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徐々に、そして突然、時計ブランドが小振りな、ミドルサイズの時計を発売し始めたように感じる。その証明に、十数本のリリースをリストアップしてお見せすることもできるが、そこまでせずともあなたもきっとそう感じているはずだ。
私が言っているのは直径33~37mm径で、小ぶりな時計を購入すると仮定した場合に、購入者が何を望むかという古くさいがおそらく現代的な想定を取り払ったものである。これはフルスペックのダイバーズウォッチ(チューダー ブラックベイ 54を参照)からスポーツウォッチ(ブラックセラミックのロイヤル オーク 34mmを参照)まで、すべてが小ぶり化していることを意味する。これらの大手メーカーの、カタログ全体の平均直径はあまり変わっていないとしても、各ブランドは小ぶりな時計の需要に応えるべく、より多くの努力を払っているように見える。
このダウンサイズ時代のなか、ヴァシュロン・コンスタンタンが2023年3月に投入した最新作がSS製のRef.4600V/200A-B9805Nと、5Nピンクゴールド製のRef.4600V/200R-B979というオーヴァーシーズ 34.5mmである。基本的には41mmのオーヴァーシーズをただ小型化しただけだ。ダイヤモンドもサファイアもない、奇妙な日付位置やスモセコもないし、ほかの“大ぶりな”時計のダウンサイズ版ではないと示すかのような奇妙な針や、その他のデザイン修正も一切ない。
手首が細く、さらに小ぶりな時計が好きな私にとってこの事実自体が、34.5mmのオーヴァーシーズをヴァシュロンのラインナップに加えるほど価値のあるものにしている。
ヴァシュロン・コンスタンタン オーヴァーシーズの歴史
オーヴァーシーズの新作を紹介する前に、その歴史を簡単に振り返っておこう。ヴァシュロンがブレスレット一体型のスポーツウォッチに初進出したのは1977年。創業222周年を記念して発表した、“222”からスタートする。若き日のヨルグ・イゼック(Jorg Hysek)によって設計されたそれは、インヂュニア、ロイヤル オーク、ノーチラスに対するVCの答えであり、後者ふたつとキャリバーを共有している(ジャガー・ルクルトのCal.920がベース)。その後、ヴァシュロンは333やフィディアスなどのスポーツウォッチを追加で発表した。
しかし、ヴァシュロンのスポーツウォッチに革命を起こし、最大の成功を収めたのが、1996年に発売された“オーヴァーシーズ”だった。これはVCがヴァンドーム(現リシュモン)に買収された直後に発表されたもので、ディノ・モドロ(Dino Modolo)とヴィンセント・カウフマン(Vincent Kauffman)を含むチームによってデザインされた。
ヴァシュロンは1996年から2004年にかけて、初代オーヴァーシーズの37mm、35mmのミドルサイズモデルをさまざまなケース素材と文字盤カラーで製造した。オリジナルリファレンスの42040、42042、42050、42052についての詳細は、Watch Brothers Londonのコレクターズガイドがおすすめだ。
デザインからスペックまで、第1世代の37mmと35mmのオーヴァーシーズはほぼすべての点で似ている。あえてこのことを述べたのは、オーヴァーシーズのデザインはどのようなサイズであっても機能するものとして考えられていたと示すためだ。90年代にはさらに小型な(そしてクォーツの)24mmバージョンもあった。
2016年、ヴァシュロンは現行の第3世代オーヴァーシーズ(Ref.4500V系)を発表した。現行のオーヴァーシーズは2世代目に比べて、よりエレガントかつ洗練されたスポーツウォッチに仕上がっている。文字盤は滑らかなグラデーションブルーで、ベゼルには8つではなく6つのノッチを採用し、サファイア製シースルーバックからはゴールドローターとジュネーブストライプで仕上げた自社製キャリバーが鑑賞できる。
ミドルサイズの新型オーヴァーシーズ
Watches & Wonders 2023では、34.5mmのSSとピンクゴールドのオーヴァーシーズが発表され、これにより現行のオーヴァーシーズコレクションが充実した。41mmモデルと同様、グラデーションブルーダイヤルを持つ2種類で展開し、大型モデルからデザインの多くを引き継いで数ミリ縮小された。
サイズは直径34.5mm、厚さは9.3mm(ラグからラグまでは約42mm、ラグ幅は約18mmだ)で、36mm径のラウンドウォッチのプロフィールとほぼ一致する。例えば、私のロレックス エクスプローラーのラグからラグまでは43mmである。
