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8月某日、ヴィンテージウォッチ好きにはおなじみの名店、ケアーズからメールが届いた。その内容は、ケアーズ丸の内店を会場にヴィンテージクロージングストア、マッシュルーム(MUSHROOM)のポップアップイベントを開催するというものだった。
マッシュルームは新潟にありながら、デニムやミリタリーウェアなど、近年飛躍的に価値を高める博物館級のヴィンテージアイテムをそろえることで全国各地のファッションツウやコレクターから高く評価されている有名店だ。希少なヴィンテージウェアが見られるかもしれないという期待があったのはもちろんだが、何より筆者の興味を引いたのは、ケアーズもこのイベントに合わせてスペシャルなヴィンテージウォッチを用意しているということだった。
同店とは付き合いが長いが、ケアーズでは毎月入荷のタイミングになると国内外のコレクターたちによる争奪戦が繰り広げられている。そんな同店が選りすぐりの逸品を用意したというのだ。しかもイベントに先駆けて用意したヴィンテージウォッチも撮影していいという。行かないという選択肢など、あろうはずもない。期待に胸を膨らませてケアーズ丸の内店へ赴き、撮影できたのが本稿で紹介する6本である。イベントでほとんど買い手がついてしまったのは残念だが、それも納得。状態もよく、いずれも負けず劣らずの希少なモデルばかり。ターノグラフなどはその最たる例だ。
ロレックス ターノグラフ Ref.6202 “レッドデプス” 1954年製
ロレックスの歴史のなかでもユニークなモデルのひとつであるターノグラフは、1953年にブランド初の回転ベゼルを備えた腕時計として誕生した。ブラックベゼルにブラックダイヤルというスポーティな見た目を持ち、のちのサブマリーナー(1953年末に登場)やGMTマスター(1955年登場)に大きな影響を与え、ロレックスにおけるプロフェッショナルモデルの原点とも呼ばれている。Ref.6202はそんなターノグラフのファーストモデルだ。
ターノグラフの初代Ref.6202はわずか2年ほどしか作られていないが、針やダイヤルの組み合わせ違いでさまざまなバリエーションが存在する。そのなかでも特に希少なのが、ダイヤル6時側、TURN-O-GRAPHのゴールドレターの上に赤い50m=165ftの深度表記を備えた“レッドデプス”モデルだ。
1950年代中期にほかのモデルでも確認されるレッドデプス表記ダイヤルだが、ターノグラフでこの仕様に出合えることはかなりまれである。内寄りに文字が入る特徴的な回転ベゼル、オリジナルの+マークリューズを備えたケースは、サブマリーナーなどのプロフェッショナルモデルよりもひと回り小さなサイズ感で、実際35mmと数値的にも小ぶりだ(サブマリーナーのファーストモデル、Ref.6204は37mmだった)。
本個体は経年変化や小傷が確認できるが、過度な研磨はされておらず全体としては良好な状態を保っていた。付属するブレスレットは、ケースの年代と近い貴重な1956年製のリベットブレスである。ムーブメントはバブルバックの進化系、セミバブルバックCal.A260を搭載する。
ロレックス プリンス Ref.1490 1942年製
こちらはロレックス プリンス Ref.1490。シンガポール初のロレックス公式リテーラーとして1936年に設立され、1950年代まで営業を続けた“Gammeter & Co.”のシグネチャーが入ったダイヤルが特徴の1本。数あるプリンスのケースのなかでも、中央のくびれから上下に広がる特徴的なフレア形状が高く評価されているブランカードケースを採用している。
プリンスに限ったことではないが、往々にして角形ウォッチは防水性の確保が難しくダイヤルにダメージの多いものが少なくないが、同個体は焼けは見られるものの、上下にシルバーミラーがあしらわれた手間のかかったダイヤルが今も保たれている。
ケースはプリンスのRef.1490ではよく見られる9KYG製で、搭載するのは角形ムーブメントのCal.T.S 7 1/2。立体感を残したケース形状は健在で、バックケースのナンバーやクラウンマークが残っていることからコンディションのよさがうかがえる。
オメガ スピードマスター ファースト Ref.2915-1 1957年製
言わずと知れたオメガの傑作クロノグラフ、スピードマスターのファーストモデル Ref.2915-1だ。ファーストモデルは1957〜59年まで製造され、厳密に言えばRef.2915-1、2915-2、2915-3の3タイプが存在する(詳細については過去に詳しく取り上げているので、こちらや、こちらの記事を確認して欲しい)。
