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Hands-On アトリエ・ウェン アンセストラ、ローンチ(リミテッド)エディション 蛟(Jiāo)を実機レビュー

フランスと中国にルーツを持つブランドが、3年ぶりの新作でグラン・フー エナメルに初挑戦。

Photos by TanTan Wang

アトリエ・ウェンはこれまで一貫して、中国の伝統的なクラフツマンシップを世に広めることに情熱を注いできた。中国での経験を背景に、従来とは異なる“メイド・イン・チャイナ”を体現しようとしたふたりのフランス人によって創設された同ブランドは、ポーセリンダイヤルのオデッセイ、ギヨシェダイヤルのパーセプションに続き、今回3つ目の主要なデザインとなるアンセストラを発表した。本作ではブランドとして初めてグラン・フー エナメルに挑戦し、同時に新たに設計したケースデザインを採用している。

 それでは前置きは省略して、注目のダイヤルを見ていこう。グラン・フー、すなわち七宝によるダイヤル製作は、ダイヤル上で色彩表現をするときにおいて最も優れた技法のひとつだ。深く光沢のある表面に宿る、鮮やかで奥行きのある発色は、ほかのどんな素材や技術でも再現するのが難しい。しかし同時にグラン・フーがあまり一般的でないのには理由があり、それは製作にきわめて手間がかかるからである。

Atelier Wen Ancestra Jiao Soldier Shot
Atelier Wen Ancestra Jiao Dial Closeup
Atelier Wen Ancestra Jiao Dial Closeup Bottom

 アンセストラは925シルバー製のダイヤルベースに手作業でハンマーによる加工を施して、印象的なディンプル状の質感を与え、次いで本題のエナメル加工の工程に移る。大まかに説明すると、粉末状のガラスを水と混ぜてペースト状にし、それを手作業でディンプル加工を施したダイヤルの素地に塗布する。エナメルペーストの層が乾燥するとダイアルを窯に入れ、高温で焼成する。アトリエ・ウェンによれば、この焼成温度は750〜850℃になるという。

 この工程で、エナメルにひび割れが生じたり、シルバーのベースが反ってしまったりといったトラブルなければ、希望する結果が得られるまで、わずかに異なる色調のエナメルを繰り返し重ね塗りする。これらのダイアルは淡いブルーから、外周にかけて印象的なほどブラックに近い濃さへと色調が変化するが、こうしたエナメル塗布と焼成の工程をさらに5回ほど繰り返し、ようやく完成に至るという。

 色の仕上げが整うとダイヤルは最終的に研磨され、艶やかで滑らかな表面に仕上げられる。このダイヤル1枚の製作にはおよそ20日を要し、驚くことに歩留まりは約50%に留まる。それでも完成したダイヤルはグラン・フー エナメルの技法によって息をのむほど美しく、フュメエナメルダイヤルで表現されたことがないほどドラマチックなグラデーションを特徴とする。さらにそれらは、当然ながら手作業で制作されるため、ひとつとして同じものは存在しない。これらのダイヤルはアトリエ・ウェンが北京を拠点とするエナメル工房のコン・リンジュン(Kong Lingjun)氏に依頼して製作されている。同氏は、自身のブランドであるコンサイス(Koncise)やほかの中国のブランドのエナメルダイアルを制作する名匠として知られている。

Atelier Wen Ancestra Jiao Hand Macro

 エナメル加工だけでも十分贅沢な仕様であるにもかかわらず、ダイヤルにはさらにバゲットカットのダイヤモンドを交互に配したアワーマーカーもあしらわれており、立体的な輝きが加わっている。奇数時間にパッド印刷された、香港を拠点とするカリグラフィーアーティスト、エリン・ウォン(Elaine Wong)氏がデザインした書道風の時刻表示が目を引く。またアトリエ・ウェンはアンセストラのために新しいハンドセットを導入し、平坦なリーフ型ハンドは上面にフロスト加工が、残りの部分に鏡面仕上げが施されており、非常に個性的だ。共同創業者のひとり、ロビン・タレンディエ(Robin Tallendier)氏が私にこのプロトタイプを初めて見せてくれた際、最終製品では針や印字の仕上げがさらに向上すると教えてくれた。

 なかでも重要なのは、このプロトタイプと製品版とのあいだには明確な相違があるということだ。量産モデルではバゲットダイヤモンドがダイヤルの上に載せられるのではなく、ダイヤルとフラットになるように埋め込まれる仕様となっている。タレンディエ氏によれば、製品版では完成したエナメルダイヤルに対してレーザーでダイヤモンドと同寸の長方形を正確に切り出し、そこに石を埋め込むという手法が採用されるという。現時点では、この新しいダイヤモンドセッティング技法を用いた完成品の写真が公開されていないため、現物を見ずに購入を決断する場合には注意が必要だ。ただし、アトリエ・ウェンにとってこれが初めての試みではないことを踏まえれば一定の信頼感はあるかもしれない。

 このダイヤルデザインを言葉だけで説明されたとしたら、あまりにも要素が多すぎて雑然とした印象になってしまうのではないかと思っただろう。だが実物を見ると驚くほど調和が取れている。おそらくその理由はハンマーを使用して施した印象的なディンプル加工と、大胆なグラデーションが生み出すパターンが、視覚的にほかの要素をうまく抑え込んでいるからだろう。本来なら調和しないはずの構成であるのに、妙に均整が取れているように感じられるのだ。

