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HODINKEE Japanでは2025年9月29日(月)から10月5日(日)の1週間、日本の時計ブランドや市場に焦点を当てたJapan Watch Week 2025を開催している。このウィークのために用意した新規取材記事やマガジン限定で公開していた記事、編集部員による動画企画まで、サイト上で毎日配信していく予定だ。すでに公開されたコンテンツについてはこちらから確認して欲しい。
「間違いなく、日本の独立時計師・独立系ブランドへの関心とニーズは劇的に増加しています」。世界の時計ジャーナリズムを牽引する書き手たちの言葉は、揃って熱を帯びていた。もはやそれは一部の愛好家だけの静かなブームではない。ある者は「私が手にしたKIKUCHI NAKAGAWAの時計は、仕上げにおいて世界クラスでした。部分的にはフィリップ・デュフォーに匹敵します」と語り、またある者は「私が手にした日本のインディペンデントウォッチのほとんどは、世界の舞台で競争できます」と話す。
その変化を決定的に象徴するのが時計専門誌『Revolution』や富裕層向け雑誌『THE RAKE』の創設者、ウェイ・コー(Wei Koh)氏の証言だ。「パテック フィリップのグランドコンプリケーションから、F.P.ジュルヌのような最高の独立時計まで収集している人々が、今、NAOYA HIDA & Co.の時計を追い求めているのです」
時計界の頂点を知る者たちが、日本の独立系から目を離せなくなっている。その声を集めてみると、そこにははっきりとした潮流が見えてきた。
今回の取材にご協力いただいた8名のジャーナリスト
なぜコレクターは日本の独立系に熱を上げるのか
いま起きている潮流には複数の要因が重なり合っており、まずはコレクター側の成熟がある。『Esquire』のスタイルディレクター、ジョニー・デイビス(Johnny Davis)氏はこう言う。「コレクターはスイスの主流に対する代替案に、これまで以上に好奇心を抱いています」。均質化した市場のなかで、「私が知るコレクターは真に違うもの、言うなればスイス的な見せ方やスペック競争の文法から外れた、日本独立系ならではの思想と仕上げを渇望してきました」と、ウォッチジャーナリストのジャスティン・ハスト(Justin Hast)氏は語る。そこで目に留まったのが日本の独立系ブランドだ。『Time+Tide』の創業者、アンドリュー・マカッチェン(Andrew McUtchen)氏は、「日本の独立系は、スイスのヘリテージでもドイツの禁欲的創造でもない。抑制・プロポーション・仕上げを日本的に解釈した別の言語です」と位置付ける。さらにHODINKEEの元同僚でありウォッチジャーナリストのスティーブン・プルビレント(Stephen Pulvirent)氏は、「日本の作り手は昔ながらのやり方に縛られない。取り入れるべきは取り入れ、捨てるべきは捨てる。その自由さが創造性を押し上げています」と、発想の身軽さを指摘する。主流の文法を尊重しつつ、あえて別の道筋を編み直す...この態度が、新しい選択肢として共感を集めているのだ。
グランドセイコー エボリューション9 コレクション スプリングドライブ U.F.A.限定モデル。
次にものづくりへの期待も背中を押す。マカッチェン氏は、「ナイフ、デニム、ウイスキー...日本の、工芸とディテールへの執拗な献身への信頼が、時計にもそのまま向かっています」と語る。ウォッチコミュニケーション・スペシャリストのアンドレア・カサレーニョ(Andrea Casalegno)氏も「日本には完成を追求する姿勢が息づいている。価格やマージンより設計と品質を優先する希有な存在です」と同調する。『SJX Watches』創設者、スー・ジャーシャン(Su Jia Xian)氏はさらに踏み込む。「日本の時計師は、価格帯に関係なく日本製は高品質という評判の恩恵を受けています」。この既存の信頼の地盤に、近年のグランドセイコーの国際的露出が地ならしとなり、独立系へと視線が自然に広がった...そうした見立てである。
そして、この発見を劇的に加速させたのがソーシャルメディアの存在だ。RedBar Groupの創設者であるアダム・クラニオテス(Adam Craniotes)氏は、「まず何よりも、ソーシャルメディアの影響を認めなければなりません。それは“偉大なる平等主義者”として、多くのインディペンデントウォッチメーカーにとって恩恵となってきました」と断言する。その影響は計り知れない。ハスト氏によれば、「ソーシャルメディアはこのプロセスを飛躍的に加速させました。コレクターは今や、従来のゲートキーパーを迂回し、詳細な写真や体験を直接共有できます」。ウェイ氏も「彼らのメッセージを非常に効率的に世界中に伝える能力を持つソーシャルメディアの役割は大きい」と語る。そこから関心は口コミで加速し、ウェイティングリストや2次市場の動きがその熱量をさらに可視化する。こうして“発見の対象”は、いつの間にか“指名買いの対象”に変わったのである。
