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Hands-On カルティエ「タンク ア ギシェ」が復活。依然としてブランドで最も異色なタンク(編集部撮り下ろし)

カルティエのジャンピングアワーが20年ぶりに3度目の復活(ヴィンテージ欲をこれほど満たしてくれるモデルは、ほかにない)。

ヴィンテージのカルティエウォッチは、パテック フィリップやオーデマ ピゲのようなブランドの製品と同じ品質や基準でつくられていたわけではない。このメゾンのヴィンテージピースが持つ魅力とは、手仕事の時計が放つロマンティシズムにあるのだ。手に入れ、手首に着けることは、まるで1930年代のパリを散策するかのような、夢想的でロマンティックな体験を呼び起こす。チェスターフィールドコートのボタンを留め、ホンブルグ帽をかぶり、ステッキで石灰岩の歩道を軽やかに叩きながら歩く姿を想像してみて欲しい。そして1区リュ・ド・ラ・ペ通り13番地にたどり着くとカルティエの扉をくぐり、ホンブルグ帽を脱いで、時計の最新スタイルであるタンクを求めるのだ。

 その男は“自社製”ムーブメントやCOSC認定、あるいはラグ・トゥ・ラグの長さなどを気にすることはない。そもそもそうした言葉の意味すら知らないだろう。ただ、カルティエこそがパリでもっとも粋な腕時計をつくるブランドであることだけは知っている。そしてもしその男がきわめて洗練された趣味を持っていたならば、ルイ・カルティエの最新作、タンク ア ギシェを選んだかもしれない。大胆で途切れのないラインと、ミニマルで小さな開口部を備えたこのモデルは、まさにルイによるアール・デコのモダニティへの究極のオマージュであった。

A vintage 1928 Cartier Tank à Guichet

ヴィンテージのカルティエ「タンク ア ギシェ」。

 その男が知っていたにせよ知らなかったにせよ、彼の新しい時計のケースはパリのエドモンド・ジャガー(Edmond Jaeger)の工房で手作業によって製作され、搭載されたのはルクルトから供給されたスイス製の超薄型ムーブメントであった。真のヴィンテージ「タンク ア ギシェ」は、完璧ではないからこそ完璧な存在である。同じものはひとつとしてないのだ。広々としたケーストップは軽くサテン仕上げが施され、やがて傷が入ることを前提としている。ケースバックのシリアルナンバーは手作業で刻印されており、決してそろうことはない。ムーブメント内のセッティングレバー用スクリューにアクセスしやすいよう、小さなビスがケースバックに打ち込まれていることもあれば、そうでないこともある。

 これらの時計には特別な魔法が宿っている。そしてその魔法はヴィンテージ愛好家としての私の控えめな見解では、現代のカルティエにはしばしば欠けているものであり、しかもカルティエ自身はそれをあまり気にしていないようにさえ見える。今日のカルティエの腕時計は手に取れば重厚で、仕上げも非常に洗練されている。しかし2025年のWatches & Wondersで発表された「カルティエ プリヴェ」コレクションの新作「タンク ア ギシェ」は、21世紀に製作されたカルティエウォッチのなかでも、ヴィンテージタンクと同じ感情を真に呼び起こすことのできる数少ないモデルのひとつである。

Cartier Tank à Guichets in platinum and yellow gold
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「カルティエ プリヴェ」コレクション「タンク ア ギシェ」

 数カ月のあいだ、「カルティエ プリヴェ」コレクションで「タンク ア ギシェ」を復活させるという話題は、時計界でよく囁かれる噂か、あるいは隠しとおせなかった秘密のどちらかであった。日本市場限定として企画されていたという話も耳にしたが、最初の反響があまりに大きかったため、ブランドは方針を転換して、最終的には世界展開、さらにはWatches & Wondersの目玉として発表するに至った。いずれにせよ、このプリヴェの1作は愛好家が熱望していたモデルである。私が土曜にジュネーブに到着した頃には、噂(あるいはリークと言うべきか)はすでに確定事項となっていた。会場のあらゆる場所に「タンク ア ギシェ」の開口部が溢れ、カルティエの広告を飾り、街灯にまで掲げられていたのである。

