ヴァシュロン・コンスタンタンが掲げた創業270周年のテーマは、“探求:創造性、情熱、そして完璧を追い求めた決定的な旅”だ。しかしその探求が向かう先とは一体何なのか。伝説的なモデル、222の復刻か? それとも世界で最も複雑な腕時計か? 今回、その答えが明らかになり、そしてそれはまったく異なるものであった。
ラ・ケットゥ・デュ・タン(La Quête du Temps)、“時の探求”と名付けられた本作はきわめて複雑なオートマトンを搭載したクロックであり、時計師、熟練工、世界的なオートマタ職人フランソワ・ジュノー(François Junod)氏、ケースメーカーのレペ(L’Épée)、エンジニア、天文学者によって7年の歳月をかけて開発されたものだ。また、このクロックに呼応する形で、20本限定の腕時計“メティエ・ダール‒時の探求へ敬意を表して‒”も製作されており、こちらについては別記事で紹介している。なお、この腕時計は4件の特許申請と新ムーブメントを特徴とする。
ヴァシュロン・コンスタンタンと、世界的に有名なパリのルーヴル美術館との3年間にわたるパートナーシップの成果として、同ブランドはきわめて異例かつ注目すべき機会を得ることとなった。すなわち、ラ・ケットゥ・デュ・タン(時の探求)が9月17日に開幕する機械芸術の新たな展覧会、Mécaniquesd’Art (メカニック・ダール‒機械美の芸術)展において、中心展示作品として公開されるのである。このような栄誉はきわめてまれだ。というのも、ルーヴル美術館では通常、19世紀半ば以前の美術作品、(ごくまれに)20世紀初頭の作品までしか展示されることがない。21世紀のオブジェが展示されるのは、異例のことなのである。
このクロックは、紀元前332年にまでさかのぼるルーヴル美術館の常設コレクション10点と並んで展示される。そのなかには1754年にルイ15世へ献上され、2016年にヴァシュロン・コンスタンタンの支援によって修復されたクロック、天地創造(Pendule La Création du Monde)も含まれている。ラ・ケットゥ・デュ・タン(時の探求)の出品はきわめてふさわしいものである。というのも、このクロックは機械芸術と時の表現を、類を見ない形で継ぎ目なく融合させているからだ。
なお、主要ブランドによるオートマトンやクロックの製作は現在でも珍しい試みだ。ヴァン クリーフ&アーペルは、オートマトン搭載の腕時計やクロックによって高い評価を確立してきた。また、パテック フィリップは最近、ジェームズ・ウォード・パッカード(James Ward Packard)が所有していたヴィンテージクロックに着想を得た複雑なデスククロックを製作。リュージュはオートマトン付きのオルゴールを手がけ、パルミジャーニ・フルリエは昨年、オブジェ・ダールコレクションよりテンプス・フギ(時は流れる/Tempus Fugit)オートマトンクロックを発表している。しかしながらこれらすべての要素を併せ持ち、かつここまで徹底的に昇華させた近年の例となると、私の記憶には存在しない。
もちろん、これは批判ではない。むしろ称賛に値することだが、ヴァシュロン・コンスタンタンは、文章で伝えることが最も難しいタイムピースを次々と発表し続けている。私が初めてレ・キャビノティエとメティエ・ダールの複雑機構が融合した領域を取材したのは、昨年発表されたザ・バークレー・グランド・コンプリケーション、すなわち世界で最も複雑な時計であった。そして今年初めには世界で最も複雑な腕時計、ソラリアが登場した。
これらは、比較的理解しやすかった。というのも、我々が慣れ親しんでいる時計製造の“ルール”に則っていたからである。時刻を容易に読み取ることができ、各複雑機構を個別に解釈できた。しかしラ・ケットゥ・デュ・タン(時の探求)は、そのルールに従わない。これは、クラシックとアヴァンギャルドの融合によって、時の表現そのものを再解釈しているのだ。技術仕様だけでも(特許申請を除いて)実に6ページに及ぶ。
