Photos by Jonathan McWhorter
時計収集とノスタルジーは常に結びついている。それは我々がこれらの小さな時計デバイスと感情的な絆を築く、大きな部分を占めている。ノスタルジーは、例えばポール・ニューマン デイトナをポール・ニューマンたらしめたディテールのような、感情的な判断基準点だ。それは子どものころにある時計が欲しくて、やっと買えるだけのお金を稼いだ際、探し求めたといったような思い出なども該当する。それはまた、我々が常識や好み、成熟を無視した形で特定の時計に憧れる理由でもある。おそらくそれは子どものころに所有していた時計であり、再び手に入れることで、もしかするとあの子どものときの感覚、その魔法の一片を取り戻すことができるかもしれないと希望している時計である。
数週間前、我々の番組であるTalking Watchesに、その理想を体現した非常にスペシャルなゲストが登場した。彼の名前はロニー・ファイグ(Ronnie Fieg)。キス(Kith)の創始者であり、その名前に聞き覚えがあるかもしれない(あるいはいま、彼のブランドの何かを着ているかもしれない)。ファイグ氏は同エピソードで金無垢、グリーンダイヤルのロレックス デイデイト、そしてオーデマ ピゲへの愛着など具体的なメンタリティを通じて、コレクションのより成熟した側面を示してくれた。
このエピソードでは、ロニー氏がタグ・ホイヤーとキスのコラボレーションに隠された真のインスピレーションを教えてくれた。
しかし、彼が真剣に集めていたコレクションの一部を掘り下げると、事態は個人的なものになった。タグ・ホイヤー フォーミュラ1は彼の青春時代の時計である。我々はすぐにそのプロジェクトを知ることになる…今日発表されたタグ・ホイヤー フォーミュラ1 KITHエディションだ。これがまあ一種の、我々が待ち望んでいたF1である。すぐに分かるかと思うが、このリリースは過去に忠実で、ロニー氏らしい、そしてキースらしいひねりが加えられている。
今回の発表に先立ってロニー氏と話をする機会があり、新リリースに関する彼の見解を聞くことができた。予想どおり、このプロジェクトは非常に個人的なものであった。「僕が初めて手に入れた時計は、1995年に母から贈られた28mm版のF1だったよ」とファイグ氏。「次に手に入れたのは1997年で、それは赤いケースとシルバーのバンドが付いた35mmの時計だった。それを自身の最初の本物の時計と考えていて、10代のあいだずっとそれを使っていたよ」と彼は言った。そして彼は最後に、「13歳から18歳までのあいだに好きになったものは、残りの人生でもずっと好きになるものだ」と、心打つ言葉で締めくくった。
そこでファイグ氏とタグ・ホイヤーは、近年自然にリバイバルしてきた時計を復活させるプロジェクトに乗り出し、多くの友人たちが最高のコンディションのヴィンテージを探し求めていたこの時計を見つけた(ダイムピースとカム・ウルフはそう見ている、という意味だ)。ファイグ氏はこれらの時計を開発する際に、明確なビジョンを持っていた。「僕の最初の時計となった腕時計に携わることは、90年代から知られているものを完全復刻させるための素晴らしいストーリーになると思った」とファイグ氏は述べた。「その時代に大きな影響を与えた文化的アイコンについて、物語を伝えたかったんだ」
冒頭で述べたように、これらは完全な再現でありながら、そうではない部分もある。では細かい部分を少し掘り下げて、どう取り組んでいるのかを見てみよう。今日発売される時計は合計10本で、色や素材の組み合わせが多岐にわたり、90年代のF1の雰囲気をほうふつとさせる。この時計がタグ・ホイヤーというブランドにとってどれほど重要なのか指摘することが大切だ。というのも、フォーミュラ1シリーズは1986年に発表され、タグ・ホイヤーのブランドを冠した最初の時計となったからである(80年代に買収されたあと、ホイヤーとは一線を画した)。
我々の会話のなかで、ファイグ氏は今回のリリースに向けて彼の中での完璧な復刻の定義をより明確にしてくれた。「僕たちが一緒になってデザインを始めたとき、レトロなカラーウェイを完璧に復刻させることはしなかった」と彼は述べた。「キスの店舗がある都市を基にデザインしたから、とてもクールな方法でそれを実現できたよ。つまり、美的感覚もサイズも忠実に復刻しているんだ」
多くのブランドが37mmや36mmの時計を女性用としてマーケティングしていると考えると、35mmで忠実に復刻されたこの時計には驚かされる。いろんな意味で大胆な試みだ。これをムーンスウォッチと比較する前に知っておいて欲しいのは、新しいF1モデルは1本19万2500円(税込)というよりプレミアムなものであり、コレクションコミュニティからの強い懐古への憧れを受けて、過去に真剣に焦点を当てたブランドを代表するものである。
そのプレミアム価格はいくつかの形で表れている。ひとつは、より堅牢なラバー素材を使用したストラップ。次に3、40年前に使用されていたものよりもはるかに強力なプラスチック材料である、アーナイト®の使用だ。さらに時計にはサファイアガラスが使われている。最も興味深いのは、色や素材の組み合わせに関係なく、まったく同じ価格で購入できることだ。私自身、兄が子どものころに持っていたような、フルSSのブレスレットモデルが気になった。彼はそれをどこかでなくしてしまった。…私は彼を許していない。
