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SOLAKZADE®で見つけた、時代が息づくアンティークブレスレットウォッチ11本

ブレスレットのような時計であり、時計のようなブレスレット。ブレスレットウォッチのその魅力を確かめたくて、大阪にあるTHE LAST STORE®というお店を訪ねた。

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それなりに多くの時計を見てきて、ある程度の知識や見方は身についてきたつもりだが、それでも実物を前にすると、想像と印象がすれ違うことはいくらでもある。写真ではかなり気に入っていたモデルが、実際に手首にのせてみると今ひとつ自分にはなじまなかったり、逆に何気なく見ていた時計が、不意に手首の上で魅力的に見えてきたりする。結局、時計にはスペックや画像だけでは拾いきれない何かが常に潜んでいる。

 そのなかでも、ずっと気になっていたのがブレスレットウォッチだった。いわゆる“普通の腕時計”は、ラウンドケースに別体のストラップやブレスレットを組み合わせた構成のモデルが大半だ。一般にブレスレットウォッチといえば、レザーストラップモデルに対するメタルブレスレット仕様の時計全般を指すことが多いのだが、ここで取り上げたいのはそのなかでも少し趣の違う存在である。ケースやブレスレット部分が装飾的につくられ、ジュエリー感覚でつけられるタイプの時計を、ここでは便宜上ブレスレットウォッチと呼びたい。

私のなかでのブレスレットウォッチの一例。

 これまで取材で訪れたヴィンテージショップや、オークションカタログなどで目にしてきたブレスレットウォッチは、1930〜70年代ごろに製造されたものが中心だった。ケースとブレスレットがジュエリーのように一体でデザインされていたり、宝石のあしらいが主役になっていたりと、時計とジュエリーのあいだの線引きが、現在の感覚よりもずっとゆるやかだったことがうかがえる。女性向けのモデルを中心に、ブレスレットそのものの造形や装飾に重心を置いたデザインが目立ち、ジュエリーとしての存在感を備えたブレスレットウォッチが当時のスタイルを象徴していたのではないかと感じさせる。ジュエラーがケースやブレスレット部分を製作し、そこに時計メーカーのムーブメントを収めるというスタイルも少なくなかった。

アンティコルムオークションのプレビューで見かけたパテック フィリップ レディスカフウォッチ 4151/1。

 たとえば2024年5月のアンティコルムのオークションプレビューで出合った、パテック フィリップのレディスカフウォッチ Ref.4151/1。画面越しに見ていたときはただ“きれいなブレスレットウォッチ”という印象だったが、実物のメッシュブレスレットが見せるしなやかさや、光の受け方は写真だけでは想像しきれていなかった。

 そうした体験もあって、ブレスレットウォッチを実物ベースでじっくり見られる場所を探しているうちに行き着いたのが、大阪・阪急メンズ大阪1FのTHE LAST STORE®だった。


THE LAST STORE®での出合い

 阪急メンズ大阪1FにあるTHE LAST STORE®はブレスレットウォッチをより深く知るために最適の場所だった。ヴィンテージアイウェアやジュエリー、クルマ、そして時計を専門に扱うこのショップは、ブレスレットウォッチの宝庫だった。店内にはヴィンテージアイウェアも豊富に揃い、ユニークな時計と同じ雰囲気をまとってお出迎えしてくれた。

 本題に入る前に、THE LAST STORE®を運営するSOLAKZADE®︎について話をしたい。SOLAKZADE®︎を手がけた岡本兄弟は、ヴィンテージアイウェアのパイオニアとして知られている。彼らが運営するTHE LAST STORE®はヴィンテージの美を追求する空間として、アイウェアに加えて時計やジュエリーのヴィンテージアイテムを展開しているのだ。

兄の岡本龍允(たつや)氏と弟の竜(りょう)氏。

 ヴィンテージアイウェアに限らずジュエリーやウォッチの専門性においても、SOLAKZADE®︎はほかに類を見ない存在だ。それぞれのアイテムが持つ歴史や背景を深く理解し、単なる販売ではなく、それを語り継ぐことに重きを置いている。特に時計に関しては、1910~70年代までの希少なヴィンテージウォッチがそろい、保存状態のよさと実用性のバランスを見ながら、現代のライフスタイルにも寄り添うようなセレクトがされている。

