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In-Depth パテック フィリップ Ref. 2526の著名なエナメルダイヤル 精力的にその再現を試みるドンツェ・カドラン

当時のようなグラン・フーエナメルダイヤルを作ることは、見た目以上にはるかに困難である。

 アンドリュー・ヒルドレス博士は、PuristsPro.comのモデレータであると同時に、『Watch Journal』、『QP』、『The Hour』、『Calibre』などの時計に関するさまざまな出版物で執筆している。彼は時計工名誉組合の同業組合員、そしてロンドン名誉市民でもあり、「ロンドンの名誉市民兼時計工」というかなりクールな称号を与えられている。氏は、時計に関する執筆をしていないときは、経済コンサルタントを本業としており、以前はカリフォルニア大学バークレー校の経済学教授を務めていた。そして現在、私たちのために執筆をしていただいている。 

※本稿は2016年10月にUS版で公開された記事の翻訳です。

 つい最近、有名なオークションハウスでパテック フィリップ Ref. 2526の初期シリーズが予想以上に低いと思われるエスティメートで競売にかけられていた。もちろん時計のオークションにおけるエスティメートはあくまでも出発点であり、入札の際はそれ相応に跳ね上がるだろう。エスティメートが低い理由を発見したのは、競売前にルーペを使って私が下見をしている最中だった。文字盤にひびが入っていたのだ。中央から4時位置のマーカーにかけて非常に細い線が走っていた。夢はまたもや打ち砕かれた。2526における価値の大部分はダイヤルの状態にある。そしてそこに問題がある。エナメルダイヤルは製造時の状態を維持するのが非常に困難なのだ。しかし、最近、私と同じように2526を所有したいけれどもダイヤルの来歴と状態に不安を抱えるコレクターにとって気掛かりとなるものを見つけたのだ。  

パテック フィリップ Ref. 2526の初期シリーズ セルピコ・イ・ライノ・カラカスのサイン入り

2526がもつセルピコ・イ・ライノ・カラカスのサイン入りダイヤルの乳白色に注目。

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 エナメルダイヤルの製造は、消えゆく技術である。スイスにおけるダイヤルメーカーは唯一ドンツェ・カドランだけが、他の時計会社から独立して製造を行っている。そしてこのドンツェ・カドランが、パテック フィリップ、A.ランゲ&ゾーネ、ユリス・ナルダン、エルメスなどのエナメルダイヤルを製造している(数ある中で)。同社は、全員の経験を合わせれば100年にも及ぶ6人の職人のみを雇用する。エナメルダイヤルの製造は一見簡単そうであるが、実際には非常に複雑なものである。エナメルダイヤルは(最も基本的な形でさえ)本質的には芸術作品であり、以下に、これに伴う複雑さと微妙さを例示する。

patek philippe 2526 dials

並べて見ると、オリジナルダイヤルと現代における復刻版の違いを見分けるのは比較的容易である。 

 ドンツェ・カドランの職人と話をする時間は貴重だった。エナメルダイヤルがどのようにして製造されているのかを学んだことで、2つの重要な発見があった。オリジナルのパテック 2526のダイヤルは、製造方法の点でユニークなだけでなく、その色と使用されているベースメタルプレートの両方が異なっているようだった。ドンツェ・カドランは、とある2526オーナーの要請で、交換用エナメルダイヤルの製造を開始した。これは白とクリーム色のダイヤルのみを指し、より珍しい黒バージョンではないことを付け加えておく。手短に言うと、ダイヤルの裏側を見たり、フォントやエナメルの色を注意深く調べたりしなくとも、非常に信憑性のあるパーツに交換された時計を見分けることが十分可能なのだ。では、以下の点を注意して欲しい。

 まず、その色である。ドンツェ・カドランの主任ダイヤル職人と話をしたところ、オリジナルの2526のダイヤルと全く同じクリーム色を再現することは不可能であると彼は言った。色を再現するのは簡単そう? しかし、エナメリストが認めるように、アーカイブには多くの色合いの白または白に近いエナメルパウダーのパレットボードがあるにも関わらず、彼らはオリジナルの2526のダイヤルがもつ正確な色調と光沢を再現できなかった。
 そこで次の点に移る。オリジナルの2526におけるダイヤルのベースメタルは銀だった。現代のエナメルダイヤルでは、通常、銅製のベースメタルプレートが使われている。なぜこれが違いを生むのか? 焼成されたエナメルダイヤルは、素材が融合されているからだ。エナメルパウダーがメタルディスクと結合し、またエナメル加工における層構造も色の違いを生む。3つめの点は、完成品を製造するために焼成されるエナメル層の数にある。現代の洗練されたエナメル技術では、文字盤の耐久性は向上するが、異なる仕上がりと色調を生む可能性があるのだ。

