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ヴァシュロン・コンスタンタン 270周年「The Quest(探求)」4人のキーマンの発言が示唆するその先にある哲学

ヴァシュロン・コンスタンタンが試みたのは、単なるセレブレーションウォッチの製作ではなく、価値の保存だったのだと思う。メゾンの要人やルーヴル美術館キュレーター、物理学者など、4人のキーパーソンの発言から実像を解き明かす。

1755年9月17日。ヴァシュロン・コンスタンタン創業の日付である。以来、270年にわたって一度も休眠することなく存在し続け、スイス時計産業の頂きであり続けている。業界でも最古のブランドのひとつであり、その映えある歴史を祝うためにヴァシュロン・コンスタンタンは実に同社らしいアプローチを試みた。それは、ルーヴル美術館とのパートナーシップによるユニークピース「ラ・ケットゥ・ドゥ・タン(時の探求)」の製作と展示、およびこの大胆なクロックをソースとした「メティエ・ダール‒時の探求へ敬意を表して‒」と名付けられた20本限定製造の腕時計の開発である。こうしたカルチャー色の濃いアプローチで自社の周年を祝うブランドはそう多くなく、ヴァシュロン・コンスタンタンは普段からレ・キャビノティエにおいて、ルーヴル美術館所蔵の作品をエナメルで表現するというVIP顧客向けのビスポークウォッチ製作を行っていることから、その妥当性は業界でも随一だ。

 今回は、この記念すべきアニバーサリーを現地で共に祝う機会が与えられた。2019年から続くヴァシュロン・コンスタンタンとルーヴル美術館のパートナーシップの末、どういった哲学がこの時計づくりに息づいているのか。現地取材で聞いた5名のキーマンの証言を紡ぎ、明らかにしたいと思う。

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ブランドの羅針盤 — クリスチャン・セルモニが語る「共創」の哲学

クリスチャン・セルモニ:ヴァシュロン・コンスタンタン スタイル・アンド・ヘリテージディレクター

 ヴァシュロン・コンスタンタンが示す未来、その羅針盤は「共創」という言葉に集約される。同社でスタイル・アンド・ヘリテージディレクターを務めるクリスチャン・セルモニ(Christian Seimoni)氏は、今回のルーヴルとの取り組みが、単なる資金提供や名称貸与といった従来のパートナーシップとは全く異なることを強調した。

 「私たちが目指しているのは、金銭的な支援を中心とした関係ではなく、日常的な創造的交流を伴う『アクティブなパートナーシップ』です。デザイナーやクリエイターとの継続的な対話を通じて、クラフトやデザイン、技術といった価値を相互に高め合うプラットフォームであること。それこそが私たちの基本方針なのです」

 両者の関係は2016年に端を発する。既に同僚のマークによるラ・ケットゥ・デュ・タン(時の探求)についての記事で紹介しているが、ルーヴルに所蔵されているクロックである天地創造(Pendule La Création du Monde)のレストレーション(修復)活動で深く関わる中で、まるでひとつのチームのように交流が生まれるようになる。これが初めてのコラボレーションであったことが、今日の両者の関係性において重要であったとセルモニ氏は語る。今回のクロックは、作品としてそこから直接的なインスピレーションがあったわけではないそうだが、その長い準備と学習の積み重ねの末に生まれた必然の産物である。なお、現在でもヴァシュロン・コンスタンタンとルーヴル美術館のやりとりは定期的に続いているようで、時計製造に直接関わるデザインやウォッチメーカー、メティエダールの部門はもちろん、ヘリテージやコミュニケーションなど多くの部門から人が選出されているといい、早くも次なる物語を紡ぐ準備が進められているように感じた。

 「我々がルーヴル美術館と締結したのは文化的・芸術的パートナーシップです。そういった側面はヴァシュロン・コンスタンタンにとって重要なものであり、当然ながらルーヴル美術館も同じ理念を持っているわけです」(セルモニ氏)

「ラ・ケットゥ・ドゥ・タン」。11月12日まで展示されるこの部屋には、紀元前4世紀にまで遡る全所蔵品から特に時間に関連の深いものばかりが集められ、同時に展示されている。2016年にヴァシュロン・コンスタンタンが修復を支援した「天地創造」も含まれる。

パリ在住でヴァシュロン・コンスタンタンの愛好家でもあるフリーアナウンサーの中村江里子さんも、日本代表として参加。ルーヴルからジュネーブ本社まで行動を共にした。

ルーヴル美術館内で行われたセレブレーションディナー。展示された彫刻を思わせるダンサーたちによるパフォーマンスは圧巻だった。


思考の結晶 — サンドリン・ドンガイが明かすプロダクトの創造

サンドリン・ドンガイ:ヴァシュロン・コンスタンタン プロダクトマーケティング・アンド・イノベーションディレクター

 「『ラ・ケットゥ・ドゥ・タン』は高さが約1.1mあり、このようなサイズのクロックを作ることは製作の始めの段階から決まっていました。3つの異なるパートから構成されるベースの部分はオートマトンを駆動させるメカニズムがあり、他のエリア全体に動力を伝達するために144の異なるシフターと158のカムを有しています。オートマトンを起動させるためのプログラムは、機械式メモリーによって最大24時間前に設定可能です」(クロックが備える機構の詳細についてはコチラの記事を)

