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Photos by Mark Kauzlarich
もしあなたがまだ見ていなければ、フィリップスはバックス&ルッソ(Bacs and Russo)との提携による設立10周年を記念して、時計収集の歴史のなかで最も信じ難いオークションカタログのひとつを公開している。11月8日と9日にジュネーブのホテル プレジデントで開催されるこの“Decade One”オークションは、ビッグロットが満載なだけでなく、現代の購入者のために信じられないほど多様なセレクションを提供している。
“今、歴史となった”。これはオーレル・バックス(Aurel Bacs)氏が1775万ドル(当時のレートで約20億円)で落札されたポール・ニューマン デイトナのハンマーを最終的に叩きつけたときに発した言葉だ。
オーレル・バックス(Aurel Bacs)氏とリビア・ルッソ(Livia Russo)氏の指導の下、このオークションハウスの時計部門が過去10年間で市場を形作る上で大きな役割を果たしてきたことに疑いの余地はない。ロレックス “ポール・ニューマン” デイトナの売却だけでも、我々の趣味の歴史のなかでヴィンテージ収集の可能性を広げ、世界的な注目を集めるためにほかのどの瞬間よりも貢献した可能性が高い。
フィリップスからのステンレススティール製パテック フィリップ Ref.1518。こうした時計を2本も一般公開の場で見ることができ、ましてや販売されるというのは滅多にない。いや、ほとんど前例のない特別な年だ。
記録破りの可能性を持つオークションを開催することが目的のひとつであることには、ほとんど疑いの余地はないだろう。これはある種、地球上で最も高額なアイテムのいくつかを揃え、市場と時計収集全体における10年間を回顧するものだ。スティール(SS)製パテック Ref.1518の出品は、2016年にフィリップスで同モデルが記録的な価格で売却されたのを懐かしく思い起こさせるものであると同時に、今回の入札者を再び記録更新へと誘い込むための戦略でもある。しかし多くの出品作はより健全で情報が行き届き、識別力があり、高値を支払う意欲のある、成長の見込みがある市場を反映している。
ロット80は、推定落札価格が30万スイスフランから60万スイスフラン(日本円で約5730万~1億1460万円)の信じられないほど素晴らしいパテック フィリップ Ref.2438/1であり、残念ながら現代の市場で影が薄くなってしまった、昔ながらの魅力のひとつを象徴している。しかし依然としてそれはキラーピースだ。また、パテックのパーペチュアルカレンダーのなかで全体的に最も生産数が少ない。これは夜光ダイヤルを特徴とする唯一知られているRef.2438であり、ほとんどのRef.2438はバトンまたは砲弾型インデックスを備えている。Photo courtesy Phillips
この“Decade One”オークションには213のロットがあり、私が8月に行ったエクスクルーシブなプライベートプレビューで時計を精査した際、その少なくとも4分の1について、それぞれ数百字の解説を簡単に書くことができたことに気づいた。また、私はこのようなカタログが過去10年間と、次の10年間について何を語っているのかも回顧した。バックス&ルッソとフィリップスが提携し始めた最初の3年間は、そのオークション市場に特に熱心ではなかったことを認めるが、2018年までには積極的に追うようになっていた。ここにカタログから得られた6つの大きな教訓を提示する。
変われば変わるほど、変わらないものもある
この10年で市場は確かに進化を遂げたが、その詳細は後述する。しかし10年経った今、我々は同じ優良株のリファレンスの再来を目にしている。パテックのRef.1518とRef.2499、ポール・ニューマン デイトナ、そしてオマーンのスルタンのための特注時計が、推定落札価格が50万スイスフラン(日本円で約9500万円)から始まる(したがって100万スイスフラン/日本円で約1億9000万円を超える)すべてのロットを構成している。フィリップスの価格設定戦略から、彼らはこれらの時計がはるかに高い価格で落札されることを期待している。
もしこれらがトップロットとして驚くべきリファレンスでないとしても、これらは少なくとも信じられないほど傑出した個体だ。SS製Ref.1518(推定落札価格800万スイスフラン/日本円で約15億2600万円以上)は驚くべきもので、最後に2016年に売却されたときと比較して、完全に未着用の状態に見えるトップコンディションだ。この時計は前回の売却以来、実際には金庫に保管されていたという噂を複数の情報源から聞いているため、これは理にかなっている。
