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Interview エルメスのフィリップ・デロタル氏が語る。エルメスを貫く、ものづくりのフィロソフィー

エルメス・オルロジェ クリエイティブ・ディレクター、フィリップ・デロタル氏が来日。エルメスウォッチの魅力を自らの言葉で語る。

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時計専業メーカーとは異なる視点から生み出される、独創的なウォッチメイキングで話題を集めるエルメス。そんなエルメスの時計部門、エルメス・オルロジェのクリエイティブ・ディレクターとして、長年にわたりその唯一無二のクリエイティビティを発揮するフィリップ・デロタル(Philippe Delhotal)氏へインタビューをする機会を得た。

 Watches&Wonders 2025で発表されたふたつのタンシュスポンデュの見どころにはじまり、エルメスにおけるものづくり、クリエーションの哲学について彼の口から語られたが、そこにはエルメスというメゾンがなぜこんなにも多くの人を魅了するのか? という問いに対する答えがあった。

フィリップ・デロタル(Philippe Delhotal)
1962年、フランス生まれ。エルメス・オルロジェクリエイティブ・ディレクター。パテック フィリップ、ヴァシュロン・コンスタンタン、ピアジェ、ジャガー・ルクルトなど名だたる高級時計メゾンや、高級時計ケースメーカー、ムーブメントメーカーでデザイナーをはじめとする要職に就いたのち、2008年よりエルメス・オルロジェにてクリエイティブ・ディレクターを務める。©Team Whaaat!

佐藤杏輔(以下、佐藤)

Watches&Wonders 2025で発表した新作の見どころを改めてお教えください。

フィリップ・デロタル(以下、デロタル氏)

 私たちは今年、2011年に誕生したタンシュスポンデュをベースとした新作を発表しました。この時計は私たちが初めて製作した自社製コンプリケーションで、このムーブメントを軸にほかの時計メーカーとは違う、私たちならではの時計づくりについて考えるきっかけとなりました。それというのは、時間を取り巻く考え方になりますが、これはほかの時計メーカーとは異なる向き合い方、時間の捉え方です。

 忙しく、ストレスが重なるような場合、“ちょっと時を止めてしまいたい”、“ひと休みしたい”と思われた経験はどなたにもあるのではないでしょうか? 実際に時間を、時計を止めてしまう方はいないと思いますが、それなら私たちは皆さんがしないことを逆にしてみようと考えたわけです。これは伝統的な時計づくりにはない時の捉え方でしょう。タンシュスポンデュは、これまで存在しなかった機能、つまり“時を止める”という機能を持つ時計ということで多くの反響をいただき、その年のGPHG(ジュネーブ時計グランプリ)で最優秀メンズウォッチ賞という大切な賞をいただきました。この時計によって、エルメスの時計はジャーナリストの方や、多くのお客様から広く認知していただき、皆さんの目に留まるきっかけとなりました。

 タンシュスポンデュはとても象徴的で、私たちにとって本当に大切な存在ですが、2015年ごろに一度生産終了となりました。一方で多くの方から“とてもいい時計だった”、“またあの時計を見たい”という声を常にいただいていたのです。そこで2年ほど前から開発を進め、今回2025年のWatches&Wondersで新たなコレクションとしてタンシュスポンデュを発表することになりました。

 いくつか変更点はありますが、マニュファクチュールムーブメントを引き続き搭載しています。時を止めるという点はひとつ目のバージョンと同じですが、この機能はほかの時計にも搭載できると考え、エルメス カットにも与えました。それが新作のエルメス カット タンシュスポンデュです。

アルソー タンシュスポンデュ エトゥープダイヤル
663万3000円(予価)

18Kホワイトゴールドケース、アリゲーター・マットストラップ。ケース径42mm。3気圧防水。自動巻き(エルメス・マニュファクチュール製 H1837)。2025年8月頃発売予定。

エルメス カット タンシュスポンデュ
750万2000円(予価)
18Kローズゴールドケース&ブレスレット。ケース径39mm。10気圧防水。自動巻き(エルメス・マニュファクチュール製 H1912)。2025年8月頃発売予定。

佐藤

新しいアルソー タンシュスポンデュではシースルー文字盤が使われています。これはどのようなことを表現しようと選ばれたのでしょうか?

