ADVERTISEMENT
2026年5月、アーノルド&サンとアンジェラスを統括する新会社A&S-Angelus SAが発足した。時計史に確かな功績を残しながらも、現代の高級時計市場では限られた愛好家にしか知られてこなかった両ブランド。しかし、近年の製品を見れば、その方向性が大きく変わりつつあることがわかる。アンジェラスは得意とするクロノグラフを軸に歴史との結びつきを強め、アーノルド&サンは精密計時と複雑機構という独自の価値をさらに磨いている。こうした変化は何を意味し、両ブランドをどこへ導くのか。CEOのパスカル・ベシュ氏に、2026年の新作を通じて見えてきたモノづくりの哲学と、今後の戦略について話を聞いた。
パスカル・ベシュ(Pascal Béchu)
A&S-Angelus SA CEO。25年以上にわたり高級時計業界に携わり、タグ・ホイヤー、エベル、モバード、ハリー・ウィンストン、MCHグループなどでマーケティングや営業の要職を歴任。2021年1月、アーノルド&サンとアンジェラスのグローバルセールス担当副社長に就任し、2024年5月には両ブランドのマネージングディレクターに昇格。2026年5月より現職。豊富な経験を生かし、両ブランドの歴史的な時計製造技術を現代の製品へと昇華させるとともに、ブランド価値の向上と世界市場での成長戦略を主導する。Photograph by Yusuke Mutagami
時計史に残る名門を、どう現代へとよみがえらせるのか?
近年、ヴィンテージウォッチ愛好家が注目する歴史的ブランドの再始動が相次いでいる。ユニバーサル・ジュネーブが復活し、ギャレもブライトリングの製造・流通基盤を活用して市場へ戻ってきた。もっとも、現在の市場では豊かな歴史を持つというだけで高く評価されるわけではない。現代の時計愛好家に対し、その歴史がなぜ価値を持つのかを伝えると同時に、製品そのもので説得力を示さなければならないからだ。
(左から)ダト12、クロノダトリュクス、ダトリュクス。Photo Courtesy: Angelus
そうした意味でアンジェラスは、魅力的な歴史を持つブランドだ。1891年、アルベルトとグスタフ・シュトルツ兄弟によってスイスのル・ロックルで創業した同社は、クロノグラフやアラーム、リピーターといった複雑機構の開発で知られてきた。1942年にはフルカレンダーを備えたクロノグラフ「クロノデイト」を発表。その後も、1948年のデジタル式日付表示を備えたクロノグラフ「クロノダトリュクス」、1957年のアラームと日付表示を組み合わせた「データラーム」、1958年の自動巻きクォーターリピーター「ティンクラー」など、独創的な時計を次々と生み出した。
1958年発表の、防水機能を備えた自動巻きクォーターリピーター「ティンクラー」。Photo Courtesy: Angelus
これほど豊かな技術的遺産を持ちながら、現代のアンジェラスは、その歴史的功績に見合うほど広く認知されたブランドとは言い難かった。しかし近年は、その状況を変えようとする意志が製品から伝わってくる。とりわけ明確なのが、歴史的なクロノグラフへの回帰だ。
つい先日お披露目となった、アンジェラスの2026年新作のひとつ。クロノグラフ タキメーターのピンクダイヤル(Ref.0CHCSP02AV1156S)。昨年のクロノグラフ テレメーター同様、ケース径37mm、厚さ9.25mmのケースにCal.A5000を搭載。主な違いは、ダイヤル外周のスケールとダイヤルカラーにある。10月から発売を開始しており、価格は325万円(税込)。
佐藤杏輔(以降、佐藤)
以前のアンジェラスといえば、前衛的なデザインやトゥールビヨン、高機能素材を使ったモダンなプロダクトが中心でした。ですが、近年はクラシカルなクロノグラフを積極的に発表しています。この大きな方向転換には、どのような意図があるのでしょうか?
