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Hands-On シンガー ダイブトラック、かつて見たことがないほど大胆かつ過剰な作り込みのダイバーズウォッチ

できるからこそやるべきだ、というのが結論である。

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シンガー・リイマジンのダイブトラックは私が今まで見たなかで最も興味深く、印象的で、作り込みが過剰な時計のひとつだ。そう、この時計はあまりにも高価すぎる(9万8000ドル、日本円で約1380万円)ために実用的なダイバーズウォッチとは言えない。それにダイビング用コンピュータほど正確でも便利でもない。さらに49mmのケース径に19.67mmの厚みでは、日常的に着用できると考える人がいるかどうかも疑問だ。それでもなお、この時計はこれらすべての問題点はあるひとつのアプローチによって帳消しになる。それはダイバーズウォッチのプラットフォームが最も必要としている、非常にクリエイティブなアプローチをこの時計が見せているという点だ。

Singer DiveTrack

 ダイバーズウォッチのカテゴリはしばらくのあいだ停滞しているように感じられる。私は優れたダイバーズウォッチが大好きで、自分でも所有しすぎていると思うほどだ。しかし形態は機能に従うという定説に従うと、ダイバーズウォッチはひとつの主題(テーマ)しか書けない作曲家のようなものである。その主題をどう発展させるかに悩み、結果として同一の主題の“変奏曲”しか作れていない。なぜならダイバーズウォッチのニーズや規格は現代においてすでに不必要なものであり、そのデザインが確立されるころにはダイブウォッチが実際の計時ツールとしての役目を引き継いでしまっていたからだ。だからこそ今さら完成されたデザインを崩すこともない、ということなのかもしれない。

 私はこれほどクールなダイバーズウォッチがシンガー・リイマジンから登場するとは夢にも思っていなかった。もしポルシェに5分でも乗ったことがある(少しでも興味がある)人に“シンガー”の名前を出せば、そのブランドが作る時計はラップタイマーだろうと予測するに違いない。それもそのはずだ。シンガー・ビークル・デザインは2009年に設立され、今やポルシェのカスタム分野で最も注目されるブランドのひとつとなっている。しかしシンガー・リイマジンは2015年にイタリア人時計デザイナーのマルコ・ボラッチーノ(Marco Borraccino)氏と、シンガー・ビークル・デザインの創設者であるロブ・ディッキンソン(Rob Dickinson)氏との偶然の出会いから生まれた。ボラッチーノ氏は時計のデザインのアイデアを持っており、それをマスターウォッチメーカーのジャン・マルク・ヴィダレッシュ(Jean-Marc Wiederrecht)氏のところに持ち込んだところ、彼は時計の基幹となる完璧なアジェングラフムーブメントが開発中であることを明かした。さあ、クルマに乗り込んでこの時計にまつわる短い旅を始めよう。


シンガー・リイマジンの“シンプルな”クロノグラフウォッチ

 今年のWatches & Wondersの前までは、シンガーと聞いて思い浮かぶのはドライビングクロノグラフだった。私は今年のGeneva Watch Daysでもそれらをチェックしていた。最も興味を引かれたのは、アジェングラフムーブメントを搭載した各時計において、ブランドがクロノグラフと時刻表示によってどのような表現をしていたかということだ。また、すべてのモデルには一体型のフード付きラグケースデザインが採用されている。

Singer Chronograph

シンガー 1969 クロノグラフと1969 タイマー。

 ブランドの1969コレクションにはオメガのマーク IIや後期のスピードマスターを思い起こさせるステンレススティール(SS)やブロンズケース製のモデルがあり、いずれも40mmサイズだ。1969 タイマー(上記写真右)は一般的なクロノグラフ機能を有しており、時針と分針、ゼロリセット/フライバック機能を備え、インダイヤルはない。一方の1969 クロノグラフ Ref.SR201(上記写真左)ははるかに複雑で、文字盤の6時位置にある回転ディスクが時刻を表示する。中央には3本のクロノグラフ針があり、1番長い針が秒を表示、次に長い針が分をカウントし、最も短い針はマーケットで唯一とも言える60時間積算針となっている。