patek philippe 2526 dial enamel

エナメルパウダーでコーティングされた焼成前のダイヤル。

enamel patek philippe dials

焼成後のダイヤル – エナメルが硬化するにつれて、ダイヤルが光沢を放つ様子が見て取れる。 

 その融合する工程がどのように機能するかをもう少し詳しく見てみよう。まず、メタルディスクを見て欲しい。既に述べたように、現代のエナメルダイヤル(また少し前のダイヤルにも言える)の場合、それは銅製の薄いディスクである。ディスクはわずかに湾曲していることにより、粘性のある溶けたエナメルがその金属上に均一な層を形成する。エナメルダイヤルは層で構成されているため、エナメル表面の必要な厚みによって、適切な数の層がそれに応じて施される。職人がエナメルパウダーをディスクに振りかけ、次に800℃のオーブンで短時間焼成し、取り出した後、放冷するとエナメルが固まる。冷却後、ディスク表面にひびまたは溶融の工程で発生するダイヤル表面の気泡がないか検査する。ひびをそのままにしておくと、文字盤の脆弱性を招き、後で亀裂が発生する可能性がある。一度に塗るエナメルパウダーが厚ければ厚いほど、ひびが発生する可能性が高くなり(発泡現象が起きる要素が増えるため)、エナメルダイヤルが厚ければ厚いほど(層が多いほど)、色の深みや光沢が増す。 

firing 2526 dial patek philippe

ダイヤルは800℃焼成され、エナメルパウダーが馴染みのある硬くて光沢のある物質に変わる。

 さて、これからが油断ならないところである。オリジナル 2526がもつダイヤルは二重焼成されたと伝えられているが、誰も確かなことは分からず、2526のダイヤルにおける二重焼成の意味するところさえよく分かっていない。1950年代にパテックのダイヤル製造を担当、ないしはこれに関わった人はもう誰もいなくなり、実際にどのように作られたかについての知識は失われてしまったのだ。
 しかし、それはおそらくダイヤルを2回だけ焼成したという意味だろう。現代のエナメルダイヤルは、ダイヤルに必要なエナメルの厚さに応じて、6回から10回の間で焼成されている。現代の経験則では、新しい層を焼成するたびに約0.1mmの厚みが追加される。オリジナルのパテック 2526におけるダイヤルの平均的な厚みは0.65mmで、これは、仮に2回だけ焼成したとすれば、エナメルパウダーが今日の典型的なものよりもかなり厚く重ねられたと考えられる。これは全くあり得ることである。実際に本物の焼成エナメルダイヤルを製造するテクニック(および技術)は変わっていないが、その工程はより洗練されてきた。エナメルパウダーを(オリジナル 2526のダイヤル上に)より厚く重ね、この工程を2回実行するだけでは、仕上がりに一貫性を欠き、修正が必要なひびが生じる可能性が高くなるとメーカーは考えているのだ。

enamel powder

異なる粉末は、異なる色と種類のエナメルを作り出す。

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 今日の洗練された製造方法を用いても、エナメルダイヤルの欠陥率は依然として非常に高い。1つのダイヤルを成功させるのに、約3つのダイヤルがごみ箱行きとなる。ダイヤルが3層構造の場合(リヒャルト・ランゲ “プール・ル・メリット”あるいはスリム ドゥ エルメスのように、3つの別々のエナメルダイヤルの部品をはんだ付けする必要がある場合)の欠陥率は層の数に比例して上昇し、成功するのは概ね10から12個に1つしかない。パテック 2526のダイヤルが製造されていた初期のころには、単層ダイヤルの欠陥率はさらに高く、10個のうち1つしか時計にならなかった。その理由は主にエナメルの重ね方にあり、文字盤の老朽化にともなう故障の一因ともなった。文字盤を2回目に焼成する前に、ひびが必ずしも除去されなかったため、亀裂が発生したからである。 

patek philippe 2526 first series dial

初期シリーズのダイヤルは、インデックス部分と針の周りに窪みがあるので、簡単に見分けることができる。

 壊れたり、ひびの入ったオリジナルダイヤルの交換用に、現在、パテック 2526のダイヤルが再現されているということに注目したい。ダイヤルには、必要に応じて販売店の名前も表示される(前に示した例では、セルピコ・イ・ライノ・カラカスが表示されている)。ただし、白またはクリームの正確な色合い、マーカーの周囲の窪み、販売店の名前(またはそうでない場合もある)など、他の全ての要因は無視して、文字盤を綿密に調べてみると、"Patek Philippe Geneve"のフォントがオリジナルのフォントとは少し異なっていることが分かる。それは少し薄く、細長く、そして、そう、もちろん言っておきたいのだが、それはオリジナルでより洗練されている。パテック 2526の初期シリーズにおけるダイヤルは、ダイヤルのアワーインデックス部分の窪みのおかげで簡単に見分けられるが、純正のセカンドシリーズと最新バージョンを見分けるのは非常に難しい。

patek philippe 2526 enamel dial

ホワイトゴールドの2526は、純正のオリジナルダイヤルを備え最高の状態にある。

 この話の教訓は単純である。2526を探しているなら、ダイヤルをチェックすべし! ということだ。オリジナルダイヤルは、やや暗く質感が豊かで、よりクリーム色の色調である。現代の文字盤はわずかに明るく、ダイヤル表面に一貫性があり、色はより白っぽい。パテック 2526における価値の大部分はオリジナルダイヤルの状態にあり、オリジナルダイヤルはますます少なくなってきている(時間との戦いだ)ことを考えると、あなたが見ているパテック 2526に付いているのは最新の代替品でないことを確認して欲しい。色、一貫性、フォント、そして可能であれば裏面をチェックしよう。オリジナルの裏面には、シリアル番号もディスクに刻印されている。 

 買主をして注意せしめよ(買い手が購入時にリスクを把握しなくてはならない)、である。