ジュリアン・アラフィリップ(Julian Alaphilippe)はひとり静かに、きれいに盛りつけられた炭水化物の山を前にして食事をしていました。私が到着したとき、彼はすでに席についていたのです。ケベック・シティに着いたばかりでまだ周囲の状況をつかみきれずにいましたが、チームホテルのロビー越しにすぐ彼を見つけました。フランス自転車界の象徴ともいえる存在であり、2度の世界チャンピオン、ツール・ド・フランス通算6勝、そして今年チューダー プロサイクリングが獲得した看板選手でもあります。私は彼と握手を交わし、自己紹介をしてその場を離れましたが、頭のなかではずっと考えていました —— 本当にあの、ツール・ド・フランスで何度も見た、フランスの最も険しい峠をダンスするように登っていくあの男なのだろうか。いま目の前にいる彼は、明日のグランプリ・シクリスト・ド・ケベック(北米最大のワンデーレース)を前に、パスタとチキンでエネルギーを補給しているのです。間違いありませんでした。そしてすぐに気づくことになるのですが、その週末、私は彼の姿をもっと間近で見ることになるのです。
グランプリ・シクリスト・ド・ケベックを前にしたジュリアン・アラフィリップ氏。Photo courtesy of Tudor/James Startt.
私がカナダを訪れたのは、ダイバーズウォッチやスティール製スポーツウォッチの代名詞ともいえるチューダーが、なぜプロサイクリングという必ずしも商業的成功が約束された分野ではない世界に、本格的に参入したのかを理解するためでした。通信会社やスーパーマーケット、バイクメーカーといった企業がスポンサーシップを占めるなかで、時計メーカーがその一角に加わったことは多くの疑問を呼びました。けれども実際には、時計とサイクリングのあいだには見た目以上に深い共通点があるのです。
チューダーの戦略は、視点を少し引いて見るとさらに明確になります。サイクリングは北米(皮肉にもいまや高級時計の最大市場)ではまだメジャースポーツとは言えません。しかし、ヨーロッパを中心に世界中で熱狂的なファンを持つグローバルなショーであることに変わりはありません。スロベニアのタデイ・ポガチャル(Tadej Pogačar)やオランダのスーパースター、マチュー・ファン・デル・プール(Mathieu van der Poel)といったライダーたちが、その人気をメインストリームへと押し上げています。そして彼らの手首には、8桁の価格がつく高級時計が輝いており、なかにはレース中にも身に着けている選手もいます。こうして競技の注目度が高まるにつれ、時計ブランドがこの流れに加わるのは時間の問題のように思えます。チューダーとそのプロサイクリングチームは、単にその波を早く捉え、きわめて有利なポジションを築いたのです。そしてこれから大きな可能性を秘めていると言えるでしょう。
チューダー プロサイクリングは、わずか4年前にこの競技の第4リーグからスタートしました。それ以来、チームはほぼ毎シーズン昇格を重ね、いまやトップカテゴリーであるワールドツアーへと到達。今夏のツール・ド・フランスでのデビューも果たしています。その歩みは実に計画的でした。チューダーは既存チームを買収してユニフォームにシールドロゴを貼り付けるような近道を選ばず、現実的かつ堅実なアプローチを取りました。ブランドは(オリンピックチャンピオンであり、史上屈指のタイムトライアルスペシャリストでもある)ファビアン・カンチェラーラ(Fabian Cancellara)氏に声をかけ、ゼロからチームを築き上げる道を選んだのです。
週末のあいだにライダーやスタッフ、そしてチューダーのチーム関係者たちと話をするうちに、ひとつ明らかになったことがあります。これは決して見せかけのスポンサーシップではないということです。チューダーはサイクリングの未来に本気で投資しており、2026年にはスイスに最新鋭トレーニング施設を開設する計画も進めています。こうした長期的な取り組みは、ウォッチメイキングの本拠地でブランドが行っていることとも重なります。つまり、インフラを整えて人材を育て、そして精度という価値に賭けるということです。
「常に確固たる基盤を築くことがビジョンでした」と語るのは、チームのなかでも豊富な経験を持つライダーのひとり、ラリー・ワーバス(Lawrence "Larry" Warbasse)です。「彼らは“インハウスモデル”と呼んでいる考え方を採用しています。まず基礎をつくり、次に構造を組み立て、最後に屋根をのせる。僕たちの場合、それは有名選手を迎える前に、まず適切なスタッフと環境を整えるという意味でした。すべて1歩ずつ積み重ねてきた結果、それがいまの成功につながっているんです」
(左)ファビアン・ヴァイス(Fabian Weiss)、チームに所属する7人のスイス人ライダーのひとり。(右)ラリー・ワーバス、チーム唯一のアメリカ人ライダー。
そうしてチームは、真のスーパースターであるジュリアン・アラフィリップへとたどり着きました。彼は世界チャンピオン2度のタイトルに加え、ツール・ド・フランスでのステージ6勝、そして山岳賞ジャージを手にした実績を誇ります。彼の加入によって、チームの目標も、そして注目度も一気に引き上げられました。その変化を私はケベックでまざまざと目にしました。もしサイクリング界にロックンロールのような存在がいるとすれば、それは間違いなく彼です。「僕にとって、このタイミングでこのプロジェクトに加わることは自然な流れでした。まだ若いチームだけれど、成長のスピードはとても速い」とアラフィリップは語ってくれました。「組織としての基盤はしっかりしているし、雰囲気もいい。私は育成チームから上がってくる若いライダーたちをサポートすることもできる。将来を見据えてつくられているプロジェクトの一員になれるのは、とても刺激的なんです」。その未来は、昼食の席からすでに感じ取ることができました。数人のライダーとともに座り、圧倒されるほど計算されたエネルギー補給の様子を目の当たりにしながら、チーム全体がこの新しい挑戦に本気で胸を躍らせているのが伝わってきました。その熱気は、チームの初期の成功と勢いが生み出す自然な高揚感そのものだったのです。
