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昨年、2019年以降見本市の前身であるSIHHを離脱していたオーデマ ピゲが、Watches &Wondersに参加するというニュースが流れたとき、それは大きな話題となった。そのため、同ブランドがこの見本市に華々しく登場するにあたり、どのような時計が発表されるのかに多くの視線が注がれるのは間違いないだろう。しかし最近、同ブランドがすでに新作を発表したことで、いくつかの予想は打ち消されていた。
昨年発表されたRD#5ムーブメント(左)と、今年初めに発表され、議論の的となったネオ フレーム(右)。
Photos by Mark Kauzlarich
最先端の研究&開発(#RD)モデルが登場するのだろうか? いや、CEOのイラリア・レスタ氏が、昨年の驚異的なRD#5をもってそのシリーズを終了すると明言した。では、毎年第1四半期に新作を発表する新たな場となるのだろうか。おそらくそうではない。というのも、今年2月にはすでに約20本もの新作が発表されており、さらに同ブランドは今後も“APソーシャルクラブ”イベントで主要な新作を発表していく方針だと報じられているからだ。ではWatches & Wondersで何が発表されるのか? その答えは、予想を覆すものだった。オーデマ ピゲはオーデマ ピゲ アトリエ デ エタブリスール(Audemars Piguet Atelier des Établisseurs)というプログラムを発表し、その新プログラムで、業界屈指の職人たちと協働しながら、きわめて贅沢で唯一無二のタイムピースを制作することを目指している。
エタブリサージュについて
エタブリサージュ(およびエタブリスール)の概念は、スイスのウォッチメイキング史において不可欠なものだ。18世紀、19世紀、さらには20世紀前半から中期にかけて、業界が“自社製”や垂直統合によって価値を示すようになるはるか以前、スイスのウォッチメイキングはきわめて分散的な体制にあった。最終組み立てはエタブリスールが担い、そのもとには、発注に応じて部品を製造する個々のサプライヤーが広範なネットワークを形成していた。この仕組みは、土地と密接に結びついていた。ジュラ地方の農民たちは寒い冬のあいだ、副収入を得るために時計部品の製造に従事していたのだ。その結果、ケースメーカーからダイヤルメーカーに至るまで、多様な職人たちによる豊かなネットワークがジュウ渓谷のような地域で花開き、優れた時計が手作業かつ小規模生産によって数多く生み出された。
“グロス ピエス”―昨年、オーデマ ピゲのミュージアムによって記録的な価格で落札された同ブランドの最も複雑な懐中時計。これはまた、ブランドの歴史において、エタブリサージュの技法が最も詳細に記録された作品のひとつでもある。
もちろん産業革命はこの状況を大きく変え、大規模生産への移行を促し、その結果として“自社製”の価値はますます高まっていった。しかし今日でも業界は外部サプライヤーに大きく依存している一方で、この集約化は、かつて舞台裏でオートオルロジュリー(高級時計)を支えていた独立時計師や専門部品メーカーのニッチな分業体制の存続を脅かし、今もなおその脅威を与え続けている。
そうしたなかで、ウォッチメイキングの垂直統合を絶えず推し進めてきたオーデマ ピゲが、この伝統的な制作体制と、業界の専門職人の支援を復活させる新たなプログラムを立ち上げることで、自らの方向性をあえて覆そうとしているように思える。この新プログラムは、さまざまなメティエ・ダールが主役のきわめて複雑なデザイン、制作に関わったすべての人物の名前を明記するという前例のない透明性、そしてきわめて限定的な生産体制が特徴となる。真新しいムーブメントの開発を推進するわけではなく、既存の機械式ムーブメントをベース(場合によっては形状そのものを変更)に、高度な仕上げや、時には追加機能を加えていく。制作作業はミュゼ アトリエ オーデマ ピゲで行われ、その様子は来館者に公開されるとともに、プロジェクトはブランドのヘリテージ部門によって統括される。
ミュゼ アトリエ オーデマ ピゲ。Photo by TanTan Wang
このプログラム誕生のきっかけは、オーデマ ピゲに入社して数カ月経ったCEOのイラリア・レスタ氏と、ヘリテージ&ミュージアムディレクターのセバスチャン・ヴィヴァス氏が、同ブランドの過去の多様なデザインを見直していた際の対話にあるとされる。この豊かなデザインの蓄積は、エタブリサージュがもたらした柔軟な生産体制によるところが大きい。この新プログラムは、より柔軟なアプローチでのアウトプットを復興させようとするものと言えよう。これにはヘリテージ部門が深く関与しており、エタブリスール ガレ、エタブリスール ピーコック、エタブリスール ノマドという3つの新作モデルが発表された。
我々が知っていること
エタブリスール ガレ
