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2020年、腕時計は多くの人にとって、現実から逃れるための格好の手段となった。Instagram、Facebookグループ、さらにはClubhouse(覚えている人はいるだろうか?)までもが隆盛を極め、私にとって腕時計は単なる仕事の枠を超えた存在となり、そうしたコミュニティへますます深くのめり込んでいった。そんななかFacebookで初めて目にしたのが、“スイカから着想を得た”腕時計をデザインしたと語るひとりの男性だった。その時計が投稿されるたびにコメント欄には反応が殺到し、彼は本当に人々の関心があるのかを確かめていた。
そして実際、人々は興味を持っていた。そして6年後、スタジオ・アンダードッグ(Studio Underd0g)のリチャード・ベンク(Richard Benc)氏が、ここイギリスに自身の時計組み立て工房“The D0ghouse”をオープンした。
ロンドン中心部から電車で約45分のメイデンヘッドにあるこの建物は、独創的なインテリアデザインと本格的な時計組み立てが融合した空間であり、誰でもその工程を直接体験できる。スタジオ・アンダードッグでは、700ポンド(日本円で約14万8000円)で時計師の作業台に座り、スタッフの案内を受けながら自分自身の時計を組み立てることができる。彼らが提供するのは、単なる見学やショールーム体験(もちろんショールームも併設されている)ではない。ピンセットとルーペを手に、スタジオ・アンダードッグの世界を自ら体験する機会なのだ。
それだけでもThe D0ghouseに足を運ぶ価値はあるだろう。だが実際にこの体験を終えたばかりの私にとって予想外だったのは、創業6年のこのブランドが実際にどのような存在へと成長したのか、その認識が自分のなかで大きく変わったことだった。
控えめな佇まいのタウンハウス
外から見ると、The D0ghouseはパークストリートにあるごく普通のヴィクトリア様式のタウンハウスだ。ここは、ベンク氏の友人であり協力関係にもあるクリストファー・ウォード(Christopher Ward)が、少し先へ移転するまで12年間拠点としていた場所でもある。しかし深紫色の正面玄関をくぐると、そこは時計を鑑賞する従来の空間というよりは、ウェス・アンダーソンとウィリー・ウォンカを掛け合わせたスピンオフ作品のような、まるで別世界のようなショールームが広がっていた。
壁と天井には鮮やかな色が広がり、中央には特注の2人掛けソファが置かれ、そこには隠し式のコネクトフォー(四目並べ)も組み込まれている。コマは、廃棄された01シリーズのダイヤルから作られている。
さらにアンオリジナルコレクション(Unoriginals collection)の『Studio Underd0g Cloning Machine(スタジオ・アンダードッグのクローン製造機)』や、リー・ユエン-ラパティ(Lee Yuen-Rapati)氏(@onehourwatch)によるThe D0ghouseを描いた作品も飾られている。そこにはウィリアム・マッセナ(William Massena)氏、フィアーズのニコラス・ボウマン=スカーギル(Nicholas Bowman-Scargill)氏といったイギリス時計界でおなじみの顔ぶれに加え、私も登場している(もちろん右下の階段で写真を撮っている)。
スイカをモチーフにしたバスケットボールスタンドの横には、手をかたどった4体の像が並んでいる。リチャードによると、これは2023年にGPHGへノミネートされた際、チームが自分たちでGPHGのトロフィーを作ろうと試みた名残だという。どれが一番正確かは、皆さんの判断に委ねるとしよう。
作業台へ
隠し扉を通り抜けてThe D0ghouseの奥へと進むと、組み立て体験専用の部屋があり、アセンブリートレーナーのジョシュ・セーブル(Josh Sable)氏が案内してくれる。彼は以前、ロレックスやブレモンで経験を積んでおり、普段は1日に約10本、調子の良い日には20本近くまで組み立てるという。先に結論を言ってしまうと、私とほかの3人のジャーナリストは、1本の時計を完成させるだけでも数時間かかり、悪戦苦闘した。「ただケースバックのネジを締めただけで、時計師を名乗ってほしくなかったんです」とベンク氏は語る。「少し苦労してもらいたいのです。簡単ではないのです」
作業台には、デジタル顕微鏡、ルーペ、ヤスリ、精密ドライバー、ピンセット、そして理論上は組み上げると01シリーズのグアバとなる部品が入った小さな青いトレイが私たちそれぞれに用意されていた。このグアバは、ここに来なければ手に入らない新しいダイヤルデザインだ。作業内容は、ムーブメント、ダイヤル、針、風防、リューズをケースに取り付けることであり、同時に、そして付属する、率直に言って敵意すら感じるほど大量の極小ネジやクランプを、ひとつ残らず正しく使わなければならない。
組み立て工程はいくつかの重要な段階に分かれている。ダイヤルの取り付け、ムーブメントのケースへの固定、針の取り付け、リューズのトリミングと取り付け、風防と裏蓋の取り付けを行い、その後、時計は検査と歩度調整のために別工程へ送られる。
セーブル氏はあらゆる段階でサポートしてくれた。まず作業内容を説明してくれ、その後は各作業台を回りながら必要に応じて手助けをしてくれた。ダイヤルをムーブメントに取り付ける前に裏側へ短いメッセージを書き込み、その後、ムーブメントのクランプとその2本のネジを取り付ける作業が最初の難関となった。どちらもきわめて小さく、クランプがムーブメントの奥深くへ消えてしまわないように、正しい向きと位置にしっかりと取り付けるのは、ネジが登場する前からすでに大変だった。
