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※本記事は2018年12月に執筆された本国版の翻訳です 。
2018年も終わりの寒い冬の日、私はシャフハウゼンを訪れてIWCがSIHH 2019に向けて準備しているものを見せてもらいました。撮影の合間に少し時間ができたので、IWCのミュージアムに立ち寄ってみたところ、非常に珍しいものを見つけたのです。実のところ、最初は自分が何を見つけたのかわからず、学芸員のデイヴィッド・セイファー(David Seyffer)氏に説明してもらうことになりました。すると、目の前の展示ケースに収められていたのは、なんと唯一無二のIWC製トゥールビヨン腕時計の試作機だったということが判明したのです。私と時計史におけるこの小さな断片を隔てていたのは、1枚のガラスだけでした。そして幸運なことに、デイヴィッド氏がそのガラスをすぐに取り除いてくれました。
念のためお伝えしておきますが、この時計は製品化されたことはなく、販売もされていません。残念ながら手に入れることはできないのです。とはいえこの時計の背景を知ることで、その特別さがより明らかになります。IWCにはその他多くの現代的な時計ブランドと同様に、自社の時計師を育成するための研修学校があります。研修生は最初からIWC流のやり方で技術を学び、特別な訓練を受けたのち、直ちに自社の工房で腕を振るうことができるのです。とても合理的なシステムだと言えるでしょう。1980年代後半、このIWCの時計製造学校に所属していた数人のインストラクターが、空き時間を利用してトゥールビヨンの設計に取り組み始めました。最初はあくまで知的な挑戦としての試みでしたが、彼らはエンジニアとしていくつかの技術的な目標を設定しました。ひとつは、上部の支えを持たない“フライングトゥールビヨン”であること。そしてもうひとつは、構造として非常に効率的かつ軽量であること。この目標を達成するため、彼らは最終的にチタン製のパーツとボールベアリングを組み合わせた独自のトゥールビヨン機構を考案しました。その後、このメカニズムの発展形はIWCの伝説的な1993年製グランド・コンプリケーションモデル“イル・デストリエロ・スカフージア”にも採用されることとなります。
さて、ここまでの話だけでも十分に興味深いのですが、実はこれはまだ物語の前半にすぎません。本当におもしろくなるのはこの先です。1990年代半ば、IWCの時計製造学校に在籍していた数人の学生たちが、自分たちの課題制作としてトゥールビヨン機構を組み込みたいと申し出ました。講師たちはこの要望に応じ、8人の学生が懐中時計用ムーブメントのCal.97にトゥールビヨンを組み込むことになります。しかしそのうちのひとり、マイケル・ダブス(Michael Dubs)という学生は、ひと味違うアプローチを選びました。彼はCal.97.20をベースに製作を進め、1993年に発表されたポルトギーゼの記念モデルのケースにそれを収めたのです。この“ダブス作”こそが、IWCにとって初めてとなる純粋なトゥールビヨン搭載の腕時計(つまり、ほかの複雑機構を持たない単体のトゥールビヨン)となりました。実物を目の当たりにすると、ただただ驚嘆するばかりです。
この時計のなかで個人的にもっとも魅了された点(そして、この時計が時計史上とても興味深いピースであると思う理由)は、ムーブメントにそのすべての物語が刻み込まれていることです。なかでもひときわ目を引くのが、トゥールビヨンを主役として際立たせる大きな4分の3プレートです。そしてそのプレートには、“tourbillon”という文字と対になるように製作者の名前が刻まれ、さらに製作年(1998年)と、学生によるトゥールビヨン製作の“No.8(8番目)”であることを示す番号も彫られています。上の写真を見ると、トゥールビヨンのすぐ下に“T 97.20”の刻印まで確認できます。どの表記も声高ではないながら、しかし当時の物語を雄弁に語っています。
当然ながら展示ケースから出してもらった以上、この時計を手首に載せないわけにはいきませんでした。実際に着けた印象としては、期待どおりで最高の仕上がり。スリムでありながら堂々とした存在感を放つポルトギーゼそのもので、手首にしっかりと沿いながらも静かに個性を主張します。なかでも魅力的なのは、無駄を削ぎ落としたスティールケースに金色の針とアラビア数字を配した白の文字盤という、実に端正な構成です。そしてその奥に、驚くべきムーブメントが秘められているという点にあります。もしIWCがこの時計を量産モデルとして世に出すことがあれば、まさに究極の“スリーパーウォッチ”(隠れた名品、もしくは控えめな外観に秘められた機能を持つ時計)になることでしょう。多くの人は何も気づかずに見過ごしてしまう。でも、真価を知る者だけが、その魅力に気づく。そんな1本です。もし日常使いとして手にできたなら、これ以上望むものはないかもしれません。
今回取り上げたこのモデルは、個人的にもっとも印象に残った1本でした。しかし、現在シャフハウゼンのIWCミュージアムでは、トゥールビヨンに特化した特別展が開催されています。2019年5月までの期間中に、ライン川沿いにあるIWC本社を訪れる機会があるなら、ぜひ足を運んでいただきたい展示です(執筆当時。現在該当の展示は終了しています)。学生たちが製作したほかのトゥールビヨンモデル(懐中時計としてケースに収められています)をはじめ、このプロジェクトを可能にした各種コンポーネント、そしてIWCがその後手がけてきた代表的なトゥールビヨン搭載モデルまで、多くの貴重な資料が並んでいます。
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