パスカル・ベシュ氏(以降、ベシュ氏)
「2020年から2021年にかけて新たな経営チームが加わったとき、当時の製品は、ブランド本来の歴史的アイデンティティからかなり離れていると感じました。ですから、歴史的な時計や複雑機構を現在のコレクションに戻すことは、自然な選択でした。
ただし、ひとつ強調しておきたいのは、それまでの約10年間に展開してきたモダンなコレクションを決して否定するわけではないということです。現代的なトゥールビヨンや高機能素材を用いた腕時計によって、独自のポジションを築き、新しい顧客層を獲得することもできました。小規模ブランドが毎年数十本のトゥールビヨンを販売できたことも、ひとつの成果です。そうした経験も、いまや現代のアンジェラスが築いてきた歴史の一部なのです」
2025年に発表されたクロノグラフ テレメーターのSSバージョンのひとつ(Ref.0CHC.SG01A.V010S)。この時計への思いは、こちらの記事でも詳しく紹介している。
佐藤
歴史への回帰は、新たな戦略のひとつということでしょうか?
ベシュ氏
「そうです。歴史的な時計を再解釈するラ ファブリックコレクションが現在は中心ですが、モダンなL.A.B.コレクションも継続していく考えです。将来的にはラ ファブリックが80%、L.A.B.が20%といったバランスになるかもしれません。
その方針が明確になった象徴的な出来事が、2025年のジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ(GPHG)ですね。アンジェラスのクロノグラフ テレメーター(イエローゴールドモデル)がクロノグラフ賞を受賞したのです。ケース径37mm、厚さ9.25mmのコンパクトなケースにCal.A5000を搭載した製品で、クロノグラフの歴史に根ざしたデザインと伝統的な機構、そして高度な仕上げが融合した1本です。
この受賞は、単に時計が評価されたというだけではなく、歴史との結びつきを再構築するという、数年間にわたるブランド戦略そのものも評価された出来事だと捉えています」
2025年のジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ(GPHG)で、クロノグラフ賞を受賞したクロノグラフ テレメーターのイエローゴールドモデル。Photo Courtesy: Angelus
GPHG授賞式の壇上でコメントするパスカル・ベシュ氏。Photo Courtesy: Angelus
佐藤
受賞した瞬間は、どんな思いでしたか?
ベシュ氏
「本当に感慨深い瞬間でした。それはチームだけでなく、リテーラーや顧客のみなさんにとっても同じだったと思います。私たちはこの4年間、クロノグラフをブランドの中核的な複雑機構として再導入し、ラ ファブリックを立ち上げ、歴史的な時計を現代によみがえらせてきました。その仕事が認められたのです。クロノグラフ賞は競争の激しい部門です。はるかに高価な時計も候補に並ぶなか、そうした時計と競うのは決して簡単なことではありません。
製品に手応えはありましたが、実際にアンジェラスという名前が呼ばれるまで受賞できるという確信はありませんでした。今回の受賞が、今後のさらなる成功につながる最初の1歩になればと思っています」
なぜ、現代のアンジェラスに古典的なクロノグラフが必要なのか?
