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ファッションの世界で、鴨志田康人という名を知らぬ者はまずいないだろう。創業メンバーとしてユナイテッドアローズを長年けん引し、自身のブランド「カモシタ」は海外の名店も取り扱うほどの評価を獲得。近年では“今、アジアで最も勢いがあるメンズウェアショップ”と評されるバンコクのデコラム(@thedecorumbkk)からハウスレーベルのディレクターとして招かれるなど、その功績は枚挙にいとまがない。クラシックを軸足としつつ、時にはアバンギャルドなほど自由を楽しみコーディネートに新しい文脈を生み出す。その卓越したセンスは、唯一無二の“カモシタ・スタイル”として世界中からリスペクトを集めている。そんな氏の礎になっているのは、さりげないようで実は入念に吟味されたディテール。ブレスレットやネックレスといったアクセサリーをほとんど身に着けない氏にとって、腕時計は非常に重要なエッセンスとなっているようだ。
鴨志田 康人・カモシタ ヤスト。1957年東京生まれ。多摩美術大学で建築を学んだのちビームスに入社。ユナイテッドアローズ設立時に同社へ移り、クリエイティブディレクターとしてバイイング・商品企画の中核を担う。現在はポール・スチュアート、フェリージなど複数のブランドでディレクションを担当。
カモシタ・スタイルと聞いて多くの人がまず思い浮かべるのが、洗練の極致を体現したスーツスタイルだろう。国内外の名だたるテーラーでビスポークした一着に身を包み、クラシックの王道をゆくフィッティングを愛好する。それでいて、定型的なビジネススタイルとは一線を画すムードをまとっているところが妙味である。
「確かに、紺無地のウールで仕立てたシングルブレストのような、いかにもビジネススーツという一着は日常であまり身に着けないですね。ダブルブレストだったり、フランネルやコットンのようなスポーティ素材だったり、チェックやチョークストライプといった柄だったり、ひとクセあるスーツをいかに自分のものにするかというところに面白さを感じています。ただ僕の原点はアイビールックですから、最初はルールをきちっと守ることに喜びを感じていました。これまで選んできた時計についても、同じようなことが言えるかもしれませんね」
鴨志田さんが初めて入手した機械式時計は、レザーストラップが装着されたオメガの「コンステレーション」だった。ビームスに入社した20代のころだ。先輩たちのあいだでは1930〜40年代のロレックスが人気だったが、そこに追随しなかったのは「時計にまで費やせるお金がなかったから」と苦笑する。その結果選んだのがコンステレーションというから、かなりコンサバティブな志向を感じられる。いっぽう、現在のラインナップは個性が光るものが目立つ。ロレックスのGMTマスター ⅡやIWCのポルトギーゼなども所有しているため決して定番嫌いというわけではないが、スーツ同様ひとクセあるものに惹かれるようだ。
「パテック フィリップのカラトラバとか、超正統派のドレスウォッチというのは今まで買ったことがないんです。もちろんモノとしては素晴らしいのですが、自分のスタイルにはちょっとシリアスすぎるというのかな。もう少しだけ気楽に身に着けられて、装いのスパイスになるもののほうが好みですね。ちなみに同じ理由で、黒のストレートチップシューズも限定的なシーンでしか履きません」と鴨志田さんは語る。このあたりの感覚はファッションに長年携わってきた達人ならではだ。
年代は様々だが、すべてヴィンテージで揃えているのも特色である。手首が細いため、サイズ的に古い時計のほうがしっくりくるという理由もあるが、やはり現行品にはない造形美に惹かれてのことだという。
「ここに並べている時計のほとんどが、アール・デコの影響を感じさせるデザインですね。大学でインテリアを専攻したこともあって、とても好きな世界なんです。“秩序のある幾何学的な美”という価値が確立した時期でもあり、20世紀という今につながる時代の幕開けでもある。そして奇遇なことに、男性用腕時計というものが初めて登場したタイミングとも重なります。“オーセンティック”という概念の原点にあたるこの時代に、僕は本能的に惹かれ続けてきたんだなと今、話していて改めて気づかされました」
オーセンティックとは、鴨志田さんがしばしば好んで使う言葉である。クラシックやベーシックという概念と重なるところもあるが、“本物”・“本質的”というニュアンスを強く含むところに着目してほしい。流行を超えた普遍的な価値を自らの礎としているからこそ、どこまでも自由に遊べる。カモシタ・スタイルの真髄はここにあるのかもしれない。