一流ジャーナリストたちが惚れ込んだ日本の実力者たち
では具体的に、どんな独立時計師・独立系ブランドが世界の心を掴んでいるのか。ジャーナリストたちの回答は、いくつかの名前に集中した。
NAOYA HIDA & Co. NH TYPE 2C-1 “Lettercutter”。
KIKUCHI NAKAGAWA MURAKUMO。
まずはNAOYA HIDA & Co.。最も多くのジャーナリストが言及したひとつだ。静かな面構成、緊張感のある書体設計、そして比率の妙...この3点が繰り返し称えられていた。デイビス氏は「一見するとシンプルだが、あらゆる決断が熟慮されている。大人のための時計です」と語り、プルビレント氏も「昔からNAOYA HIDA & Co.のファンです。人間としてもブランドとしても。控えめで、時間をかける者にだけ本当の輝きを見せるのです」と評する。マカッチェン氏は「ミッドセンチュリーのパテックやヴァシュロンの造形を想起させつつ、現代日本の精度で仕上げてくる」と位置付け、具体例としてTYPE 3B-1のムーンフェイズを挙げる。クラニオテス氏はThe Armouryとのコラボレーションモデル、NH TYPE 2C-1 “Lettercutter”の手彫り数字に、静かな面のなかに職人の緊張が潜むと見た。
KIKUCHI NAKAGAWAは、ブラックポリッシュの純度でほぼ満場一致の賛辞を受ける。マカッチェン氏は「KIKUCHI NAKAGAWAのブラックポリッシュがあまりに完璧で、金属と鏡の境界が解けるように見えた。スペード針の彫刻性も忘れがたい」と証言し、「仕上げにおいて世界クラスでした。部分的にはフィリップ・デュフォーに匹敵します」と最高の賛辞を送った。声高に主張しないがそれでも視線を奪う。この態度が、日本らしさの核として語られていた。
HAJIME ASAOKA Tourbillon#1。
日本において独立系時計のシーンを切り拓いた先駆者として、浅岡 肇氏の名前も挙がった。カサレーニョ氏は、「浅岡氏は確かに、過去の伝統とは異なるアプローチのおかげで先駆者となりました」と、その功績を評価する。「5年前なら、浅岡 肇が誰であるかを説明しなければならなかったでしょう。今日では彼の名前を言えば人々は頷きます」と、その知名度の向上を証言する。ハスト氏はその衝撃を語っている。「彼の作品との出合いが自身の価値観を変えました。彼のプロジェクトTは、現代的なケース構造についての私の考えを根本的に変えました。流れるような有機的なフォルムへの彼のアプローチは、時計作りにおいて真に新しい何かを体現しています」
一方でジャーナリストたちの視線は、次世代の実力者にも向けられている。マカッチェン氏は「2019年にはアジア以外で大塚ローテックを知る者はほとんどいませんでしたが、今や最も人気のインディーズのひとつです。その建築的とも言えるデザインが大ヒットしたのです」と述べ、カサレーニョ氏も「2024年のGPHGチャレンジ賞受賞以降、コレクターからの反響はさらに強まっています」と評価を補足する。またSJX氏は菊野昌宏氏を、単なるデザイナーではなく本物だと呼び、「伝統的な日本の概念にひねりを加えて、現代の腕時計に翻訳しています」と絶賛した。さらにウェイ氏は関口陽介やAigakiの名を挙げ、とりわけ「Aigakiと彼のダイレクトインパルス・トゥールビヨンには理と美の両立を見た」と語り、日本の独立系の層の厚さを示した。
YOUSUKE SEKIGUCHI プリムヴェール。
菊野昌宏 和時計改。
大塚ローテック 6号。
静けさの設計
日本の独立系ブランドが人を引きつける理由は、テクニックの羅列ではなく思想の違いにある。それはスイスやドイツの伝統とは一線を画す、深く、そして静かな思想だ。日本の独立系ブランドは技術を“見せ場”として置かない。マカッチェン氏はオブジェとしてのエゴが少ないと指摘し、核にあるのは比率と細部の意図だという。プルビレント氏も「まず手首上の印象(全体の美)が先にあり、技術はそれを支えるために用いられます」と、順序の違いを明言する。
