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お気付きでないかもしれないが、近年、グランドセイコーは 目覚ましく進化してきた。ブランドはかつて、日本の国内市場向けのセイコーの兄貴分のような存在であったが、美しく仕上げられたケースとダイヤル、そして他のセイコーの機械式時計にはない高級な機械式ムーブメントを搭載していた。今日、グランドセイコーを高級時計製造の類い稀なひとつの代名詞とした品質の全ては今も残っているが、現在その名前は、セイコー自体とは別のブランドを意味し、高級時計市場のまさに頂点をターゲットとした、数々の時計を世に送り出すブランドを指すようになっている。
そこで、スプリングドライブ誕生20周年記念のグランドセイコー SBGZ003をご紹介しようと思う。この時計は、2019年3月、最初に発売された時計のグループのうちの1つで、これを私たちがハンズオンするのは今回が初めてである。2つあるプラチナケースのモデルの1つで、スプリングドライブ Cal.9R02を搭載している。これは、大雑把にいえばクレドール 叡智のCal.7R14に似ているが、パワーリザーブは84時間(7R14では60時間)にまで増えている。
完成度の高いスプリングドライブのムーブメントは、愛好家ならクレドール 叡智のコンテクストから比較的容易に想像できるようなものであるが、グランドセイコーは、マイクロアーティスト工房の水準に合わせて完成させた、スプリングドライブムーブメントを徐々に導入してきた。マイクロアーティスト工房は長野県塩尻市にある「信州 時の匠工房」の中にあり、ここでクォーツとスプリングドライブ搭載のグランドセイコー・ウォッチが生産されている。また、グランドセイコーの全てのケース、ダイヤル、および針の工房もこの中にある(グランドセイコーの機械式時計の組み立ては、東京から北に新幹線で約3時間半の岩手県雫石で行われている)。
最近のより有名な時計の1つは、2016年に初めて登場したグランドセイコー スプリングドライブ 8 Daysで、これはマイクロアーティスト工房によって生産された最初のグランドセイコーである。それ以前は、この工房は叡智の時計だけでなく、クレドール ミニッツリピーターやクレドール ソヌリで最もよく知られていた。
多くの人が知るようになったグランドセイコーと、ハイエンドへシフトしている現在の方向性との違いは、グランドセイコーが、1万ドル(約110万円)未満の価格帯、しばしば5000ドル(約55万円)未満の価格帯で、自らの強みであるその美しさだけでなく、素晴らしいコストパフォーマンスも売りにしている点に現れている。2000年代の初めから中頃にかけて、私たちが最初にアメリカでよく見かけるようになったころは、グランドセイコーはごく内輪だけの時計であった。それを目にするのが稀だったというだけでなく、それは時計に対する鑑識眼があることの証でもあったからだ。我々にとって、この時計の持ち主は、時計製造、そしてその匠の技に関する知識や経験から時計を購入した人であるということを物語っていたのである。これらの時計は今でも間違いなくグランドセイコーのコレクションに含まれており、そんな機械式グランドセイコーや自動巻きのSBGR261など優れた時計たちが、依然として入手可能という事実は、その価値が未だに存在し、失われていないことを意味する。しかし、グランドセイコーのハイエンドな価格帯で、「これはとてもお買い得だ」と思えるかについては疑問が生じる。その疑問とは、市場の他の製品と比較して、「それだけの価値があるのか?」ということだ。
この非常に厄介な質問はしばらく後に残しておこう。個人的には、何のためらいもなくこれは全く素晴らしい時計だと断言できる。それは、各コンポーネントが非常に高い精度で仕上げられているからでもあるが、そればかりではない。時計製造において、製造の精度は常に称賛に値するものであり、高い精度が要求される製造において一貫して優れた高品質を実現することは、多くの愛好家が気付くよりもかなり困難なことであるからだ。
