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※本記事は2016年9月に執筆された本国版の翻訳です 。
本記事は若い時計愛好家、もしくは時計愛好家初心者がよく誤解しているいくつかのことについてのクイックガイドだ。この話はもう長い間、私の頭の片隅にあった。私が本稿を書いているのは、私も(そう遠くない昔)同じような過ちを犯していたからであり、この記事のような話を私が時計愛好家になり立てだった頃に見ることができれば良かったと思っているからである。この記事に書かれているのは、時計愛好家になりたての者がよく犯す過ちの全てではないし、誰もがこれらの過ち全てを犯すわけではない。しかし多くの人はこの記事で、自分たちがこれまで完全には理解できていなかったことを1つか2つは見つけることになると、私は考えている。以下に挙げるのは、この記事に書かれたことのうち多くを自らの手で犯した男が伝える、時計愛好家ビギナーがよく犯す12の過ちと、それを回避するための方法である。
1. ムーブメントだけが時計の価値を作ると思い込む
まずはっきりさせておきたいのは、ムーブメントはあらゆる時計にとって重要な部分ではあるものの、それだけがその時計の価値を作っているわけではないということだ。レマニアのキャリバーの多くや、バルジュー72や7750のことを考えてみて欲しい。ETA2892やプゾー260キャリバーのこともだ。これらのムーブメントは数十年にわたり、様々な価格帯の時計に使われてきた。あまりにも多くの時計ファンが夢中になっている、ムーブメント比べのゲームには巻き込まれないようにすべきだ。時計にはムーブメントだけではなく、他にも数多くのパーツが存在する。そして専門家たちはどんな時計の質を見極める際も、ムーブメントの特徴(もちろん、ムーブメントの仕上げも)を見るのと同じぐらい注意深く、ケースの構造や文字盤のデザイン、そして外装の仕上げなどを見ているのだ。ムーブメントは重要だが、他の要素も重要だ。
2. ロレックスを十分にリスペクトしていない
私は、リアルな時計愛好家の男女のロレックスに対する理解と感謝の度合いは、逆釣鐘型のカーブを描くと思えてならない。時計について何も知らない頃、つまり他の時計の種類についてさえ知らないような頃、みんなロレックスが世界で一番の時計ブランドだと考える。数多くの友人たちが、ロレックスを上回る価格の時計が他の会社から出ていることを知った時はショックを受けたものだ! そしてもう少々深く時計について学ぶようになると、オメガやジャガー・ルクルト、IWCについて知るようになり、さらに時が進むとパテックやランゲ、ヴァシュロンなどを知ることになる。この段階になるとロレックスを下に見始めるようになり、手仕上げのメリットや希少さ、限定版などをありがたがるようになる。
その後、法外な値段だったり、時間がかかり過ぎたり、あるいはあまりにも頻繁にメンテナンスが必要になるといったような(あるいは転売の利益があまりに低いために)痛い目を何度か見たあと、人は往々にして「ふむ。ひょっとしたらロレックスはそんなに悪くないかもしれない」と言い出すようになる。彼らは正しいだろう。ロレックスの時計は世界で最も信頼でき、手間のかからない機構を持つ時計のひとつだ。それと多くの人々が忘れていることだが、ロレックスにはロレックスたる理由があり、また時計作りにおいて世界初となったいくつかの事柄について、その最前線にあったのだ。確かに巨大企業であり、どこででも見かけるうえ、私が「これこそがオート オルロジュリー(高級時計)だ」と呼ぶようなものではない。しかしロレックスが最高級で高品質な、よく売れる製品を作ることに成功したことを責めるなんてできないではないか。それは誰にでもできることではないのだから。
3. 高い値段、もしくはコンプリケーションが多いことが、そのまま品質(もしくは自慢する権利)につながると思いこむ
