しだけ色濃く表れているのだ。
たとえいくつかの選択に同意できなかったとしても、ウルバン・ヤーゲンセンがディティールの隅々にまで配慮を行き届かせていることは否定しようがない。おそらくこれは、これまで製作されたウルバン・ヤーゲンセンのなかで最も完成された美しさを持ち、少なくともウルバンやユール本人が時計を作っていた時代以来の完成度と言えるだろう。限定75本(3種類の素材で展開)で、1本あたり46万ドル(日本円で約6790万円)超という価格設定をする以上、それだけの完成度が求められるのは当然だ。問題は、その美学が、UJ Ref.2のようなより好奇心をそそり、不完全さを感じさせるデザインに魅力を感じてきた層の心にも響くかどうかである。
技術とデザインのすべてがこのUJ-1という1本に、美しく完成されたパッケージとして結実している。とはいえUJ-1は日常使い向きの時計とは言い難く、装着時にはそれなりの重量感がある。しかしラグが短めに設計されているため、私の手首よりも細い人、たとえば下の画像に写るスティーブン・プルビレントのような人でも着用できる。ヴティライネン氏は、自身の工房で製作する時計よりも、今回は特に薄く仕上げるよう努力したと語っていた。実際に、直径39.5mm、厚さ12.2mmというサイズは非常に快適な装着感を実現している。
技術的卓越性
ムーブメントの美しさも素晴らしいが、“オーバル”をここまで小型化したことのほうがはるかに驚異的である。確かにヴティライネン氏はやむを得ずムーンフェイズを削ぎ落とし、そして実用性を考慮して温度計を外している。機械式の温度計は腕時計では常に装着者の体温を示してしまい、ほとんど役に立たないからだ。しかし彼は、76mm×62mmという非常に複雑な懐中時計を2.5分の1のサイズにまで縮小したのである。
UJ-1はプラットの“オーバル”で使われていたデテント脱進機ではなく、スイスレバー脱進機を採用している。またトゥールビヨンケージの形状をはじめ、ムーブメント内のほかのいくつかの部品も改良されている。ただし、直径39.5mmというサイズでありながら、時計にこれほどの奥行きを与えたヴティライネンの手腕は特筆に値する。香箱はムーブメントプレートのほかの部分よりも高い位置に配置され、視覚的に重要かつ魅力的なパーツだけが正面に現れる設計となっている。この効果は写真では伝わりにくく、大きなパソコン画面よりも、実際に3次元で手に取り、小さな時計サイズで見るほうがより奥行きが感じられる。ルーローの三角形(編注;正三角形の各辺を膨らませたような形の定幅図形のこと)についてのより詳細な図版は、British Horological Institute刊行の『Derek Pratt: Watchmaker』や、A Collected Manによる詳しい解説で確認できる。
フライングトゥールビヨンとルモントワールは、プラットのアイデアを見事に具現化したものだ。オーバルに搭載されたプラットの脱進機における驚くべき成果は、プラットのルモントワール機構のなかで最も象徴的な部分であり、通常4番車からトゥールビヨンを駆動する脱進ピニオンの位置にそれを配置したというだけにはとどまらず、ルーロー三角形として知られるパーツを加えたことで、それを一種のカムシステムのように機能させたことだ。この一定の直径を持つ丸みを帯びた三角形がフォークのツメと常に接触することで回転し、ルモントワールのパレットを動かすことができるのだ。プラットはこの脱進機構をさらに発展させ、最終的には摩擦と摩耗を抑えるため、ルーロー形状のルビーを使用するようになった。しかしUJ-1では、プラットのオーバルに採用されていたスティール製ルーロー三角形のオリジナルデザインを踏襲している(フィリップスが公開した写真に見られる)。
デレク・プラットによって設計されたルーロー三角形搭載のルモントワールは、ルカ・ソプラナ製のデレク・プラット ルモントワール・デガリテにおいても見ることができる。 Photo courtesy A Collected Man.
フォークと常に接触し続ける、曲線を描いた正三角形のルビーをクローズアップした様子。Photo courtesy A Collected Man.