 簡潔にこの超絶クロックの解説を行ってくれたヴァシュロン・コンスタンタン プロダクトマーケティング・アンド・イノベーションディレクターであるサンドリン・ドンガイ(Sandrine Donguy)氏。さらに続けて、「ラ・ケットゥ・ドゥ・タン」の製造自体はローマで行われ、エングレービングの装飾はジュネーブにある自社工場のメティエダール部門で施したと明かした。

 「今回、天空図はクリスタルドームにメタライゼーションによってペイントし、機械式時計ではあまり一般的でない三次元のレトログラード式ムーンフェイズを配しました。この天空図は、メゾンの創立日である1755年9月17日当日のジュネーブの夜空を再現したもので、星座が同じ位置に描かれています」

「ジュネーブ天文台の協力のおかげで、私たちは1755年9月17日10時というヴァシュロン・コンスタンタンの誕生日のリアルな天体の運行を辿ることができました。これは極めて珍しいことです 。そして天体暦(エフェメリス)に照らしたところ、いくつかの惑星の配置がこのメゾンに270年後も存在しているであろう揺るぎなさや、永続性を示していたという新たな解釈をも見出しました」

 サンドリン氏は、「ラ・ケットゥ・ドゥ・タン」というメゾンにとっても異例のプロジェクトを経て、こう締めくくった。


時を超える対話の場 — オリビエ・ギャベが示す美術館の意義

パネルディスカッションは、著名なジャーナリストのニコラス・フォークス(Nicholas Foulkes)氏(写真左)が務めた。

オリビエ・ギャベ:ルーヴル美術館 装飾芸術部門ディレクター、美術史家・文化遺産キュレーター。2022年より現職。

 プロジェクトの結晶である「ラ・ケットゥ・ドゥ・タン」が置かれるべき場所は、ルーヴルをおいて他になかった。ルーヴル美術館 装飾芸術部門ディレクター、美術史家・文化遺産キュレーターであるオリビエ・ギャベ(Olivier Gabet)氏は、今回のパートナーシップが美術館という存在そのものの意義を問い直す試みであると語った。

 「美術館の役割は、ただ古いものを保存するだけではありません。確かに永続的なものを展示することに向いています。どんな技術が存在し、発展があったのかを知れることには意義があるでしょう。ただそうした中に、21世紀に作られた現代の創造物を持ち込むことで、人々が自ら問いを立てる『きっかけ』を作ることが重要だと考えました。歴史的な遺物の隣にこのクロックがあることで、時代を超えた対話が生まれる。来館者は自分が知らなかった次元について、きっと考え始めるでしょう」

 今回、「ラ・ケットゥ・ドゥ・タン」と同じ展示室に置かれた12点は、1年以上前から何千、何万という収蔵品から選びぬかれたものだそう。ルーヴル美術館は膨大な時計コレクションを保有しており、中でも厳選された展示が現代で作られた時計とどんな化学反応を起こすのか、確かに興味深い。

 「ルーヴル美術館には年間で900万人の方が来場されます。しかしその多くの人とっては一生に一度の体験であり、すべてを見ることは難しいですが人によっては見ることも選択できる。現代において、非常に希少な空間がそこに広がっているのです」

 彼にとって美術館とは、文化や知識を未来へ伝達するための拠点であり、誰もがアクセスできる開かれた教育の場なのだ。このクロックは、その哲学を体現する完璧な触媒となり得る。

 オリビエ氏の言葉を聞き、自分の鑑賞体験を振り返った。確かに異なる時代に生まれたものがそこに置かれていたわけだが、1点ずつの質感や機能などを確認した後は、それぞれにどんな関連性があるのか無意識に探すようになった。実際そこに直接的な関係はなかったが、展示されたことの意図のようなものは感じられた。数百年前に製作された時間に関する創造物は、今とは異なった社会や人物が違う用途で求めたものだろうが、根源的な時間という概念の捉えようのなさは変わりがないようにも思える。機会のある方は、ぜひ鑑賞後の体験をメッセージで教えて欲しい。