2026年新作のひとつ、インストゥルメント ドゥ ムジュールのアイボリーホワイトダイヤル(Ref.0CHDS.I01A.V1477S)。325万円(税込)で発売中。
ムーブメントには、2024年発表のインストゥルメント ドゥ ヴィテッセと同様、モノプッシャー式クロノグラフのCal.A5000を搭載している。
2026年発表の新作インストゥルメント ドゥ ムジュールは、歴史への回帰を最も鮮明に示す1本だ。2024年に発表したインストゥルメント ドゥ ヴィテッセの系譜に位置づけられるモデルで、ケース径は39mm、厚さは9.25mm。エボニーブラックとアイボリーホワイトの2種類のダイヤルが用意され、それぞれ世界25本限定となる。
特徴は、1分間の計測を行うモノプッシャークロノグラフに、3種類の計測用スケールを組み合わせたことだ。ダイヤル外周には、光と音の到達時間の差から距離を読み取るテレメーターを採用。その内側には心拍数を測るパルスメーターを配し、中央には渦巻き状のタキメーターを設けている。クロノグラフ秒針1本で、距離、脈拍、速度という異なる対象を計測できる仕組みだ。3種類のスケールを載せたダイヤルは、普通なら煩雑になりがちだが、この時計では複雑な計測機能そのものがデザインの個性となっている。
佐藤
ヴィンテージクロノグラフを思わせる魅力的なデザインですね。
ベシュ氏
「1930~50年代のツールクロノグラフに使われていた3種類のスケールを、ひとつにまとめた時計です。2024年のインストゥルメント ドゥ ヴィテッセは、タキメーターを備えた1分計測のクロノグラフでしたが、本作はそのコンセプトをさらに発展させたものです。特に重要なのは、ヴィンテージのデザインと現代のダイヤル製造技術を融合させていることです。
ダイヤルは一般的なものよりも厚い真鍮のプレートから作ります。そしてレーザーによって表面を少しずつ削り、ダイヤル全体の立体的な形状を形成していくのです。例えばロゴを見てください。立体的に見えますが、別の部品を取り付けているわけではありません。ミニッツトラックも同じです。すべてダイヤルの母材から削り出して、そこに仕上げや着色、プリントを施すことで独特な三次元の表情が生まれています」
2024年発表のインストゥルメント ドゥ ヴィテッセ、エボニーブラックダイヤル(Ref.0CHBS.B01A.V010S)。この時計についても、2024年のWatches & Wondersで見つけた筆者のお気に入りの1本として紹介した。記事はこちらから。
佐藤
搭載するCal.A5000のプッシャーの操作感は、柔らかく滑らかです。現在も、このムーブメントをほかのブランドにも供給しているのですか?
ベシュ氏
「このムーブメントはもともと、1989年にF.P.ジュルヌやヴィアネイ・ハルター、そしてドゥニ・フラジョレによって設立された工房「THA」が、カルティエのために開発したものです。その後は、改良されたキャリバーがほかのブランドにも供給されました。ラ・ジュー・ペレがムーブメントの権利を取得してからも製造を続け、以前はほかのブランドに供給されていたこともあります。ですが、私の知る限り、現在このムーブメントを製造しているのは私たちのマニュファクチュールだけです。年間に製造できるムーブメントの数には限りがあります。そして現在は、アンジェラス向けがほぼすべての数量を占めるようになりました。
プッシャーの滑らかな感触は、クロノグラフコレクターのみなさんから特に評価される部分です。最新のクロノグラフ タキメーターは、同じCal.A5000を直径37mm、厚さ9.25mmのケースに収めています。ケースの曲線的なラグは往年のアンジェラスを想起させるものですが、単純な縮小復刻ではありません。ゴールドカラーの地板や受けに対し、クロノグラフ機構だけをシルバーに仕上げることで、動く部品を視覚的にも際立たせています。過去の意匠を借りるだけではなく、機構に目を向けさせるための工夫ですね」
アーノルド&サンは、装飾だけでなく精度を語る
一方、アーノルド&サンが拠りどころとするのは、18世紀の時計師ジョン・アーノルドが追究した航海用精密時計の世界である。ブランドが現在製造している時計は、彼の時代の計器を直接的に復刻したものではないが、その技術的な課題を現代の機械式腕時計として表現している。その思想は、1秒ごとに秒針が進むトゥルービート機構をダイヤル側に露出させたDSTBに象徴される。DSTBとは、“Dial-Side True Beat”の略称だ。トゥルービートは通常の機械式腕時計では滑らかに進んで見える秒針を、1秒ごとに明確に刻ませる機構で、同モデルはこの機構をダイヤル側に配置している。主として秒を明瞭に読み取るためのもので、それ自体が時計の歩度精度を高めるわけではない。しかし、時刻合わせと秒表示の読み取りという観点では、非常に興味深い機構だ。
2026年の新作、DSTB ストップセコンドでは、リューズ操作で秒針を停止させる機能が加わった。レッドゴールドとプラチナ、それぞれ18本限定だ。
アーノルド&サン DSTB ストップセコンドの2026年新作バリエーション。左がレッドゴールドケースのクリフグレーダイヤル(Ref.1ATCR.N01A.C0246A)、右がプラチナケースのキングサンドダイヤル(Ref.1ATCX.H01A.C0263X)だ。前者は日本未展開だが、後者は1155万円(税込)で、2026年12月の発売を予定している。
既存モデルにストップセコンド機能が追加された一方、ムーブメントには従来と同じCal.A&S6303を搭載する。回転ローターのカラーが異なるが、これは仕上げの違いで、どちらも22金のゴールドを用いている。直径36.2mmという大型のムーブメントである。
佐藤
最近のアーノルド&サンを見ていると、以前にも増して精密計時や正確性というテーマを重視しているように感じます。これは意識的な取り組みなのでしょうか?
