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デュシェンヌ型筋ジストロフィーの研究資金を集めるために、2年に1度各ブランドが1点ものの時計を出品するチャリティオークション、Only Watchは常にサプライズに満ちている。今年、最大のサプライズのひとつがファーラン・マリ(Furlan Marri)から届けられた。2021年にキックスターターのプロジェクトとしてスタートしたこのブランドは、これまで主にヴィンテージウォッチへのオマージュとして手ごろなプライスの商品を提供してきた。
しかし今回、Only Watch 2023のために、ファーラン・マリは複雑時計工房ルノー・エ・パピの共同設立者である名匠ドミニク・ルノー(Dominique Renaud)氏と時計師ジュリアン・ティシエ(Julien Tixier)氏とのコラボレーションによる、セキュラーパーペチュアルカレンダーを発表した。
そもそも、セキュラーパーペチュアルカレンダーとは何か?
まず、セキュラーパーペチュアルカレンダーとは何かについて簡単に説明しよう。一般的なパーペチュアルカレンダーは、曜日、日、月を正しく表示し、2月のうるう年を正確に調整してくれる。しかし平均的な1年の日数は365.2425日であるため(4年に1度うるう年があることで勘違いされるが365.25日ではない)、現在世界のほとんどの地域で使用されているグレゴリオ暦では4世紀に3度うるう年が省略されている。その結果、400で割り切れない世紀はうるう年にならない。たとえば、2100年、2200年、2300年はうるう年ではないが、標準的なパーペチュアルカレンダーではうるう年と解釈され、その年の3月1日に調整が必要となる。
セキュラーパーペチュアルカレンダーは、この誤差を考慮したより複雑なパーペチュアルカレンダーであり、400年周期でうるう年以外の年を正確に算出する。この複雑機構はパテック フィリップ(Patek Philippe)、スヴェンアンデルセン(Patek Philippe)、フランク ミュラー(Franck Muller)といった熟練のウォッチメーカーによってのみ試みられてきた難易度の高いもので、多くの場合何百もの部品が必要となる。
Only Watchのためのユニークなセキュラーパーペチュアルカレンダーで、ファーラン・マリ、ドミニク・ルノー氏、ジュリアン・ティシエ氏は、わずか25個の部品で構成されるセキュラーカレンダーモジュールを開発した。パーペチュアルカレンダーのモジュールは20個の部品からなっており、セキュラーカレンダーはパーペチュアルカレンダーモジュールの上にさらに5つの部品を使って配置されている。比較対象として、パテック フィリップの現代的なパーペチュアルカレンダームーブメント 240Qの部品数は240個、時計職人クルト・クラウス(Kurt Klauss)氏が開発したIWCのダ・ヴィンチ・パーペチュアル・カレンダーのムーブメントはそのシンプルさで知られるが、それでも部品数は全部で81個である。
今回のコラボレーションによって開発された新しいモジュールは、ETA2824によく似たシンプルな自動巻きムーブメント、ラ・ジュー・ペレ G100の上に搭載されている。
「最初の構想時は、パーペチュアルカレンダーのモデルだったんです」と、ファーラン・マリの共同設立者であるアンドレア・ファーラン(Andrea Furlan)氏は言う。「しかし、ジュリアンとドミニクが私のところに来て、“サプライズがある”と言ったのです」。彼らはパーペチュアルカレンダーのモジュールの上にセキュラーカレンダーモジュールを置くというアイデアを思いつき、「やらない理由はないだろう?」と問いかけてきたのだという。
