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この極めて異例で難解な予測不能な年(時計愛好家たちにとって)の特徴の1つは、新作発表のカレンダーがひっくり返ったことである。20年以上にわたって時計について書いてきた私にとっても、一番ドラマチックな年だと思う。おそらく、この一年で最も注目されているのは、実はある2社からニュースがなかったことだろう。通常であればバーゼルで発表され、誰もが最も注目するブランド、そうロレックスとパテック フィリップだ。両ブランドの新作について誰が一番早く記事を公開するかというのは、ジャーナリスト間の激しい競争でもある。
バーゼルワールドでは通常、最初のプレスデイは、ロレックスやパテック フィリップだけでなく、オメガやその他の主要なプレイヤーからも情報を得るための競争となる。しかし、今年は他のブランドから新作が出る一方でこの2社は沈黙したままだった。しかし、今日新作のステンレススティール製カラトラバのリリースによって状況は一変した。ジュネーブのプラン・レ・ワットで製造されたRef.6007-001は、1000本限定でリリースされる。
パテック フィリップは、生産のあらゆる側面を1つの施設に集中させるための継続的な取り組みの一環として、2015年に新しいマニュファクチュールの建設を開始した。同社によれば、この取り組みはもともと1996年にフィリップ・スターンが主導し、製造とデザインのあらゆる面で効率性を高め、改善しようとしたものだったという。その直前の時代までは、パテック フィリップの需要な製造拠点は十数ヵ所あり、ジュネーブ市や州に点在していたという。スイスでは、何世紀にもわたって脱進機からケース、ゼンマイ、その他の部品に至るまで、それぞれの場所で働く様々なサプライヤーや専門家が独立して時計製造をしていたという特徴に共通する。面白いことに(予想通りではあるが)、誰もが近代化に興味があったわけではなかったのだ。今年4月フィナンシャル・タイムズに書いたニック・ファルクス氏によると、スタン家の中でも反対意見もあったと指摘する。
ファルクス氏は、「旧来の働き方と新しさとの間に変化が目立った」と書いている。同氏は、「私は1990年代の初めにローヌ通りの旗艦店の上にあるパテック フィリップの旧本社を訪問したことを覚えていますし、正確にはディケンズ風ではないにしても、フィリップの父、アンリ・スターンが吸ったパイプタバコ"ボルクムリーフ"の香りの余韻の残った、居心地の良い歴史的な雰囲気を感じました。ここから街全体に活動が広がっていったのです」と記している。
「しかし、1989年に創業150周年を迎えフィリップ・スターンは、機械式時計、特に複雑時計への人々の関心が高まっていることを予見しており、このような19世紀のシステムを変える必要があることに気づきました。誰もがこのアイデアを歓迎したわけではありませんでしたし、フィリップの父アンリがその筆頭でした」
「"彼は一度だけ訪れ、そして二度と来ないだろうね"とフィリップは笑いました。"彼には大きすぎるのだ"と」
もしこれが1996年当時の施設に対するアンリ・スターンの思いだったのであれば、今年オープンした新本社についてどう思っていたのか、私は気になって仕方がない。今年は時計業界にとって挑戦的な年かもしれませんが、パテック フィリップにおいてそれが当てはまるのか知ることは出来ない。2015年にさかのぼって着工を報告した際、総額4億5000万スイスフラン(約506億円)と見積もられていた新施設は、最終的に6億スイスフラン(約675億円)の請求書に変わった。
建物は時計製造の基準としては巨大なもので、10階建て(地下4階)となっている。基本的な機械加工から手仕上げやムーブメントの組み立てを行うアトリエ、エングレービング、ギヨシェ彫り、エナメルなどの工芸品を扱うメティエ・ダール・スタジオなど、時計製造に関して想像できるあらゆる面での設備が整っている。この建物には同社が「ニューヨークの非常階段スタイル」と呼んでいる階段があり、時計製造に重要な自然光を十分に確保するための巨大な窓もある。
最上階には、880人(!)のゲストを収容することができるレストランまであり、地下駐車場には700台近くの車両を収容できるスペースがある。ほとんどのブランドが神経質にニュースに目を光らせ、事業を維持するために必要なキャッシュフローについて考えている年にしては景気の良いことだが、HODINKEEエグゼクティブエディターのジョー・トンプソンによれば期待しないようにとのこと。しかし、パテック フィリップはこの異例の年であっても、他に比べればまだ大丈夫なように見える。
新しい施設を祝うためにリリースされたこの時計は、そのデザインも非常に最新のものである。近年のリリースをますます際立たせている基本的なデザイン言語の革新が継続されたことを表している。そして、それだけでなく、ステンレススティールケースでリリースされるということも特筆すべき点だろう。
それはおそらく、パテック フィリップについて1つのことを行うことができるが、事実はさておき、ノーチラスやアクアノートのモデルでは、SSモデルが希少であることに変わりはない。現在カタログに掲載されている28種類のSSまたはSS&ゴールドのモデルのうち、21種類がこの2つのファミリーに属し、さらに6種類がTwenty-4コレクションに属している。この3つのファミリーのいずれにも属さない唯一の現行のスティールモデルは、カラトラバ ウィークリーカレンダー5212Aで、これもまた多くの点で珍しい時計である。実際のところ、私にはウィークリーカレンダーは、この新しい6007A-001と同じ基本的なデザイン原則に沿って作られているように見える。もちろん、丸みを帯びたスティールケースを採用している点は共通しているが、それ以上に現在のカタログに掲載されている他のどの時計よりも親近感があるのだ。