時間の探求 — クリストフ・ガルファールが誘う物理学の思考実験

クリストフ・ガルファール:フランスの物理学者、科学作家。

 「美術品について語るとき、時間を超えることができます。多くの人は初めてルーヴルを訪れ、『ラ・ケットゥ・ドゥ・タン』をも昔からそこにあるものだと認識してしまうことでしょう」。オリビエ氏の発言にこう呼応した物理学者、クリストフ・ガルファール(Christophe Galfard)氏は僕を最も根源的な問いへと誘った。彼はニュートンとアインシュタインが提唱した理論における「時間」という概念の違いに触れ、思考実験を開始する。

 「皆さんが当たり前だと思っている『時間』は、実は普遍的なものではないのです。ニュートンは、時間とは直線的かつ絶対的なものだと考えました。物質とは無関係に、宇宙の外側にまで広がる絶対的なものだったわけです。しかし、アインシュタインが示したように、時間は場所や重力によって伸び縮みする。相対性理論(現代宇宙論)と呼ばれる考え方の中では、時間は物質やエネルギーの影響で歪む時空の一部であり、時間は永遠に同じ速度で時を刻むわけではない。例えば、光速に近い速度で移動する物体の時間の進み方は、静止している物体に比べて遅くなることが分かっています」

 彼は、複雑な概念を理解するためにこうした「思考実験」が重要だと説く。常識を疑い、頭の中で実験を繰り返すことで、物事の本質に近づくことができるというのだ。

 「このクロックは、まさにそうした思考実験の産物と言えるでしょう。元々、宇宙の外側にあると考えられていた時間というものを、時計の形として獲得し、ルーヴル美術館に戻した象徴的存在。そして、私たちが時間について深く考えるための、素晴らしい出発点になるのです」

 ヴァシュロン・コンスタンタンとルーヴル美術館との関係性やそこから結実した「ラ・ケットゥ・ドゥ・タン」というクロック、世界初の展示の試み。ここまではすんなり理解できた。しかし、クリストフ氏の問いによってなぜヴァシュロン・コンスタンタンが、いわゆるビジネスに直結しにくいやり方で、自社の270周年を祝したのか、その思想が実像を帯びてきたのだ。ヴァシュロン・コンスタンタンが270周年に示したかったのは、時間を計る道具それ自体ではなく、「時間とは何か」を共に考える体験の創造だったのではないだろうか? 今回のパートナーシップはその哲学の表明でもある。

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メゾンの伝統や遺産は語られ続け、探求の旅は続く

 異なる見地から最高峰の議論が繰り広げられる中、やはり今回の施策の意図を確信したのは、セルモニ氏による発言だった。

 「我々は今回、実にヒューマニスト的アプローチで過去に立ち返りました。時を知るために星を見て過ごしていたような頃に戻るということは、単に正確である時計というよりもオートマトンのような動作で示すオブジェである必要があったのです」

 これ以上ない程に壮大なプロジェクトを終えたヴァシュロン・コンスタンタンであるが、実はこれすらも序章に過ぎないのかもしれない。それはメゾンがこうした活動を本格的に始めてまだ10年足らずであるという事実がセルモニ氏の口から語られたから。2017年当時、ヴァシュロン・コンスタンタンのCEOに任命されたルイ・フェルラ(Louis Ferla)氏(現カルティエ・インターナショナルCEO)、チーフ・マーケティング・オフィサーとして2016年に入社したローラン・ペルヴェス(Laurent Perves)氏(現ヴァシュロン・コンスタンタンCEO)による方針転換がその発端で、セルモニ氏いわく、どこよりも長く濃厚な自社のヘリテージを研究し振り返ることを軸に自社の再解釈を進めていった。

ローラン・ペルヴェス:ヴァシュロン・コンスタンタンCEO

 以来、彼の主な役割はヘリテージのストーリーテリングとなり、これまでに8冊発行されている『コレクターズ・アイランド』というオーナーに向けた本の出版が実現。腕時計開発への還元としては、かつて存在していた技術を発見・復元して最新世代のモデルにも活かすことが試みられた。代表的な例は、2016年に復刻された「ヒストリーク・アメリカン 1921」。2021年にレギュラー化、さらに今年はアメリカン1921の復刻版にも用いられていた“コート・ユニーク”という1921年ごろの加工方法で周年記念モデルを飾ってみせた。セルモニ氏の言葉を借りれば、これもヘリテージについて語ることの一環なのだろう。いわく「コート・ユニークは270周年モデルのために用いましたが、今後いつ使うのかは名言できません」 

 ヴァシュロン・コンスタンタンは加工技術や歴史的モデルなどのヘリテージをいたずらに多用することはなく、然るべきときに必要なぶんだけ披露する。これもまたこのメゾンの哲学の片鱗。そして、絶えることなく「時間とは何か?」という問いへの探求の旅を続けるのだ。

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パリでのパネルディスカッションに参加したジャーナリストたち。ヴァシュロン・コンスタンタン270周年の全貌を掴むべく世界中から200名以上が集まった。最前列には我々の同僚であるマーク・カウズラリッチの姿が。