カモシタ・スタイルに寄り添う、5つのヴィンテージウォッチ
カルティエ タンク プラチナ製 1950〜60年代
鴨志田さんが身に着けている時計のなかでも、周囲からとりわけ注目を浴びるのがプラチナケースのタンクである。15年ほど前にイタリアの時計店で出会ったものだそうだ。
「当時ラルディーニにいた友人、エンリコ・アイロルディに案内してもらったミラノのお店で発見しました。僕にとって初めてのカルティエだったのですが、ひと目で惚れ込んでしまいましたね。ウォッチマニアとして鳴らすエンリコも“これは買ったほうがいい”と太鼓判でしたので、思い切って購入しました」
「後日、懇意にしている小笠原さん(※東京・南青山のクロンヌ、名古屋・栄のモンテーヌなどを営む小笠原 匡さん)に見てもらったら、間違いなくプラチナとのこと。江口時計店の江口大介さんからは“相当なレアピースなので、ぜひ今度じっくり見せてください”と言われました。おそらくオーダーメイドで作られたものではないかという話も聞きましたね。スーツからTシャツまでマッチする、万能の時計として愛用しています」
カルティエ タンク マスト 1980〜90年代
ソレイユ装飾をアクセントにしたシンプルな文字盤のタンク マストは、20年近く前にカナダの時計店がニューヨークで開いていたポップアップストアで購入。鴨志田さんが初めて購入したカルティエだという。
「最近ギヨシェにヒビが入ってしまいましたが、この手のものの宿命なので気にしないようにしてしまい(笑)。この時計に合わせてジャン・ルソーでオーダーしたファブリックストラップも気に入っていますね。トープ色のNATOタイプ、珍しいでしょう? NATOでも、タンクに合う品のいいものを作りたかったんです。今日着ているようなグレイスーツにもよく合って、手元にちょっとしたヒネリが生まれます」
そして鴨志田さんは、このカルティエの横に民族調のカービングが施されたレザーストラップを並べた。表面の凹凸に応じて、深い陰影が刻まれている。
「夏には、ちょっと変わったレザーストラップに替えることもあります。これはメキシコの民芸品で、レジ横に10ドルくらいで売っていたお土産品のようなもの。サイズが偶然タンク マストにぴったりで、“しめた!”と思いましたね(笑)。ルーツが異なるものをミックス&マッチさせるのは、セレクトショップのバイヤー的な感覚としてとても楽しいものです」
ジャガー・ルクルト 18Kイエローゴールド製レクタンギュラーケース 1970〜80年代
鴨志田さんが現在唯一所有している、ブラックダイヤルの時計。タイ・バンコクのヴィンテージマーケットで購入したものだという。現在、ジャン・ルソー製のストラップを装着している。
「バンコクに洋服とかも含めたヴィンテージショップが固まっている建物があるのですが、その一角の時計店で見つけました。ちょっと嫌らしいほど色気を感じさせる顔つきですが、これくらいクセのあるものもいいなと思ってコレクションに加えることにしたんです」と鴨志田さん。ステッチレスのグレーカーフストラップを合わせて、モダンさもプラスしているのが絶妙だ。
オーデマ ピゲ スクエアケース 1960〜70年代
極薄のスクエアケースがエレガントなドレスウォッチは20年ほど前に海外のオークションで購入したもの。
「斎藤久夫さん(ファッションブランド TUBEの創設者・デザイナー)から“面白いオークションがあるよ”と教わって、ものは試しと挑戦してみました。今は定かでないのですが、当時は分厚いカタログが送られてきて、書面に希望の品と入札額を記載して送付するというアナログなやり方でしたね。当時はまだ、10万円ほどで手に入っていました」
ストラップはクロンヌにて、ライトブラウンのアリゲーター製へ換装。この時計を含め、ステッチレス仕立てのものが特に好みだという。
オーデマ ピゲ クッションケース 1970年代
こちらはクロンヌの小笠原さんから勧められて購入。2針の飾りのないデザインもあり、ドレスダウンやカジュアル向けではないですねと鴨志田さんは語る。
「極薄系ウォッチはクロンヌの得意分野で、流行とは関係なく打ち出していました。近年まではあまり人気のなかったデザインですが、僕の目には新鮮に映りました。このごろ再び注目度が高まっているようですね。この時代特有のアクがありつつ、オーデマ ピゲらしい品のよさも備えているところが気に入っています」
※各時計の製造年は編集部調べです
Photographs by Cedric Diradourian
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