一点物のヴィンテージアイウェアが整然と並ぶ引き出し。そのひとつひとつが、時代も国も異なる背景を持つ。

アイウェアにとどまらず、造形や発想においても一線を画す時計たちが顔をそろえる。左はライターと一体になったクロック、右はデスククロックだ。時代も用途も超えた時計がそっと混ざっているのが、この店らしさだ。

 世界中から注目を集める存在となっても、岡本兄弟は「無理に店舗を拡大したり、大々的なプロモーションをするつもりはない」と話した。広げることよりも店の本質を大切にし、本当にその価値を理解する人々に向けた空間として存続させることに重きを置いている。たとえば、あるコレクターが数十年かけて集めた貴重なウォッチを抱えて店を訪れたことがあったという。そのとき岡本兄弟は、販売用の在庫を勧める前に、持ち込まれた時計1本1本を面白がりながら手に取り、その来歴やデザインについてコレクターとじっくり語り合ったそうだ。彼らにとっては売り場の外側にあるこうした対話こそが、この店の核であり、時計やジュエリーの魅力を次の世代へと手渡していくいちばん重要な時間なのだと感じさせられた。

 今回紹介するのは、11本のブレスレットウォッチだ。モデルの希少性や状態のよさはもちろんだが、どの時計も時刻を読む道具としての実用性をきちんと担保しながら、ジュエリーとしての装飾性も兼ね備えたものばかりだった。ブレスレットウォッチというジャンルをとおして、彼らが何を美しいと感じているのか。スペックや市場価値だけでは測れない、岡本兄弟の美意識にかなった11本のブレスレットウォッチをご覧いただきたい。


SOLAKZADE®︎が今すすめたい11本のブレスレットウォッチ
ロレックス プレシジョン、1960年代製

 「ロレックスなのに、どこか野性的でしょ」。そう言って岡本兄弟が手に取ったのは、葉脈のようなモチーフが連なったブレスレットだった。カーブチェーンを横に二列並べただけの構造なのに、驚くほどドラマチックな表情をしている。光の角度で反射が変わり、まるで木の葉や爬虫類の背びれのように見える。「このチェーン、すごく有機的なんですよ。金属なのに、生きているみたいになめらかに動く」。そんなアバンギャルドなブレスレットとは裏腹に、ダイヤルには“PRECISION”の文字。ロレックスらしい精度と、この挑発的な造形の組み合わせが奇妙なほどしっくりくるのは、同社が同時期に手がけていた“キング・マイダス”のように、ジュエリー的なアプローチを思い切って採り入れた背景があるからだろうか。「もともとはレディスですけど、男性がつけても全然いいと思うんです。バイカージュエリーみたいな感覚で。挑戦的な服にも負けないですよ」

オーデマ ピゲ Cal.2080、1970年代製

 イエローゴールドのケースは、光を受けても決して強くは輝かない。それがこの時計の上品さであり、最大の魅力だ。「ゴールドなのに、硬さを感じないんです」と岡本兄弟は言う。確かに、細やかな彫金によって表面がほぐされるとともに光の反射がこまやかになり、金属とは思えない繊細で柔らかな表情が生まれている。「ロレックスのデイデイトが“金の重さ”を象徴するなら、これはその逆です。力じゃなくて、技で魅せるゴールドウォッチなんです」。彼らの言葉どおり、この時計には職人の技が息づいている。過剰な主張を排し、ブレスレットに反射する控えめな光の粒だけで存在を語るような静けさがある。