 カルティエは今回、プリヴェの新作発表ではおなじみの展開としてイエローゴールド、ローズゴールド、プラチナの3種の“レギュラー”モデルに加え、プラチナ製で200本限定の遊び心あふれる“オブリーク”(と勝手に呼んでいる)までを同時に投入した。4種類すべての新作は、カルティエ コレクションのアーカイブに収蔵されている1928年のオリジナルから直接的に着想を得ている。具体的には、サイズもオリジナルに非常に近く、バーティカルサテン仕上げを施したブランカード(仏語で担架の意)のないシンプルな正面を持つ構成だ。

Cartier Tank à Guichets "Oblique" in platinum

 実物を手に取ると、このケースはきわめて印象的で、ヴィンテージ特有のロマンティシズムをもっとも強く想起させる要素となっている。「タンク ア ギシェ」を粗野と呼ぶのは言い過ぎだろうが、開口部以外にハイポリッシュ仕上げが一切施されていないというのは、今世紀に大手ラグジュアリーブランドが製作した時計のなかでもきわめて特異な存在である。このケースは明るく照らされた展示室でも、細い面取り部分が光を拾うことはほとんどなく、徹底されたサテン仕上げが施されている。外観はヴィンテージウォッチと見間違うほどだが、重量ははるかに重く、1928年の美学をまといながらも感触はまさに現代のカルティエだ。アポイントで得られた重要な情報として、ダイヤル開口部のエッジのポリッシュはすべて手作業で仕上げられていると言う。カルティエによれば、この角度においては手作業以外に仕上げる方法が存在しなかったとのことである。

 強いて言えば、ダイヤルディスクはもう少し大きくてもよいかもしれないが、このサイズだからこそ生まれる控えめな繊細さはむしろ好ましいとも感じられる。瞬時の視認性についてはやや気になる部分もあるが、実際には1度に見えるのは3つ、せいぜい3つ半の数字にすぎない。またプレス資料や写真では見落としていたが、印字の色調が異なるというディテールにも気づいた。RGのモデルは数字と目盛りが黒、プラチナは赤、そしてYGはストラップと調和するダークグリーンで印字されているのだ。ほんの小さな違いではあるが、カルティエのブースでこの発見をしたときはうれしいサプライズだった。

Cartier Tank à Guichets in yellow gold

 本作の装着感については、縦37.6mm×横24.8mm、厚さ6mmというサイズで非常に快適だ。100年前のオリジナルと正確に寸法を比較するのは難しいが、当時のタンク ア ギシェにも幅2025mm程度で、クラシックなタンクと同様の比率を持つ個体が存在する。よりわかりやすい比較対象となるのは、過去に登場したこのデザインの再解釈モデルである。1996年、1997年、2005年に製作された限定版についての詳細はマークが紹介記事で取り上げているが、それぞれのケース幅は24.5mm25.5mm、そして26mmであった。

 2025年版の「タンク ア ギシェ」が、これまでに製作された数百本のものと大きく異なる点のひとつが、12時位置に備えられたリューズである。この仕様を持つのはごく一部のヴィンテージギシェに限られ、とりわけ1928年の初代モデルや、1996年にすべての素材で展開された十数本の限定モデルでのみ見られた。そのほかの大多数は、「タンク ノルマル」でおなじみの3時位置に大型のリューズを備えている。したがって、12時位置のリューズは珍しい存在だ。写真で初めて見たときには操作性に難があるのではないかと思えたが、実際に試してみるとその心配は杞憂だった。ディスクは正しい方向、つまり前方向にリューズを回したときにのみ作動し、時計を外した状態では分を送ったり時表示を切り替えたりするのも驚くほど容易であった。