ルモントワールを備えたUJ-1のトゥールビヨン。よく見ると、スティール製のルーロー三角形が確認できる。フォークは2本の金属製ツメで構成され、そのあいだにルビー製のふたつのパレットを抱えており、摩耗と摩擦を低減している(ルカ・ソプラナ氏の作例では後期プラットのルーロールビーとスティールフォークが採用されているが、それとは異なる仕様)。 Photo courtesy Urban Jurgensen.
UJの伝統を感じさせるもうひとつの要素は、ムーブメント側に見える差動ネジまたはコーン&感知子機構を用い、ダイヤル上部中央にパワーリザーブ表示を備えている点だ。これはマリンクロノメーターによく見られるやや古風な機構であり(ウルバン・ヤーゲンセンは生涯で45個のマリンクロノメーターを製作した)、現代ではあまり見かけないものの、完全に姿を消したわけではない。
UJ-1に搭載されたコーン&感知子式機構。
先端にルビー製のローラーを備えた感知子が、動力の増減に応じて上下するコーン(ネジに取り付けられている)の動きを測定する。ジョージ・ダニエルズ アニバーサリー、フェルディナント・ベルトゥー クロノメーター FB 2T、そして最近ではグルーベル フォルセイ ハンドメイド2などがこの機構を採用している。これは驚くことではなく、特にダニエルズとフェルディナント・ベルトゥーは、同じマリンクロノメーターからインスピレーションを得ているのだ。
コーン&感知子式のパワーリザーブ機構のコーン部分。コーン本体だけでなく、コーンの支柱に設けられたネジも確認できる。Photo courtesy Urban Jürgensen.
ジョージ・ダニエルズ コーアクシャルアニバーサリーウォッチ、画像右下のラグ付近に見えるコーン&感知子式のパワーリザーブ機構(ディファレンシャルスクリュー機構とも呼ばれる)。Photo credit Hodinkee.
コンスタントフォース付きフュゼ・チェーン機構とトゥールビヨンを備えたフェルディナント・ベルトゥー クロノメーター FB 2T。ムーブメント内でチェーンの右側、トゥールビヨンケージの上部には、コーン&感知子式のパワーリザーブ機構が見える。 Photo courtesy Ferdinand Berthoud.
ヴティライネン氏によれば、このムーブメントを小型化するうえでのもうひとつの課題は、オーバルのオリジナルムーブメントが鍵巻き・鍵合わせ式だったことにあるという。そのため、ムーブメント内に収まるキーレスワークを新たに設計する必要があった。ムーブメントにはストップセコンド機能は備わっていないが、キーレスワークは視覚的にも全体のムーブメント設計と美観に調和しており、設計変更は成功したと言えるだろう。
何人かのコレクターから聞いた批判のひとつであり、SJXも的確に指摘していたのが、トゥールビヨンケージの形状が変更されてルモントワールの重量とのバランスが改善されたものの、オリジナルムーブメントにあった対称性の美しさがやや損なわれているということだ。正直なところ、最初は気づかなかったが、一度そう見えてしまうと頭から離れなくなる。また、ブランドが提供した写真を見る限り、オリジナルに備わっていたウルフティース(狼歯)ギアは省かれているようだ。
オーバルのムーブメントは、ダイヤル側にデレク・プラットによるウルフティース(狼歯)ギアが配されている。Photo courtesy Phillips.
サイモン・ブレット クロノメーター アルティザン ローズの二重香箱とラチェットホイールには、ウルフティース(狼歯)ギアが採用されている。 Photo by Mark Kauzlarich.
UJ-1ムーブメントのダイヤル側。 Photo courtesy Urban Jürgensen.