精度というものは、バイクの上だけ(あるいは昼食の場だけ)で終わるものではない。そう気づかされました。「両方の世界には、驚くほど多くの精度があるんです」とラリー・ワーバスは話します。「自転車競技では、あらゆるディテールが重要になります。トレーニング、栄養補給、リカバリー、そしてメンタル面までも。時計づくりも同じです。何百もの小さなパーツが、完璧な調和のもとで動かなければなりません。最終的な成果、いわばレースでの走りや完成した時計は数えきれないほどの小さく完璧な調整の積み重ねなんです」
レース序盤の先頭集団。
「サイクリングと時計づくりには、共通する規律があります」とアラフィリップは言いました。「情熱、プロ意識、そして精度が必要なんです。工房でもバイクの上でも、すべての動きに意味がある」。彼は昨冬、ジュネーブにあるチューダーのマニュファクチュールを訪れています。「デザインから組み立てまで、時計がつくられていく過程を見て感じたのは、チーム全員がひとつの目標に向かって集中しているという点で、サイクリングチームとまったく同じだということでした」。そう言って、彼は少し間を置き、微笑みました。「自分の仕事を愛していれば、結果に必ず表れるんです」
アラフィリップはブランドアンバサダーになる以前から、すでにチューダーの時計を愛用していました。彼のお気に入りは? 「ブラックベイ54です。毎日着けています。シンプルで軽く、着けやすいんです」と彼は話します。また、彼はチューダーが近年力を入れているカーボン素材の開発にも大きな関心を寄せています。というのもこの素材はサイクリングの世界とも深く結びついているのです。「チューダーはその分野でも素晴らしい成果を出しています」と彼は続けました。「これからもっと登場してくるかもしれませんね」。昨年、チューダーはペラゴス FXD クロノ“サイクリング エディション”を発表し、今年はブラックベイ クロノ “カーボン25”、ジロ・デ・イタリアのためのペラゴス FXD クロノ “ピンク” ジロ・デ・イタリア 2025 エディション、そして今年のツール・ド・フランスに向けて製作されたぺラゴス FXD クロノ “イエロー”を新たに加えています。
優勝者には、特別仕様のチューダー ペラゴス FXD “サイクリング エディション”が贈られます。
レース当日は澄みきった空気と明るい陽射しに包まれ、まさにサイクリングレースにうってつけの1日となりました。前夜の夕食の席にてチーム代表はこう語っていました。「もしアラフィリップのコンディションがよければ、表彰台も十分狙える」。コースは起伏の多い丘陵地帯で彼の得意とする地形です。とはいえ、出場選手のなかにはツール・ド・フランスを2度制し、いま世界最高のライダーと称されるポガチャルの姿もありました。
レースはチームの思い描いたとおりの展開となりました。全18周、216km(134マイル)のサーキットで、序盤はチューダーがレースの主導権を握りテンポをコントロール。やがて周回を重ねるごとに展開はそぎ落とされ、レースは最も純粋な形へ移ります。残り約6.4km(4マイル)、先頭は3人。そしてアラフィリップは、勝機を見極めるように静かにタイミングを計っていました。序盤のチームのハイテンポな走りが、彼のために完璧な布石を打っていたのです。残り約1.6km(1マイル)を切ったところで、彼はついに仕掛けます。サドルから立ち上がり、ペダルの上で舞うように。
ファイナルクライムでアラフィリップがアタックを仕掛けます。Photo courtesy of Tudor/James Startt.
それはツール・ド・フランスでアルプス山脈を走る彼が見せた、何度も目にしたあの加速でした。しかし間近で見るのはまた違った感覚でした。彼が放った瞬間、後続との距離が一気に開き、沿道の観客がどよめきます。最後の上りを越えるとき左右に揺れるヘルメットの下で、苦悶の表情が笑みに変わるのが見えました。ジュリアン・アラフィリップがフィニッシュラインを駆け抜け、勝利を手にしたのです。それは彼自身にとっても、そしてブランドにとっても大きな瞬間でした。
ジュリアン・アラフィリップ、グランプリ・シクリスト・ド・ケベックで優勝。
それから数週間後、サイクリング界の評論家たちは口をそろえて、あの勝利を今シーズン屈指の名走のひとつと評しました。表彰台で彼を待っていたのは、特別仕様のペラゴス FXD。この大会のタイトルスポンサーを務めるチューダーにとっても、これ以上ふさわしいトロフィーはありません。レース後に彼と直接話す機会はなかったものの、あの時計がこれまでで最も意味のある1本になったことは間違いないでしょう。
チームメイトやメカニック、スタッフたちと喜びを分かち合う彼の姿を見て、これが単なる勝利ではないことが分かりました。これはコンセプトの証明だったのです。チューダーが自転車競技にかけた大胆な賭けは、うまくいっているどころかさらに加速しています。ケベックの澄んだ9月の午後、アラフィリップがフィニッシュラインを越えた瞬間、レースは終わりました。しかしそのときもっと大きな何かが、まさにいま動き出したように感じられたのです。
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