パテック フィリップ×ティファニー ダブルネーム、1960年代製

 「このパテックはね、どこかスペーシーなんです。20世紀中ごろのSF映画に出てきそうな、宇宙船みたいなフォルムなんですよ」。岡本兄弟がそう語りながら見せてくれたのは、6時位置に“Tiffany & Co.”の文字が入った1本だった。「たった10文字ですけど、このサインには時代が詰まっていると思います。ブランドの枠を越えた友情とか、文化の往来とか。今の時計ではなかなか感じられない“温度”があります」。当時のパテック フィリップをはじめとした時計ブランドには、正規代理店や老舗ジュエラーの名前を文字盤に載せる“ダブルネーム”の文化があった。ティファニーをはじめ、名門小売店のサインが入った時計は、メーカーと販売店の信頼関係を象徴するものとして扱われ、今ではひとつのコレクションジャンルとしても評価されている。「無機質に見えるけど、ちゃんと生きている。そんな時計がいちばんおもしろいんです」

パテック フィリップ、1920年代製

 「腕時計というより懐中時計の名残があるんです」。そう言って見せてくれたパテックは、時代の移り変わりをそのまま形にしたような1本だった。細いブレスレットに、小さなラグでケースをつなぐ構造。懐中時計から腕時計へと移行していく時代ならではの名残が随所に感じられる。「ブレゲ数字も針もすごくクラシックですけど、重たく見えないでしょう。古典的なのに、どこか合理的で軽やかなんです」。細いブレスレットがそのままケースへ自然につながることで全体の構造も簡潔で、古典的な意匠をまといながらも、必要以上に装飾を盛らない合理性がデザインに表れている。金属の質感も、経年で光沢がほどよく抜けてゴールド特有のギラつきが抑えられ、柔らかなトーンになっている。装飾を絞り込んだプロポーションと細いブレスレットのバランスと相まって、古くさくなく今の時代に合った軽さを感じさせるのだ。「ジーンズにこれを合わせて欲しいですね。力を抜いて、さらっとつけるくらいがいちばんかっこいい」

ボーム&メルシエ、1960年代製

 「このチェーンは、見れば見るほど人の手が感じられるんです」。そう言って、淡く光を返すブレスレットを指先でなぞった。太めのチェーンリンクを彫り込みながら成形したようなデザインで、ひとコマごとに筋目状の彫金が施されている。毛並みのようでもあり、木目のようでもあるテクスチャーが金属に柔らかさを与えている時計だ。「14金は当時のアメリカ市場向けの仕様です。でも素材以上に、このチェーンの“表情”が大事なんですよ。強い光よりも、間接光の下でこそいちばん美しく見えます」。確かに、光の加減で表面のトーンが変わる。装飾的すぎず、手元に手仕事の跡がより色濃く感じられる。

ブシュロン、1970年代製

 こちらはスクエアケースとブレスレットがひと続きに見えるブシュロン。「ジュエラーがつくる時計って、やっぱり構築の仕方が違うんですよ。時計というより、オブジェクトなんです。アンドリュー・グリマが活躍した時代の空気を感じますよね。メゾンのコード(ブシュロンがジュエリーで培ってきた建築的な面使いや金細工のテクスチャー表現など)がすべて貫かれていて、どの角度から見ても美しい」。ダイヤルには細かな縦の筋目装飾が施され、光の角度でわずかに表情を変える。ブレスレットとクラスプの仕上げを完全にそろえることで、時計とジュエリーの境界が消えているのだ。これには実用性を超えたデザインとしての完成度がある。街を歩くたびに光を反射し、手元が空間の一部になるような感覚だ。「こういう時計は、都会の風にも合うんです。ニューヨークでも、パリでも、東京でも」

パテック フィリップ、1970年代製

 「この時代のパテックは、控えめに主張するんですよね。いわゆるジュエリーウォッチと違って、これは静かにグラマーな時計なんです。それなのに、なぜか視線を集める。それが70年代のパテックらしさですね」。彼らがそう言って手に取ると、時計は光を強烈に反射するのではなく吸い込むように落ち着いた輝きを見せる。サテン仕上げのブレスレットとケースサイドが完全に揃い、全体がひとつの面として構成されている。枯山水の砂敷きを思わせるマットな質感が、煌びやかなはずのゴールドを穏やかに見せていた。ケースはやや横長で手に取ると確かな重みがある。袖口に潜ませると、ちらりと文字盤の両サイドにのぞくブランカードのテクスチャーに感化されて、手元をほんの少し華やかにする。派手さではなく、密やかな存在感…それがこの時計の品格を表していた。