現在市場に出ているもうひとつのRef.1518Aはダヴィデ・パルメジャーニ(Davide Parmegiani)氏によって私的に仲介されており、より“個性”とパティーナのある時計を好むオーナーの愛着が感じられるまったく異なる存在だ。フィリップスの個体はケースとダイヤルがはるかにシャープであり、購入者は特に1000万ドル(日本円で約15億2400万円)以上の時計を検討する際にその小さなディテールを吟味することになるだろう。
2番目に高い推定落札価格(120万スイスフランから240万スイスフラン/日本円で約2億2900万~4億5800万円)が付けられているのは、ピンク・オン・ピンクのRef.1518の美しい個体だ。エジプトのモハメド・テューフィック・A・“T.A.”トゥーソン(Mohammed Tewfik A. “T.A.” Toussoun)王子のピンク・オン・ピンクの時計が達成した960万ドル(当時のレートで約10億9000万円)の価格と比較すると、記録を破ることはないはずだ。あちらは市場に出てきた最も優れた個体のひとつと見なされていた一方、こちらのケースはより柔らかく、ダイヤルにはいくつかのしみ、傷、えぐれがある。
とはいえ、ピンク・オン・ピンクのRef.1518は約15本しか知られていないため、市場に出ればどれも高値で取引されるだろう。イエローゴールドのRef.1518がこのトリオを締めくくる。この個体は素敵なホールマークを刻んだケースと、パテック フィリップによって修復されたダイヤル(これはディーラーやコレクターのあいだでいくつかの議論を引き起こしている)を備えており、全体的に少しパンチに欠けるが、20万スイスフランから40万スイスフラン(日本円で約3800万~7600万円/最低価格は7年間でRef.1518としては最も弱い)よりは高く落札されるはずだ。
ウェンガー社製ケースを備えたパテック フィリップ Ref.2499 ファーストシリーズ。Photo courtesy Phillips
2本のRef.2499が出品されており、どちらも平均的なものではない。ギュブラン(Gübelin)サイン入りの第4世代のRef.2499はかなり力強く見えるが、今回はウェンガー社製ケースを備えたきわめて素敵なファーストシリーズ(28本製造されたうちの1本)によってサイン入りのRef.2499が影が薄くなるという珍しいタイミングだ。それは本当に美しくありのままの状態で、少しパティーナがあるがシャープな窓を備えている。ケースには完全なデッドストックではないとしても、あなたが望むであろう形状とホールマークがある。要するにこれらはプラチナ製や、アスプレイのサインが入った個体ではないかもしれないが、過去10年間の市場を総括するオークションであなたが見たいと本当に望む類のRef.2499なのだ。
素晴らしいデイトナが笑ってしまうほどの数ある。
そしてロレックスだ。ある意味で、これらの時計が過去10年間にわたる時計収集のブームにより大きな責任を負っている。2017年の象徴的な売却後、誰もがポール・ニューマン デイトナを持っているように感じる。しかし今回出品されているこれらはワイルドな個体だ。
推定落札価格が50万スイスフランから100万スイスフラン(日本円で約9500万~1億9000万円)の初期のRef.6239 “ゴールデン パゴダ”がある。これは2018年にフィリップス デイトナ アルティメイタムで94万8500スイスフラン(当時のレートで約1億700万円)で売却されたあと再登場した。この時計は言葉にするのが難しいほど素晴らしいが、ゴールド製で製造されたRef.6239のすでに少ない数(約300本)のなかで、これより優れたシャンパン ポール・ニューマン Ref.6239は世界に存在しないだろうと私は想像している。アメリカ市場向けのシャンパーン ポール・ニューマン Ref.6241(推定落札価格35万スイスフランから70万スイスフラン/日本円で約6600万~1億3300万円)を凌駕するには多大な努力が必要だが、これならそれが可能だ。
それからSS製RCO/オイスター ソット、そしてもう1本の“マスケティア” ポール・ニューマン Ref.6239もある。我々が慣れ親しんだ一般的なリファレンスが、個体が素晴らしいときに依然として興奮させてくれるのはおもしろい。今後10年間でほかのモデルが市場の頂点でこれらの時計に取って代わるとは考えにくいが、以前のような大規模な成長が見られるかどうかも疑わしい。
ジュルヌは依然として止められない