10本の時計は、タグ・ホイヤー独自のリファレンス、キスの店舗を代表するリファレンス、そして両ブランド共通の単一リファレンスの3つのカテゴリーに分類される。共有されるリファレンスは、そのブラックベゼルが付いた全SSモデルのなかで最もオーソドックスな外観をしているため、容易に識別できる。タグ・ホイヤーのモデルは、それぞれグリーンとブルーでDLCコーティングされたSSケースを持ち、それと揃いのラバーストラップが付いている2本の時計で展開される。
それから、ベゼルにグラデーションの数字が入ったブラックはニューヨーク、フルレッドは東京、クリーミーなホワイトはマイアミ、イエローはトロント、色とりどりの奇抜なバリエーションはハワイ、SSのグリーンベゼルはパリ、SSのブルーベゼルはロサンゼルスを表しており、これらはキスだけの限定モデルとして販売される。
人それぞれ好きなものがあるだろう。遠くから見ると、我々が若いころに愛用していたF1ウォッチとほとんど同じに見える。ただよく見ると、ロゴに大きな変更が加えられていることがわかる。代わりに現在は“Kith Heuer”となっている。ブランドの新CEOであるジュリアン・トルナーレ(Julien Tornare)氏に、この件について尋ねた。大手時計ブランドが自社のロゴを変更することは、決して小さなことではないからだ。
“タグ・ホイヤーはアヴァンギャルドな技術という意味のTechniques d’Avant Gardeの略です”とトルナーレ氏は述べた。“私たちのやり方が前衛的でなければ、ブランドのDNAを壊してしまいます”。いままでそうしてきたとしても強気な発言である。
この時計もそうだ。多くの人々にとって感情的に重要な時計を見事に復活させ、このような意味のあるデザインシフトを行うには、かなりの勇気が必要である。しかし、それは理にかなっている。これらは限定モデルであり、タグ・ホイヤーのF1の歴史と同じくらい、最近のキスにはブランドとの親和性がある。ファイグ氏が(6時位置の)“Just Us”というダイヤルテキストのように、ちょっとした工夫を加えることに抵抗を感じなかったのはこのためだ。どのモデルにも、それが表す都市や、“Kith and Kin”というテキストなど、特別なエングレービングが施される。
これらの限定モデルは多岐にわたるので触れておこう。ラバーシティエディションはそれぞれ250本限定、SSシティエディションはそれぞれ350本限定。ブラックDLCコーティングのケースを備えたブルーとグリーンのタグ・ホイヤー限定モデルは、各825本限定である。ブラックベゼル、SSケース、SSブレスレット(私のお気に入り)を備えた共有リファレンスは、幸運にも1350本限定と、最も豊富に生産される。なお10本すべての時計が入ったプレゼンテーションボックスを購入することも可能だ。私はこのボックスをジュネーブで見たが、全部が一緒になっているのを見るのはとても壮観だった。しかしもちろん、それには代償が伴う。ボックスは75セット限定で、価格は1万8000スイスフラン(日本円で約308万7000円)だ。アメリカ(および日本)での最終的な価格についてはまだ決定しておらず、決定次第記事を更新する。
それぞれの時計にはアーナイト®製ベゼルとクォーツムーブメントが搭載されている。どの時計にも独自の輝きとストーリーがあり、残りの美観的なディテールは自身で決める部分だ。例えば、東京のレッドシティエディションは、日本人F1ドライバー片山右京氏とのパートナーシップのもと、80年代に開発された珍しいモデルにちなんでいる。私はこのモデルがとても気に入っているが、それとは別にクリーミーなマイアミエディションもかなり引かれた。全体的に、どのリファレンスも着用したいと思うような感触と装着感があった。それはまるで思い出を追体験しているかのようだ。しかし、ヴィンテージを感じられる手首の感触のひとつひとつに、素材のアップグレードの実感も感じられる。これらはオールドスクールでありながら、堅牢であると同時に新鮮さもある。これは、私が真に評価する完璧な復刻のうちのひとつだ。
本日、これらの時計が発表され、一連の発売が始まる。まず、5月3日にマイアミのタグ・ホイヤーブティックで発売され、5月6日に世界各地で発売される。キスモデルがあなたにどう語りかけるかどうかは別として、タグ・ホイヤーとロニー・ファイグ氏が協力してこのような製品を生み出した事実は素晴らしいことである。F1シリーズの明るい未来を物語っていると思わざるを得ないし、私はそれを楽しみにしている。ただその前に、どれが一番好きなモデルか、ぜひ教えてほしい。
タグ・ホイヤー フォーミュラ1 KITH。ステンレススティールケース、35mm径×9.45mm厚(ラグからラグまで40mm)、12時位置に“Kith & Kin”のエングレービング。クォーツムーブメント搭載。アーナイト®製ベゼル。パリとロサンゼルスの限定モデルはSS製ケースと5連ブレスレット。ブルーとグリーンのタグ・ホイヤー限定モデルはDLCコーティングを施したSS製ケース、遊環にキース・ホイヤーのロゴを配したラバーストラップ。ラバーストラップのシティエディションは、アーナイト®ケースとベゼル、遊環にキース・ホイヤーのロゴ。ラバーシティエディションは各250本限定、SSシティエディションは各350本限定。ブルーとグリーンのタグ・ホイヤー限定モデルは、ブラックDLCコーティングのSS製ケースを備え、各825本限定。ブラックベゼル、SS製ケース、SS製ブレスレットの共有リファレンス(私のお気に入り)は、幸運にも1350本と豊富に生産。ボックスは75セット限定。5月6日全世界発売。価格はすべて19万2500円(税込)