ジャガー・ルクルト、1990年代製

 「ラピスラズリって、人工的な青じゃないんです。自然が時間をかけて作った、いちばん深い青なんですよ」。岡本兄弟の言葉どおり、ダイヤルの青はただの装飾ではなく見る角度によって奥行きを変える。ラピスラズリに含まれる黄鉄鉱の粒が星空のように散り、周囲のダイヤモンドとゴールドケースの光と柔らかく調和していた。「今風の派手さこそ感じませんが、古代の贅沢さを感じます。人が金や宝石に引かれた最初の理由が、この1本には残っている気がします」。ケースは角を落としたクッションシェイプで、ブレスレットは細かな粒のようなパターン。その立体感が、ジュエリーとしての完成度を一段引き上げている。そして、長い時間を経てもなお変わらぬラピスラズリの青が、普遍的な美の基準を示しているようだった。

ティファニー、1970年代製

 縦長のケース接合部から幅を変えずに伸びるブレスレットは、全体に施された横方向の筋目が光をやわらかく散らし、控えめな輝きが静かな品を生んでいた。「ティファニーって、キメすぎない美しさがあるんですよね。リューズに配された黒いカボションが、ちょうどいいアクセントなんです。主張しすぎないけど、見る人はちゃんと気づく。そういう“間”の取り方が上手いんですよ」。確かに、視認性も装着感も申し分ない。日常のなかに自然に溶け込みながら、ふとした瞬間に存在を主張する。「どんなに忙しい日でも、これを見ると落ち着くんです。時計って、本当はそういう存在でいいと思いますね」

パテック フィリップ、1970年代製

 「これはもう、時計というより“彫刻”ですよね。」彼らの言葉どおり、ケースからブレスレット、そして文字盤まですべてにバーク仕上げが施されていて、光を吸い込みながらも、表面の凹凸がわずかに反射を返す。それだけで十分な存在感があった。縦長のスクエアケースは構成こそシンプルだが、文字盤まで含めたひとかたまりの造形として異様なまでの迫力を放っている。1970年代のパテック フィリップが、ゴールド素材を使って大胆にテクスチャー表現を試みていた時代の息吹をそのまま残したような時計だ。「当時のパテックって、どこか退廃的なんです。完璧すぎる美じゃなくてデカダンスのような感じがいい。その余白に人間らしさが見える気がするんですよね」

ティファニー、1950年代製

 小さなケースの上下に、洋梨型のダイヤモンドがふたつ。その周囲を埋めるようにパヴェダイヤが並び、流れるような曲線を描いている。アラビア数字のインデックスとバトン針が添えられているが、岡本兄弟いわくそれはあくまで形式的なもの。この時計において時間は飾りでしかない。「当時の女性にとって、時計は時を知るためのものではなくて、ドレスの一部だったんです。その考え方がすごく豊かですよね。機能ではなくて、気配で魅せているのです」。映画のワンシーンのような華やかさがありながら、どこかオリエンタルな余韻を残す造形。それはまさに、古き良きアメリカのエレガンスと職人技が交差した時代の象徴だ。「こういう時計は、あえて日常着に合わせたくなります。たとえば使い古したツイードジャケットの手元に着けたら、すごく洒落ていると思いませんか?」


目で引かれ、手で確かめる

 SOLAKZADE®︎を訪れる前は、ブレスレットウォッチという呼び名をひとくくりに使っていたが、実際に触れてみるとその言葉がカバーする範囲が広すぎることに気づかされた。ひとつひとつの時計が持つ個性は強く、ブレスレットの仕上げやダイヤルの素材感、さらにはインデックスの配置や針のデザインに至るまで、それぞれがまったく異なる物語を語っている。その自由さは、当時はジュエラーが外装を手がけ、時計メーカーがムーブメントを供給するという分業が一般的だったことにも由来する。外装デザインの裁量が大きかったぶん、ブレスレットウォッチにはジュエリー的発想がそのまま反映され、1本ごとに造形の幅が生まれたのだ。