当たり前の話だと思うのではないだろうか。しかし、そうでもないのだ。時計のファンになったばかりの人たちの間には、高価な時計こそが良い時計であり、機構が多いほど良いという誤解があるようだ。バランスを尊び、過剰さの代わりに創意工夫を探すのが、より見識ある時計作りに対する見方といえる。例えば、グランド・コンプリケーションというアイデアが興味深く見えるのは、所有者がサービスに対する支払いを許容できる限りにおいてである。そして世界有数のコレクターたちの多くは往々にして、複数のコンプリケーションを持つ時計の世界から、あなたが考えるよりも早く手を引いているのだ。
また、スイスのブランドは時計の部品数を宣伝する傾向にあるが、これには誰もが騙されてしまう。彼らが言っているのは、単に同じ結果を出すためにより多くの部品を使っているだけだと気付くまでの話だが。グランド・コンプリケーションというのはごく一部を除き、栄誉のためのプロジェクトに過ぎず、そのように扱われるべきである。経験豊かな時計コレクターは、自慢する権利のためにケースの中により多くのパーツを詰め込んだ時計よりも、考え抜かれたやり方で動作する、薄く上品な時計からはるかに多くの感銘を受ける。あとは価格設定についてだが、私はそれがどういうやり方で行われるのか見てきた。そしてそれは全く科学的なやり方ではなかった。時計のコンプリケーションの数や価格に感銘を受けるのは終わりにしよう。そうすればもっと幸せになれる。あと、誰もあなたが時計にいくら支払ったかなんて聞きたがらない。本当に、そんな人は誰もいないのだ。
4. オメガ スピードマスターを所有していない(もしくは、所有したことが一度もない)
おいおい、スピードマスターを持たずして時計愛好家を名乗れるわけがないだろう。手元に置き続けなければいけないと言っているわけではない。ただ、私は時計を愛する男女にとって、手巻きの3レジスターのスピードマスターを人生のどこかの時点で手にしておくことは義務だと真剣に考えている。誰もが気に入るものではないかもしれないが、それでも私はあえてこう言いたい。この時計はほぼ、世界で最も満足のゆく時計と言って良いものであると。
5. 単純なカレンダーを年次カレンダーだと誤解する
これは本当にイライラさせられる、なぜならよくあることだからだ。では犯人は誰なのか? すぐに思い浮かんだのは次に挙げるような人間だ。この件を除けば知識豊富な古風な業界誌の時計記者2人、少数のブロガー、あまりに多い販売業者、何人かのコレクター、そしてなんと、最上位のオークションに携わるスイスの時計専門家である。彼らのような人間が、単純なカレンダーを年次カレンダーと呼んでしまったのだ。これには怒り狂いそうになる。ここではっきりさせておこう。年次カレンダーは1996年、パテック フィリップによって発明された。それ以前には存在していない、以上。
それはつまり、20世紀中頃から初頭にかけての時計に付いているカレンダーは全て、パーペチュアル・カレンダーでない限り単純なカレンダーであり、2月、4月、6月、9月、そして11月には手動で日付を送る必要があるということだ。年次カレンダーはそれとは違うものであり、手動で進めることが必要になるのは2月の終わりだけである。皆さんはこのことを正しく理解するように。さもないと本格的な時計愛好家たちの前で、とんでもない馬鹿のように見られることになる。
6. 自分よりも時計にお金を費やしている人に対し、彼らは時計を投資目的でのみ買い、身に着けたことがないのだと思いこむ
これは私たちのコメント欄やインスタグラム、地方での集会、より大規模なフォーラムなどでよく見かける話だ。一部の人間は、自分では手が出せないほど高価な時計を買う人のことを、単に投資のために買っているのだと思いこんでしまう。別の言い方をすると、彼らは「こいつらが本物の時計愛好家であるはずがない!」と言っているのである。なぜそんな話になるのだろう。彼または彼女が、たまたま自分が買えるよりも高価な時計に手を出すことができるからとでも言うのだろうか。そしてこのような彼らの態度は、どうやらスライド式になっているようだ。彼らは時間のみを示すミリタリーウォッチからマット文字盤のロレックスへと進み、さらには金の文字盤、そしてヴィンテージのパテックへと進む中で、自分たちが同じような時計を買える限り、その時計は真の愛好家のためのものだと考える。なるほど、それは間違っている。時計を投資手段としてのみ扱う人間の数は非常に少ない。また、ROIについて少しでも知っている人間であれば、時計投資でまともな収益をあげられることなどないことに、すぐに気づくはずだ。オークションに出品されているステンレス製のパテックは何なんだと言うかもしれないが、そういう品は最終的に、本格的な時計愛好家の手首に収まるのだ。
