trophy slideshow-left slideshow-right chevron-right chevron-light chevron-light play play-outline external-arrow pointer hodinkee-shop hodinkee-shop share-arrow share show-more-arrow watch101-hotspot instagram nav dropdown-arrow full-article-view read-more-arrow close close email facebook h image-centric-view newletter-icon pinterest search-light search thumbnail-view twitter view-image checkmark triangle-down chevron-right-circle chevron-right-circle-white lock shop live events conversation watch plus plus-circle camera comments download x heart comment default-watch-avatar overflow check-circle right-white right-black comment-bubble instagram speech-bubble shopping-bag

In-Depth スウォッチ AI-DADAが切り開く、次世代の腕時計クリエイティビティ

40年以上にわたるスウォッチのデザインアーカイブを学習した「芸術的知能」が、ユーザー一人ひとりのために“1/1”の時計を生み出す。

スイスで開かれたスウォッチの新プロジェクト「AI-DADA(アイ・ダダ)」の発表会に招かれ、僕はその場で初めて“芸術的知能”というコンセプトに触れました。会場で実際に自分だけの1本を生成してみる体験はもちろんですが、何より印象的だったのは、その裏側にある思想でした。発表後にスウォッチ グループCEOのニック・ハイエック・ジュニア氏に直接インタビューする機会を得て、「AIをどう定義し直すのか」「なぜ今AI-DADAなのか」を聞いていくうちに、スウォッチが次の時代の創造性に対してどんな答えを出そうとしているのかが、少しずつ見えてきました。


スウォッチ AI-DADAとは——スウォッチが生んだ“芸術的知能”

 AI-DADAは、スウォッチが新たに打ち出した“芸術的知能(Artistic Intelligence)”を搭載したデザインシステムです。ユーザーが入力した数行のアイデアをもとに、わずか2分ほどで世界に1本だけのスウォッチを生み出してくれる、これまでにないクリエイティブツールです。

 最大の特徴は、従来の「限定品」や「希少素材」で特別感をつくるのではなく、AIが導き出した “1/1(ワン・オブ・ワン)”のデザインそのものが唯一無二になる という点です。すべての時計のケースバックには〈1/1〉が刻まれ、同じものはひとつとして存在しません。

 AI-DADAが学習しているのは、スウォッチが40年以上にわたって生み出してきた膨大なアーカイブです。商品デザインはもちろん、イベント、アートプロジェクト、ストリートペインティングなど、スウォッチを形づくってきた多様なクリエイションがデータベースとして蓄積されています。その膨大な文化資産が、AI-DADAという“バーチャルデザイナー”の感性となって息づいています。

①プロンプトを300文字以内で入力

今回は「北斎の富嶽三十六景 神奈川沖浪裏をクロードモネのスタイルで」と入れてみた。

②数分待つ

ロード画面ではスウォッチの過去モデルやインスピレーション源になりそうなアートなどを閲覧できる。

③完成

出来上がったのがこれ。なかなかいいですよね? 好みに応じてムーブメントのカラーやインデックスの有無を選択。

 スウォッチのハイエック氏は、AI-DADAを「人工知能(Artificial Intelligence)ではなく、芸術的知能(Artistic Intelligence)」と表現します。統計や計算を積み上げて予測を返すだけのAIではなく、スウォッチのDNAと美意識を理解し、まるで“胃(gut)”で感じて応えるような存在と捉えているからです(彼の言う「胃で感じる」とは、日本語でいう「腹で決める」「心で感じる」に近いイメージで、理屈よりも直感を信じるという意味合い)。

AI-DADAのパッケージ。表にロゴ、そして裏にはユニークピースであることを示す1/1と記されている。

 AI-DADAという名前には、もうひとつの意味も込められています。20世紀初頭にチューリッヒで生まれた前衛芸術運動「ダダイスム(Dada)」の精神です。既存の価値観への反逆、ユーモア、自由な創造精神——これらはスウォッチが長年大切にしてきた姿勢そのものであり、AI-DADAの根底にも宿っています。さらに、「dada」は赤ちゃんが最初に発する言葉とも言われ、無垢さや国境を越えて通じる“音”としての意味も持っています。

 AI-DADAがつくり出すのは、単なるカスタマイズの時計ではありません。それは、スウォッチの歴史と、ユーザー自身の想像力が交わって生まれる“共創のプロダクト”です。世界中でAIが爆発的に普及する今、スウォッチが掲げた新概念「Artistic Intelligence」は、時計の未来だけでなく、創造性そのもののあり方に新しい視点を提示しているのかもしれません。


AI-DADA誕生秘話——車の中で生まれた“ひらめき”からプロジェクトへ

 AI-DADAの出発点は、意外にもスウォッチ本社の会議室ではなかったそうです。ニック・ハイエック・ジュニア氏が、日本を含む数名の経営陣と車の中で朝のミーティングをしていた際の、偶然のできごとでした。

