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In-Depth F.P.ジュルヌ クロノメーター・スヴランの20年を振り返る

F.P.ジュルヌで最もクラシックな時計が辿った、20年にわたるデザインとバリエーションの全貌に迫る。

2025年、F.P.ジュルヌのクロノメーター・スヴランは誕生20周年を迎えた。本作は同ブランドで最も“シンプル”な機械式時計かもしれないが、今日のジュルヌが聖域のようなブランドとして見なされる所以のすべてが、そこに凝縮されている。数カ月前、私はジュルヌのチームから、出し抜けに(out of the bleu —— 失礼、blue)驚くべきメールを受け取った。わずか1週間のあいだ、同チームのもとにクロノメーター・スヴランのほぼすべてのバリエーションが集結するというのだ。通常であれば、オークションの下見会やコレクターの集まり、あるいはニューヨークの流行りになっている高級店のカウンターなどで断片的にしか目にすることのできない時計群を一度に見られるというのは、断るにはあまりに惜しい機会だった。こうして私は、膨大な数の時計と情熱的なコレクターたちのなかに身を投じ、クロノメーター・スヴランの系譜におけるデザインの多様性をより深く理解しようと試みたのである。

Bespoke Nacre Chronometre Souverain

ブラック・マザー・オブ・パールのオーダー品、クロノメーター・スヴラン・ナクレ。


クロノメーター・スヴラン略史

2005年にクロノメーター・スヴランが登場した当時、今でこそジュルヌの最もシンプルなウォッチのひとつとしてごく自然に受け入れられているが、実はフランソワ-ポール・ジュルヌ(François-Paul Journe)氏がそれまでに築き上げてきた軌跡とは逆行するものだった。また、この時代の高級時計界は複雑機構に真に注力しており、独立系時計界隈においてタイムオンリーウォッチの製作が中心となっている現在の熱狂ぶりとは異なっていた点も重要である。

 クロノメーター・スヴランは発表時、この時計師がそれまで手がけてきた美学の観点から大きな衝撃を与えた。1800年代のマリンクロノメーターからインスピレーションを得たクロノメーター・スヴランは、基本に立ち返り、ただひとつのこと、すなわち「正確に時刻を告げること」に焦点を当てていた。創業以来約6年間、デザイン哲学の根幹をアシンメトリー(非対称)に据えてきたブランドに、クロノメーター・スヴランはセンター針という概念をもたらしたのだ。クロノメーター・スヴラン以前のジュルヌのデザインは、すべてオフセンター配置のダイヤルを採用していた。さらに、ジュルヌにおけるスタンダードサイズであった38mmに加え、新たに40mmケースの選択肢が加わったことで、このシンプルな時計はブランドの転換期を象徴し、その後の多くのジュルヌモデルの土台となった。

Havana Side Shot for the Chronometre Souverain

4時、7時、8時位置の数字を小さくすることで、インデックスのフォントが切れることのないユニークなダイヤルを実現している。

 このムーブメントにおいて最も称賛されているのは、パワーリザーブが3時位置にあるという特徴的な配置である。これは、すべてがダイヤルから始まるというジュルヌのデザイン手法に結びついている。クロノメーター・スヴランの場合、紙の上のスケッチから、リューズのすぐ隣にパワーリザーブを配する今日のレイアウトが導き出された。厚さ8mmの時計にとって、これは大きな問題となる。なぜなら、そこにはリューズの芯(巻真)を含む時計のキーレスワークが位置しているからだ。8カ月の開発期間を経て、ジュルヌはパワーリザーブ機構を1.57mmから0.5mmにまで縮小し、クロノメーター・スヴランのデザインを前進させることができた。こうしたディテールへの献身こそが、ジュルヌを存命の最も伝説的な時計師のひとりとして確固たるものにし、2005年のジュネーブ・ウォッチ・グランプリ(GPHG)でクロノメーター・スヴランに「メンズウォッチ賞」をもたらしたのである。