デルタロ氏

 透けて見える文字盤は私たちの時計づくり、つくる者としての矜持と言いますか、そういった矜持を可視化したいという思いがありました。また透けて見えることによって、1作目と比べると軽やかな雰囲気が強まったと思います。私たちのクリエーション、作り手としてのチャレンジを突き詰めてこのカタチになりましたが、とても満足できる結果になりました。あとは色合い、カラーですね。まずはブルー。ブルーは使いやすいですが、本作の柔らかな青はあまり見かけない色かもしれません。そしてルージュ・セリエ、これはエルメスならではの色と言えるでしょう。濃いブラウントーンのダークレッドはとても大胆で思い切った色だと思います。この色は私たちエルメスというメゾンのシグネチャーといいますか、時計以外でも使われていますが、今回アルソー タンシュスポンデュを再びお披露目するのに、このルージュ・セリエはとても効果的なものになったのではないかと思います。

アルソー タンシュスポンデュ ルージュ・セリエダイヤル。18KWGケース、ルージュ・セリエアリゲーター・リスストラップ。663万3000円(予価)。2025年8月頃発売予定。

エルメス カット タンシュスポンデュ ルージュ・セリエダイヤル。18Kローズゴールドケース&ブレスレット。ケース径39mm。10気圧防水。自動巻き(エルメス・マニュファクチュール製 H1912)。750万2000円(予価)。2025年8月頃発売予定。

佐藤

エルメス カットでもタンシュスポンデュが登場しました。2作目にしてアイコニックな機能の搭載を決めたのはなぜですか? そしてこの時計にはランニングインジケーターが付いていますが、その理由をお教えください。

デルタロ氏

 逆に言えば、どうしてエルメス カットにこの機能を載せないでいられるでしょう? タンシュスポンデュには時を止める、あるいは宙に浮かぶ時という意味がありますが、これまでとは違う時間、ひとときを生きる、そういった意味合いもあるのです。

 アルソーがどこかクラシカルな姿をしているのに対して、エルメス カットは日常的に使っていただきやすいスポーティなイメージがあります。活発な女性がイメージできますね。そんな活発な女性が、ちょっと時間を止めたいということがあるかもしれませんよね? そうした方々にぴったりではないかと考えています。

 そしてアルソーとエルメス カットではなぜ機能が少し異なるのかという理由ですが、これは純粋にムーブメントの直径の違いです。男性用のムーブメントをこの39mmのエルメス カットには使うことができなかったため日付の表示が載せられなかったということです。この時計の小さな針を秒針だとお思いの方が多いのですが、これは秒針ではありません。時計とは反対回り、逆方向に24秒間で1周する針です。これが意味するのは、この一瞬の時を止めたとしても、時計、その心臓自体は動いているという証ですね。

4時位時にある小さな針が、24秒で1周(逆回転)するランニングインジケーター。

佐藤

針が24秒で1周するということに、何か意味はあるのですか?

デルタロ氏

 これは遊び心です(笑)。私たちエルメスの第1号店がパリのフォーブル・サントノーレ24番地にあるということで、その数字にかけた遊び心として、針が24秒で1周する仕様にしました。

©Tom Johnson

佐藤

ほかにはどんな新作がありますか?

デロタル氏

 とても美しい新作としてマイヨン リーブルがあります。ジュエリーのような時計ですが、リーブル(Libre)、つまり“自由”という名が示すようにさまざまな使い方が可能です。ペンダントのように、ときにはブローチのように、あるいはポケットに入れて携帯しても結構ですし、どんな場所へも持ち歩いていただけます。また、メティエダールと呼ばれる芸術的なコレクションもあります。メゾンのスカーフをモチーフとすることが多く、そのデザインを私たちの卓越した技術を持つ職人たちがきわめて美しい時計に仕上げてくれています。今回の新作のなかで特に目を引くのは、アルソー ロカバール ドゥ リールでしょうか。

アルソー ロカバール ドゥ リール

2706万円(税込予価)

エルメスの代名詞のひとつであるシルクスカーフの“ロカバール ドゥ リール”に登場する馬がモチーフ。立体的な馬にミニアチュールで細密画を描き、背景はホースヘアによるマルケトリ(象嵌細工)を配する。9時位置のプッシャーを押すと、繋がったバネ構造で写真のように舌が出てくるというギミックを備える。18KWGケース、アリゲーターストラップ。ケース径41mm。3気圧防水。自動巻き(エルメス・マニュファクチュール製 H1837)。2025年10月発売予定。©Joël Von Allmen

佐藤

マイヨン リーブルのようなアクセサリースタイルの時計は、どちらかと言えば女性的な印象が強いと思いますが、メゾンのイメージビジュアルには男性が登場します。これにはどのような意図があるのでしょうか?

