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HODINKEEのスタッフや友人たちに、なぜその時計が好きなのかを解説してもらうWatch of the Week。今週のコラムニストは、人気ガジェットブロガーでYouTuberでもある鳥羽 恒彰さん。PCやカメラなどの『ガジェット』を中心に『暮らしの道具』や『旅のコト』について日々発信している人物。今日は、そんな彼が特別な思い入れを持って愛用しているブラウンのAnalog Watchについて語ってもらった。
東京駅八重洲口の南口。地元に帰省する高速バスに乗るまでの時間、暇つぶしのためにふらりと立ち寄ったロフトでブラウン(BRAUN) のAnalog Watch(BN0171)に出会った。セラミック製のマットな質感のケースとブレスレットには統一感があり、ベージュともグレーともいえる、やわらかいアースカラーが特徴のミニマルな腕時計だ。
ひと目惚れとはまさにこのことだろう。この時計を目にしたときに、全身にビリリと電気が駆け巡るような感覚を味わった。そのころの僕はまだ大学生で、腕時計と言えばG-SHOCKやNIXON、Swatchが定番の年ごろ。ゴツい時計や貴金属のような時計は苦手で、普段は腕時計を身につけないタイプだった。そんな僕でも、この時計はいつか手にしたいと思ったのだ。
あのときの出会いから数年経ったいま、人前に出る際には必ずこのBN0171を身につけている。今回は「なぜこの時計だったのか」「この時計が僕にどんな人生の変化をもたらしたのか」について、思い出話にお付き合いいただけたら嬉しい。
ブラウンのAnalog Watch(BN0171)
BN0171は、2014年にドイツのブラウンが発売したクォーツムーブメントの腕時計。同社の“Less But Better”(より少なく、しかしよりよく)のデザイン哲学に基づいたコンセプトウォッチで、なめらかでマットな質感のセラミックを採用した、一体感のあるミニマルデザインが特徴だ。
カラー展開はブラックとストーンベージュ(国内ではグレーとして販売)、ネイビーの3色展開。当時の販売価格は5万円ほどだったが、現在は日本国内向けの公式ページから削除されている。
ブラウンと聞くと電動シェーバーや電動歯ブラシを思い浮かべる人も多いかもしれないが、実は時計メーカーとしても人気が高い。その理由はデザインにある。シンプルで見やすい文字盤と、挿し色として映える黄色い秒針は、1972年に同社が発売したPhase 3から一貫しており、半世紀が経った現在に至るまで(多少の流行を汲みつつも)基本的なデザインの軸は変わらない。
ブラウンのプロダクトデザインを牽引してきた存在として、ドイツ人インダストリアルデザイナーであるディーター・ラムス氏が深く関わってきたことは有名な話だが、実は腕時計や壁掛け時計に関していえば、その多くはクロックセグメントのチーフデザイナーだったディートリッヒ・ルブス氏(Dietrich Lubs)が手掛けている(実はiPhone初期の電卓アプリのモチーフはルブス氏デザインの電卓だ)。
彼のデザインした時計は、腕時計だけでなく掛け時計も含め、さまざまなモデルが今日まで展開されている。BN0171は、このように長く愛されるブラウンのデザイン哲学を軸に、より現代に馴染むようにモディファイされた腕時計だ。
しばらくのあいだはスマートウォッチに寄り道
冒頭で「一目惚れをした」なんて言っておきながら、実は僕が最初にBN0171に出会ってから実際に手にするまでに、約5年の月日が経っている。その理由は「しばらくのあいだはスマートウォッチにハマっていたから」だ。
人々がガラケーからスマホに買い替えはじめた当時、スマートウォッチはまだまだ知られておらずApple Watchも存在しなかった。一部のギークたちが海外のクラウドファンディングからPebble Watch(スマートウォッチの元祖的な存在)を取り寄せて、手元で通知を読んだり、メッセージを返信するのが密かなブームで、腕時計がガジェットという感覚は新鮮だったことを覚えている。