ウィークリーカレンダーの場合は曜日表示、6007A-001の場合は内側の時間目盛りが2つの同心円で構成されているが、パテックが「カーボン」パターンのエンボス加工と表現するように、内側の文字盤のパターンを強調するための要素として使われている。(なぜカーボンなのかは分からない。炭素原子はダイヤモンドの立方体の結晶を形成することができるが、カーボンファイバーパターンを意味するような単純なものかもしれない。私がデザインにあまりにも多くのことを推測してだけかもしれないが)。
このクロスハッチパターンは、実は以前にも一度だけ登場している。7年前にオンリーウォッチのために製作されたチタン製のユニークなモデル、Ref.5004Tスプリットセコンド パーペチュアルカレンダーだ。
内側のアワーサークルは、アラビア数字があることを考えると少し余計だが、時間と分とに別々のスケールをもたせることで、どちらかが欠けていた場合よりも面白い構図を時計に与えている。もちろんパテックコレクターにとってスティール製というのは羨望の的だ。伝統的な時計製造の拠点としての同社の立ち位置は、その歴史のほとんどを意味している。貴金属ケースで、それほど多くないSS製のパテックは、相対的に希少性が高いのだ。熱心な愛好家なら誰もが知っているように(例えばスティール製の1518のように)、オークションでは高額で落札される傾向にある。
また、非スポーツモデルとしては珍しく、6007A-001は針とアプライドされたアラビア数字に夜光を採用している。実際、現在のカラトラバコレクションの他の19モデルには、針やインデックスに夜光がないが、その中にはSS製のウィークリーカレンダーも含まれている。
ドレスウォッチとは何を意味するのかという話題は、前々から掘り下げてみたいと思っていたことだ。しかし歴史的にみて、夜光塗料の発明以来、時計業界ではツールウォッチやスポーツウォッチのカテゴリに該当しない時計に、夜光塗料を採用するのを避ける傾向にある。結局のところ、時計の役割は基本的に時刻を知らせることであり、ラジウムやトリチウム、ルミノバを少し使っても低照度下での視認性が改善されない時計はほとんどない。
基本的には性質の問題なのかもしれない。スーパールミノバが登場するまで、夜光塗料は常に時計の一時的な機能であり、所有者が生きている間に交換する必要があるという事実は言うまでもないが、ある意味ではドレスウォッチの性質(それが何であれ)と調和していないように感じる。
これはケース素材と二重のチャプターリングによって生み出された、計器的な時計の雰囲気にも関係するだろうが、パテック フィリップはカラトラバに夜光を用いる道を見つけたようだ。ブルーのカーフスキンのストラップには、やり手のバンカーが運転するロールスを連想させるエンボス加工が施されている(貴金属製のカラトラバからは必ず感じる雰囲気だ)。これは夜光、アラビア数字、ステンレスケースという3つを結びつける役割を担っているように感じる。
プロポーション的には、これはとてもカラトラバらしい時計だ。純粋主義者たちが言う直径37mm〜38mmをわずかに超えた大きさではあるが、40mm × 9.07mmと非常に使いやすいサイズ感は保たれている。個人的には防水性能は3気圧よりも欲しいところだが、この種の時計には十分すぎるものだろう。ムーブメントは同様に古典的で、2万8800振動/時で駆動する27mm × 3.3mmの自動巻きムーブメントCal.324 S Cが搭載されている。
私がこの時計に抱いている唯一の疑問は、ケースバックの刻印とロゴだ。しかし結局のところ、これはこの企業の特定の瞬間を祝うための時計であり、致命的な欠陥とは言えないだろう。個人的には、高級なムーブメントを搭載した時計の中では、遮るもののない眺めが好きではあるが、表ではビジネス、裏ではパーティという狭義の古典的なスイスの高級時計製造の公式は、この時計が意味するところではなかった。一見したところ、私はこの文字盤のデザインに疑問を感じていた。インナーアワースケールは、せいぜい追加のデザイン要素にしか見えず、少なくとも全体のデザインを損なうことなく簡単に省くことができただろう。しかし、それからすぐの間に、視認性の高さという点では絶対的に必要なものではないにしても、少なくとも全体のデザインの個性に重要な貢献をしているように見えてきたし、スティール製の従兄弟であるウィークリーカレンダーへの視覚的な橋渡しのような役割も果たしていると考え直した。
今、工場や小売業者の間では、まだ少しずつではあるが、希望に満ちた兆しが見えてきている。その一方で、本機の登場は興味をそそられる第一幕であり、パテックが年を重ねるごとに我々のために何を用意しているのか、多くの憶測の材料を提供してくれることを確信している。
この限定版とカラトラバのウィークリーカレンダーとの間には、密接な関係がある。ご存知のように、通常生産のSS製パテックは非常に珍しいが、ウィークリーカレンダーと新しい6007A-001を一緒に見ると、同社が放つ新しいタイプの時計の種類のように見えるのだ。
基本情報
ブランド: パテック フィリップ(Patek Philippe)
モデル名: カラトラバ(Calatrava)
型番: Ref. 6007A-001
直径: 40mm
厚さ: 10.34mm
ケース素材: ステンレススティール
文字盤色: ブルーグレーのサテン仕上げ(真鍮製)
インデックス: アプライド
夜光: あり
防水性能: 3気圧
ストラップ/ブレスレット: カーフスキンストラップ
ムーブメント情報
キャリバー: Cal.324 S C
機能: 時、分、センターセコンド、日付表示
直径: 27mm
厚さ: 3.3mm
パワーリザーブ: 最小35時間、最大45時間
巻き上げ方式: 自動巻き
振動数: 4Hz(2万8800振動/時)
石数: 29
クロノメーター認定: パテック フィリップ・シール
価格・発売時期
価格: 309万円(税抜)
販売時期: 販売中
限定: あり、世界1000本限定
詳細は、パテック フィリップ公式サイトへ。