 渋滞で停車していた時、前方の車のナンバープレートに「AI」という文字が見え、スイス・アッペンツェル州の略であるにもかかわらず「自動運転車(Artificial Intelligence)みたいだね」と冗談を言ったところから会話がスタートします。

発表イベントで質疑応答に応じるニック・ハイエック・ジュニア氏。

 そこから、「スウォッチはArtificial Intelligenceではなく、Artistic Intelligenceだよね」という冗談まじりの言葉が飛び出し、ディスカッションがはじまりました。

 「スウォッチの40年以上のアートとデザインの歴史をAIに学ばせたら、ユーザーが本当に自由に作れる1/1の時計ができるのではないか?」「既存のカスタマイズ(Swatch X You)は制限が多い。もっと“創造の自由”を与えられるはずだ」

 この雑談はそのまま真剣なアイデアに変わり、わずか数週間でプロジェクトが立ち上がりました。ハイエック氏は「車の中で生まれ、情熱が一気に広がっていった」と振り返ります。AI-DADAの“出自”そのものが、スウォッチらしい遊び心と反骨精神の象徴と言えるでしょう。このプロジェクトの始動が6月、ローンチが11月。わずか半年足らずで形にしてしまったスピード感には、ただ驚くほかありません。


40年以上のアーカイブがAIになるスウォッチの“文化データベース”

AI-DADA発表会場では、スウォッチとアーティストらとのコラボレーション作品が展示されていた。

キース・ヘリングとのコラボ。

壁掛けサイズのスウォッチ マキシは、VERDY、HARAJUKU、そしてスヌーピーのHEE HEE HEEモデルも。

 AI-DADAの核にあるのは、スウォッチが40年以上にわたり蓄積してきた膨大な文化的アーカイブです。

  • 時計デザイン
  • スウォッチが世界中の若手アーティストを招いて滞在制作を支援する「Swatch Art Peace Hotel(上海にあるアーティスト・レジデンス施設)」
  • ストリートアート
  • 世界中で行われたイベント
  • 数えきれない広告・アートワーク

 これらは「スウォッチ文化」と呼べるほど膨大で多様です。この独自のデータベースをAIに学習させることで、単なる画像生成ではなく「スウォッチらしさ」を持つ“バーチャルデザイナー”が誕生しています。

チューリッヒ市と共同で、ダダ運動発祥の地「Cabaret Voltaire」にトリビュートを捧げたモデル。左から2003年11月に発売されたDADA TRACES (GZ184) と2004年に発売された限定エディション、DADAZUERI (SUFZ100)。

ファッションブランドBAPEとのコラボモデル。

ミッキーマウスの生誕90周年を祝して誕生したイギリスのアーティストであるダミアン・ハーストとのコラボモデル。

 さらに興味深いのは、データベースの拡張に社員3万人に協力を求めている点です。動物や犬のモチーフが少ないとわかれば、「もしよければ、犬の写真を撮って送ってください」と社内に呼びかける。ブランドと社員が一体になってAIを育てているのです。

 ここまで“手作り”で文化データを育てている時計ブランドは、ほかにありません。多くのブランドが手作業で時計そのものを作り上げる一方で、スウォッチは手作業で「文化のデータベース」を育てている。AI-DADAは、そうして積み重ねてきた42年分のスウォッチ文化が、AIの中に“転生”した存在だと言えます。


AI-DADAを実際に試してみた

 実際に僕も、発表会の会場でAI-DADAを試してみました。最初のプロンプトは大好きな映画『インターステラー』をイメージして、「interstellar」「space」「gravity」といった単語を並べてみたのですが、出てきたデザインは、頭の中で思い描いていたものとは少し違うものでした。

 そのとき強く感じたのは、「もっとスウォッチのデザイン史や文脈を知っていれば、AI-DADAに対してさらに面白い“ブリーフ”ができるのではないか」ということ。AI-DADAは、ユーザーの創造性を引き出すだけでなく、スウォッチというブランドのアーカイブと対話するきっかけも与えてくれるのだと思いました。

「interstellar」「space」「gravity」とだけ入力して出力されたもの。確かにテーマを的確に得ているが、個人的には少し物足りなさを感じた。

 ところが、そう話した僕に対して、ニック・ハイエック氏は笑いながらこう返してきました。

もっとピュアでいいんですよ。プロンプトを入れて、結果に驚くくらいが楽しいんです

– ニック・ハイエック・ジュニア、スウォッチ グループCEO

 なるほど、僕は少し頭でっかちになっていたようです。そこで2回目は、まったく逆のアプローチを試してみることにしました。そう決めて、今回は“僕の人生でずっと楽しんできた趣味”をただ羅列してみました。野球、サッカー、ギター、ダンス、油絵……といった具合に、脈絡もなく好きなものを並べただけのプロンプトです。