ファーラン氏は、ルノー氏が革新的なブレード共振機を搭載した100万フラン(日本円で約1億6600万円)の実験的時計、DR01を開発していた時期にインターンとして参加しており、ルノー氏のもとで時計製造のスタートを切った。ティキエ氏がルノー氏と出会ったのは、彼がDR01について講義をしていたときで、そこから関係が生まれたのだ。ルノー氏は2003年からオーデマ ピゲが管理する複雑時計工房ルノー エ パピの共同創設者であり、現在はAPRP(オーデマ ピゲ・ルノー・エ・パピ)として知られている。
やがてルノー氏とティキエ氏は、着用者の余命を示す“ライフリザーブ”という複雑機構を追加したセキュラーパーペチュアルカレンダー、テンプスフギット(Tempus Fugit)を共同開発した(真面目な話、テンプスフギットを知らない人は、一見の価値がある)。
その複雑で高額なセキュラーパーペチュアルカレンダー(テンプスフギットの価格は約38万ドル、日本円で約5555万円)を開発したのち、ティシエ氏とルノー氏は新たな試みをするべきだと考えたという。そして今回は、“シンプルさ”というこれまでとは異なる目標に向かって突き進んだ。
カレンダーモジュールに使用される部品の数を減らすことは難しいことがわかった。つまり多くの部品にも3つか4つの役割を与えつつ、どのアタッチメントにも合うように精密に削り出さなければならないのだ。
ムーブメントの設計図を見ると、最大の特徴はモジュールの外周にある“ペリフェラルロッカー”にあるようだ。このローターにより、ムーブメントの中心部が解放され、占有面積が小さくなり、モジュールが大幅に薄くなった。モジュール全体の厚さはわずか1.25mmである。
仕組みについて
パーペチュアルカレンダーのモジュールは、ベースムーブメントに連結された1日に1回転する24時間ホイールから始まり、1日に1回転する。これによりペリフェラルロッカーが駆動し、1日の終わりにビークが31枚歯の歯車に噛み合うまでスライドする(下図では“B”で示されている)。この歯車はひと月につき1回転し、48カ月周期(つまり4年周期の各月)の歯車と噛み合って、毎月の終わりにカムをひとつ進める。
この48カ月カムはパーペチュアルロッカーに取り付けられた月末用の“フィーラー”ピンと噛み合い、スライドする間隔“B”を30日または31日の月に対応する値に制限することができる。そして、これが中央の月表示用のホイールと係合することで、前進させる。
一方、セキュラーカレンダーモジュールは48カ月の輪列から始まり、2本の爪を使って50の歯を持つ年表示ホイールを動かす。こうして、年表示ホイールは4年ごとに2歯ずつ動き、1世紀で1回転する。
年カムは図中の“A”の移動を制御し、ペリフェラルローターの摺動距離を29日の月に対応する値に制限するリミッタービークとなる。休止位置にあるとき、リミッタービークはペリフェラルローターのスライドを妨げないように後退する。図では、うるう年のあいだは活動位置にあり、うるう年が過ぎると、次の2月の3日間は再び後退して休止位置にとどまっている。
最後に、年表示ホイールの上にあるマルタ十字が1世紀ごとに1/4ずつ回転する。各世紀の最初の年(すなわちうるう年)には、リトラクタブルカムのフィーラーアームに働きかけるポジションがひとつ“ハイ”になり、うるう年ではない次の3世紀には“ロー”になる。
1度理解さえすれば、コンピュータをプログラミングするコードの“if-then”文を入れ子にしたようなものだが、この時計ではコードの代わりに歯車やカムを重ねて表現している。ある年が4で均等に割り切れて、その年が100でも400でも割り切れない場合、その年はうるう年である。
このペリフェラルローターのおかげで、従来のパーペチュアルカレンダーに見られるようなケースサイドのプッシャーはなくなり、6時位置にあるロッカーだけでカレンダーを素早く設定することができるようになっている。
仕上げとして、共同開発社たちはブレードデザインのイエローゴールド製ローターをキャリバーの中央に配することで、ルノーのDR01に対するささやかなオマージュを表現してみせた。