Watches & Wondersで発表された3作品のうち、最初に紹介されたのがエタブリスール ガレだ。独立系デザイナーのザビエル・J・ペルヌー(Xavier J. Perrenoud)氏によって構想されたこのモデルは、オーデマ ピゲの本拠地ル・ブラッシュ近郊にあるラック・ド・ジューの小石に敬意を表したものだ。本作にはジュネーブの宝石職人ナディア・モルゲンターラー(Nadia Morgenthaler)氏が手がけた非対称デザインのブレスレットを採用。大きさの異なる小石状のゴールドリンクが、小さなボールジョイントによって連結されている。
これらのゴールドのリンクは、マリオ・セナペ(Mario Senape)氏のコソネ工房にて半貴石が埋め込まれている。初期バージョンは、イエローゴールドにターコイズとタイガーアイを組み合わせたものだ。おそらく最も印象的なのは、石がすべてカットされており、平らな縁や面が一切見当たらないという点だろう。ブレスレットの底面には、2本のピンとスプリングブレードを備えたジュエラークラスプ(編注;外観に溶け込む宝飾ブレスレット用の留め具)が組み込まれており、着脱可能なリンクにも石がセットされている。
ブレスレットは、中央の非対称な楕円形のケースへとつながる。これはジュネーブのテオ・マスアティス(Théo Massouatis)氏とパブロ・ブレンラ(Pablo Brenlla)氏によって設計・製造されたもので、表側はターコイズのストーンダイヤル、裏側はシースルーバック仕様となっている。
ケースバック越しに見えるムーブメントは、オーデマ ピゲ初の自社製ムーブメント Cal.3090を復活させたものだ。本作ではCal.3098として展開されており、ムーブメント設計者のアーサー・ガルゾ(Arthur Gallezot)氏によって独自の形状に改修され、ブリッジもまた、小石の柔らかな曲線を思わせるデザインへと再設計されている。ムーブメントブランクはヨハン・ロシャ(Johann Rochat)氏が手がけ、仕上げはHODINKEEでもおなじみのルカ・ソプラナ氏が担当。ブリッジの軽いフロスティング仕上げや際立ったアングラージュ(面取り)が施されている。最終的な組み立てと調整は、アトリエ デ エタブリスールのアリーヌ・ギャノー(Aline Gagneux)氏が担っている。
2026年には異なるストーンの組み合わせによる5種類のバリエーションが展開される予定だが、年間の生産数はいずれもごく限られたものとなる。
エタブリスール ピーコック
続いて登場するのはまさに強烈な個性を放つ1本であり、彫刻と時計の境界を押し広げる、きわめて刺激的な作品だ。オーデマ ピゲに所属するケナン・ジェロー(Kenan Géraud)氏がデザインを手がけたエタブリスール ピーコックは、閉じた状態では、手首に甲虫が乗っているかのようだ。しかし伝説的な時計師ジュリオ・パピが設計した巧みに隠された開閉機構を作動させると、孔雀の頭部が持ち上がり、羽根が現れ、さらに翼が広がる。これによってエナメルダイヤルが前方に傾き、(ジャンピングではなく連続的に)現在時刻を示す小窓が姿を現す。
鳥のボディは、エイドリアン・アルトマン(Adrian Altman)氏の工房で製造された曲線を描くマルチパーツ構造を持つケースと、ドラマティックな翼で構成され、それぞれにハンマー仕上げと彫金が施されている。ブレスレットはミュゼ アトリエ オーデマ ピゲで、宝石職人のイワン・クンツル(Ywan Kunzle)氏が全工程を手がけ、各リンクを成形・仕上げしたのち、目に見えないゴールドワイヤーで接合。ゴールド製のダイヤルは、スイス・サンティミエのヴィンセント・ミシェル(Vincent Michel)氏によって小さな区画に彫り分けられたあと、ラ・ショー・ド・フォンのギー・フロワデボー(Guy Froidevaux)氏がそれぞれの区画に手彫り装飾を施すが、彼は孔雀の頭部と首の彫刻も担当している。こうして仕上げられたダイヤルは、フランス・ペソーのヴァネッサ・レクシ(Vanessa Lecci)氏のもとへ送られ、各区画に異なる色調でシャンルヴェ エナメルが施される。
本作は、オーデマ・ピゲによると、2027年には3つのバリエーションが展開される予定だ。
エタブリスール ノマド
オーデマ ピゲは、あくまで始まりに過ぎないと強調しているが、このシリーズの3作目にして最後を飾るのが、懐中時計とテーブルクロックの機能を兼ね備えたユニークなエタブリスール ノマドだ。ルドヴィク・パイソン(Ludovic Python)氏がデザインを手がけた本作はウルトラモダンな外装と、伝統的な装飾と仕上げを施した美しいムーブメントを組み合わせたものであり、この新プログラムがウォッチメイキングにおいて、いかに幅広いアプローチを取り得るかを示す好例だ。通常の閉じた状態では、縦68mm×横42mmのケースは小さなポケットに収まるよう設計されており、大胆なファセット加工と石の象嵌が施された外装のみが現れる。このケースには、30cmのチタン製チェーンが取り付けられている。