フィリップスの“The Watch Auction: One”にF.P.ジュルヌの時計が何本含まれていたか想像してみて欲しい。答えは? 6ロットで、そのうちのひとつはペンのセットだった。ヴァガボンダージュ Iは今日の価格の3分の1で売却され、それはおそらくその日最もエキサイティングなロットだった。今では超魅力的なジュルヌの時計なしでオークションを開催することはできず、このカタログには7本しか含まれていないものの、それらはすべて傑出している。そして時代の兆しとして、最初のオークションでの最高価格を下回る推定落札価格で始まるのはわずか1本だけだ。
F.P.ジュルヌ クロノメーター・レゾナンス スースクリプション No.2。
ルテニウム トゥールビヨン。Photo courtesy Phillips
レジャンス トゥールビヨン。
私は一部の人ほどジュルヌの価格設定を熱狂的に追ってはいないが、オクタ・パーペチュアル “東京エディション”は人々がセットを完成させようとするため関心を集めるはずだろうと思う。ジュルヌを収集している友人は最近、ルテニウム トゥールビヨンは99本あるので、彼の頭のなかでは“希少”ではないと述べていたが、私はそうは思わない。そして20万スイスフランから40万スイスフラン(日本円で約3800万~7600万円)という推定落札価格も同様だ。
トゥールビヨン・スヴラン “Régence Circulaire”ははるかに希少で、より大胆なダイヤルが特徴だ。そしてフィリップスがジュルヌ史上2番目に高い腕時計の記録を更新することができなかった一方で、20本のスースクリプションシリーズのうち2番目のクロノメーター・レゾナンスの出品は、今やどのオークションにもジュルヌを含める必要があること、そしてこのブランドが市場に定着していることを証明している。
バランスの取れた市場には熱狂だけでなく歴史がある
フェルディナント・ベルトゥー ネソンス ドゥンヌ モントル3(Naissance d'une Montre)。Photo courtesy Phillips
我々は、新しいコレクターにとって理解しやすい多くの“熱狂的”ピースについて語ったが、フィリップスはそれよりもバランスの取れたカタログを持っている。最初の10ロットのうちのひとつはナポレオン・ボナパルトが購入し贈呈したルイ・ベルトゥー(Louis Berthoud)のマリンクロノメーターであり、もうひとつはウルバン・ヤーゲンセンの工房にあった19世紀の脱進機デモンストレーションセットだ。また今後の記事で、私はフェルディナント・ベルトゥーの完全手作業のネソンス ドゥンヌ モントル3を深く掘り下げる予定だ。そしてその時計のためのユニークなSS製プロトタイプの推定落札価格は40万スイスフランから80万スイスフラン(日本円で約7600万~1億5260円)だ。これぞ加熱とは無縁の、本物の魅力だ。
ジルベール・アルベール(Gilbert Albert)がデザインしたパテック フィリップ Ref.3424/1。Photo courtesy Phillips
その対極には、過去10年間で評価が高まった歴史のある時計、ジルベール・アルベールがデザインしたダイヤモンドのブランカード パテック Ref.3424/1(これには私が特別な思い入れがある)がある。この時計はシングルオーナーコレクションからのものだ。今回の場合、ほかの変わり種をしばしば購入し、市場でずっとあとになってようやく評価されるであろう時計をパテックから“解放”した、有名で情熱的なコレクターであるエルンスト・シュスター(Ernst Schuster)氏のコレクションだ。
私は手ごろなRef.559とRef.1544の型破りなデザインを愛しているが、もし自分自身のために買い物をするとしたら、2本のRef.3796のうちの1本を選ぶだろう。これは型破りなものが数年後に依然として価値を持つことがあるということを示している。シュスター氏も優良株のピースもコレクションしていた。ギュブラン Ref.2499も彼のものだったし、ティファニーサイン入りのRef.1436もそうだ。
ティファニーサイン入りのパテック フィリップ Ref.1436。
また有名なJ.P.モルガンに関連するふたつのロット、カルティエのミステリークロックと、本当に並外れたチャールズ・フロッドシャム(Charles Frodsham)のスプリットセコンドとミニッツリピーターを備えたトゥールビヨン(Split-Seconds Minute Repeating Tourbillon)があるが、詳しく知りたい場合はフィリップスのこのストーリーをチェックして欲しい。これらの時計はすべて、旧世代の多くが世代交代しているにもかかわらず、より学術的な時計に対する力強い市場が今なお存在することを示している。