19世紀半ば、時計製造が裕福な人だけでなく、一般の人々のためのものになり始めたときには、卓越性を達成するだけでなく、一貫してそれを実現することがますます重要となった。現代における最高の時計づくりとは、製造における非常に高い精度と特定のデザイン感覚を結び付けたものなのだ。グランドセイコーなら、間違いなく全ての価格帯で、精度の点で一貫して明らかな高品質が得られるが、グランドセイコーを際立たせているのは、精度それ自体が目的であるということだけではなく、非常に具体的な美学をも追求しているという点である。
分かりやすい比較として、これを日本刀などの日本文化の象徴的な要素に例えることができる。この古典的な伝統工芸品は装飾品としてではなく、元来、非常に効率的な道具として存在していた。しかし今日では、刀は少なくともその効果と同じくらい、そしておそらくはそれ以上に、その美的価値を高く評価されている。こうした美学は、視覚的なきらびやかさそのものをを追求した結果生まれたものではない。そうではなくで、何世紀にもわたり剣作りと製鋼の技術を洗練してきた結果として生じたものである。この時計にも多くの点で同じようなことがいえるが、全てのグランドセイコーがこうした控えめな表現で奇跡を起こしているわけではなく、中にはかなり見た目を重視したものが見受けられることもある。しかし、SBGZ003は、技術の完成度に細心の注意を払うことで、技術自体を超越した何かが生み出されるという最高の例ともいえる。
サイズに関しては、38.5mm x 9.8mmと、快適でクラシックそのものだ。ケースの厚さは、現行の他の高級ドレスウォッチとほぼ同じである。例えば、手巻きCal. 215 PSを搭載したパテック 5196Gは、37mm x 7.68mm。厚さを抑えられたのは、かなり小さいムーブメント(21.9mm x 2.55mm)を使用したためである。F.P. ジュルヌ クロノメーター ブルーは39mm x 8.6mmである(そして、2つの香箱を搭載し、パテックが44時間なのに対し、56時間のパワーリザーブを備えている)。
ただし、SBGZ003との最も分かりやすい比較は、もちろん別のセイコー、具体的にはクレドール 叡智 IIである。叡智 IIは、デザインのシンプルさと純正さのおかげで、非常にフラットな時計であるという印象を与えている。実際の寸法は39mm x 10.3mmなので、SBGZ003は実際にはクレドールよりも少し(非常にわずかに)小さい。叡智 IIは実際に目にする機会がほどんどないが、厚い時計としての印象は全くなく、SBGZ003も同様である。
SBGZ003と叡智 IIを比較するもう1つの主要なポイントはムーブメントである。叡智 IIは、Cal. 7R14を使用しているが、これは、初代・叡智のムーブメントである7R08Aの第2世代のスプリングドライブバージョンである。これら2つの関連したキャリバーの基本設計と基本的な外観の多くは、長年にわたって同じままであったが、同時にマイナーな変更も着実に行われてきた。これらの変化にも関わらず、その本質とも言いえるムーブメントは、ハイエンドウォッチのユニークな存在であり続けており、滑るような運針をする秒針は、叡智とSBGZ003の両方の特徴的なデザイン要素の1つであり、スプリングドライブの「持ち味」となっている。
7R08は、クラシックで真にハイエンドの高級時計製造技術がスプリングドライブに納得のいく形で適応でき、またクレドールとマイクロアーティスト工房が独特の美意識を兼ね備えていることを実証して見せた。このムーブメントはジャーマンシルバーで作られていた(洋銀としても知られ、とりわけA.ランゲ&ゾーネにより使用されており、同社は全てのムーブメントでこれのみを使用している)。マイクロアーティスト工房は、ジュネーブスタイルのストライプを使用するのではなく、非常に細い水平ブラッシュ加工を選択し、基本的に水平なラインに配置された3ブリッジ構造を採用している。ゼンマイの香箱には、3つの様式化された桔梗(日本を含む極東原産のプラティコドン・グランディフロラス)の透かし彫り装飾が施されている。右下の2つの衝撃保護されたピボットは、右上の三日月形の切り欠きで表された月を見るカエルの目を表している。