時計について学び、調べ、そしてオークションで買うことに時間を費やすような人間は、いくら支払っているかに関わらず本物の時計愛好家なのである。そして素晴らしい時計は全てどこかの金持ちの金庫の奥にしまい込まれると発言することは、その「金持ち」についてよりも、発言している当人についてより多くを語ってしまいうると言えるだろう。
あなたは既に、とてつもなくニッチなコミュニティにいるのである。あなたとあなた以外の時計収集の世界の間に、更に亀裂を作ろうなんてことはしてはならない。私たちはみんな仲間だ。そしてあなたが徐々に自分が手元に置きたいと思うものを買えるようになるにつれ(あるいは単により多くお金を費やしたいと思うようになれば)、あなたは他の人に、自分が本物の時計愛好家であると思わせたくなるだろう。
7. 黒いベゼルが付いたヴィンテージのロレックスであれば何でも「ベークライト」と呼ぶ
その通り、Ref.6263のデイトナにはベークライト・ベゼルは付いていない。あらゆるサブマリーナーもそうだ。ついでに言うと、Ref.6542のGMTマスター以外のあらゆるロレックスにおいて付いていない。ベークライトがロレックスに使われたのは唯一この型番に対してのみであり、他のどれにも使われておらず、そのうえ使われたのはとても短い期間だった。ベゼルについて理解することはそれ自体芸術の域に達しており、それについては今後数週間のうちに幾つかのアドバイスを提供する予定だ。しかし、まずは大事なことから始めなくてはならない。ロレックスに使われたベークライトのインサートはRef.6542に対するものだけ。単純な話なのだ。
8. あるフォーラムの投稿1件(もしくはインスタグラムのコメント1つ)を事実として引用する
フォーラムに投稿を行い、自分のことを専門家であると公言できるのはどんな人間なのか、あなたは知っているだろう。誰でも可能だ。文字通り、この地球上のあらゆる人間がそういったことをできるのだ。これらの投稿のファクトチェックを行うのが誰なのか、あなたは知っているだろう。そんな人間は居ない。なので現実的な話、1つのフォーラムにある投稿または、スレッド1件を事実として引用するのはあまり意味がない。世界にはあなたを食い物にしようとしている人が大勢いること、そしてアバターを通じてしか知らない人間は、いろいろなバーティカル市場に重点的な投資を行ってきたであろう、販売業者や正直とは言えない売り手である可能性が十分にあることを忘れてはならない。私は6桁の金額が関わる決断を、文字通り実名の分からない1人の人間の意見のみを参考にして行った人たちを見たことがある。
フォーラムにいる誰かさんではなく、あなたが名前を知っており、何か間違いが起きた際にあなたを助けてくれることが確実な専門家の意見を信頼しよう。誤報や偽情報はあちこちに散らばっており、またフォーラムというものは時に時計愛好家にとって素晴らしい情報源となるものの(私が好きなのはTimezone、The Purists、Omega Forums、On The Dash、VRFなどだ)、私はあなたの購入に関する意思決定を動かすコメントの向こう側にいるのが、具体的に誰なのかを考えることを強く勧める。インスタグラムのコメントについても同じことが言える。数千ものフォロワーがいたとしても、その人物が専門家であるとは限らない。
9. デプロイヤント・バックルのことを「デプロイメント」・バックルと呼ぶ
これはよくある話なので、自分をそう責めないで良い。けれど、「デプロイヤント」だ、「デプロイメント」じゃない。断言するが、そのうちあなたも慣れる。(なぜこういう名前なのか知りたいと思うかもしれない。理由は、この言葉はフランス語の「boucle déployante 」から来ているからだ。最初に導入したのはカルティエである)。