最近、ブレゲの新しいクラシック トゥールビヨン シデラル 7255(ミステリー機構を搭載)を紹介した際に、マイクロメカニカルなイノベーションや技術的挑戦がなく退屈だというコメントがあった。しかし私にはその時計が信じられないほど魅力的でエキサイティングなものに感じられた。UJ-1についても同じような主張ができるかもしれないが、木を見て森を見ず、というものだ。確かにこの時計は1980年代にデレク・プラットが築いた理論的な基礎を改良したものだが、それを小型化し、洗練させ、これほど美しく仕上げたうえで、さらに75回も繰り返すというのは皮肉をひとまず脇に置いて素直に賞賛すべき偉業であろう。
市場のクロスショッピング
かなりの価格、今回の場合は36万8000スイスフラン(日本円で約6800万円)となれば、資金の使い道はほかにもいくらでもある。たとえばパテック フィリップのRef.5004Gを購入することもできるし、Ref.5270Pと5720Jの両方を手に入れてもまだ余裕がある。ブレゲの新作であるクラシック トゥールビヨン シデラル 7255を2本買っても、その金額には届かない。現在の市場においてウルバン・ヤーゲンセンのUJ-1に匹敵するものは存在しないが、最も近い競合モデルを検討する価値はある。
なおUJ-1と同様、以下に挙げる時計はいずれも極めて生産数や流通量が限られていたり、ブランドとの関係構築に大きな労力を要したりするものばかりだが、このレベルではそれは当然のことだ。ここではすでに前述したため、2年前に発表されたフェルディナント・ベルトゥー クロノメーター FB 2Tと、ルカ・ソプラナ氏によるデレク・プラット ルモントワール・デガリテについては割愛する。
Photo by Mark Kauzlarich.
もっとも明確な比較対象は、グランドセイコーの革新的なKodoコレクションから、昨年発表された“薄明” Ref. SLGT005だ。搭載されるCal.9ST1Aはトゥールビヨンとコンスタントフォース機構を同一軸上に配置した、史上初の量産モデルとして注目を集め、2022年のジュネーブウォッチグランプリ(GPHG)においてクロノメトリー賞を受賞している。
発表当時の価格は4950万円(税込)、2バージョンで20本限定と、価格面でも限定性でもUJ-1を上回る。またそのデザインはUJはおろか、グランドセイコーのなかでも群を抜いて未来的であり、ドレスウォッチとしての役割も異にする。現在はすでに完売しているが、コンスタントフォースとトゥールビヨンを一体化した機構においては、唯一無二の競合モデルと言える。
2019年のHands-Onで紹介された、F.P.ジュルヌ トゥールビヨン・スヴラン・バーティカル。
もうひとつの明確な候補はF.P.ジュルヌである。公平を期すために、ここでは現行モデルであるトゥールビヨン・スヴラン Ref.TVを取り上げる。このモデルは、一部のジュルヌコレクターのあいだではサイズが大きく厚すぎるとの理由でやや評価が分かれている。しかし、複雑機構とともに歩んできた同ブランドの歴史は揺るぎない。1999年、ジュルヌはルモントワール付きのトゥールビヨンを世界で初めて腕時計として発表し、そしてその後の展開はご存じのとおりだ。このモデルは直径42mm、厚さ13.6mmで、UJ-1よりも全体的にサイズが大きいが、トゥールビヨンは珍しい縦型に設計されている。価格はやや控えめで、プラチナモデルが29万4200ドル(日本円で約4250万円)、ローズゴールドモデルが29万600ドル(日本円で約4200万円)だ。今年初め、フィリップス・ニューヨークでは、より伝統的なデザインで適正なサイズ感を持つ38mmのプラチナ製トゥールビヨン・スヴラン(2007年製)が22万8600ドル(当時のレートで約3310万円)で落札されている。
Photo by Mark Kauzlarich.
ここからが興味深い展開となる。カリ・ヴティライネン氏が自身の作品と対峙することになるからだ。私が2024年に見たなかでもお気に入りのひとつであるこのモデルは、1994年に製作した初のトゥールビヨン懐中時計を記念して発表されたものだ。ちなみにその懐中時計こそがピーター・バウムバーガーの目に留まり、彼を初期のサポーターとして引き込むきっかけとなった。この20周年記念モデルは、オリジナルの懐中時計の構造から着想を得ており、より伝統的なストレートラグとコインエッジベゼルを採用。ケースサイズは直径40mm、厚さ13mmとなっている。ただしムーブメント側は、改良されたUJ-1に比べるとやや詰まった印象がある。美しさは健在だが、その佇まいは審美的な完成度というよりも手仕事の職人技を強調する方向に寄っている。価格はローズゴールドで27万5000スイスフラン(日本円で約5080万円)、ホワイトゴールドまたはプラチナで27万8000スイスフラン(日本円で約5140万円)だ。
Photo courtesy Greubel Forsey.