叡智 IIには、ムーブメントにいくつかの重要な美的アップデートが行われた。最も注目すべきは、中央のブリッジの位置を変更し、また7R08の水平線がある意味修正された4分の3プレート設計に取って代わられた。そして2つのプレートの間を分割するラインが、ゼンマイのバレルからムーブメント本体の端まで滑らかに引かれている。カエルの目の面取りがなくなり、代わりに、2つのプレートの内側のエッジに2つのカーブがあり、四番車とスプリングドライブ グライドホイールを囲んでいる。スプリングドライブのファンは、スプリングドライブのムーブメントがゼンマイによって駆動されること、そして機械式脱進機の代わりにフライホイールがあることを覚えておられることだろう。これがいわゆるグライドホイールと呼ばれるもので、その回転速度は電磁ブレーキによって制御され、クォーツ制御のタイミングパッケージの動力源にもなっている。
7R08と7R14のより目に見える違いに比べると微妙ではあるが、9R02には、さらなる変更が加えられている。おそらく、2つの最も明らかな点は、パワーリザーブ表示の構成と、2つのブリッジのうち大きい方の内側エッジの配置の変更である。カエルの目のスタイルの内側の角が復活したが、7R08のように文字通りカエルの目を彷彿とさせるものではない。パワーリザーブの針は短くなり、パワーリザーブの標示部分は、もはや緩やかな曲線ではなくなり、円形のトラックに変わった。クレドールのロゴとSEIKO TIME CORP.の刻印もなくなった。7R14には60時間のパワーリザーブがあるが、一方、Cal.9R02の持続時間は84時間である。
ここで、冒頭の「それだけの価値があるのか」という質問に戻ると(そして、ここでの「それ」とは、叡智IIが570万円なのに対して600万円とかなりなものである)、少なくともSBGZ003を伝統的なハイエンド・ウォッチメイキングの厳格な基準で評価するなら、答えは圧倒的にイエスと言わざるを得ない。結局のところ、高級時計製造における技術の最も重要な表現は、ムーブメントの仕上げに表れる。そして9R02には、その匠の技がことごとく表現されており、4年半前のHODINKEEコレクターズサミットでは、他ならぬフィリップ・デュフォー(Philippe Dufour)をして次のように言わしめている。
「最高のムーブメントの仕上げがどこで行われているか知りたいのなら、残念ですが、今はスイスではありません」
オリジナルの7R08ムーブメントは既に時計職人の芸術を見事に体現していたが、マイクロアーティスト工房はデザインの改良と明確化をあくまでも追求しており、私が思うには手巻きのスプリングドライブムーブメントでこれまでで最も素晴らしいバージョンを我々に提供している。叡智 IIは、時計通の間でほぼ普遍的ともいえる賞賛を巻き起こしたが、SBGZ003を同じように高く評価する理由は全て整っていると思う。おそらく、ハイエンドのデイリーウォッチとしては叡智 IIよりも相応しいのではないだろうか。
セイコーはここ数年で、特にグランドセイコーの独立したブランドとしてのスピンオフで、単一のブランドというよりも時計製造グループのように感じるようになってきたが、もちろん、グランドセイコーとクレドールは、セイコーの他の製品ファミリーとは非常に異なる評価が必要とされる。SBGZ003は、最高レベルの高級時計製造へのグランドセイコーのコミットメントと、スイスやその他の地域の伝統的な時計製造メーカーの、少なくとも仲間と見なされてしかるべきであることを証明している。
グランドセイコー エレガンス コレクション SBGZ003 スプリングドライブ20周年記念:ケース、プラチナ、38.50mm x 9.80mm、防水性能30m、前面と背面にサファイア。ムーブメント、手巻き式スプリングドライブ Cal.9R02、84時間パワーリザーブ、ムーブメントブリッジ上にパワーリザーブ表示。桔梗をモチーフとした透かし彫りの香箱。1日あたり最大偏差は±1秒。プラチナ製フォールディングクラスプが付いたクロックストラップ。価格は600万円(税抜)。詳細についてはグランドセイコー公式サイトへ。