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本稿は2020年5月に執筆された本国版の翻訳です。
もしこの時計を2003年のバーゼルワールドで目にしたことを想像してみてください。それは、もはや時計としてはほとんど認識できなかったでしょう。ウルベルクは1996年にスタートしましたが、UR-101とUR-102はまだ比較的小振りでラウンドケースを備え、素人目にはいまだ“伝統的”な時計として機能していました。F.P.ジュルヌのクロノメーター・レゾナンスやヴィアネイ・ハルターのアンティコアはまだ登場から数年、リシャール・ミル、ドゥ・ベトゥーン、ハリー・ウィンストンのオーパスプログラムは始まったばかり、そしてMB&Fの誕生まではまだ数年を要します。時計業界は今よりもずっと保守的な世界であり、UR-103は新世代の到来をはっきりと示していました。そして彼らは、本気で遊ぶためにやってきたのです。
ナンバーワンであることに悪いことはありません。
しかしここにあるUR-103は、その後7年間にわたってさまざまな貴金属や装飾的なケース仕上げで製作された量産モデルのひとつではありません。いや、これはそれよりもはるかに特別な存在です。これはUR-103 プロトタイプ #1で、2003年のバーゼルワールドで小売店候補にウルベルクの新しい狂気的なクリエーションを試すよう説得するために実際に披露された時計そのものです。プロトタイプは全部で3本存在し、2003年のバーゼルワールドで披露された2本と、そのあとに量産前の最終確認用として製作された1本。前者は注文金が入金される前で、ブランドがゴールド製の時計を作る資金を持っていなかったためにステンレススティール(SS)製で作られており、後者はゴールド製で、ケース製造を開始する前に行われた最後の品質確認のために作られました。SS製モデル2番目の個体はウルベルクのアーカイブに保管されていますが、今回紹介する1本は時計ディーラーでありコレクターでもあるスティーブ・ハロック(Steve Hallock)氏のプライベートコレクションとして所蔵されています。彼は数週間前、この時計を入手した際に親切にも僕にそのニュースを共有してくれたのです。彼が抱くこの時計への個人的な思いはこちらで視聴することができます。念のため言っておきますが、この時計は売り物ではありません。
ロサンゼルスで、現在のオーナーの手首に巻かれているUR-103プロトタイプ。
この時計はいかにしてバーゼルのAHCIブースから、ロサンゼルスのハロック氏のコレクションへと渡ったのでしょうか。実は答えはいたってシンプルです。当初これは、ウルベルクを取り扱った最初期のリテーラーのひとつであるロサンゼルスのウェスタイム(Westime)のオーナーに販売されました。おそらくは、その初期支援への感謝のしるしとしてだったのでしょう。数年後、ウェスタイム(Westime)はこの時計を顧客へと販売し、そして2020年のはじめ、その顧客からハロック氏のもとへと渡りました。伝説的と言われる時計の多くは、その来歴が明確に記録されていることは少ないです。しかしこの時計に関してはウルベルクも快く、これが#1(ひとつ目)の個体で、適切に管理されてきたことを確認してくれました。今回はきちんとした来歴が残されており、僕らが今扱っているものが何であるかを明確に理解できるのは喜ばしいことです。
「UR-103は現代の独立系時計においておそらく最も重要な存在であり、この業界での私自身の歩みにとっても、そして私が“コンテンポラリー・オロロジー(現代の時計製造)”と呼ぶその後の歴史にとっても欠かせないものです」とハロック氏は語る。「それは伝統的なシステムの枠外からやってきた者にしか生み出せないものであり、社会における偉大なイノベーションというものは、たいていそうした外部から起こるものです。これを実現するには不屈の精神、勤勉さ、そして抜け道を見つけるための創造性が必要でした。製作者たちは自分たちが信じるものを形にするために、できることは何でも行ったのです。また、このようなプロトタイプをブランドが作ること自体がきわめてまれで、その存在そのものがウルベルクというユニークな物語と歴史の偶然の産物なのです。通常、このような創意工夫の精神はブランドやモデル全体に抽象的に散りばめられるものですが、それがすべてこの1本の時計に凝縮されています」。
UR-103は、ウルベルクに新たなデザインの方向性を切り拓きました。
上部にある赤いパワーリザーブ針はマニキュアで手描きされたもの。
サテライトディスクは、それまでに見たことのないものでした。
UR-103の基本的な骨格と中身はすべて揃っており、ケース形状はSS製でありながら、本来あるべきやや荒削りでインダストリアルな仕上げが施されています。ムーブメントも然りで、表示機能もすべて備わっており、前面の回転式サテライトディスクから裏面に配された初期の“コントロールボード”ディスプレイまで完備していますが、このプロトタイプをさらに際立たせる小さな特徴がいくつか存在しています。