幸いなことに、数カ月前に同僚のタンタンがこのラ・ケットゥ・デュ・タン(時の探求)を直接目にするという貴重な体験をしている。ガラス越しではなく、作品そのものを間近で体験したのだ。彼は、このオートマトン搭載クロックの製作過程や技術的側面、さらには自身の体験を含めた、独自の写真や洞察を豊富に記録している。その詳細は追って紹介される予定だ。今回はその前に、この驚異の技術と芸術性について(比較的)簡潔に概説していこう。
キャリバーと複雑機構
この作品を語るうえで、まず取り上げるべきはCal.9270とその複雑機構であろう。このクロックは、ドーム部、天文クロック部、そしてベース部という3つのパートで構成されており、それぞれが複雑に連動している。ベース部分にはオートマトンの動作を駆動し、アニメーション中に奏でられる音楽を生み出す機構が収められている。これら3つのパートはカムを運ぶ機構の横方向の動きによって、クロックからオートマトンへと時刻情報を伝達するシステムで結ばれており、時刻は1度情報として記録され、その後オートマトンへと送られる仕組みになっている。
最上部から見ていこう。まず知っておくべきは、このオートマトンには名前があり、アストロノマー(天文学者)と呼ばれていることだ。彼は天空図と黄金の太陽で装飾されたガラスドームの下に座している。そのドーム内部は、半円形の平面上に設けられた三次元のレトログラード式ムーンフェイズが彼の前に配置されており、彼の足元には昼夜表示が備わっている。この天空図は、1755年9月17日、ヴァシュロン・コンスタンタンが創業した当日のジュネーブの夜空が正確に再現されたもので、星座がその時と同じ位置に描かれている。その夜空には、ほかにも小さな興味深い“イースターエッグ”が隠されているが、それについては今後の発見に委ねたい。
アストロノマーの左右には、(ローマ数字による)時表示と(アラビア数字による)分表示の目盛りが浮かんでいる。しかし、それらは順序どおりに並んでいるのではなく、ランダムに配置されている。オートマトンのシークエンスについて詳細には触れないが、全部で3つの異なるアニメーションがあり、そのうちひとつは、ヴァシュロンのために特別に作曲されたメロディを奏でる“ミュージックマシン”を含んでおり、演出全体で約1分半続く。そのあいだ、アストロノマーは星空を見上げたり、星座を指し示したりといった驚くべきロボティックな動作を披露する。そして注目すべきは、彼が実際に時刻を示すという点だ。3つ目のシークエンスでは、数字がランダムに配置されているにもかかわらず、アストロノマーは正しい時刻を指し示すジェスチャーを行う。しかも数字の配置がランダムであるため、起動するたびに動作がわずかに変化するよう設計されているのである。
続いて紹介すべきは、カスタム設計されたCal.9270を搭載したダブルフェイス式クロックだ。もちろん、このムーブメントは手巻き式であり(高さ約1.07m、重さ約250kgのクロックを持ち上げてローターを振る必要はない)、前面にはダブルレトログラード表示による15日間のパワーリザーブインジケーターが備わっている。搭載する25の複雑機構のなかには、レトログラード式の時・分表示、グレゴリオ暦による永久カレンダー、ジュネーブの緯度に基づく日の出・日の入り表示、季節表示(夏至・冬至、春分・秋分の表示)、12星座表示(天文表示)、そして前述の補正なしで110年間作動する高精度ムーンフェイズなどが含まれている。
このようなクロックを15日間駆動させるには膨大なエネルギーが必要である。そのために5つの香箱が搭載されており、さらにレトログラード・ムーンフェイズ表示機構にもうひとつの香箱が設けられている。これは一種の“フライバックシステム”を備えている。中央のクロック部は2370個の部品と148石で構成。ムーブメントには直径18.8mmのテンプを収めたトゥールビヨンを搭載しており、このテンプはマルタ十字型デザインで、直径28mmのトゥールビヨンケージに保持されている。もしこの巨大なトゥールビヨンだけでは十分なインパクトがなかったとしても、さらにケージ(その周囲にバゲットカット・ダイヤモンドのサークルが取り巻く)を拡大する“サイクロプス”レンズが備えられている。