デルタロ氏

 確かにマイヨン リーブルは一見すると女性らしいと考える方が多いかもしれませんが、ペンダント、あるいはブローチの形でお使いいただくなら違和感なく男性でもお使いいただけます。私自身も、例えばジャケットの襟元に差して、ちょっとした夜の外出のときに使ったりするのにいいと思っていますし、そうした意味では特段、性別を意識せずにお使いいただけるのではないでしょうか。男性でもサイズやスタイルが好みに合えば自然と使っていただけると思います。それに最近はあまり男性用、女性用ということは言わなくなってきましたね。サイズ感から自身の好みに合うかどうかを考えることが増えているのかもしれません。

 とてもおもしろい傾向ですが、私たちは当初エルメス カットを女性向けに発表しました。ですが、これをお持ちである女性のパートナーが時計を貸して欲しいということで、男性が女性から奪い取って使うというケースも多く、いつもとは逆の現象が起きているというのです。女性が男性のものを横取りするということはよくありますが、ようやく男性も女性のものを横取りできるようになったということですね(笑)。

 特に意識していたわけではないですが、36mmにしようと考えたとき、全体としては文字盤が小さく、時計が小さくなる傾向もありますが、この仕上がり、デザインを見た際に男性でも使いたいと考える方が出てくるかもしれないということは感じていました。クリエーションにとって大事なことは自由であることですね。何もかも決めて進むというよりは、自由に進んだ先に見えてくるものが大切だと思うのです。

マイヨン リーブル ブローチ。18KWGケース。ビーズセッティングされたブリリアントカットのダイヤモンド(44 個)。ケース径35×23mm。非防水。スイス製クォーツ(ETA E01.701 H4)。1207万8000円(予価)。2025年12月頃発売予定。

佐藤

以前あるインタビューのなかで、エルメスのクリエーションの強みは必ずしも制約がない、自由であることだとおっしゃっていました。そうした自由な発想は、どんな瞬間に生まれるのでしょうか。

デルタロ氏

 まったく制約がないと方向性がバラバラになってしまうこともあります。何かを選ぶとき、予定していたものとは違う道を選択するという自由はありますが、ある程度の制約、あるいは緊張感があってこそクリエーションが成り立つ。クリエーションするにあたっては、一種の制約というのも必要だと考えます。

 何かを生み出すとき、その結果、回答として私たちに見えてくるのは、視覚的な結果、そして同時にエモーショナルな、感情に訴えるものかどうかという両方があると思うのです。うまくいったと満足できるのはバランスが豊かなもの、フォルムが心地よく、美しいものとなった時。やはり美しくなければ成功とは言い難いですね。フォルムを見て、とても快適で心地良さを感じられる。それがビジュアル、あるいはエモーショナルに訴える素晴らしい回答に繋がるのだと思います。クリエーションの成否は、そうしたところにかかってくると思うのです。プロポーション、フォルム、バランス。そうしたものを見たときに感じる、感覚としての美しさ。それがないものには違和感を覚えますし、そうしたものをセンサーのように私たちは感じ取っています。

©Tom Johnson

©Tom Johnson

佐藤

適切なフォルムやプロポーション、そうしたもののバランスが大切だとおっしゃいましたが、その最適解を決めるポイントはありますか? 例えば、外的な影響か、それともご自身のなかに指針となる何かがあるのでしょうか?