しかしふたつのボタンを押すとケースがスライドして開き、内部ケースが姿を現す。この内部構造はさらに可動し、デスククロックとしても使用できる。内部ケースには隕石の断片を配し、2022年に導入された新世代のロイヤル オーク Ref.16202 “ジャンボ”のための自社製ムーブメント Cal.7121をベースに、大胆なスケルトン加工を施したムーブメント Cal.7501を収めている。だがこのスケルトン加工は、現行コレクションのロイヤル オーク “ジャンボ” エクストラ シン オープンワークに見られるものとは異なり、より多くの素材が取り除かれている。残されたブリッジは、そのままインデックスのラインとしても機能する。装飾は専門職人が糸鋸、またはボクフィルを用いて彫り出し、仕上げを施すことで、スケルトンムーブメントで知られるオーデマ ピゲのなかでも(そのネガティブスペースにおいて)特に劇的なスケルトン表現を実現。さらにこのCal.7501では歯車列、脱進機、キーレスワークの配置が再構成され、より対称的なレイアウトとなっている。
予想どおり、このプロジェクトでも多くの職人の名がクレジットされている。ケース構造と可動機構はエマニュエル・デスザンジュ(Emmanuel Desuzinges)氏、ストーンセッティングは(エタブリスール ガレにも関わった)マリオ・セナペ氏、サファイアクリスタルはアレクシス・ベルナール(Alexis Bernard)氏、アングラージュ(面取り)はジェローム・ブザンソン(Jérôme Besançon)氏が担当している。もっとも、これらはオーデマ ピゲが各プロジェクトで公表している数多くの関係者のほんの一部に過ぎず、完全なリストは公式ウェブサイトで確認できる。規模の大きく秘密主義的なブランドが、これほど徹底して透明性を示すのは新鮮だ。
オーデマ ピゲによれば、このアトリエでは数年にわたり約15点の制作が計画されており、今後、異なるストーンの組み合わせによる5種類のバリエーションが用意される予定だ。
我々の考え
この発表には実に多くの要素が詰まっており、多くの人にとって予想外のものだっただろう。
まず、同ブランドのどの取り組みとも異なる、きわめてユニークで興味深い手仕事の作品群が見られる。アトリエ デ エタブリスールから生まれるアイデアは、理論的には完全に新しく、少なくとも過去のカタログの単なる復刻ではないという意味で、リマスター([RE]Master)シリーズのようなプロジェクトとは対極にあるように感じられる。またどこまで意図されたものかは定かではないが、この新プログラムは、オーデマ ピゲがロイヤル オークだけのブランドではないことを改めて示す戦略の一環とも言えるだろう。個人的には、3つのデザインのなかで最も装着しやすいのはエタブリスール ガレだと思うが、圧倒的な存在感を放つのはピーコックだ。自分が実際に身に着ける姿は想像しにくいが、それでもなお魅力的な工芸作品であることに変わりはない。
制作に関わる職人のクレジットを表記するという徹底した透明性の確保は、すでに他ブランドでも見られ、その多くは、年間生産数が数十から数百本規模のインディペンデントブランドだ。例えばMB&Fは当初からこの姿勢をとり、革新的なデザインに関わるすべてのサプライヤーや職人を開示してきた。またより小規模な例では、オックス・ウント・ユニオール(Ochs und Junior)を率いるルートヴィヒ・エクスリン博士が、サファイアクリスタルのサプライヤーに至るまで、パートナーに明確なクレジットを与えている。さらに最近では(MB&Fでの経歴を持つ)サイモン・ブレット氏が手がけるクロノメーター アルティザンがコレクターのあいだで話題となっており、その名のとおり、時計の完成に関わるすべての職人とサプライヤーが明示されている。
こうした流れのなかで、オーデマ ピゲは新アトリエやエタブリサージュというシステムの“復興”によって、自らのような巨大ブランドであっても、その地位や規模ゆえに失われがちな創造的な精神を探求する能力と意欲を持っているということを示しているのだろう。エタブリスールの作品は生産数がきわめて限られているため、その時計が多くの人々の人生を一変させるような存在にはならないだろう。しかしここで重要なのは、そのメッセージそのものだ。これは、例えばムーブメント開発に力を入れた研究&開発(RD)モデルとは異なる領域に位置づけられる“ハロー(象徴的)プロジェクト”なのだ。
さらにこのきわめて洗練されたブランドから、このような透明性が示されていることも新鮮だ。こうしたユニークな作品の企画・実現に関わる人々を称えることは、ブランドの価値を損なうどころか、むしろハイエンドなクラフツマンシップがいかに個人的なものであるべきかを改めて思い出させる素晴らしい行為だ。現時点では、このプログラムについて多くの部分があえて開かれたままにされており、まずは市場の反応を見極めるためだろう。したがって、この取り組みが今後どのように展開していくのかについては、引き続き注視していく必要がありそうだ。
オーデマ ピゲ アトリエ デ エタブリスールについては、公式サイトをご覧ください。
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