The D0ghouseでの組み立て作業には、安定した手先と聖人のような忍耐力が要求される。ここで働く組み立てスタッフには、時計製造の経験をまったく持たずに入ってくる人も珍しくなく、なかにはタトゥーアーティストとして働いていた人もいる。
秒針の取り付け作業は、独特の難しさがあった。支点がダイヤルの下に隠れているため、見えない支点を狙って針を下ろし、そこに軸があることを祈るしかなかった。ほかの針を合わせるにも、自分にそんな真似ができるとは思ってもみなかったほどの手の安定が求められた。
驚いたのは、私たち4人がそれぞれの得意分野に分かれていったことだった。隣の人が不可能だと思っていたことを、それぞれが少なくともひとつは難なくこなせたのだ。私の見せ場は、自分で切断してヤスリがけした巻真をセーブル氏が確認し、ケースとの隙間が許容範囲内かどうかを確認した時だった。「文句なし、完璧だ」と彼が言ってくれたのだ。まるで学校の教室にいるような気分になり、クラスメートの前で褒められてうれしくなってしまった(こんなことは滅多になかったが)。
なお、午前中のあいだに私たちのピンセットから勢いよく弾け飛んだネジやクランプ、そして秒針の総数は、数え切れないほどだったと付け加えておきたい。それらは塗りたての“犬小屋(The D0ghouse)”のあらゆる隙間へと発射され、2度と私たちの前に姿を現すことはなかった。
ムーブメントをケースに収め、針もようやく言うことを聞くようになると、いよいよ最後の組み立て工程だ。ドーム型のサファイアクリスタル風防をはめ込み、オープンケースバックをしっかりと固定する。そこからは、私が午前中いっぱい、さらには午後の半分まで格闘してようやく動かしたムーブメントをはっきりと眺めることができた。そしてそこに通常表記の代わりに刻まれているのは、“Assembled By Me(組み立ては私によるもの)”という3つの重要な単語だ。
リビングルームから7桁の投資へ
スタジオ・アンダードッグは創業当初、時計師ラファエル・プフント(Raphael Pfund)氏が設立したイギリス・メイデンヘッドにある組み立て専門の工房、ホロロギウム(Horologium)に大きく依存していた。その依存関係は一方通行ではなく、スタジオ・アンダードッグはホロロギウムの収益の約90%を占めていた。ベンク氏は2年間かけて“assembled in Great Britain(イギリスで組み立て)”という要素をブランドの一部として築いてきたが、それを長期的に実現するための所有権や保証は何もなかった。
そこで2024年、彼はホロロギウムの少数株を取得し、2025年12月に残りの株式とパークストリートのビルを買収した。その結果、同ブランドはこれまで持ち得なかった生産体制を手に入れた。現在の年間生産数は1万5000本弱で、スタジオ・アンダードッグは、英国最大級の機械式時計組み立て事業者のひとつとなっている。ベンク氏は最近、アンディ・ホフマンのポッドキャスト、Business of Watchesに出演し、この買収について詳しく語った。
しかしスタジオ・アンダードッグとThe D0ghouseが行っていないことについても強調しておく価値があるだろう。ここでは、ブリッジの機械加工やムーブメントの仕上げ作業は行わない。ほとんどの独立系ブランドと同様に、このブランドはムーブメントを専門サプライヤーから調達しており、そのなかには中国のメーカーであるシーガル(Seagull)や、フィールドウォッチである02シリーズ用のセリタも含まれる。重要なのは、この組み立て体制が単なる“あれば望ましい”程度のマーケティング文句ではないということだ。
シーガル製のST-1901Bはネット上で批判を受けることが多いが、原因は通常ムーブメント自体ではなく、組み立てにある。私も同じキャリバーを使用したほかの時計で実際に見てきたが、ベンク氏によると、ST-1901Bで起きる問題の多くは、ムーブメントそのものではなく、組み立て方やケースへの収め方に起因しているという。
スタジオ・アンダードッグがイギリスで組み立てを行っているのは、単にダイヤルへ“assembled in Great Britain”と印字したいからだけではない。そこには具体的なメリットがあり、ブランドが主力コレクションをオンラインで継続的に在庫販売するようになった今、そのメリットは今後さらに生きてくるだろう。
もうアンダードッグ(負け犬)ではない
イギリスと時計製造は、長く複雑な関係を築いてきた。そんななか、スイカをモチーフにし、ブランド名の“o”を“0”で表記するスタジオ・アンダードッグが、より生真面目に見える同業他社の多くよりも、むしろ本格的な取り組みに踏み込んでいるのだ。それは、歴史のなかで時計製造の技術基盤を衰退させてしまったこの国に、組み立て能力を取り戻し、人材をゼロから育てることである。そして今では、あなた自身もその作業台に座ることができる。
The D0ghouseは現在、予約制でオープンしている。組み立て体験の料金は700ポンド(日本円で約14万8000円)で、これにはThe D0ghouseでしか手に入らない01シリーズ グアバの購入代金も含まれている。1回あたり利用できる作業台は数席のみで、3時間の少人数制セッションとして、定員は意図的に絞られている。時計の組み立てはプロに任せたいという人は、無料のショールーム見学を予約することもできる。
予約はこちらから。そしてもし床にネジが落ちているのを見つけたとしても、それは私が落としたものではないと言っておこう。
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