Singer 1969 Bronze Timer
Singer 1969 Bronze Timer

 昨年発表されたのはSS、ブロンズケースのモデルで、上の写真を見ると1969 タイマーのアジェングラフムーブメントの作りがやや簡素になってることが分かるだろう。しかしより特殊な(そして目まぐるしい)ディスプレイを持つモデルについて聞かれれば、トラック1 エンデュランスエディションが思い浮かぶ。この時計はチタンケースにゴールドのZrN(窒化ジルコニウム)コーティングが施されており、サイズは43mmで厚さが15mm。文字盤の外周にはジャンピングアワーとミニッツトラックがあり、中央には24時間のクロノグラフ積算計が搭載されている。この時計は24本限定で作られたもので、8万2500ドル(日本円で約1160万円)という価格にもかかわらず、これほどまでに気に入ってしまっている理由は正直なところ自分でもよく分からない。

Singer Track1 Endurance Edition
Singer Track1 Endurance Edition

 シンガー・リイマジンはその存在理由のすべてが、過剰ともいえる技術を用いて、自らのテーマに基づき過剰に作り込まれた荒唐無稽なバリエーションを展開すること(リフレインはお好きだろうか?)にあるように感じられる。そしてそれらは非常に高額だ。最近発表されたミンのアジェングラフ 20.01 シリーズ3(ゴールドケースで価格は4万3500スイスフラン、日本円で約720万円)と比較しても、シンガーの時計は別次元の価格帯にある。しかしシンガー・ビークル・デザインのクルマを手に入れる顧客はレストアされたポルシェ964に100万ドル以上を支払うような人々だ。彼らにとって大した問題ではないだろう。

Singer Track1 Endurance Edition

シンガー・リイマジン ダイブトラック

 2021年、シンガー・ビークル・デザインはオールテレイン・コンペティション・スタディ(ACS)を発表した。これはオフロードやターマックラリーに対しオマージュを捧げたモデルであり、まさに“やるべきことをやった”いい例だ。シンガー ダイブトラックとの関連性を考えると、このACSが最も近しいように思う。ACSもダイブトラックも技術的にはオフロード向けに作られているが、ダイブトラックはオフロードから遠く離れた場所で使われる時計だ。

 ダイブトラックの主要な機能は、ダイビング経験がある人ならすぐに理解できるだろう。とはいえ私も、実際に手にするまで完全には把握できなかった。なので少し説明しよう。

Singer DiveTrack

 ダイビングを安全に行うために最も重要な要素のひとつに時間管理がある。これは単にエアがなくなるのを防ぐだけではなく、ダイビングに関連する健康リスクを避けるためでもある。ダイブトラックの文字盤には時刻表示機能はない。その代わり、文字盤の上では24時間表示のアジェングラフ自動巻きムーブメントとクロノグラフ機能に焦点が当てられている。水中で把握する必要があるのは、潜る深さに応じた“最大潜水時間”と、体内の血液や組織に溜まった窒素を排出するための“減圧停止期間”だ。この時計はダイブコンピュータと併用しての使用が想定されている。

 ケースの右側にはクロノグラフ用のフリップアップ(跳ね上げ式)ロックがある。水に入る直前にクロノグラフを起動し、その後ロックを元に戻すとクロノグラフが作動、クロノグラフ針と60分積算針で合計のダイブ時間を計測することができる。これらすべては、下の写真にあるアジェングラフ自動巻きムーブメントによって動作する。非常に複雑な構造のムーブメントが好きな人からすると、スプリット機能のない“シンプル”なクロノグラフとしてこれ以上に難解で素晴らしいものはなかなか見つからないだろう。