10. あなた(もしくはあなたが知っている誰か)が「世界最大のコレクター」だと主張する
現実的な話として、あなたが知っている人に「世界最大の時計コレクター」はいない。それが最近のHODINKEEのイベントであった人や、Red-Barの集会で話した人、またはインスタグラムでフォローしたとてもすごいコレクションを持っている人であってもだ。第一に、実際のところ「世界最大の時計コレクター」とは何を意味するのだろうか。第二に、単純にありえない。世の中には大勢の大規模なコレクターが存在しており、中でも最も真剣な人々は、自分のコレクションが絶対的に最大または最高だと主張することはない。この界隈はコミュニティであり、そんな称号には(事実上、またはその逆により)居場所がないのだ。
11. オークションで高額の落札が起きるのは、ブランドが入札者の時だけだと思いこむこと
これもまた私たちが若い時計愛好家からよく聞く話である。そして公平のために言うと、時計ブランドがオークションで自分の時計を支援しようとしているというのが事実無根だと主張したいわけではない。時計ブランドが入札を行い、自分のコレクションに加えるために時計を買い戻しているのは知っている。多くのブランドは素晴らしい博物館やプライベートなコレクションを持っており、また常にそれらを拡張しようとしているのだ。しかし、私が自分の経験に基づいて伝えることができる真実は次の通りだ。すなわち、時計ブランドが一年に入札する本数は多くはなく、彼らが行う入札は戦略的なものであり、また入札対象は基本的に彼らが純粋に自分たちの博物館に入れたいと考えるものである、ということだ。
多くの人が、2007年にウォール・ストリート・ジャーナルに載った、パテックとオメガがどのようにオークション価格に影響を与えているかについて書かれた記事を、ブランドが往々にしてオークション・ハウスと結託しているという証明として引用されることがある。しかし彼らが触れていないのは、このWSJの記事は発行直後、複数の証言によって大きな議論の的になったということである。また、この記事が書かれたのはもう10年近く前であり、その当時時計がオークションで落札される価格は、一部の事例においては今日私たちが目にするものの何分の一でしかなかった。なので確かに、多くの時計ブランドは積極的に自分たちの時計に入札をしているのだが、その対象となるのはコレクションの完成に必要な歴史的に重要なもの、もしくは特別なものだけなのだ。結局のところ、お金とはお金に過ぎない。それと忘れてはならないのは、売値を上げるためには入札者が2人必要になるため、懐が豊かな企業入札者であっても、1人では行うことができないということだ。
12. 時計は単に時計でしかなく、自分にとって必要不可欠なものではないというのを忘れてしまうこと
私は腕時計が大好きだ。私は現時点で人生の全てでないとしても、私のキャリア全てを腕時計に捧げてきた。けれども結局のところ、人生で大事なのは友人、家族、健康、そして幸福だということを私は知っている。私は良き友人たちが腕時計について長々と議論する様を見てきた。自分たちの腕時計の夜光塗料が塗り直されたものだとか、ケースが研磨され過ぎているとか、ひょっとしたら全く研磨されてさえいないのではないかなどだ。そして中にはそれをほのめかしたという理由だけで、長年の知人に対し文字通り絶交した人たちを見てきた。よくもまぁそんなことができるものだ! 一部の時計コレクターが行っているエゴのゲームに参加してしまうのは簡単なことだ。そして私自身、特別なものを所有したいと願う全ての人々と同様に罪深いのだが、忘れないで欲しいのは、時計は単に時計でしかなく、あなたの機械式時計に対するコメントが、あなたが親しい友人や仲間に対して感じることを変化させることは決してあってはならないということである。人生には時計よりも大切なものがたくさんあるというのが、私が伝えたいことだ。役に立つかは分からないが受け取って欲しい。