Cartier Tank à Guichets in platinum and yellow gold
Cartier Tank à Guichets in platinum
Cartier Tank à Guichets in platinum

“オブリーク”についての一考

 右手首に時計を着けることを誇りに思う私にとって、我々(そしてカルティエ)が“オブリーク”と呼んでいる限定版「タンク ア ギシェ」は特別な存在だ。この“オブリーク”という愛称は、同じくそう呼ばれていたヴィンテージモデルにちなんだもの。私の知る限りカルティエ初の、たとえわずかであれ、右方向に傾いた腕時計だ。同じくドライバーズウォッチに着想を得た奇抜なモデルであるタンク アシメトリックに惚れ込むたびに思い知らされるのだが、あの典型的な配置はどうしても私の手首にはなじ なじまないのである。

 まあ、それはつまり欲しい時計リストがひとつ減るというだけの話だ。しかしこの「タンク ア ギシェ」 “オブリーク”は、悪く言えばより民主的であり、よく言えば右手首用に設計された可能性さえあるのだ! 念のためカルティエに確認したが、これは決して左利き専用を意図して設計したわけではないとのことだった。とはいえ、それで私の高揚感が冷めることはなかった。この斜めにひねられた独特のデザインは、私自身が本当に着けたいと思える初めてのものだったのだ。心配はいらない。私の同僚の多くが左手首に着けてみたが、その向きでも十分にフィットするという。ふたつの開口部だけに焦点を絞った設計のおかげで、混乱を招くことはほとんどない。

Cartier Tank à Guichets in platinum

 カルティエがアポイントの場で明言したのは、この「タンク ア ギシェ」 “オブリーク”の斜め配置は既知のヴィンテージモデルを直接参照したものではないということだ。ただし、カルティエのアーカイブにはよく似たスケッチが残されており、今回の2025年版はそれをインスピレーション源としているのである。


「タンク ア ギシェ」の市場動向

 数カ月前、カルティエがタンク ア ギシェの復活を検討していると耳にしたとき、私はすぐに理にかなっているように思った。「カルティエ プリヴェ」コレクションは、現代の時計界において、ヴィンテージに触れたときの特別な感情が呼び覚まされる唯一の存在であり、カルティエならばこうした“リエディション”を完璧にやってのけるだろうと信じていた。そして実際に、この「タンク ア ギシェ」はその好例となった。

Cartier Tank à Guichets in platinum
Cartier Tank à Guichets in yellow gold
Cartier Tank à Guichets in platinum

 だが、それがホームランに思えた理由はそれだけではない。Watches & Wonders以前、YGやRGのカルティエ タンク ア ギシェの相場が約10万ドル(2025年1月のレートで約1570万円)だったと聞いて信じられるだろうか。さらに言えば、ほんの先週(編注;2025年3月末)には1997年製のプラチナモデルがディーラーから19万8000ドル(当時のレートで約2970万円)で出品され、10日も経たないうちに売れてしまった。そして、いかなる種類のカルティエ タンクのなかでも、オークションで過去2番目に高額で落札されたのは1931年製のプラチナ ギシェであり、2024年5月にフィリップスで44万8346ドル(当時のレートで約7000万円)を記録したのだ。ちなみに1位はジャクリーン・ケネディ・オナシス(Jacqueline Kennedy Onassis)が所有していたタンクである。

 すべて事実だ。こうした背景からも、コレクターたちは発表前から「タンク ア ギシェ」に飢えていたのである。では今回の「カルティエ プリヴェ」の新作がどう受け止められるか、見ものだろう。

 2025年版「タンク ア ギシェ」の小売価格は、YG/RGが759万円、プラチナが884万4000円。そして限定200本の「タンク ア ギシェ」 “オブリーク”は970万2000円だ(すべて税込予価)。

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