 たとえば、手彫りのギヨシェやバーク仕上げといった表現は、量産品では味わえない独特の陰影を生み、工業化された現代のスポーツウォッチにはない人の手の温度を感じさせる。こうした手で仕上げられたものこそが、アンティークのブレスレットウォッチが放つ温かみの理由なのだろう。いわゆる、写真では感じられない実物ならではの魅力だ。なかでも印象的だったのが、「昔のパテックはブレスレットがオプションのような存在で、全体的にどこか緩やかだった。ジャズみたいなものじゃないですか?」という岡本兄弟のひと言。その言葉を聞いたとき、私はブレスレットウォッチの自由さに、そういうことかと妙に納得した。

 彼らのこうした感性は、時計好きのみならず多くのクリエイターをも惹きつけている。取材中に聞いた、あるエピソードが印象的だった。取材では、岡本兄弟が語るコレクターやアーティストとのエピソードが印象的だった。たとえばアメリカの音楽プロデューサー、アンドリュー・ワット(Andrew Watt)氏がまだ無名の若手ミュージシャンだったころにSOLAKZADE®︎を訪れ、数本のヴィンテージアイウェアを購入していったという。それから数年のうちに、彼はブルーノ・マーズやレディー・ガガ、ポスト・マローンらのプロデュースを手がけるほどの成功を収め、ついにはグラミー賞を獲得するまでになった。

 無名時代のアンドリュー・ワットが「東京に行くなら絶対に訪れるべき場所」としてSOLAKZADE®︎を推奨したこともあり、彼の紹介で多くのアーティストが訪れるようになったという。彼のような影響力のあるミュージシャンたちが足を運ぶことで、店の魅力が世界中に広がっていったのだ。

 実物を前にしてあらためて感じたのは、ブレスレットウォッチの魅力は数値やスペックよりも、手仕事の痕跡や金属のトーン、経年で生まれたパティーナといった“空気”の部分にこそ宿っているということだった。ショーケース越しや写真で見ているときには整った1本にしか見えなかった時計が、腕に乗せた途端にぐっと存在感を増したり、逆に静かに背景になじんだりする。その変化は、装飾の密度や仕上げの表情が手首の上でどう立ち上がるかによって決まってくる。結局のところ、アンティークのブレスレットウォッチは目で選ぶだけでなく、実際に腕に乗せたときに雰囲気まで含めて、その真価が見えてくる存在だと痛感した。

 今回出合ったブレスレットウォッチのうち、いちばん心引かれたのはブシュロンのブレスレットウォッチだった。まるでレンガを積み上げたような連続した面構成で、その一角に小さく時計が収まっている。あえて“時計です”と主張しないたたずまいが印象的で、クラスプがスライド式という構造も含め、時間を知るためというより装いの一部として設計されたように感じた。今回見たなかでは、自分の理想とするブレスレットウォッチ像に最も近い1本であり、ブレスレットウォッチというジャンルが本来持つ造形的な魅力を、もっとも明瞭に示す個体だと感じた。

 アンティークブレスレットウォッチの魅力は、ケース径や厚さといった数値よりも、手仕事の痕跡や金属のトーン、経年によるテクスチャーといった要素が重なり合ってつくる雰囲気にある。今回取り上げた11本は、どれもその組み合わせ方が異なり、ジュエリーとしての存在感と時計としての実用性のバランスの取り方にもそれぞれの答えが見えてきた。

 個人的には、ケースが大きすぎず、装飾が過度に華美にならず、ブレスレットがケースから素直に落ちて手首に沿うような1本にもっとも強く引かれることも分かった。造形や仕上げが生み出す空気感まで含めて見ていくことが、アンティークブレスレットウォッチの付き合い方を決めるうえで大きな手掛かりになるはずだ。

今回の取材にご協力くださったSOLAKZADE®︎の皆さまに、心から感謝いたします。

Photos by Masaharu Wada, Yuki Matsumoto, Yusuke Mutagami