そして最後に、ベース部について触れなければならない。ここは、2005年にメゾン創業250周年を祝して共作された“秘密のクロック”、レスプリ・デ・キャビノティエにおいても協働した、オートマタの巨匠フランソワ・ジュノー(François Junod)氏の創造の舞台となった部分である。ベース部はオートマトンを駆動する役割を担っており、そのムーブメントには手巻き式の大型香箱がひとつ搭載されている。この香箱は回転式カルーセルを駆動し、そのカルーセルには3本のシャフトが取り付けられ、それぞれのカムによってオートマトンの動作が制御する。さらに、ミュージックマシンにはメタロフォン(鉄琴)と4本のワウワウチューブという2種類の楽器が組み込まれており、これらはベース部に含まれる3923点の部品のうち534点を占めている。加えて、最大24時間前にオートマトンの起動をプログラム可能な機械式メモリーも搭載されている。ただし、フィギュアを動かすには莫大なエネルギーが必要となるため、オートマトンは1回の巻き上げで最大3回しか作動できない。完全に巻き上げが終わるとチャイムが鳴り、同時にクラッチが作動して巻き上げシャフトが切り離され、巻き過ぎを防止する構造となっている。
芸術的クラフツマンシップ
この作品における卓越性は、時計製造技術だけにとどまらない。クロックの装飾芸術もまた、同様に重要な役割を果たしている。ヴァシュロン・コンスタンタンは今回、18〜19世紀に存在した伝統的なラ・ファブリック(La Fabrique)の職人共同体に着想を得ている。当時、最高の技術を持つ職人たちが協働し、比類なきオブジェを生み出していた。今日では多くの消費者が、自社一貫製造のマニュファクチュールにこだわる風潮があるが、それが常に最良のモデルであるとは限らない。この点で、ヴァシュロン・コンスタンタンは自らのルーツへと回帰するという選択をしたのである。
その精神のもと、本作は自社工房の職人たちによる作業に加え、ケースの製作にはレペ(L’Épée)とのコラボレーションが行われている。ちなみにレペは最近、LVMHグループに買収されたばかりであり、つまり今回のケース製作はリシュモンとLVMHという2大グループをまたいだ興味深い協力関係を示すものでもあるのだ。今年初めにレペは、我々の技術は特定のグループだけでなく、業界全体に貢献するものだと語っていた。
まず、本作にはさまざまな装飾技法が駆使されている。複数のインダイヤルに施されたギヨシェ彫り、ハイレリーフ彫刻、そしてタイユ・ドゥース(酸を用いたエッチング)。さらに、ドーム(およびほかのパーツ)に描かれたガラス上のミニアチュール(微細画)、そしてグラン・フー エナメル、加えてトゥールビヨン開口部のジェムセッティングも見られる。次に重要なのは、オートマトンであるアストロノマーの造形だ。まず蝋で原型を彫刻し、その後さらに大きな蝋型を作成したのち、可動性を確保するために8つのパーツに分割してブロンズで鋳造。その後、前述のタイユ・ドゥース技法による装飾が施され、天体を象徴する星々がその身体に表現されている。さらに、これらの星には122個のブリリアントカット・ダイヤモンドがセッティングされている。
装飾において特筆すべき役割を果たしているのがロッククリスタルだ。扱いが難しく繊細な素材であるにもかかわらず、ヴァシュロン・コンスタンタンは本作のほぼ全体を(他素材で覆われた部分を除き)ロッククリスタルで覆っている。クロックの前面ダイヤルにはミラー仕上げを施したロッククリスタルが4層重ねられ、またステンレススティール製の柱の多くも、この自然な風合いを帯びたロッククリスタルで覆われている。ベース部分にはラピスラズリとクォーツァイトが用いられ、前面の太陽から背面の月へと連なる幾何学的なモチーフが施されている。さらにそのラピスラズリ内部には太陽系の表現が組み込まれており、各惑星は装飾用ストーンのカボションで表されている。最後に、惑星の名称はマザー・オブ・パールの象嵌によって描き出されている。