Singer DiveTrack
Singer DiveTrack
Singer DiveTrack
Singer DiveTrack

 ケースはグレード5のチタン製で9時位置にはヘリウムリリースバルブがあり、300mの防水性能を備えている。316Lステンレススティール製のベゼルには、大量のスーパールミノバも塗布されている。時刻を確認したい場合は、ケース側面にM.A.D.1に似た仕組みの回転式バレルがある。しかしこの時計における核心的な機能はこれだけではない。時計のサイズは直径49mm、厚さ19.67mmと巨大だが、水中ではそれほど気にならないだろう。そして水中でこそ、この時計は真価を発揮する。

Singer DiveTrack

 さて、あなたは海に入り海底に到達した。クロノグラフの60分積算針はルミノバが充填された明るいオレンジ色の大きな針で、潜水時の経過時間を計測している。しかし、海底でどれだけの時間を過ごせるのかも知っておきたい。ここで逆回転防止機能付きのダイブベゼルを回転させ、ピップ(目印)をクロノグラフの積算針に合わせる。その後、海底に滞在できる時間を慎重に見守る。そして上昇する時間になったら減圧停止レベルまで上昇し、再度ダイブベゼルを回してその時間を計測する。この操作のあいだもクロノグラフの針は、常に潜水全体の時間を計測している。

Singer DiveTrack

 これらの機能は非常に斬新だが、私がこの時計で最も気に入っているのはチームがダイバーズウォッチを水中以外でどのように役立たせるかを考えた点だ。厳密には、水中から出た瞬間にダイビングが終わるわけではない。ボラッチーノはこの時計がダイビング後のディナーにも着用できるものになればと考えていた。ダイブコンピュータは外してバッグにしまうとしても、次のダイブまでの“水面休息時間”(体内に溜まった窒素を排出する時間)を考慮しなければならない。ダイヤルの中央部には、“Chill”、“Dive”、“Fly”という3つのセクションからなる24時間積算計が見える。この水面休息時間はさまざまな要因に左右されるが、基本的にはクロノグラフを作動させ続けていれば時間が合計され、“Chill”する時間を示し、次のダイブまでの休息時間を知らせてくれる。そして6時間後には再びダイブセクションに入る。

Singer DiveTrack
Singer DiveTrack

 次のダイブ時にはクロノグラフをリセットしてリスタートする必要がある。しかしダイブ旅行中にこれを1回、2回、3回と繰り返していると仮定しよう。最後に計測しなければならないのは、飛行までの時間だ。最後のダイブから18時間以内に飛行機に乗ってはいけない(さもないと高高度に達したときに減圧症のリスクがある)。クロノグラフを作動させてさえいればディナーを楽しんだり、友人とリラックスしたり、好きなことをしているあいだに飛行機に乗れるようになるまでの残り時間を確認することができる。

Singer DiveTrack

 このように、シンガーのダイブトラックは時間管理の観点からはとりわけ実用的な時計ではないし、着用しやすいわけでもない。またプロのダイバーにとっては価格的にもまったく意味がない。しかし、私はそんなことはまったく気にならないのだ。このレベルのクリエイティビティこそ、私がダイバーズウォッチに対して感じていた倦怠感から抜け出すために必要だったものだ。

シンガー・リイマジン ダイブトラック。直径49mm、厚さ19.67mmのグレード5チタン製ケース、300m防水。マットブラックのベースに12個の夜光インデックスを配置。ケースサイドにアワーディスク。中央にジャンピングアワー、ジャンピングミニッツ、スイープセコンドを備えたクロノグラフ。6時位置に4分の1時間、2分の1時間、1時間を示す時刻表示。アジェングラフの24時間計自動巻きクロノグラフを搭載、部品点数479個、56石、パワーリザーブは72時間。フォールディングバックル付きブラックラバーストラップ、ダイビングスーツの上から快適に着用できるマジックテープ付きのダイビング用テクニカルテキスタイルストラップ。価格9万8000ドル(日本円で約1380万円)。