同個体では、ステンレススティール製のタキメーターベゼル付きケース、OMEGAの“O”がオーバル型になった独特の表記、外周との段差のないスムースなダイヤル、そしてブロードアロー針の採用など、ファーストモデルの特徴とされるディテールが見て取れる。針の夜光は塗り替えられているようだが、インデックスの夜光は均一なパティーナが見られる。ベゼルの刻印もはっきりしており、全体的に小傷はあるものの、ケースはエッジの立ったシャープな状態を残す。裏蓋に刻印された初期モデルならではのSPEEDMASTERの刻印、シーホースマークも残っており、本来のシェイプが保たれた良好なコンディションと言えよう。
なお、ブレスレットは時計本体と年代がマッチした小ぶりなバックルの1959年製のキャタピラブレス。なお、ケアーズによれば、6番のフラッシュフィット、2コマずつのエクステンションコマが付属しているとのこと。ムーブメントはもちろん、レマニア製のCal.321だ。コラムホイール式、チラネジテンプ、耐震装置付きのムーブメントはダストカバーで保護されている。
Ref.2915(-1/-2/-3)の総生産は、ディーラーたちの情報によれば約3000〜4000本と推定されており、そのなかでも最初期となるRef.2915-1は300〜500本。現存する個体となると、そのさらに一部となる。Ref.2915-1は、今ではオークションで出合うような希少モデルとなっており、一般的な市場で見ることができる機会は滅多にない。
ブライトリング ナビタイマー Ref.806 1961年製
抜群のコンディションを保った、このブライトリング ナビタイマーも注目に値する。Ref.806は一般向けの市販モデルということでファーストモデルと呼ばれているが、ナビタイマーの研究が進んだ現在の情報(公式サイトでは初期ナビタイマーの歴代モデルが掲載されている)によれば、より細かな分類がなされている。公式サイトに掲載されている個体のディテールも基本的には一例のようであるが、本個体はオールブラックのミラーダイヤルに94個のビーズ装飾ベゼル、ヴィーナスのCal.178を搭載していること、そして1961年に製造された個体であることがわかっている。
ゴールドレターのウィングロゴを持つのは初期のナビタイマーに見られる特徴だが、同個体が珍しいのは、そのウィングロゴの上に小さく“B”と“BREITLING GENÈVE”の文字の白いプリントを備えている点だ。BREITLINGの文字のみ、あるいはその表記がないものは比較的多く見られるが、この個体のような表記を持つダイヤルは市場でもなかなか見られない。
ナビタイマーは構造的に水に弱かったと言われており、ダメージが多い個体が少なくないが、ダイヤルはブラックミラーのツヤを残した上々のコンディションで、ケースもエッジの立ったキレイな状態をキープしている。
エベラール スカフォグラフ 100 1960年代製
これは見た瞬間、興奮が隠せなかった時計である。1960年代製のエベラールのスカフォグラフ 100だ。回転ベゼルはないものの、このモデルは1959年に発表された同社初のダイバーズウォッチで、ダイビングに耐えうる100mの防水性能と、大胆なトライアングルのアワーマーカーを備えた個性的なダイヤルデザインが目を引く。
ファーストモデルとなるスカフォグラフ 100は、製造本数が数百本と言われており、そもそも数が少ない。さらにダイバーズウォッチという性格上、現存する個体の多くはダイヤルやケースにダメージが見られるものが多いが、同個体はダイヤル、ケースともにミントコンディションを保っている点は注目に値する(撮影はできなかったが、ムーブメントの状態もきわめて良好な状態だ)。
ブラックミラーダイヤルは全体的にツヤをしっかり維持しており、経年によるダメージは一切ない。トライアングル形のアワーマーカーやドットインデックス、個性的な時・分針、そしてロリポップ秒針などたっぷりと夜光が施されているが、すべて美しくパティーナしており、脱落もなくオリジナルの状態をとどめている。
面取りがしっかりと残るエッジの立ったポリッシュ仕上げのケースを見ても、その状態のよさは一目瞭然だ。特にケースバックは特筆すべきだろう。中央のタツノオトシゴのモチーフやそれを囲むように刻印された文字もすべてはっきりと残っており、コンディションのよさを今に伝えている。
ロンジン ラウンドモデル 1941年製
1941年に製造されたロンジンのトレタケは、裏蓋に3つのオープナーノッチ(爪)があり、イタリア語の“Tre-Tacche(3つの爪)”にその名を由来するモデルである。ヴィンテージロンジンのなかでもツウ好みのモデルとして知られているが、トレタケ自体が取り立てて希少というわけではない。しかし同個体は一般的なトレタケとは異なるディテールを持つのがポイントだ。