Atelier Wen Ancestra Jiao Wristshot Face Down

 またアンセストラのダイヤルが、パーセプションのようなブレスレットと一体型のケースではなく、より伝統的なシルエットのケースに収められていることも全体の印象を落ち着かせる要因となっているのかもしれない。本作のケースは904Lステンレススティール製で、シファン・グオ(Sifan Guo)氏とアルフレッド・チャン(Alfred Chan)氏(そう、彼はトレダノ&チャン[Toledano & Chan]のミスター・チャンだ)によって設計されている。直径38mm、厚さ11.3mmというコンパクトなケースサイズで、ラグ・トゥ・ラグは私の手首ではとても快適な装着感を実現する46mmだ。

 ブランドによれば、12時側と6時側のラグは紅山文化の玉龍から着想を得ているという。両ラグはそれぞれ一体構造の優雅な造形を持ち、ケース側面に2本の内部ネジで固定され、さらに中国語で回纹(huiwen)と呼ばれる角張った螺旋模様が刻まれたボルトで留められている。ミドルケースは大部分がヘアライン仕上げとなっているが、ラグに施された鏡面の面取りがデザインに豊かな表情を加えている。さらに見逃せないのがブランドロゴが刻まれたねじ込み式リューズで、その側面には回纹模様の繊細な彫刻があしらわれている。

Atelier Wen Ancestra Jiao Case Side Shot
Atelier Wen Ancestra Jiao Caseback Soldier Shot
Atelier Wen Ancestra Jiao Movement Closeup

 ケースを裏返すと姿を現すのは、大幅にカスタマイズされたペキニエのCal.EPM03だ。皮肉なことに、ムーブメントは中国製ではなくフランス製である。というのも、アンセストラがアトリエ・ウェンの最上位機種であることは明らかで、より競争力のある商業的な中国製ムーブメントが登場するまでは、この価格帯の顧客がヨーロッパ製ムーブメントを好むことをブランド側も理解しているのだろう。この自動巻きムーブメントは65時間のパワーリザーブを備え、クロノメーター相当の精度(−4秒〜+6秒/日)で調整されているものの公式な認定は受けていない。またローズゴールドめっきが施されたタングステン製ローターの背後に見える、ブラックポリッシュ仕上げのラチェットホイールやテンプ受けなど細部の意匠も目を引く。

 しかしブランドそのものと同様、たとえ心臓部はフランス由来であっても、外観の美意識はまったくの別物である。実際、4分の3プレートには古代中国の詩『天問』から抜粋された大量の中国語の詩文が刻まれており、アトリエ・ウェンの美学が全力で押し出されているのだ。これを見ると、大学でもっと中国語の授業を取っておくべきだったと痛感させられる。この詩文の大半を読めない私は、おそらく家族の名誉を傷つけてしまったのだ。ついでに、飼ってもいない牛の名誉まで。冗談はさておき、この意匠には感服するが、もう少しシンプルにムーブメントの仕上げ技術を際立たせるアプローチでもよかったのではないかという思いもある。

Atelier Wen Ancestra Jiao Wristshot Facing Us

  さて、そろそろ気になるのがアンセストラの価格だろう。ブランドにとって約3年ぶりとなるこの新シリーズの価格は発売時で5850ドル(日本円で約88万3000円)だ。これはアトリエ・ウェンにとって明らかに新たな領域への1歩であり、グラン・フー エナメルダイヤルの分野で主な競合とされるグラスゴー発のブランド、アンオーダインのモデルよりも上の価格帯に位置づけられる。現在、アンオーダインが展開するグリーンのフュメエナメルダイヤルを備えたモデル1はラ・ジュー・ペレ製のCal.G101を搭載し、4174ドル(日本円で約63万円)から手に入る。しかし仕様を比較すれば、アンセストラの価格設定には納得の理由がいくつかある。たとえば、アンセストラは手作業でハンマーを用いて加工したダイヤル(アンオーダインはプレス加工のダイヤルだ)を採用している点、ラボグロウンダイヤモンドの使用、そしてそれをエナメルに埋め込むための手間のかかる工程も加味されるべき要素だ。結局のところ、この2本の時計はブランドの持つ精神性の面ではまったく異なる存在といえる。しかしアトリエ・ウェンも、この価格帯が業界のなかでも特に競争が激しいことは十分に理解しているはずだ。ここでは価格に対する価値というよりもむしろ、美意識や情緒に訴えかける側面がはるかに強い。そのため同ブランドは慎重な姿勢を崩さず生産数は非公表、さらに7日間限定の受注生産となっている。

 アトリエ・ウェンは常に中国のクラフツマンシップや文化への敬意を込めつつも、安直で陳腐な表現には陥らないという、絶妙なバランス感覚を求めているように感じる。そしてアンセストラはこの課題に見事に応えていると思う。実際に手首に乗せたとき、緻密に設計されたコンパクトでディテール豊かなケースデザインと、ドラマチックなダイヤルとのあいだにある緊張感がきわめて快適な装着感をもたらす。これは同ブランドにとって次章の幕開けにふさわしい1本となるだろう。

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