ベシュ氏
「精密計時は、まさにアーノルド&サンの歴史そのものです。ジョン・アーノルドは航海に必要な時計の信頼性と精度を向上させ、計器を小型化しました。私たちもムーブメントの精度向上に取り組んでいます。例えば、ロンジチュードではクロノメーター認定を取得しました。ただし、機構の性質上、すべてのモデルに同じ認定を適用できるわけではありません。
DSTB ストップセコンドでは、リューズ操作によって秒針を停止させ、時計をより正確な時刻に合わせられるようにしました。それだけではありません。12位置の立体的なインデックスを秒針に近づけて、斜めから読み取ったときの視差を減らしています。また、アンカー形のカウンターウエイトを熱処理で青焼きし、歯車の内側にまで磨きを施すなど、仕上げも見直しています。時計に要求される実用上の機能と、機械式腕時計ならではの工芸的な美しさを両立させることで、精密計時というテーマを視覚的にも強く表現しているのです」
アーノルド&サン パーペチュアルムーン 41.5 スティール「カラーズ・オブ・ザ・ムーン」。左がブラックダイヤルのRef.1GLBS.M02A.C672Sで、右がグリーンダイヤルのRef.1GLBS.M01A.C1242S。このほかにブルーダイヤルのRef.1GLBS.M03A.C263Sがある。すべてSSケースで価格は375万円(税込)
ムーブメントは手巻きのCal.A&S1512。既存の貴金属ケース仕様モデルと変わらない。
佐藤
もうひとつの新作、パーペチュアルムーン 41.5 スティール 「カラーズ・オブ・ザ・ムーン」は何が特徴ですか?
ベシュ氏
「精密計時のほかにアーノルド&サンが長く取り組んできたもうひとつのテーマが、月齢表示を中心とした天文機構です。パーペチュアルムーンは、大きく描かれた月と星空を特徴とするコレクションで、天文表示を機械的に実現するだけでなく、月や星空をいかに美しく表現するかという点に重きを置いています。2026年の新作では、その表現をさらに発展させました。
通常、私たちのムーンフェイズには白いマザー・オブ・パール(MOP)を使っています。しかし今回テーマとなったのは、月がまれに見せる特別な色彩です。
そして、ブラックダイヤルでは赤い月、グリーンダイヤルでは青い月、ブルーダイヤルでは金色の月を配し、それぞれダイヤルが異なる表情を見せています。さらに重要なのは、ケースをSS製にしたことです。パーペチュアルムーンは通常、レッドゴールドやプラチナなどの貴金属製ケースを中心に展開していますが、今回は3種類すべてにSSを採用しました。ただし、希少性は維持していますよ。いずれも18本限定ですし、特にダイヤルには非常に高度なクラフトマンシップが投入されています。
MOPは、比較的明るく柔らかな色合いを持つことが多い素材です。今回は、まずMOPにマット仕上げを施し、その後にPVD処理によって金属的な色彩を与えました。MOPは有機由来の素材ですが、そこにPVD処理を施すことで、これまでとはまったく異なる色表現ができるようになったのです。また、MOPにはダマスカス鋼のような層状の模様がありますが、新作ではその模様がより明確に浮かび上がります」
アーノルド&サンの次の6年間を決める、新世代キャリバー
佐藤
今後のアーノルド&サンでは、精密計時というテーマをさらに強化していくのでしょうか?