 ダイヤル側が鮮烈なインパクトを与えた一方で、ケースバックから覗く新しい手巻きキャリバー 1304もまた、息を呑むような美しさを湛えている。ジュルヌはその設計において、ムーブメントのふたつの要素、すなわち“動力”と“調速”を視覚的に切り離すという、極めて独創的なレイアウトを採用した。ムーブメント中央に並列して鎮座するツインバレル(二連香箱)は、脱進機へエネルギーをより安定して供給し、約56時間のパワーリザーブを実現。さらに、独自の美学に基づき輪列をあえて隠すことで、バレルと鼓動する脱進機がまるで繋がっていないかのような幻想的な視覚効果を生み出している。

Chronometre Souverain Case Side

クロノメーター・スヴランは、今なお8mmという薄さを維持している 。Photo by Mark Kauzlarich

Chronometre Souverain Movement

独自の構造を余すところなく披露するCal.1304。Photo by Mark Kauzlarich

Cal 1304 Macro

Photo by Mark Kauzlarich. 

 20年という長い歴史のなかで、クロノメーター・スヴランは2005年の初代モデルに忠実であり続けてきた。その一方で、特定の小売店やブティック向け、あるいは記念モデルとして、数多くの特別仕様も生み出されている。これらすべてのダイヤルを手がけたのは、自社工房であるカドラニエ・ジュネーブだ。そのバリエーションの豊かさは、同工房が長年培ってきた卓越した技術力の証と言えるだろう。ここからは、ニューヨークのイベント会場にてブランド自らが撮影した数々のモデルに加え、注目すべき興味深いトピックをいくつか紹介していく。


クロノメーター・スヴランのコレクション

極めて希少なレアピースに目を向ける前に、まずはクラシックな定番モデルから始めるべきだろう。これらは今日に至るまで製作され続けている、まさに真のスタンダードだ。結局のところ、オリジナルの姿を知らずして、スペシャルエディションに施された捻りの妙をどうして理解できるだろうか。

 そこで、まずは2005年に発表された初代クロノメーター・スヴランに立ち返る。シルバーのギヨシェ装飾を施したこのデザインのダイヤルは、現在も生産が続けられている。ブラックでプリントされたアラビア数字とブルースティールの針を備えたこのモデルは、クロノメーター・スヴランのデザイン言語におけるまさに“原型”である。プラチナ、および18K 6Nゴールド(ローズゴールド)をまとうオリジナルのリファレンスにより、クロノメーター・スヴランは歴史の幕を開けたのだ。

Chronometre Souverain Whitened Guilloche Silver Dial

現在もラインナップされている、オリジナルのクロノメーター・スヴランに見られたダイヤルデザイン。

Journe CS Dial Printing

ダイヤルはすべて、自社工房のカドラニエ・ジュネーブで製作されている。

CS Struck Dial Rose

このダイヤルのインデックスは、2018年にプレス加工からアプライドへと変更された。

 2014年、クロノメーター・スヴランの誕生10周年を記念して、プラチナとピンクゴールドによる新たなペアモデルが発表された。最大の特徴は、ソリッドゴールド製のダイヤルだ。ギヨシェ装飾は姿を消したが、代わりにダイヤルから力強く浮かび上がるアワーインデックスが主役となった。興味深いことに、これらの数字はアプライドではない。ダイヤルプレートの裏側からプレス機で打ち抜くことで表面を隆起させ、その後にダイヤモンド研磨を施してコントラストを際立たせている。その後、2018年頃からは18Kゴールド製のアプライドインデックスを用いた新しいダイヤル構造が導入され、それが現在のクロノメーター・スヴランの仕様として定着している。

 2017年、F.P.ジュルヌはクロノメーター・スヴランに新しい“ハバナ”ダイヤルを追加した。その色彩は、タバコやラム酒を彷彿とさせる。現在もプラチナとピンクゴールドの両モデルで展開されているこのダイヤルは、ベースとなるダイヤルに、特殊なゴールド・ルテニウム合金のガルバニック処理(電気めっき)を施すことで、この独特の色調を生み出している。

Havana Dial

プラチナモデルに採用された“ハバナ”ダイヤル。

Havana Dial Wristshot

ピンクゴールドケースのクロノメーター・スヴラン “ハバナ”。

20th Anniversary CS Wristshots

Photo by Mark Kauzlarich.