まず珍しいのはステップドベゼルデザインのケース。トレタケでは2段のステップベゼルがよく見られるが、本作は3段になっており、キレイな同心円状にデザインされている。その形状も一般的なフラットなものではなく、丸みを帯びたよりクラシカルな趣が感じられるスタイルとなっている。
シルバーダイヤルは表面がエイジングによってマットな質感が際立ち、サーキュラー装飾が施されたスモールセコンドの存在が強調されている。また1930年代後半~40年代トレタケの場合、文字盤の“LONGINES”表記は小さくセリフ付きの書体で入るのが一般的だが、同個体は1930年代以前の懐中時計によく見られる筆記体のような書体が用いられているのが珍しい。これは時代が合っていないということではなく、ケアーズによれば、ケースとしっかりマッチしたものだという。アーカイブで確認したところ、あまり見られない中国のエージェントに送られた記録があるようで、一般的ではないディテールが採用された背景になっているようだ。
ムーブメントはチラネジテンプに耐震装置を備えた自社製のCal.10.68Z。ブレスレットには、時計本体と合う古い年代のバンブーブレスレットのデットストックを合わせている。
ちなみにポップアップでは極上の501XXなども用意されていたが、イベントではほかにも希少なハワイアンシャツやデニムシャツも並んでいた。
ミントコンディションのスカジャンも。バックに戦闘機と富士山モチーフの刺繍が入った、かつてのパーソナルオーダー品だという。
極上のヴィンテージウォッチが集う理由
筆者はこれまでにさまざまなヴィンテージウォッチのショップを見てきたが、コンディションのよい時計と数多く出合えるショップというのはそれほど多くない。そのなかでもケアーズがそろえるアイテムのコンディションのよさにはいつも驚かされる。しかも幅広い年代やブランドをカバーしているところは、ほかにはない特徴と言えるだろう。状態のいいヴィンテージウォッチが年々枯渇していくのはマーケットの宿命とも言えるが、そんなことをまるで感じさせないラインナップをケアーズではどのように実現しているのだろうか。ケアーズ丸の内店店長、青木 史さん(現在はケアーズの代表取締役を務める)は、状態がよく、気に入ればブランドやスポーツウォッチやドレスウォッチなどジャンルを問わず何でも買うというスタイルだからこそ、いい時計が集められると話す。
「ヨーロッパでは廃業した古い時計屋がいまだに出てきたりするので、そういったところで時計と出合える興奮を味わいたくて買い付けに行っています。いろいろな人の手に渡ったものではなく、現地から出てくるまだ見ぬ時計を探すことにこだわっているんです」
そうしてヨーロッパへ買い付けに行く回数は、なんと今年だけでもすでに6回を数える。2024年は実に9回も買い付けのためにヨーロッパを訪れたという。いまや海外の主要なオークションやインターネットオークションなどを通じても状態のいいヴィンテージウォッチを仕入れることができないわけではないが、ケアーズではこうした理由から今も海外に直接赴いて頻繁な買い付けを行い、特に人とのつながりを大切にしているのだという。
「時計の仕入れはヒューマンビジネスなので、いいものが入った時に一番に紹介してもらえるかどうかが本当に大切です。1本2本、いいものだけを拾いに行くということも不可能ではないですが、ある程度深い関係を持った人間から毎月のようにしっかり買い入れをするということが必要なんですね。そうした人たちとの買い付けをするのと同時に、新しい人と取り引きも常に増やしていかないと、商品ラインナップのクオリティを高く維持することはできないんです。そのためには毎回細かく訪れる場所を調整して買い付けに行く必要があるんですが、それが難しいことでもあり、おもしろいところでもありますね」
高値を叩き出す海外オークションがディーラーやコレクターたちにとっても身近になったことから、思った価格での仕入れは年々難しくなっているという。しかし数多くの買い付けに訪れるという地道な努力が信頼を生み、今も店頭で極上のヴィンテージウォッチを手に取ることができるのだ。
実はこの取材の際、さらに驚くような時計を手に入れているという情報を掴んだ。近日、その時計の取材をすることになっているので、楽しみにしていて欲しい。
そのほか、時計の詳細はケアーズのウェブサイトまで。。Instagramでは随時入荷情報が公開されているメンズモデルはこちら、レディスモデルはこちらから。
Photos by Kyosuke Sato
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