またカサレーニョ氏は現在の差を端的に表す。「スイスはヘリテージを語り続ける一方で、自社のアーカイブにある技術的、美的な特徴をほとんど維持していません。対して日本のブランドは、過去を現代的かつ持続的に再解釈しています。言い換えれば、スイスは売れる時計を作っているのに対し、日本は収集されるべき時計を作っているのかもしれません」。プルビレント氏も「彼らは伝統に固執することも、それを破ることも義務とは感じていないのです。自身のビジョンに集中し、好きな影響は取り入れ、そうでないものは無視することができるのです」と補足し、結果として長期の満足に耐える収集の対象が生まれているのだと見ている。マカッチェン氏はNAOYA HIDA & Co.の時計にその好例を見る。「彼の作るケースは、ミッドセンチュリーのパテックやヴァシュロンのデザインをほうふつとさせながらも、現代の日本製としての精度を備えており、時代と場所を超えた対話を示しています」
そして最もユニークなのが、時間や変化に対する哲学だ。ハスト氏は、ヨーロッパの作り手が変化に抵抗する素材で永遠の完璧さを追求するのに対し、日本の作り手はまったく逆のアプローチを取ると証言する。「彼らは、時間とともに趣を増していく素材をしばしば受け入れます。パティーナや微細な経年変化を恐れません。それを前提にデザインし、時計とその所有者との関係がこれらの自然な変化を通じて深まることを理解しているのです」。この思想を、デイビス氏は“不完全さの受容”という言葉で要約する。「それは実行における欠陥ではなく、哲学としての不完全さです。時計は謙虚であることができる。そしてそうすることで、より深遠なものになるのです」。完璧な手仕事のなかに、あえて変化や余白を許容する。この価値観が、彼らの時計に深い奥行きと長く愛せるだけの生命感を与えているのである。
声は小さく、進みは確かに
NAOYA HIDA & Co.、左からNH TYPE 1D-3、NH TYPE 3B-1、NH TYPE 1D-2。Photographs by Mark Kauzlarich
日本の独立系ブランドの現在地を、ジャーナリストたちはどう見ているのか。まず全体像として、SJX氏はこう位置づける。「世界的、あるいは業界全体の規模で見れば、彼らは依然としてニッチですが、特にソーシャルメディアの助けもあり愛好家のあいだでは知られています」。一方で可視性の課題も指摘される。カサレーニョ氏は「日本の独立系時計を知るのはより困難です。特に、彼らを直接知る機会ははるかに少ないのです。スイスが人々を物理的に引きつける世界を創造するのに最も優れていたのに対し、日本は当面、その中心地からはまだ遠いのです」と述べる。とはいえ、評価の質は確実に変わりつつある。マカッチェン氏も「(日本の独立系は)好奇心の対象から、信頼される存在へと移行しました」とし、「ニッチは広がっている」と補足する。
その熱狂が本物である証拠は、市場が示している。デイビス氏は「NAOYA HIDA & Co.がすぐに買えないという事実自体が、真のグローバルな顧客が存在することを証明しています」と語る。クラニオテス氏も、「多くがスイスの同業者たちと同じように需要に追いつくのに苦労しています」と、その人気の高さを証言する。ハスト氏によれば、「いくつかの作品はリリース直後に定価以上で取引されており、これは投機的な関心ではなく、本物のコレクター需要があることを示唆しています」
この勢いは、一過性のもので終わるのだろうか。ハスト氏はこう考える。「この勢いは、誇大広告ではなく真の実力に基づいているため、持続可能だと感じています。今後3〜5年のうちに、日本のトップティアはコレクターの認知度と市場パフォーマンスの点で、スイスの同業者と並んで確固たる地位を築くと予想しています」。プルビレント氏も、「ほかの誰もが気づくのにそれほど時間はかからないでしょう」と、そのポテンシャルに太鼓判を押す。
彼らの言葉のひとつひとつが指し示す先は、模倣としての“日本”ではなく、作品としての“日本”が確立しつつあることだろう。SNSが火種を運び、待ち列と2次市場が熱量を可視化し、証言が認知を裏づける。これは決して大げさなものではない。だが確度の高い静かな前進が、次のステージをほぼ手の届く場所まで押し上げたのである。
それを卓越したものにしているのは、単なる仕上げだけではありません。その背後にある哲学です。すべてのミリメートルに費やされた時間、人の手、そして文化的背景を感じるのです。スイスの時計になろうとしているのではなく、日本の時計であろうとし、そして見事に成功しているのです
– Justin Hast本記事の制作にあたり、以下の皆様に多大なるご協力を賜りました。この場を借りて、心より感謝申し上げます。Adam Craniotes, Andrea Casalegno, Andrew McUtchen, Johnny Davis, Justin Hast, Su Jia Xian, Stephen Pulvirent, Wei Koh
Photographs by Masaharu Wada
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