Pebbleは有志が作ったアプリを自由にインストールでき、簡単なメモやゲームも可能。とくに魅力的だったのがウォッチフェイスを自由にダウンロードして着せ替えられる点だ。有名な腕時計の文字盤を模したもの(もちろんブラウン風デザインも存在した)や人気キャラクターを用いたデザインなど、ユーザーたちが作ったウォッチフェイスを自由にダウンロードして使えた。世界中のユーザーと交流できるスレッドも存在し、ユーザー同士で「このアプリ知ってる? 」や「お気に入りのウォッチフェイスは? 」という話で盛り上がるのも楽しさの一部だったと思う。
そんなときに僕はBN0171に出会うのだけれど、実際に手に入れたのはここから数年が経った頃。当時はまだスマートウォッチの利便性に心酔していたし、金額的にも機能的にも手に入れる覚悟が持てなかったのだ。
デジタルからアナログ、そしてBN0171へ
大学を卒業し、就職をしてしばらくはスマートウォッチを愛用していたのだけど、いつしか仕事の通知がひっきりなしに届くことや、予定も体調もすべて管理されすぎてしまうことに疲れてしまい、あまり身につけない日々が続いていた(もちろん通知をオフにしたり、寝るときは外したりすればいいのだけれど、それだとあまりスマートウォッチを身につけるメリットもない)。
それから数年が経ち、フリーランスとして独立した頃。ブログやYouTubeを通して自分のコンテンツが多くの人に見てもらえるようになり、発信者として活動するなかで改めて「自分はどんな人間でありたいか? 」「どういう世界観を生み出したいか」を深く考えるようになった。その人物像を軸に発信することで、コンテンツにより一貫性が生まれるからだ。
「どんな人物像が理想か」を考える大きなきっかけとなったのは、ロゴマークの刷新するタイミング。よりイメージに適したロゴを作る際には「そのブランドがどんな人格を持つのか」を定義し、そのイメージを基に形を作っていく工程がある。
上記はロゴマーク制作を依頼した友人のアートディレクターと一緒に考えたトバログの人物像だ。これまでの発信内容と雰囲気、理想から「公平かつ丁寧で読者に優しく寄り添う、合理的で無駄を感じさせない」となった。
この人物像を考えた際に、ずっと頭のなかに形としてイメージしていたのが、学生時代にひと目惚れをしたBN0171だった。ケースとストラップの一体感と、最低限の情報だけを表示するミニマルなデザイン。優しさや柔軟さを感じさせる、ベージュ系のアースカラー。時代の流れを汲みつつも、デザインの軸にブレがない点は理想にぴったりだ。経年変化に強く劣化しにくいセラミックを採用している点もこの人物像と重なった。
すでに国内では終売しており、このタイミングを逃すと一生手に入らないような気がして、このタイミングで並行輸入品を購入。実際に手にとって腕にはめてみると、いつも着ている白いシャツによく似合い、普段使っているガジェットたちとも自然と馴染む。僕の腕がずっとこの時計を待っていたかのように、しっくりくる気がした。
機能性や市場価値では選ばない、アイデンティティとしての腕時計
腕時計は時間を確認するためのデバイスとして誕生し、やがて流行やステータス性、さらにはスマートウォッチのように機能性が求められるなど、その時代のニーズに合わせて変化してきた。最近では投機目的で高級な時計を購入する人も増えていると聞くが、個人的に腕時計は「自分自身がどうありたいか」のアイデンティティを体現してくれるアイテムのひとつだと思う。
大学生の頃に初めて出会ってから約8年。仕事を辞めてフリーランスになったり、ブロガーからYouTuberになったりと紆余曲折ある人生だが、毎日この時計を腕に巻き、時間を確認する度に「今日もこんなふうに理想を生きよう」と感じる。