 それをスタッフに渡し、生成プロセスはあえて見ず、完成した時計だけを“受け取る瞬間”に初めて対面することにしました。事前チェックなし。完全なサプライズです。

 そして手渡されたのが、この1本でした。

上からダンス、中央には歌いながらギターを弾く人(ギターはムーブメントの下に隠れていて少し分かりづらい)、その下にサッカーと野球。

 画面で確認しなかったぶん、その瞬間の驚きは想像以上。しかもAI-DADAでは、別のデザインに挑戦しようと思ったら、いま生成されたデザインは破棄するしかなく、二度と同じものに戻ることはできません。

 確かに、これは「唯一無二」で、「アーティスティック」で、「僕のためだけのデザイン」でした。油絵と入れていたからか筆で描いたようなタッチです。この仕上がりを見てニック氏が言っていた「ピュアであれ」という言葉の意味に腹落ちしました。

 AI-DADAは、こちらが作り手として準備をしすぎる必要はないのだと思います。むしろ、思いがけない結果を楽しむ余白こそが、この「芸術的知能」の魅力なのだと感じました。


1日3プロンプトの理由——遊び心の裏にある“リアル”

 AI-DADAのユニークな仕掛けとして、ユーザーは1日に3つまでしかプロンプトを入力できません。一見すると「遊び心」「ガチャ的な楽しさ」を演出する仕掛けのように見えますが、その背景にはもっと現実的な理由があります。ハイエック氏はこう語ります。

AIの計算には膨大なエネルギーが必要です。もし1万人が無制限に遊び始めたら、サーバーがとんでもない電力を消費してしまう

– ニック・ハイエック・ジュニア、スウォッチ グループCEO

 つまり、プロンプト制限は“持続可能なサービスのための現実的な調整”なのです。しかしその副作用として、この制限はAI-DADAをより特別な体験へと変えています。

  • “今日の3回”に意味が生まれる
  • 簡単には諦めず、翌日にまた挑戦したくなる
  • ユーザーが自分の創作を大切に扱うようになる

スウォッチが守りたいもの——AI時代の“独立性・哲学”

 AI-DADAの開発にあたり、スウォッチは当初、アメリカの巨大IT企業に依存しない形を模索しました。スイスやヨーロッパの大学・技術企業と連携し、完全な独立性を保ったAIを作れないか挑戦したといいます。しかし、必要なソリューションを提供できる企業は存在せず、最終的にはMicrosoft、OpenAIとパートナーシップを結びました。それでも、スウォッチはひとつの条件だけは絶対に譲りませんでした。

 「自社のデータベースは完全にスウォッチが管理する」ということ。

 ハイエック氏は語ります。「人工知能は“頭のAI”ですが、私たちが求めたのは“胃で感じるAI”、つまりArtistic Intelligenceです。統計や計算だけのAIではなく、ブランドの伝統とDNAを理解している存在が必要でした」

 この言葉からは、技術をただ取り入れるのではなく“ブランドの独立性・哲学をどう守るか”を常に最優先しているスウォッチの姿勢がうかがえます。


AI-DADAが投げかける新しい「独自性」の時代へ

AI-DADAで作られたすべての時計はケースバックに「1/1」と記される。

 AI-DADAの本質は、ラグジュアリーの世界における「独自性(エクスクルーシビティ)」の再定義にあると言います。

  • 価格が高いから特別
  • 限定本数が少ないから特別
  • 有名人だけが持てるから特別

 そうした従来の価値基準とは異なる、「世界にひとつだけ、自分が創ったから特別」という新しいエクスクルーシビティの提案です。ハイエック氏はこの点について、各社が限定モデルの希少性に依存し続けるラグジュアリー市場の構造を例に挙げながらこう語りました。

排除ではなく“参加”を生む特別さこそが、これからの価値になる

– ニック・ハイエック・ジュニア、スウォッチ グループCEO

 僕はAI-DADAは、単なるデザインツールではないように感じました。スウォッチが40年以上にわたり築いてきた文化と、ユーザーの想像力が化学反応を起こす“新しい創造性のプラットフォーム”です。そしてこの動きは、時計界だけでなく、パーソナライゼーションやファッション、アートの領域にも新しい視点をもたらすかもしれません。

 AI-DADAはまずスイスでローンチされ、日本では2026年にサービスが始まる予定とのこと。創造性を“個人の手に戻す”この仕組みが、日本でどんな広がりを見せるのか、今から期待が高まります。

 詳細はスウォッチ公式サイトへ。