ここまで長々と述べてきたが、正直なところ、この作品の装飾と時計製造の複雑性に対して、まだほんの表層しか触れていないというのが実情である。本作には(クロック用とオートマトン用、さらに両者をつなぐリンク機構を含め)実質的にふたつのムーブメントが存在する。そのため、ここではあくまでクロック側の仕様に焦点を当ててきた。残りの部分についてはタンタンが、ガラス越しではなく1時間以上にわたって至近距離で体験した内容をもとに、より深い考察を提供する予定だ。クロック、オートマトン、そして芸術作品が融合したこのように複雑な存在については、まだまだ語るべきことが尽きないのである。
基本情報
ブランド: ヴァシュロン・コンスタンタン(Vacheron Constantin)
モデル名: ラ・ケットゥ・デュ・タン(時の探求/La Quête du Temps)
直径: 50.3m
高さ: 107m
ケース素材と装飾: ベースフレームはステンレススティール製で、マットアンスラサイト仕上げを施したSS製の台座に載り、内包物入りロッククリスタルのマルケトリーで覆われている。オートマトンを収めるキャビネットはSS製で、ロッククリスタルのマルケトリー仕上げ。装飾要素にはロッククリスタル、クォーツァイト、ラピスラズリが使用されている。惑星の名前はマザー・オブ・パールのマルケトリーで表現。ベースとクロックをつなぐ部分はSS製で、18K(3N)ローズゴールドで金めっき加工が施されている
八角形の台座(オートマトン用アラーム付き): 側面は内包物入りロッククリスタルのマルケトリー。上面はラピスラズリのマルケトリー仕上げで、装飾用ストーンのカボションにはシルバー、黒曜石、グレーアゲート、アズライト、レッドジャスパーが用いられている。惑星名はマザー・オブ・パールのマルケトリー。装飾として2色のマザー・オブ・パールによる六芒星があしらわれている。24時間回転表示はミッドナイトブルーのラッカー仕上げ。時刻表示の数字は18K(3N)ゴールドのアプライドインデックス
時計用キャビネット: 八角形のSS製柱が4本で構成され、それぞれにロッククリスタルのマルケトリーが施されている。上部はフラットな構造で、8つのロッククリスタル製セクションから成り、オートマトン“アストロノマー”の足元に配置。昼夜の表現には昼をタイガーアイ、夜をブルズアイによるマルケトリーで描写。中央ディスクはミネラルガラス製で昼は透明、夜はブルーラッカー仕上げとなっている
クロック ムーブメント情報
キャリバー: 9270
機能: レトログラード時・分表示、ダブルレトログラード・パワーリザーブ表示、グレゴリオ暦に基づく永久カレンダー、ジュネーブの緯度に基づく日の出・日の入り時刻、回転式の天空図による恒星時の追跡、季節表示、12星座表示、レトログラード機能を備えた回転式の立体的な月による高精度ムーンフェイズ表示(110年間、調整が不要)など、全25種の複雑機構を搭載
直径: 223mm
厚さ: 262mm
パワーリザーブ: 15日間
巻き上げ方式: 手巻き式。オートマトンの香箱はハンドルによる手巻きで、正面から見てベース右側に差し込み口
振動数: 1万8000振動/時
石数: 148
クロノメーター認定: なし
追加可能: クロックムーブメントを駆動する5つの香箱、月表示のレトログラード機能を駆動するひとつの香箱を搭載。直径18.8mmのテンプには調整スクリューが組み込まれている
価格&発売時期
価格: 非売品
展示場所: 2025年9月17日から11月12日までフランス・パリのルーヴル美術館(Musée du Louvre)にて展示
限定: 1点もの(ユニークピース)
ヴァシュロン・コンスタンタン ラ・ケット・デュ・タン(時の探求)についてはこちらを、Mécaniquesd’Art (メカニック・ダール‒機械美の芸術)展についての詳細は、ルーヴル美術館の公式ウェブサイトをご覧ください。
話題の記事
No Pause. Just Progress GMW-BZ5000で行われた継承と進化
Introducing ゼニス デファイ エクストリーム クロマに新たなふたつの限定モデルが登場
Introducing ヴァシュロン・コンスタンタンが36.5mmの新型トラディショナル・エクストラフラット・パーペチュアルカレンダーを3本発表