ADVERTISEMENT
オリジンストーリー
ニトン(Niton)には、オリジナルと復活というふたつのオリジンストーリーがある。このブランドは1919年にジュネーブで誕生した。創業者は時計師のオーギュスト・ジャネット(Auguste Jeannet)とヴァシュロン・コンスタンタン(Vacheron Constantin)の元従業員であるアルフレッド・ブルカン(Alfred Bourquin)、エドゥアール・モレル(Edouard Morel)だ。ブランド名はジュネーブ港にある航海のための国家測地基準点となっている岩、ピエール・デュ・ニトン(Pierres du Niton)に由来する。ブランドは彼らの活動によって超薄型時計、角型ムーブメント、芸術的な創作、そしてジャンピングアワーでその名を知られるようになった。1920年代から30年代にかけて、彼らのムーブメントはパテック フィリップ、カルティエ、ショパール、ギュブラン、ヴァン クリーフ&アーペル、そして世界中のさまざまな独立系ジュエラーに採用されていた。
1935年製の18Kホワイトゴールド製ニトン ジャンピングアワーはボナムズで落札。
ジュネーブ・シールが刻印されたニトンのジャンピングアワームーブメント。Courtesy Bonhams
ニトンの懐中時計。Courtesy Adam Victor
現代のブランド調査によれば、このあまり語られなくなっていたブランドは当時ジュネーブ・シールの認定申請を最も頻繁に行っていたメーカーのひとつであり、クロノメーター認定でも常にトップ3に入るブランドだった。1928年にブランドはジャンピングアワー表示を登録し、これがニトンの最も象徴的な特徴となった。
2次時計市場で見かけるニトンの時計で最も一般的なのは、コンパクトながら象徴的な表示方式を持つものだ。時表示用の小さな窓と、分・秒を表示するインダイヤルを備えている。しかし当時の多くのブランドと同様にニトンも存続に苦しみ、1940年代に製造権がエボーシュSAに売却された。その後、1957年にサーカー(Sarcar S.A.)の創業者であるカルロ・サルザーノ(Carlo Sarzano)によって買収され、最終的に同ブランドへ完全に統合されたことでニトンの名は使われなくなった。
現在、ブランドは共同オーナー兼ブランドディレクターのレオポルド・セリ(Leopoldo Celi)氏と、共同オーナー兼プロダクトディレクターのイヴァン・ケテラー(Yvan Ketterer)氏のリーダーシップの下で復活を遂げた。ふたりは長年の友人であり、ウォッチメイキングにおける信頼し合える仲間だが、この新しい役割に至るまでの道のりは異なっている。セリ氏(37歳)はイタリアで生まれ、フランスで育った。LVMHの飲料部門でマーケティングとコミュニケーションに携わったあと、時計の世界へ飛び込み、2017年にフーガ(Fugue)というブランドを立ち上げた。その後、2020年にカール F.ブヘラ、2021年にオーデマ ピゲ、2022年にジラール・ペルゴを経て、2024年からは独立時計師のドミニク・ルノー(Dominique Renaud)氏と共に働いている。
ケテラー氏(54歳)にとって、時計づくりは血筋により刻まれたものだ。実際、鳩時計はフランツ・アントン・ケテラー(Franz Anton Ketterer)の発明とされている。ケテラー氏は過去15年間、多くのブランドのために高度な専門業務を行ってきた。それ以前の20年にわたるキャリアでは、ジラール・ペルゴでクリエイション&プロダクトディレクターを10年間務めたほか、ティソ、ジャンリシャール(Jean Richard)、ヴァルジン(Valgine)でも同様の役割を担い、キャリアの初期にはゼニスで時計師として活動していた。さらにそれ以前、WOSTEP(Watchmakers of Switzerland Training and Education Program)の学生時代には、カリ・ヴティライネン(Kari Voutilainen)氏、グローネフェルト(Grönefeld)兄弟、ステファン・サルパネヴァ(Stepan Sarpaneva)氏らと共に学んでいる。
約3年前、自身の家族の歴史を調べていたケテラー氏は、かつてヴァシュロン・コンスタンタンの社長を務め、ニトンにも関わっていた遠戚のジョージ・ケテラー(George Ketterer)の存在を知った。その際、ブランドの商標登録が失効し、所有権が誰の手にも渡っていないことに気づいたケテラー氏は、この歴史的ブランドを自分たちの手に確保すべく、すぐに行動を開始した。
私たちがニトンを愛する理由
私は時計の世界に入って以来、ジャンピングアワーに強い関心を抱いてきた。古いユニバーサルやスピルマン(Spillmann)製のケース、スプリットセコンドクロノグラフなどのオンラインデータベースを漁っていた際、伝説的なタンク ア ギシェに出合い、即座にそれが特別なものであると直感した。調査対象としてニトンにも狙いを定めたが、価格はすでに手の届かないところまで上がっており、最終的に安価な代替品としてミドーのジャンピングアワーに落ち着いた(もっとも、状態のよい個体は滅多に残っていないのだが)。
さて、どうやら世界中がその魅力に気づいたようだ。タンク ア ギシェが復活しただけでなく、それだけにとどまらない。フィアーズやクリストファー・ウォードがジャンピングアワーを発表した。チャペック、マエン(Maen、ニコ・レオナード/Nico Leonard氏とのコラボ)、スペースワン、そしてオーデマ ピゲまでもが名を連ねた。かつては斬新な(そして正直に言えば、時に読み取りにくい)存在だったものが、いまやあらゆる価格帯で、至るところで見られるようになった。現在ジャンピングアワーを作るなら、それ以上の付加価値を提供しなければならない。ニトンはまさにそれをやってのけたのだ。