独立系の10年、そして新たな独立系が新たな10年へ
過去数年間が我々に何かを教えてくれたとすれば、それは素晴らしい製品を製造するだけでなく、あなたの前に立ち、偉大なブランドのひとつを支援しているという実感を与えてくれる、独立的で職人的な時計師たちへの愛情が存在するということだ。その価格の根底には、時に不快に感じるほどのジェットコースターのような変動もある。しかし長期的に見ると、そのトレンドは驚くほど上昇している。
KIKUCHI NAKAGAWAとHajime Asaoka(浅岡肇)の出品。
Hajime Asaoka ツナミのプロトタイプ、ムーブメント側。
サイモン・ブレット(Simon Brette)氏のクロノメーター アルティザン。
このオークションにはデュフォーやロジャー・スミスは出品されなかったが、フィリップスがインディペンデントブランドの領域に明るい未来(そして賞賛すべき過去)を見ていることは明らかだ。オークションは大塚ローテック、スースクリプションでないシモン・ブレット クロノメーター アルティザン、そしてMB&F LMスプリットエスケープメント EVOという順で、強力な現代のインディペンデントブランドが続く。フィリップスは初めてKIKUCHI NAKAGAWAを出品しており、私に実機を見る機会を与えてくれた。
時計全体は私にとっては少し地味に感じられたが、コンセプトの時計はきわめてシンプルで完成度が高いため、それを華々しくすることは不可能であり、おそらくあまりにも完璧なので私は何らかの不完全さを欠いていると感じるのだろう。関口陽介のプリムヴェール、かなり珍しい(彼の作品を初めて見た)オンドレイ・バーカス(Ondrej Berkus)氏の“ルモントワール デッドビートセコンド(Remontoire Dead Beat Seconds)”、そして浅岡肇氏のツナミ “アール・デコ” プロトタイプもある。浅岡氏と中川氏の時計については、特にこれらのモデルの納期が過度に長くなっている。そのためオークションで手に入れたいと思う人々がいるブランドとして際立っている。
ベルンハルト・ツヴィンツ(Bernhard Zwinz)氏によるパーペチュアルカレンダーのモジュールを備えたウルバン・ヤーゲンセンとクリスチャン・クリングス(Christian Klings)のトゥールビヨン 7。
ほかにも10数本のインディがあるが、私が言及したいのはクリスチャン・クリングスとウルバン・ヤーゲンセンの時計だ。クリスチャン・クリングスの作品がオークションに出ることはめったになく、現在引退している彼は30年のキャリアで製造した時計は35本未満だ。トゥールビヨン 7は驚くべきアートピースであり、素晴らしいデザイン、仕上げ、時計技術を持ち、そしてフライングトゥールビヨンを備えている。今後、彼の時計の価格が急騰しても驚かないだろう(推定落札価格はすでに10万スイスフランから20万スイスフランだ/日本円で約1900万~3800万円)。
一方、カタログにある数少ないウルバン・ヤーゲンセンのうちのひとつで、私がこのオークションで最も気に入っているトップ10のひとつは、ミニッツリピーターとトゥールビヨンを備えた素晴らしいプラチナ製パーペチュアルカレンダーモデルだ。この時計はピーター・バウムバーガー(Peter Baumberger)とデレク・プラット(Derek Pratt)の下で2004年に作られたプロトタイプであり、2013年にオークションで購入されたあと、ベルンハルト・ツヴィンツが製作したパーペチュアルカレンダーによって“アップグレード”された。このカタログは、独立系の時計製造の精神が過去であれ未来であれ、変わらず生き続けていることを示している。
ディテールにこそ神が宿る
ディテールへのこだわりが収集の鍵であったことに疑いの余地はない。しかし過去10年間で、一部のディティールは熟練したコレクターにとってのディープカットとして始まったものが、今ではこの分野を始めたばかりの人でもその時計を真に特別にしていると知っている。これはまた、コレクターがディテールや物語に疑問を呈し、期待どおりのものを手に入れているかを確認する意欲があることを意味する。