デルタロ氏

 例として時計で考えてみましょう。時計の文字盤ですね。基本中の基本です。文字盤は時計の顔と言われるくらいですから。けれども、この文字盤のバランスが生きていなければ、皆さんからすぐに忘れられてしまいます。この文字盤のバランスとは何でしょうか? 数字のプロポーション、針の長さ、さまざまな構成要素がありますが、ひとつとして偶然にそうなっているものはありません。すべてバランスを考慮して、それをひとつに組み合わせて作り上げる。そこがうまくいかないと文字盤のバランスが崩れてしまうわけです。

 それを判断する基準や決まり、レシピのようなものがあるわけではないので、そこはやはりクリエイターの感覚になると思います。見たときにそれをバランスよく感じられるかどうか。それは文字盤の構成要素もそうですし、色もありますね。ほかにも時計のブレスレットやストラップと文字盤のハーモニーが取れているかどうか。色としても調和が取れていなければ、やはりバランスが崩れてしまいます。

 バランスというのは時計に限ったことではありません。例えば、ワインの味わい。“このワインはバランスが取れている”というような言い方をしますよね。料理もそうだと思いますが、この味わいのバランスというのは感性として私たちが感じるものです。時計に関しても、文字盤とケース、あるいはインデックスとのバランスなど、本当に至るところでこのバランス感覚が現れてくるのです。

佐藤

2024年に発売した『HODINKEE Magazine Japan Edition Vol.8』の特集のなかで、デザインに関するインタビューを掲載しました。そのなかで時計のデザインに明確なルールはないが、エルメスらしいスタイルでなければならないとおっしゃっています。そのエルメスらしさとは、どんなことだと思いますか?

デルタロ氏

 何かが生まれる瞬間というのは、例えば職人がものを作っていくなかでそれが美しいものとなるか否か。エルメスのオブジェたるものか否かという場合、そうであると言えるとしたら、それはとてもシンプルなもの、特別なもの、ほかにはないもの、そしてとても質が高いものであるということだと思います。これは先ほどのバランスというと問題にも繋がっていますが、エルメス的なオブジェというのは、あまり過度になりすぎない、過剰になりすぎないという要素があります。エルメスでは引いていく、削ぎ落としていくという作業が重要です。

 特に言えるのは素材の良さですね。触れたときの肌触り、心地良さ。この素材の素晴らしさに触れた際に私たちは感覚として感じ、カッティングやフォルム、そうしたものから“これはエルメスだ”と言えるものが見いだされる。これこそが、エルメスの時計であるとワクワクさせるものになると考えています。

 我々のブティックに入っていただき、そこに並ぶオブジェを見るというシーンを想像してください。そのオブジェを見て、なぜそれが自分の目に留まるのか。なぜ心が引かれるのか。ほかのメゾンのブティックでは感じられない何かを、なぜここでは感じることができるのか? それこそがエルメスにしか作れないものなのです。ほかで見つけられるものであれば、エルメスに来る理由はありません。エルメスでしか見つけられないもの、ここにしかないものがあるからこそ、わざわざ皆さん来てくださるのだと思います。これは時計においても同じことが言えますね。

佐藤

最後の質問です。エルメスのクリエーションは日常にあるものでなくてはならない。つまり、どこかにしまっておくようなものではなく、使う楽しさやエモーショナルを掻き立てるものでなければならないということを、あるインタビューのなかで答えられています。その理由にはどんな考えがありますか?

デルタロ氏

 やはりエルメスのオブジェは、引き出しにしまい込むようなものではなく使っていただくものです。これは時計だけに限らず、バッグなどもそうですね。使うことで心が豊かになる。私たちの胸が震えるもの、感性が豊かになるもの。これこそがエルメスがこの世界を生きているということです。例えばレザーであれば、時間とともに革の質感が変わり風合いが増してくるということ。あるいは色合いやフォルムが変化していくということもあるでしょう。エルメスのオブジェは、そうした時を重ねるなかで、日常のなかで皆さんに愛していただくものだと思っています。

 これ以上ひどいことはないと思うのは、コレクションをしまい込んで使わないことです。これは私にはまったく理解できないことです。時計は使うためにあるものですよね? 例えばワインもそうです。ワインは飲むためにあるのですから、飲まないと意味がない。オブジェというのは、それを生かす、それとともに生きるということが大切なのだと思います。私たちの身の周りにあるものすべてがそういうものなのです。そのオブジェにふさわしい生き方、生かし方があるのだと。

 私たちは難しいことをしているわけではありません。エルメスというのは現実に根ざしたメゾンです。その現実とともに職人たちが作り上げ、シンプルでほかにはない特別なものづくりをしている。日々美しいものづくりに携わっているというシンプルさこそエルメスが大切にしていることで、決してありもしないことをしてるわけではないのです。

そのほかの詳細は、エルメスの公式サイトをクリック。

特に記載のない写真は、すべてby Kyosuke Sato