職人技にさらに傾倒しているのが、グルーベル フォルセイのハンドメイド 1(および現在のハンドメイド 2)である。このふたつを取り上げたのは、それぞれの時計が年に2~3本しか製造されず、いずれもUJ-1と同様にウォッチメイキングにおいて独自の要素を備えているからだ。その名が示すように、これら2本のグルーベル フォルセイの作品は(サファイアガラスとルビーを除き)すべてが完全な手作業によって製作されている。この点において、同社はほかとは一線を画す存在だ。一方で、ハンドメイド 1はトゥールビヨンを搭載しているが、グルーベル フォルセイのディファレンシャル デガリテのようなルモントワールは備えていない。ハンドメイド 2はトゥールビヨンを省き、その代わりにUJ-1のパワーリザーブのデザインに似た、世界初の円錐型サファイア製コーン&感知子式パワーリザーブ表示を採用している。いずれも仕上げは驚異的であるが、それに劣らぬ価格もまた特筆に値する。ハンドメイド 1は約90万ドル(日本円で約1億3260万円)、ハンドメイド 2は約77万5000ドル(日本円で約1億1420万円)だ。
最後に紹介するのは、今年初めに発表されたダークホース的なモデルである。詳細なレビューやハンズオン記事はまだ出していないが、アーノルド&サンのコンスタントフォース トゥールビヨン 11(11本限定)のウォッチメイキングは素晴らしい。ほかのモデルに比べてje ne sais quoi的な魅力(なんとも言えない魅力)、アイデンティティにはやや欠けるかもしれないが、技術的な観点から見れば、コンスタントフォース機構とトゥールビヨンを組み合わせた時計は十分に注目に値するリリースだ。この時計については、今年初めにエド・シーラン(Ed Sheeran)氏が『TIME』誌で着用し、私たちを驚かせたときに軽く触れた。なおジョン・アーノルドはアブラアン-ルイ・ブレゲと同時代を生きた人物であり、最終的に特許を取得し開発したのはブレゲだったがトゥールビヨンを考案したのは彼である。そしてこのモデルは今回挙げたなかで最も“手が届きやすい”価格帯に位置し、14万7100ドル(日本円で約2160万円)となっている。
総括
すでに標準的なハンズオンの文字数を優に超えてしまったので、ここからは簡潔に述べたい。UJ-1は、ウルバン・ヤーゲンセンの再始動における予想外の展開を象徴するモデルである。盛大なローンチパーティ、世界的な著名写真家が撮影し、世界的アーティストを起用したブランディングパッケージ、そしてニシンと一緒に皿に盛られた時計の写真など、投資家たちがこのブランドを単なる職人的なインディペンデントとしてではなく、F.P.ジュルヌのように年間1000本の機械式時計を生産するスケール感を持った本格的な商業ブランドとして本気で育てていこうとしている意図は明らかだ。
私たちのインタビューによると、ヴティライネン氏はブランドの成長速度についてはより保守的な考えを持っているようだが、彼らが公言するとおりクオリティの維持を最優先にするのであれば、この野心的な路線に問題はないと考える。唯一、長期的な観点での懸念があるとすれば、それはF.P.ジュルヌ、ヴティライネン、MB&Fといったブランドがいずれ直面するであろう課題、すなわち創業者やウォッチメイキングの中核を担ってきた人物がいなくなったとき、ブランドがどうあるべきかという問いである。
しかし、ブランドの再始動にあたってはあらゆる要素が検討されただけでなく、リリースされた各モデルのほぼすべての構成要素についても同様に綿密な検証が行われたことは明らかだ。率直に言って、近年これほどの完成度をもってブランド再始動の礎となった腕時計はほかに類を見ない。UJ-2およびUJ-3とあわせて、今後の成長に向けた堅実な土台が築かれたと確信している。
ウルバン・ヤーゲンセン UJ-1 250周年記念トゥールビヨンの詳細については、こちらをご覧ください。
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