このオークションで最も明白な例は、オマーンのスルタンのための特注で作られたカンジャーウォッチだ。誰もが、そして彼らの“生みの母”が(文字どおり私の母でさえ)カンジャーダイヤルの価値と魅力を理解している今、ごく一部のコレクターを除いてこれらの時計を手に入れる船はとっくに出航してしまった。私は以前、カンジャー刻印入りのケースバックを備えた、おそらくユニークピースのレインボー デイデイトについて言及したが、これはオークションで最も高い推定落札価格のひとつである70万スイスフランから140万スイスフラン(日本円で約1億3350万~2億6700万円)が付けられている。しかしパヴェダイヤルとプリンセスカット・ダイヤモンドベゼルを備え、そしてケースバックに赤いラッカーが充填されたカンジャーが手彫りされているロレックス Ref.6269もある。
カンジャー刻印入りのロレックス Ref.6269。
カンジャー刻印入りケースバックを備えた本物のRef.6269は2本あると知られている(3本目がオークションで売却されたが、私はそのケースバックがのちにレーザーでエングレービングされたものだと考えている)。これはフィリップスのカタログに記載されていることとは異なるが、私は両方を扱い、写真を比較した。これらの本物の個体は明らかに同時期に、またはその前後に施されたカンジャーのデザインが一致している。フィリップスにある個体は傑出している。もう1本の個体のオーナーでさえ「フィリップスが持っている時計は10点満点で、最高峰のコンディションだ」と言っている。ほかの誰かの個体がよりよいとコレクターに言わせるのは珍しいことだ。50万スイスフランから100万スイスフラン(日本円で約9500万~1億9000万円)という推定落札価格は安すぎるだろう。
セルピコ・イ・ライノ(Serpico Y Laino)サイン入りのパテック Ref.565。
そしてセルピコ・イ・ライノのサインが入ったロレックス GMTマスター。
約10年前、ティファニー サイン入りのものには誰もほとんど関心がなかった。今ではあまり人気のないダブルサイン入りの時計でさえ高値で取引きされている。カラカスのセルピコ・イ・ライノ(Serpico y Laino)は最もクールなサインのひとつであり、彼らはパテック Ref.565と、ベークライトベゼルを備えたロレックス Ref.6542 GMTマスターを所有しており、どちらもリテーラーのサインが入っている。GMTマスターには本当に素晴らしいトロピカルなパティーナが見られるが、私が選ぶのはRef.565だ。なぜならその構成で知られているのはこれ1本だけだからだ。
ギュブランサイン入りのパテック Ref.2524-1 ミニッツリピーターは素晴らしい時計だ。知られているのは2本だけで、コンパクトな34mmケースはエミール・ヴィシェ(Emile Vichet)による大胆なデザインと、フリッツ・ピゲ(Fritz Piguet)のエボーシュによる素晴らしいCal.12-120を備えている。これはパテックの歴史の要石だ。このムーブメントは、異形ケースを持つミニッツリピーターから、ひと握りしか存在しない丸型ケースを持つRef.2524へと移行した時期に製造されたものだ。ムーブメントはゴージャスで、当時としてはきわめてうまく仕上げられていると思われる。ケースバックのエングレービングは最高のおまけだ。
最後に言及する価値のある、いくつかの“より注意深く見るべき”クロノグラフがある。私のどんな記憶よりも、パルススケールを備えたダイヤルのヴィンテージウォッチが多数出品されている。それらは推定落札価格の最低価格帯、1000スイスフランから2000スイスフラン(日本円で約19万~38万円)のアンジェラスの“ドクターズウォッチ”や、2000スイスフランから4000スイスフラン(日本円で約38万~76万円)の興味深いラグを持つエテルナから、ダイヤルの中央にパルススケールを備えたきわめてクールなRef.6238 “プレデイトナ”にまで及ぶ。その推定落札価格は10万スイスフランから20万スイスフラン(日本円で約1900万~3800万円)であるためビッグコレクター専用だが、10年前なら注目されずに見過ごされたものであろう。かなり奇妙な“プロトタイプのダイヤル”を備えるデイトナについても同じことが言える。今はそうではないのだ。初心者コレクターでさえひと目見れば、あなたの興味はさらに深く掘り下げるのに十分なほど刺激されるはずだ。
懐中時計はクールになり得る、断言しよう
私の言うことを聞いて欲しい。私がHODINKEEにいる限り、私の懐中時計への愛情は一種の売りになってきた。だがそれらが最も実用的で着用しやすい時計だと言っているわけではないし、すべての人向けだとも言っていない。しかしこのようなオークションで懐中時計を無視しているなら、出品されている最高の時計史の遺産の一部を無視していることになる。残念ながら私はこれらの時計を手に取ることができなかったが、カタログを精査した上での見解をここに述べる。