ベシュ氏
「ここでひとつ、興味深い情報をお話ししましょう。アーノルド&サンにとって、この6年間はブランド再生の第1章だったと考えています。そして2027年のWatches & Wondersでは、新しい章を開くつもりです。現時点ではまだ詳しいことをお話しできませんが、新世代キャリバーを開発しています。その目的のひとつは、精度をさらに一段階引き上げることです。私たちにとって、今後も精度は非常に重要なテーマです。現在、COSCでは新たな「エクセレンス クロノメーター」という認定レベルが設けられました。私たちは将来的に、そうした認定にも対応できるようなキャリバーを考えています」
佐藤
新世代キャリバーは、精度追求を狙ったムーブメントなのですか?
ベシュ氏
「それだけではありません。新世代キャリバーは、製品づくりの可能性そのものを広げるものになると考えています。特に重要なのは、自動巻きになるということです。現在、私たちの時計には手巻きムーブメントが多く使われています。手巻きはコレクターから好まれますが、日常的に時計を使うという観点では、自動巻きを好む方が多いのも事実です。そのため、現在は手巻きのモデルが、将来的に自動巻きへ置き換わる可能性があります」
佐藤
自動巻きの場合、ローターなどの分だけ厚みが増します。その問題はどのように解決するのでしょうか?
ベシュ氏
「これまで多くのモデルで手巻きを採用してきた理由のひとつは、時計を薄くつくるためでした。ベースムーブメントの上に複雑機構を重ねると、当然ながら厚みが増します。そこに自動巻き機構まで加えると、さらに厚くなってしまいます。だからこそ手巻きムーブメントを選択してきたのです。しかし、現在開発している新しいベースキャリバーでは、寸法や構造そのものを見直しました。その結果、自動巻きでありながら、現在の手巻きムーブメントと同等、あるいはそれより薄いムーブメントを実現できるかもしれません。もしそれが実現できれば、多くの方にとって魅力的な時計になるでしょう。そして、この新しいキャリバーは、将来的に時計のケース径を小さくすることにもつながると考えています」
2026年のWatches & Wondersでも密かに話題を集めたアンジェラス ティンクラー 1958。その名が表すように、1958年に発表されたオリジナルモデルへの忠実なオマージュとして開発された。写真はSSケース(Ref.0TKAS.W01A.C1468S)だが、イエローゴールドケース(Ref.0TKAQ.W01A.C1470Q)もある。SSケース仕様が世界限定25本、YGケース仕様が世界限定15本で、価格は前者が731万5000円、後者が1100万円だ。
2027年登場予定の新しい自動巻きキャリバーが鍵を握る。ニッチであり続けるのか。それともさらなる成長を目指すのか?
2024年のWatches & Wonders会場で撮影したアーノルド&サンのロンジチュード チタン。COSC(スイス公式クロノメーター検定協会)認定取得の高精度な自動巻きCal.A&S6302を搭載する。写真はキングサンドゴールドPVDダイヤルで、ほかにオーシャンブルーまたはファーングリーンダイヤル仕様もある。
佐藤
現在のコレクションでも、自動巻きの採用は増えていますね。
ベシュ氏
「多くのモデルは現在も手巻きが中心ですが、最近ではロンジチュードやグローブトロッターの再設計などによって、自動巻きモデルが増えていますね。これはアンジェラスも同様です。トゥールビヨンやモノプッシャークロノグラフには手巻きを使っています。一方、ティンクラーや、モダンなクロノデイトでは自動巻きを採用しています。新しい自動巻きキャリバーによって、今後はこうした選択肢をさらに広げられると思っています」
佐藤
アンジェラスもアーノルド&サンも、これまでは限られた愛好家が支持するニッチなブランドという印象もありましたが、少しずつ評価が高まっているようにも感じます。
ベシュ氏
「おっしゃるとおり、両ブランドの製品が以前より幅広い顧客に受け入れられるようになっていると感じています。ただし、現時点では依然としてニッチなブランドであることも事実です。生産量を倍増させようとしているわけではありませんし、そのような急激な成長を目指しているわけでもありません。慎重に進めている理由のひとつは、ブランドの認知度について、まだ多くの課題があるからです。今後さらに成長するためには、まず多くの人に時計を知っていただく必要があります。そもそも私たちの製品を知ってもらう機会がなければ、手に取ってもらうこともできません。高い完成度を持つ時計をつくることと、その価値を世界の顧客に届けること。その両方を成立させることが、これからのブランドに求められていることだと考えています」
アーノルド&サン パーペチュアル ムーン 41.5 レッドゴールド「イヤー・オブ・ザ・ホース」。世界限定わずか8本の新作レアピースで、日本での販売予定はない。
佐藤
これからもニッチな存在であり続けようということでしょうか?