「作品のなかに、ドミニクらしさをちょっとだけ入れたかったんです」とファーラン氏は言う。
若き日のファーラン氏とティシエ氏はルノー氏のキャリアを高く評価しているが、ルノー氏はその気持ちがお互いにあることを明言している。彼は、ファーラン氏との最初の出会いは“特別な出会い”だったと言い、ティシエ氏の工房は魔法のようだったと語っている。
「ジュリアンの工房を覗いてみれば、その古い設備とそこから生み出されるものに驚くはずさ」と、 ルノー氏は言う。「工房というより、ちょっとした製造所だね。私はコンセプトの段階と構想に携わったが、ジュリアンはそれを具現化し、彼の工房を通して現実のものとしたんだ」
“ケース”の危機
モジュールを開発したところで、共同開発者たちは新たな問題にぶつかった。どのケースサプライヤーも、Only Watchのためだけに1個のケースをきっちり作ってくれなかったのだ。そこでジュリアン氏は自らの工房でケース製作に取りかかった。
「私はまず、無垢の銀の延べ棒を用意しました」とティシエ氏は言う。直径39mm、厚さ11.3mmのシルバーケースを作り上げるまで、彼はミドルケース用のシルバーリングを成形することから始め、すべてのパーツを手作業でフライス加工し、仕上げていった。ケースバックにはティシエ氏と同じ建物内で働く職人、コラリー・メルシエ(Coralie Mercier)氏による手彫りが施されている。
銀色に輝くミラネーゼメッシュブレスもシルバー製で、ジュネーブのローラン・ジョリエ(Laurent Jolliet)氏が手作業で仕上げを施している。ファーラン氏がジョリエ氏とのコラボレーションについて語ったとき、彼のコラボレーション精神が明らかになった。ジョリエ氏はクラスプにファーラン・マリのロゴを入れたいと申し出たが、ファーラン氏は「これは彼の作品だから」と、ジョリエ氏に彼のマークを残すよう頼んだという。
文字盤はチタン製で、ティシエ氏がアルマイト加工を施しており、モジュールを見せるために若干のオープンワークが加えられている。
今後の展開は
このモジュールは、この唯一無二の腕時計のためにラ・ジュー・ペレのムーブメントに搭載されたものだが、ほかのモデルにも使用することができる。
「完全にモジュール化されています」とファーラン氏は説明する。もしファーラン・マリがアニュアルカレンダーを作りたければ、セキュラーやパーペチュアルモジュールを取り外すことができる。また、スタンダードなQPを作成したい場合は、セキュラーカレンダーモジュールを取り除けばいい。「これによって、より多くの人々がこうしたコンプリケーションを利用できるようになるのです」
ファーラン氏によれば、量産に向けてモジュールを最適化するための課題は山積みだが、基礎はできているという。
「これはファーラン・マリのテクニカルラインの幕開けになります」と彼は言う。「メカクォーツラインから始まり、メカニカルラインを加え、そして今回テクニカルラインがスタートします。目標は一般の人々に魅力的な価格でコンプリケーションモデルを提供することです」。これらのカレンダーモジュールに加えて、彼は特許申請中の次のコンプリケーションの存在をほのめかしている。
ファーラン氏がカレンダーモジュールの生産規模を拡大したいという野望を抱いているのは明らかだが、ティシエ氏にとっての目標とは、常に才能ある友人であるドミニク氏とアンドレア氏と仕事をすることだった、と語る。一方、ルノー氏は次世代の時計職人たちとの仕事に喜びを感じているようだ。
「これほど複雑なものを簡素化し、セキュラーパーペチュアルカレンダーのコンプリケーションをシンプルにするための可能性を見出すことは、途方もない旅でした」とルノー氏は締め括った。
Only Watchのために製作されたファーラン・マリ × ドミニク・ルノー × ジュリアン・ティシエによるパーペチュアルカレンダーは、11月5日に開催されるOnly Watch 2023でオークションにかけられます。詳細はOnly Watchをご覧ください。