 そして最後を飾るのは、今年発表された誕生20周年記念モデルのクロノメーター・スヴランだ。今回はダークブルーのダイヤルにアプライドのインデックスを組み合わせている。この後紹介する数々のスペシャルエディションほど個性的で風変わりなものではないかもしれないが、このコレクションの息の長さを祝う今回のような記事には、こうしたタイムレスなデザインこそが相応しいと言えるだろう。

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クロノメーター・ブルー

クロノメーター・ブルーは今日でも製作され続けているモデルだが、独立したセクションを設ける価値がある。なぜなら、このコレクションのほかのどのモデルとも異なり、独自の熱狂を巻き起こすことに成功した時計だからだ。ウェイティングリストは閉じられ、定価は当初のほぼ2倍にまで跳ね上がった。それにもかかわらず、需要は依然として上昇を続けている。

 実のところ、このモデルが誕生した背景にあるのは、現在の熱狂とは正反対の状況だった。そのためクロノメーター・ブルーは、時として“クライシス・ウォッチ(危機の時計)”と呼ばれることがある。2009年に発表されたクロノメーター・ブルーは、当時の大きな問題であった2008年の世界金融危機に対するジュルヌなりの回答として、その伝説を確固たるものにした。高級時計の需要が激減したなかで、型破りでありながら、何より価格を抑えてアピールすることを目指したクロノメーター・ブルーは、2万ドル(当時のレートで約200万円)を切る価格に設定されたのである。

Chronometre Bleu
Chronometre Bleu Slanted Shot

Photos by Bryan Menancio

Chronometre Bleu Movement

 クロノメーター・ブルーに搭載されているムーブメントのベースはCal.1304と同じだが、パワーリザーブ表示を排したことで、よりクリーンなダイヤルに仕上がっている(この複雑機構の排除は、間違いなくコストを抑えるための意図的なものだ)。タンタル製のケースは、コレクションのなかでも唯一無二となる39mm径を採用。しかしコレクターたちを熱狂させてやまないのは、そのブルーダイヤルである。極めて高い反射率を誇る“クロームブルー”ダイヤルの製造工程は困難を極めることで知られ、何層ものブルーラッカーを手作業で塗布しては磨き上げる。こうして完成するクロノメーター・ブルーのダイヤルは、やがてジュルヌの全コレクションのなかで最も製造が難しいダイヤルとして知られるようになった。さらに、タンタルは厳密には貴金属ではないものの、切削や研磨が非常に困難な素材として知られており、ケースに独特の青みがかったグレーの陰影をもたらしている。低価格のクロノメーター・モデルであっても、そのクラフトマンシップに一切の妥協はなかったのである。


ブティック限定エディション(レギュラーモデル)

クロノメーター・スヴランのバリエーションの多くは、ジュルヌの正規ブティックのみで扱われる特別版としてリリースされてきた。

 現在、このリストのなかで唯一生産が継続されている特別版はクロノメーター・スヴラン ブラックレーベルだ。ブラックレーベルには視覚的なギミックや奇をてらった演出はなく、ただブラックダイヤルというシンプルさを追求している。2006年から2020〜21年頃まで生産されたオリジナルモデルは、プラチナケースにブラックのギヨシェ装飾を施したシルバーダイヤル、そしてプリントのインデックスを備えていた。これは、もともと少量生産である製品をさらに希少なものにすることを目的に誕生したものだ。現在は、マットブラックのダイヤルにホワイトゴールドのアプライドインデックスを組み合わせた仕様で提供されている。