ベシュ氏
「私は、長期的な成長の可能性に上限を設けるつもりはありません。アンジェラスもアーノルド&サンも、将来的に大きく成長できる可能性を持つブランドだと考えています。ただし重要なのは、適切なペースで成長することです。その過程でブランドのプレステージや希少性を失ってはいけません。そうした価値を維持しながら、現在よりずっと幅広い時計愛好家に知られ、支持されるブランドへと成長していきたいのです。先ほどお話しした新しいキャリバーは、その目標を実現するための重要な要素になると考えています」
「私たちは、まだブランド発展の入り口に立ったばかりです」
– A&S-Angelus SA CEO、パスカル・ベシュ氏現在、時計史に名を残したブランドの復活が新たな潮流となっている。こうした動きを見ると、アンジェラスが現在進めている歴史回帰の戦略も、決して競争相手のいない領域ではない。歴史あるブランドの再生を巡る競争は、今後いっそう激しくなるだろう。歴史的なクロノグラフを題材にするだけなら同じようなアプローチを採るブランドは今後も増えるかもしれない。
ヘリテージを持つブランド同士の競争が激しくなるほど、単に「歴史ある名門」という説明では不十分になる。そのブランドだからこそ実現できる時計とは何か。製品を通じて答えを示すことが求められる。そのなかで、ブランドは何を強みとして訴求できるだろうか? ひとつは過去の意匠を再現するだけでなく、現在の時計製造技術によって新しい価値を加えていくことだろう。インストゥルメント ドゥ ムジュールに見られるレーザー加工の立体ダイヤルや、Cal.A5000の高度な仕上げなどは、その一例だろう。
ただし、これらの価値を新しい顧客が理解するためには、歴史的背景や機構の独自性をわかりやすく伝える必要がある。時計の希少性を守りながら、その魅力を理解する人を増やす。製品の個性を維持しながら、新しい顧客の要望にも応える。その両立は決して簡単ではない。しかし時計製造の歴史を振り返れば、優れたブランドは常に伝統を守ることと時代の要求に応えることを両立させてきた。
「私たちは、まだブランド発展の入り口に立ったばかりなのです」
そう語るベシュ氏の言葉は、現在の両ブランドが置かれた状況を端的に示している。アーノルド&サンとアンジェラスは、すでにその歴史的価値を証明する数々の功績を持っている。いま問われているのは、それらの遺産をどう現代の時計愛好家に届け、次の時代へとつないでいくかということ。2027年、アーノルド&サンがどのような新しいキャリバーを発表するのか。そしてアンジェラスが、ラ ファブリックとL.A.B.という異なる個性を持つコレクションをどのように発展させていくのか。歴史的な名門の再生は、いよいよ次の段階を迎えようとしている。
Hero Image by Yusuke Mutagami/そのほか、特に表記のない写真はすべて、Photographs by Kyosuke Sato.
話題の記事
Interview アーノルド&サンとアンジェラスのCEO、パスカル・ベシュ氏が語るブランドの現在地と未来
泥濘(トレンチ)から、摩天楼へ。1920年代の熱狂を内に秘めたハミルトン クッション メカ
Talking Watches 史上最高の元レーシングドライバー、マリオ・アンドレッティの時計コレクション