ブルーダイヤルは光の加減によって、深みのあるダークネイビーから鮮やかなロイヤルブルーまでさまざまな色が現れる。ロイヤル オークのタペストリーやノーチラスの水平エンボスと比べるとシンプルだが、光を巧みに操ることで質感の不足を補っている。41mmのオーヴァーシーズと比較して、ヴァシュロンは賢明にも外側のセコンドトラックを省いた。これが含まれていると、ただでさえ小さい文字盤を窮屈なものにしてしまう。ただ後述するように、この排除にはコストがかかる。
日付窓は3時位置にあり、日付ディスクはホワイトカラーとなっている。この窓は少し小さく感じる。例えばオーヴァーシーズ 41mmでは、日付窓を大きくするために3時位置のインデックス自体がなくなっている。これは文字盤のシンメトリーを高めるためだと思うが、私の好みとしては、単純に窓のサイズを確保して欲しかった。もちろん、これは商業的な配慮から日付窓が必要(必須!)とされ、ノンデイトのオーヴァーシーズは投入されないという前提のものだ(最高のモダンオーヴァーシーズには日付がないにも関わらず)。針とインデックスにはスーパールミノバが塗布され、その周囲を各ケース素材が囲っている。
オーヴァーシーズのブレスレットはそのクラス最高のものだ。ベゼルと同じように、ヴァシュロンのシンボルであるマルタ十字のモチーフがあしらわれているが、押しつけがましくなければわざとらしくもない。ブレスレットにはサテン仕上げを施し、ポリッシュ仕上げされた面取りとインナーリンクがコントラストを演出している。滑らかでありながらしっかりしているなど、多くのモダンなブレスレットには難しいバランスだ。マルタ十字が手首周りをアーティスティックに飾る様は、実に魅力的である。ブレスレットはケースに接する部分が約18mmで、中央のマルタ十字が刻印された観音開きのバタフライクラスプまでテーパーがかっている。
クラスプの両側にはマイクロアジャスト機能が付いており、強く引っ張るだけでブレスレットが数ミリ伸びる。デザインだけでなく、オーヴァーシーズのブレスレットは機能性にも優れているのだ。ラグの内側にあるボタンを押し込むだけで、ブレスレットを簡単に取り外すことができ、ブルーレザーまたはラバーストラップと簡単に交換ができる。またストラップは、ケースのデザインとシームレスに調和するのもうれしい。ブルーレザーはドレスアップしてくれるがスポーツウォッチとしては十分にカジュアルで、ラバーの質感も素晴らしい。クラスプはデプロワイアント式で、工具なしでストラップを交換でき、ストラップが手首にスムーズにフィットする。
ブレスレットのフィット感や仕上げと同様、ストラップ交換の機能性も申し分ない。
オーヴァーシーズ 34.5mmの全体のバランス
続いてオーヴァーシーズ 34.5mmnの全体のバランスについて。私はミドルサイズのケースが好きだが、これらのスポーツウォッチを41mmから34~36mmへと小型化する際の主な問題は、オリジナルの“ジャンボ”なエレガントさの一部を失う可能性があることだ。これらの大ぶりなスポーツウォッチを俯瞰で見ると、手首のための構造物のような、ブルータリズム的建築美を備えている。だが、ほんの少し斜めから見るだけで、実際に手首につけたときの薄さとエレガントさが備わっていることに気づく。
ミドルサイズのオーヴァーシーズは41mmより薄いが(9.3mm厚と11mm厚)、このエレガントさはいくらか失われていると感じる。はっきり言って解決策があるとは思えない。34.5mmの時計で、あの衝撃的な薄さを実現するのは難しい。言うまでもなく、ミドルサイズのオーヴァーシーズに堅牢なフルローターの自動巻きキャリバーを搭載し続け、かつムーブメントをさらに薄くすることは、おそらく技術的に容易なことではない(今回採用されたCal.1088/1は、すでにわずか3.83mm厚だ)。
それ以上に、文字盤開口部がケースサイズに比べて少し小さすぎるように感じる。もう少しベゼルをスリムにして文字盤を少し大きくすれば、ミドルサイズのオーヴァーシーズを少しでも大きく感じさせるのに役立っただろう。比較的小さな文字盤は、時計を実際よりも小さく見せてしまう。これは41mm径のデザインから見返しリングとセコンドトラックを排除した結果でもあり、文字盤が大きくなったように見えるということでもある。
私は、1990年代に発売された初代オーヴァーシーズ 35mm(Ref.42050および42052)が好きなのだが、現行モデルにはベゼルのスリム化、リューズガード、やや大きめなリューズなど、オリジナルモデルが発揮していた存在感の特徴がいくつか欠けている。ただはっきり言って、私は現行オーヴァーシーズのすっきりとしたデザインのほうが好みだ。だがこのエレガントさは、ダウンサイズされたオーヴァーシーズでより目立つ存在感を犠牲にしている。
着用感は?