ニトン プリマはプラチナまたはローズゴールド(RG)製のケースを採用した各19本、合計38本の限定モデルだ。19という数字はブランドの創業年である1919年にちなんでいる。サイズは縦35.5mm×横27mm、ラグ・トゥ・ラグ42mm、厚さはわずか7.9mm(先日発表されたオーデマ ピゲよりわずかに大きいケースサイズながら、より薄い)。バーティカルサテン仕上げが施されたケース前面は、ポリッシュ仕上げを施した傾斜のついたサイドへとつながり、ラグ幅は19mmで、シースルーバックを採用している。ダイヤルにはサファイアクリスタルで覆われたオープンエリアがあり、ロジウムまたはRGメッキを施したオパリン仕上げのダイヤルベースが見える。そこにはブルーメタリックのアプライドインデックスとアプライド針、ブルーメタリックの秒針が配され、アズラージュ仕上げを施したミニッツディスクが備わっている。ダイヤル側のこうした仕上げも素晴らしいが、内部にはさらに多くの仕掛けが隠されている。
これは単なるジャンピングアワーではない。自社製の手巻きCal.NHS01は、ソヌリ・オ・パサージュ(編注;毎正時にチャイムの音で時間を告げる機構)とクロノメーター認定を備え、さらにジュネーブ・シール認定を取得するムーブメントだ。ブランド初の製品で、クロノメーターとジュネーブ・シールの認定を両立させた時計というのは私の知る限り前例がない。このムーブメントにはケース内側の側面にある、手作業ではんだ付けされた銅製ゴングを正時に叩くハンマーが備わっている。ほかのソヌリのように音楽的に鳴り響くというよりは、時刻の切り替わりを唐突に告げるような音だ。また、この時計には一種のゼロリセット機構も搭載されている。リューズを引くと秒針が次の0秒の位置で停止するため、安全かつ容易に時刻を同期させることが可能だ。
ムーブメントの仕上げはやや独特で、より伝統的なものを期待する人々にとっては好みが分かれるかもしれない。ニトン プリマの価格はRG製のモデルが4万4750スイスフラン(日本円で約910万円)、プラチナモデルが4万7750スイスフラン(日本円で約970万円)となっている。
次のステップ
ニトン プリマは合計38本の限定だが、ジャンピングアワーがなくなるわけではない。この最初のコレクションは、ブランドを立ち上げるためのスースクリプション(予約申し込みモデル)と位置づけられている。将来的にはこの複雑機構やムーブメントを用いたさらなる展開が予定されているが、それらは最初の発売モデルと同じ姿にはならないだろう。しかしニトンには、数あるジャンピングアワーモデルを製造するブランドのひとつとしてだけでなく、それ以上の魅力が確かにある。新作時計の市場は常に変化しており、1930年代や40年代にはブランドを支えきれなかった要素が、今やコレクターたちが必死になって手に入れようとする時計となっているのだ。幸運なことに、ニトンの過去のカタログにはそうした時計が数多く眠っている。
「確かに、ジャンピングアワーはいくつか存在します」とセリ氏は語る。「しかし、スクエアウォッチやレクタンギュラーウォッチといった造形的な時計全体への関心も高まっています。時計が実用的な道具以上に、ますます宝飾品に近づいていると私たちは実感しています。その意味でニトンはトレンドに乗っていると言えますし、将来的にできることはたくさんあります。他ブランドが2次流通市場で得ている結果以上に、私たちの歴史のなかに認められる確かな価値こそがニトンを再始動させる原動力となりました」
ニトンのVシェイプムーブメント。Courtesy Musee d'Art et d'Histoire de Genève
「例えば、ニトンのムーブメントがジュネーブ美術・歴史博物館(Musée d'Art et d'Histoire)に収蔵されているという事実はこのブランドがスイスの芸術史の一部であることを示しています。また、すでにコレクターの基盤も存在します。ニトンを愛するファンのInstagramアカウントがありますが、それは私たちが何ら働きかけることなく生まれたものです」
ヴィンテージのジャンピングアワー。Courtesy Piguet – Hôtel des Ventes
ブランドの現在の目標は規模の拡大だ。現在、製造はすべて外部で行っている。ジュネーブ・シールの認定を受けるにはジュネーブに登録された人物が組み立てを行う必要があり、セリ氏はWatches & Wondersのころまでには自社でその担当者を雇用したいと考えている。技術的にはセリ氏もケテラー氏も時計師であるため、彼らが登録して作業を行うことも可能だが、製造のさらなる内製化を進める前に、まずは別の専門家を招き入れる計画だ。とはいえ、この歴史的ブランドはもともと専門部品のエキスパートである外部サプライヤーに支えられてきた経緯があり、ニトンは今後もその手法を継続していく方針だ。
ニトンおよびニトン プリマの詳細については、ブランドの公式サイトから。
話題の記事
One to Watch 歴史的なジャンピングアワーメーカー ニトンがヴィンテージとモダンのスタイルを融合させた“プリマ”で復活
Hands-On ブライトリング ナビタイマー B01 クロノグラフ 43 Aston Martin Aramco Formula ONE™ teamを実機レビュー
Photo Report ダカール・ラリーの砂丘にて