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HODINKEEのスタッフや友人に、なぜその時計が好きなのかを語ってもらう「Watch of the Week」。今週のコラムニストはテニスに特化したメディアであり、季刊誌「Racquet(ラケット)」の発行人でもある、友人のケイトリン・トンプソン(Caitlin Thompson)氏だ。ウィンブルドン2週目に合わせ、祖母のヴィンテージウォッチ、ヘルブロスの物語を綴ってもらった。
時計の世界にまったく縁のない私にとって、この高尚な世界にある特別な、そして非常に人気の高い時計の数々に興奮しないわけにはいきません。私の個人的な目標は、いつか1950年代のヴァシュロン・コンスタンタンのヴィンテージウォッチを所有することですが、もちろんロイヤル オークでも構いませんし、私のテニス愛を知っている人なら、世界の多くの最高級スポーツカーよりも高価なラファエル・ナダルのリシャール・ミルの複雑時計に共感してくれるはずです。
「ラケット」が時計業界とコラボレーションを始める昨年まで、私と時計の関係はアートの世界と同じようなものでした。つまり私の目には価格や稀少性という側面のほうが、価値はなくても個人的な思い入れが詰まった時計を身につけるという純粋な喜びを上回っているように映っていたのです。しかし祖母の死後、フェニックスにある自宅の片隅で、祖母が使っていた1953年製のヘルブロスを見つけたとき、私の考えは一変したのです。
祖母のシェリルは、私が世界でいちばん好きな人でした。彼女は生前よく笑い、愛用のタバコ「ベンソン&ヘッジス オレンジ 100」から漂う煙のなかで地上に浮いているような人でした。1970年代後半にテニスを始めた彼女は、パターンから自作したシャープなテニスウェアを身に着けていました。私の両親がモントリオール交響楽団のメンバーとして世界中を旅しているあいだ、フェニックスの長く暑い夏のあいだ、彼女は独学で習得したテニスを私に教えてくれたのです。
1950年代のアール・デコ調のヘルブロスの時計は、ステンレススティールとゴールドのクッションケースという地味なデザインで、当時から私の目を引いていました。ユニークなコイル状のリストバンドは、それまで見たこともないもので、私には実用的なエレガンスのお手本のように映りました。運がよければ、彼女の宝石箱からヘルブロスを試着させてもらったり、クリス・エバート(Chris Evert)が広めた安物のダイヤモンドテニスブレスレットも試着させてもらったりしました。1987年のUSオープンで、エバートが試合中にジュエリーを紛失し、プレーが中断され、国際放送のテレビ中継でそのブレスレットを探すことになったという伝説があります。そのブレスレットはすぐに、そしてそれ以降、“テニスブレスレット”として市民権を得るようなったのです。
祖母とテニスを始めたころ、彼女の完璧なキットを使ってテニスを楽しみ、喜びの罵声を浴びせながら飛び上がった経験が、私をテニスに引き込み、やがて最高レベルにまで到達させたのです。しかし彼女が亡くなって初めて(彼女は90歳で亡くなる週までテニスをしていました)、テニスと彼女の大切なアイテムがいかに彼女にコミュニティと喜び、そしてファッションスタイルを与えていたかを私は深く理解し始めたのです。
私にとってテニスは、祖母との楽しい体験から、ジュニア部門での真剣勝負、そして大学のインカレで競技中に味わった惨めさへと移り変わっていきました。燃え尽き症候群と厳しいチーム内のプレッシャーが主な原因でした。大学での最後の試合のあと、私はシューズもラケットも持たずにコートから立ち去り、このスポーツから永久に離れることを覚悟しました。
しかし10年後、「ラケット」の共同設立者であるディビッド・シャフテル(David Shaftel)氏との友情、レクリエーションとしての楽しさを受け入れることによって、私は再びこのスポーツを愛するようになりました。
祖母が亡くなったあと、ささやかな遺品を整理していたら、彼女のコレクションが出てきました。コスチュームジュエリーが中心でしたが、それらのなかにはテニスブレスレットやヘルブロスもありました。彼女は毎日、コート上でも日常生活でも、古ぼけたダイヤルのこの腕時計を身につけていました。私もそうするのが当然でしょう?
私の最初の、そして大好きなテニスコーチとの思い出が刻まれたこの時計は、私にとってかけがえのない存在なのです。
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