このUR-103のケースバックには、きわめてチャーミングで風変わりなアイデンティティがふたつあります。まず、分・秒表示の針が揃っていないことです。一方は金メッキが施されていますが、もう一方はされていません。バーゼルワールド開幕の前日、ウルベルクのサプライヤーがコントロールボードに必要なゴールド製の針を納品できなかったため、共同創設者のフェリックス・バウムガルトナー(Felix Baumgartner)氏が即興で対応せざるを得なかったのです。彼は標準的なETA製ムーブメントから針を抜き取り、自らサイズを合わせてカットし、時計に取り付けました。ペアの針に合わせてメッキを施す時間もリソースも、そこにはありませんでした。しかし、ケースバックにある珍しい針はこれだけではなく、パワーリザーブインジケーターには赤い秒針が使われています。赤い針1本のためにサプライヤーに支払う資金がなかったため、彼らはバウムガルトナー氏の兄のガールフレンドが持っていたマニキュアを使い、標準的な針を赤く塗ったのです。しかもその針は金属製ですらなく、プラスチック製だったのです。型破りでしょうか? ですが、それで目的は果たせたのです。
背面のコントロールボードは、今やウルベルクのシグネチャーとなっています。
この時計の制作は、野心的な若い会社に多くの課題を突きつけました。UR-103は、より立体的で建築的なケース構造を採用した最初のウルベルクでした。UR-101や102のケースは、もともとバウムガルトナー氏の兄が手作業で旋盤加工を施していましたが、UR-103ではそれが不可能でした。つまりCNCマシンや3D設計ツールを導入しなければならず、それには独自の課題とメリットが伴ったのです。UR-103のデザインの大部分を担当したバウムガルトナー氏の共同創設者、マーティン・フレイ(Martin Frei)氏は当時ニューヨークのブルックリンに住んでおり、この新しいケースを設計するためにコンピュータを必要としていました。フレイ氏は伝説的なカメラ&家電店であるB&Hにコンピューターを注文し、辛抱強く待ったものの一向に届かなかったのです。結局、それは同じ倉庫コンプレックス内の別の怪しげな作業場に誤配されており、大家が彼に知らせてくれなかったことが判明しました。幸いにも、誰かに持ち去られる前に彼はそれを見つけ出しましたが、単純な荷物の紛失でウルベルクが潰れていたかもしれないことが想像できるでしょうか?
デザインが決まると、次はいよいよケースや部品の製作に移りました。それもまた思いどおりにはいきませんでしたが、いくつか幸運な偶然もありました。「サイドのポリッシュ仕上げが施されたウィング状の面を見ると、丸いメインボディの形がほんの少しだけ浮き出ているのがわかります」とフレイ氏は語ります。「延長されたラグは、幅がわずかに狭くなっているのです。このディテールは、不正確な設計というミスから生まれたものです。私はその偶然のミスをすぐに気に入り、このモデルに採用することに決めました。私の考えでは、偶然をデザインの一部として受け入れることは重要なのです」
UR-103となるモデルのために、フレイ氏が描いた最初期のスケッチ。1999年の日付があり、ニューヨークで描かれたものであることがわかります。
しかし限界に挑み、こうした紆余曲折に対処することは、ウルベルクのアプローチにおいて重要な一部となりました。「私はただ、時計製造の限界を探求するのが大好きだったのです」とバウムガルトナー氏は言います。「ちなみに、今でもそうですよ」
この時計が時計業界全体の勢力図に大きな影響を与えたのは明らかですが、バウムガルトナー氏とフレイ氏にとっても、これはきわめて個人的なプロジェクトでした。彼らが本格的にUR-103の開発に着手したのは、会社を完全に畳みかけていた2002年初頭のこと。独立系時計メーカーにとってビジネスは厳しく、いくつかの荒波が1度に彼らを襲っていました。しかし彼らはもう1度だけ挑戦することを決め、UR-103はウルベルクにとって社運を賭けたプロジェクトとなりました。また、これが会社設立からすでに5年以上経っていたことも注目に値します。彼らはすでに深く入り込んでいたのです。だからこそ、2003年のバーゼルワールドの幕が開いたとき、彼らが少し息を呑んでいたとしても無理はないでしょう。幸いなことに事態は好転し、その日の午後には注文が舞い込み始め(ふたりの記憶では、午後4時が最初の握手による成約だったと言います)、あとの話は皆さんが知るとおりです。
今日のウルベルクを形作った時計。
バウムガルトナー氏とフレイ氏にこの時計の思い出を尋ねましたが、今でもふたりにとって特別な場所を占めているようです。「今でも大好きです」と、デザインの主責任者であったフレイ氏は語ります。「これを作った時代のことが詰め込まれており、そのあらゆる側面が、当時の物語とその意味を私に何度も語りかけてくれます。人生そのものが刻まれているのです」。バウムガルトナー氏も同じように感じています。「とにかく手首に巻いてみてください。時計がどうあるべきかについて、すぐに新しい感覚が得られるはずです」と彼は言います。「UR-103は、現代の高級時計製造へのアプローチにおけるマイルストーンです。もちろん唯一のものではありませんが、かなりクールな1歩であることは間違いありません」。
私もまったく同感です。
ウルベルクの歴史についての詳細は、urwerk.comをご覧ください。
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