今回のオークションで最も驚異的なロットのひとつ、J. Player & Sons “ハイパー コンプリケーション”。Photo courtesy Phillips
Photo courtesy Phillips
Photo courtesy Phillips
パテックのグランド・コンプリケーションや前述のチャールズ・フロッドシャムの懐中時計を超えて見ると、懐中時計好きの友人からすでにテキストを受け取ったような逸品がいくつかある。主役はJ. Player & Sonsの“ハイパー コンプリケーション”で、これは世界で最も複雑なヴィンテージ懐中時計のひとつだ。1907年にニコル ニールセンのエボーシュで作られたこの時計は、グラン プチソヌリ(3つのゴングで四半時を打つ)、3音構成のミニッツリピーター(3つのゴングで四半時を打つ)、60分積算計付きスプリットセコンド・クロノグラフ、うるう年表示、アラーム、トゥールビヨン、そのほかの機能を備えたパーペチュアルカレンダーがある。それはまた、私が今まで見た最も魅惑的な視覚的ディスプレイのひとつでもある。推定落札価格は40万スイスフランから80万スイスフラン(日本円で約7600万~1億5260円)で、これはワイルドであると同時に当然の評価だ。別のニコル ニールセンのムーブメントをベースにした懐中時計、S.スミス&サンズのグランドコンプリケーションは6万スイスフラン(日本円で約1140万円)からスタートする。
デュルシュタイン社のグランドコンプリケーション懐中時計。Photo courtesy Phillips
デュルシュタイン社のグランドコンプリケーション懐中時計は大きなブランド名に煩わされることなく、素晴らしい時計製造を手に入れる絶好の機会を提供しており、その結果、ほかの個体よりも少し安く手に入る可能性がある。オーデマ ピゲの同じエボーシュは、同ブランドのムーブメントのベースとして登場したほか、A.ランゲ&ゾーネの時計(昨年フィリップスで110万スイスフラン/当時のレートで約1億8900万円以上で売却された)や、オーデマ ピゲのコレクションにある別のデュルシュタインにも使用されている。この時計はクロノグラフ機能で1/5秒を計測できるセコンド・フドロワイヤントを備えている。
ブレゲ イクエーション・オブ・タイムの懐中時計。Photo courtesy Phillips
今年の後半にサザビーズから別のブレゲをテーマにしたセールがあるが、フィリップスはこの250年の歴史を持つブランドから市場初登場となるイクエーション・オブ・タイムの懐中時計をオークションに出品している。A.ランゲ&ゾーネのクォーターリピーターとグラン プチソヌリを備えたもの(Quarter Repeating Grande & Petite Sonnerie)と、ウルバン・ヤーゲンセンの懐中時計はどちらも適切な買い手を見つけるだろうと私は確信している。
しかしリチャード・ダイナース(Richard Daners)氏がギュブランのために製作したブラ・アン・レール“バレリーナ”(Bras en l'Air “Ballerina”)や、レインボーエナメルダイヤルを備えたミニッツリピーター懐中時計(Ref. 18D “Minute Repeater Unique Piece”)をピックアップするのはどうだろうか? ダイナース氏はネオヴィンテージ時計の領域における伝説であり、ここでの入札は人々を驚かせるかもしれないと私は予想している。最後に、このパテックの多音構成のミニッツリピーターはまさに並外れたものであり、1万5000スイスフランから3万スイスフラン(日本円で約280万~570万円)という推定落札価格は私にはきわめて低く感じる。
美しいパテックのミニッツリピーターを備えた懐中時計。Photo courtesy of Phillips
もし懐中時計が難しすぎる、あるいは収集に踏み込めないなら、ロット44の、アガシ社のワールドタイム機構を搭載した腕時計と懐中時計のペアをチェックして欲しい。それぞれ14Kイエローゴールドとピンクゴールドである。1935年のこれらの時計は素晴らしいものであり、当時のルイ・コティエ(Louis Cottier)のデザインとしては信じられないほどの価値がある(推定落札価格は2万スイスフラン/日本円で約380万円から)が、コンディションは最高ではない。年配のコレクターが時計を手放すにつれて、懐中時計の形状が持つ時計学的な歴史にとって懐中時計は、今後10年間は強力なものになるだろうと心から信じている。
フィリップスの“Decade One”オークションの全カタログについてはこちらから。
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