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アメリカのマイクロブランド、ティプシムに注目して欲しい。一見するとモダンにアレンジしたヴィンテージ風の時計を展開する、数多くあるマイクロブランドのひとつに思えるかもしれない。しかし私がこのブランドとその小さな時計カタログを追い始めたとき、そこには何かほかとは違う特別なものがあると感じたのだ。
ブランドを支えるのは創業者のマシュー・ジンスキー(Matthew Zinski)氏。シアトルを拠点に活動する彼は、日中はプロの建築家として働きながら、その傍らで時計師、そして時計デザイナーとしての顔も持つ。それは決して誇張ではなく、ティプシムには時計の修理・レストレーション専門ページがある。しかし時計ブランドとしてのティプシムはヴィンテージ ツールウォッチという概念を、まさに美術学校的な美意識を通じてかたちにしている。その完成度がもっとも際立つのは、見落とされがちな細部に宿る工夫とこだわりにある。まさにそうしたディテールこそが、この時計を特別な存在にしているのだ。
今回、同ブランドはティプシム 100Mをダイバーズウォッチ、フィールドウォッチ、デュアルタイム機構を備えるトラベルウォッチなどのラインナップに加えた。価格は999ドル(日本円で約14万7000円)で、コンセプトの根幹にはかつてのスキンダイバーからのインスピレーションがある。コンパクトで飾り気のないスティール製ケースには、サテンとポリッシュ仕上げが効果的に施され、シンプルながらも力強いシルエットを構成する。横から見える貫通ラグは明らかにヴィンテージへのオマージュだ。ケースサイズは慎重なプロポーションを保ち、直径36mmの本体に、張り出しを含めて全体で37mmとなるベゼルが組み合わされている。ラグ・トゥ・ラグは45mmと実用的な長さで、ケース厚は11.3mm。三重ガスケットを備えたねじ込み式リューズにはティプシムのロゴが刻印されており、100mの防水性能を確保している。ベゼルはヴィンテージのスキンダイバーによく見られる仕様にならった、双方向回転式のアルマイト加工が施されたアルミニウム製。圧入式で、適度な抵抗感を持ちながら滑らかに回転する。
シンプルでソリッドなケースバックの内側には、クロノメーターと同等のグレードを持つ自動巻きムーブメント、セリタ SW300-1を搭載する。56時間のパワーリザーブ、2万8800振動/時の振動数を誇るこのムーブメントにはロジウムメッキが施され、ブルースクリューが備わっている。COSC認定は受けていないものの、ムーブメント自体はその基準である日差−4から+6秒に準じたグレードで製造されており、ティプシムではさらに全個体を日差±2秒にまで個別調整して出荷している。なおケースバックがシースルーでなくソリッド仕様なのは理にかなっている。というのもこの時計には、イギリス国防省にストラップを供給してきた歴史を持つ英国フェニックス社製のダブルパスNATOストラップが装着されているからだ。
しかし、ここでの主役は間違いなくダイヤルだ。ジンスキー氏の美的センスが存分に発揮された部分であり、今年私が最も気に入ったダイヤルのひとつと言えるかもしれない。グラフィックに関する感性は意外なほどモダンであり、夜光入りの円形インデックスは、サンレイ仕上げがあしらわれたブラックダイヤルに配されたミニッツトラックやレタリング、そしてゴールドプレート仕上げのソード針と見事に調和している。12時位置の夜光プロットと“100m”の表記に加えられた鮮やかなグリーンのアクセントも現代的な印象を与えるが、モダンな要素はそのあたりまでで、ここから先はヴィンテージのディテールが主役となる。
ヴィンテージの美学を現行の時計で表現する場合、一般的にはギルトダイヤルを模した仕上げや、経年変化した夜光塗料のパティーナを再現するのが常套手段だ。ティプシムは、いわゆるヴィンテージインスピレーションを得るために、実際にその両方を忠実に実現している点が特筆に値する。この100Mも同ブランドのほかのモデルと同様、本物のギルトダイヤルと経年変化する仕様のスーパールミノバを採用している。
もしヴィンテージのギルトダイヤル(たとえばロレックスのRef.1016 エクスプローラーなどのような)がどのように作られるのかをご存じなければ、“ギルト”という名前からダイヤルにゴールドの印刷を施していると思われるかもしれない。実際はそうではなく、真鍮などで作られたダイヤルの地板にクリアラッカーで陽刻処理することから始まる。ラッカーが塗布されたあと、ダイヤル全体はガルバニック処理によってブラックコーティングされ、ラッカーで保護されていない陰刻部分にブラックカラーが定着する仕組みだ。一方、ラッカーで覆われたマーキング部分には地金がそのまま残り、地金を透かして見せる透明な窓のような役割を果たす。
ダイヤル上のゴールドの要素、たとえばティプシムのロゴやミニッツトラック、夜光プロット周囲のマーカーなどは単に上からプリントされたものではない。これらは陰刻といって、実際にダイヤルの表面に凹みをつけることで表現している。多くの現代的な時計は、ブラックダイヤルの上に金属風のインクを印刷するという簡易な手法でギルト調を再現しているが、このティプシムの時計では伝統的かつ正統な製法を忠実に用いている。印刷よりもはるかに複雑で手間のかかる技術ではあるが、まさにこういったディテールこそが時計好きの心をつかんで離さないのである。
これだけでも十分なセールスポイントではあるが、ティプシムがもたらす真にユニークな側面は前述の経年変化するスーパールミノバにある。ヴィンテージの復刻モデルにおいては、いわゆるフォティーナをめぐって議論が絶えない。多くのブランドが、数十年を経て古いラジウムやトリチウムのダイヤルが変色したかのような色味とマッチしたトーンのスーパールミノバを用いる手法をとっている。しかしティプシムのアプローチはまったく異なる。
ジンスキー氏は、スーパールミノバを製造するスイスのRCトライテック社と協力し、時間経過と紫外線の両方に反応する独自の発光化合物を開発した。スーパールミノバが劣化するというのは実に矛盾した表現であり、現代の発光化合物はそのようなことが起こらないように設計されているのだ。しかし本モデルには、何年もかけてオフホワイトからクリーム色にエイジングする素材が配合されている。私は最終的な仕上がりのモデルを見たことはないが、ジンスキー氏はこのアイデアをクリーム色にエイジングした1950年代の白いフェンダー・ストラトキャスターになぞらえている。
手首に着けてみると、100Mは過去の多くのスキンダイバーのような装着感だ。軽量でコンパクトでありながら、NATOストラップによってボリュームアップされている。レザーストラップはダイバーズウォッチの美学を維持しながらも、フィールドウォッチとダイバーズウォッチの中間に位置するような、少しトーンダウンしたデザインに仕上がっている。ボックス型の(そしてわずかにドーム型の)アクリル風防はギルトダイヤルを視覚的に際立たせているが、個人的にはやはりサファイア風防を好む。しかしティプシムの時計は、ギルトダイヤルというテーマにふさわしいものでなければならないのだろう。私はヴィンテージの復刻というトレンドに熱心であるわけでないが、それは本当に成功していると思えるモデルがごくわずかだからだ。だがティプシムはその限られたパラメーターのなかで、新鮮で魅力的なものをデザインすることに成功している。この価格帯で、本物のギルトダイヤルを備えた時計を次に見つけるのはいつになるだろうか?
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