ミドルサイズのオーヴァーシーズは6.25インチ(約15.8cm)の私の手首によくなじむ。確かに41mmよりいいし、毎日快適につけられる。
さらに、7インチ(約17.7cm)の大きな手首と、6インチ(約15.2cm)の細めな女性の手首でも数枚写真を撮った。オーヴァーシーズは6インチ(約15.2cm)の手首が完璧だったが、それ以上の手首には小さすぎたようだ。私の友人の手首は7インチ(約17.7cm)で、レザーストラップの最後の穴を使っていたため、オーヴァーシーズの中型モデルが想定している、手首の最大サイズを示唆しているようだ。
ミドルサイズのオーヴァーシーズは、41mmバージョンと比較して、フィット感、仕上げ、スペック、および全体的な使用感においてほとんど妥協がない。この34.5mmコレクションは150mの防水性を備え、ケースとブレスレットの仕上げは大ぶりな兄弟機と同様、ポリッシュ仕上げとサテン仕上げをミックスしている。この魅力的な仕上げは皮肉屋の時計ライターでさえも唸らせることだろう。最も重要な妥協点は、Cal.1088の約40時間というパワーリザーブである。Ref.4500の約60時間よりも明らかに短い。
特にブレスレットとのサイズ感のほうがしっくりきた。ストラップをつけると、私が好むモダンスポーツウォッチの雰囲気が失われてしまう。小さくてもしっかりしている感じだ。全体的に、この時計のフィーリングはやや小ぶりであり、それが全体的なバランスについて多くの時間を費やしてきた理由である。これは時計そのものと同じくらい、私自身ミドルサイズのオーヴァーシーズに期待していたことを物語っているかもしれない。個人的にはダイヤルをもう少し大きくすることが最大の解決策だった。
最後に、“ミドルサイズ”について考える
オーヴァーシーズを34.5mmにダウンサイジングしたが、それ以外は41mmとほぼ同じにすることで、ヴァシュロンはオーヴァーシーズコレクションに対する考え方をアップデートした。つまり男性でも女性でも、また手首が大きくても小さくても、より多くの手首サイズに対応する選択肢を増やしたのだ。ダイヤモンドがセットされた小ぶりなオーヴァーシーズ ダイヤモンドが欲しいなら、ヴァシュロンは2023年に35mm径のオーヴァーシーズ ダイヤモンドをリリースしているなど、まだまだたくさん選択肢がある。
オーヴァーシーズ 34.5mmの希望小売価格は、ピンクゴールドが739万2000円、SSが332万2000円(ともに税込)で、SSのみヴァシュロンブティックで販売されている。最も近いモデルは、34mmのロイヤル オーク オートマティック(税込335万5000円)だが、ヴァシュロンとは異なり、ミドルサイズのROはジャンボのひと目でそれとわかる特徴、とりわけブルーのタペストリーダイヤルを再現していない(ミドルサイズのノーチラス 7118も同様で、ヴァシュロンやAPとは異なりレディースウォッチと区別して販売している)。
ヴァシュロンは41mmのデザインやスペックに妥協しない、真のミドルサイズオーヴァーシーズを作りあげることで競合他社を徹底的に打ち負かし、大きな勝利を収めた。率直に言って、ヴァシュロンはいわゆる“世界三大ブランド”の3番手だが、このようなやり方でブランドを際立たせることで、独自のアイデンティティを生み出すのに貢献している。
ヴァシュロンは以前37mm径のオーヴァーシーズを販売していたが、それは日付が9時に表示されるという奇妙な仕様だった。これはブランドが、ひと目で大ぶりな個体ではないことを知らせるために投入した奇抜なデザインである。そのオーヴァーシーズはラインナップから消えたため、オーヴァーシーズ 41mmを忠実に再現した37mm版が、近いうちコレクションに戻ってきても不思議ではない。それは多くの人々にとって、真の最適サイズになることだろう。
今のところ34.5mmのオーヴァーシーズは、ヴァシュロン・コンスタンタンのコレクションに加わった素晴らしい選択肢のひとつである。