Black Label original chronometre souverain

2020〜21年頃まで採用されていた、オリジナルブラックレーベルのダイヤル。

Current gen black label chronometre Souverain

現行のブラックレーベルのダイヤルデザイン。

 ブラックレーベルの各モデルは、1ブティックにつき年間わずか2本(!)しか納品されず、すでにジュルヌの時計を所有しているオーナーのみが購入を許される。これほど希少な時計であれば、その条件をすでに満たしているコレクターの手に渡るのは確実であり、購入条件を設けること自体がいささか滑稽に思えるかもしれない。それでも、ブラックレーベルがもともと信じられないほど排他的なこのブランドにおいて、さらなるエクスクルーシビティを確立しているのは間違いない。

 ほかにも、ふたつの際立ったブティックエディションが存在する。いずれも2024年に生産終了となったが、製造数に上限や制限は設けられていなかった(もっとも、ジュルヌの生産規模を考えれば、その言葉にどれほどの意味があるかはさておき、だが)。この2モデルは、美学の観点から見ればこれ以上ないほど対照的である。2010年に発表されたクロノメーター・スヴラン ブティックエディションは、再びギヨシェを施したブラック加工のシルバーダイヤルを採用したが、今回は18K 6Nゴールドケースの色調に合わせ、パッドプリントのアクセントと針がセットされた。

Chronometre Souverain Nacre On Bracelet

ブレスレット仕様の6Nゴールド製クロノメーター・スヴラン ナクレ。

Boutique Edition Chronometre Souverain

クロノメーター・スヴラン ブティックエディション。

Souverain Nacre

プラチナ製のクロノメーター・スヴラン ナクレ。

 2012年に発表されたクロノメーター・スヴラン ナクレは、この2種のなかでも間違いなく人目を引くモデルだ。中央のギヨシェを、きらめくマザー・オブ・パールの外輪が囲むデザインが特徴である。プラチナモデルではマザー・オブ・パールが淡いブルーの色調を帯び、6Nゴールドモデルでは外輪がピンクがかった色合いを見せる。40mm径のこれら両バージョンには、ブルースティールの針と、それに調和するブルーのダイヤルプリントが採用されている。


ブティック限定(リミテッド)エディション

5つのクロノメーター・スヴランの例は、ブランドによる記念碑的なブティック限定モデルへの、非常に多岐にわたる解釈を浮き彫りにしている。

 この5つから最初に紹介するモデルは、時計師フランソワ-ポール・ジュルヌ氏にとって初となるブティック、F.P.ジュルヌ 東京ブティックのオープン1周年を記念したものだ。2005年に20本限定でリリースされ、東京でのみ販売されたクロノメーター・スヴラン 東京ブティック限定モデルは、日本のコレクターへの感謝の印であり、自社で流通拠点を構えるというリスクを伴う経営判断を肯定するものとなった。この“感謝”のエディションにおいて、クロノメーター・スヴランには初めてポリッシュ仕上げのチタニウムケースが採用され、ダークなルテニウムコーティングを施したシルバーギヨシェダイヤルが組み合わされた。この記念すべき初の“ブティックエディション”は、東京ブティックのためだけに作られる長い限定シリーズの幕開けとなり、そのシリーズは一昨年、同店の20周年を記念する最後のモデルをもって完結した。それはブランドにとって“史上最後の限定モデル”になると発表されている。

Chronometre Souverain Tokyo Edition

クロノメーター・スヴラン 東京ブティック 1周年記念モデル(20本限定)。

 2014年には、ベイルートに10店舗目となるジュルヌ・ブティックがオープンしたことを記念し、この5つのなかではおそらく最もユニークなクロノメーター・ブルー ビブロスが登場した。ビブロスとはフェニキア文字発祥の地として知られる、ブティックから約35kmに位置する古代都市の名だ。このモデルは99本製造され、そのうち約79本が西アラビア数字、20本が東アラビア数字(インディアン数字)の仕様で、世界中のジュルヌ・ブティックを通じて販売された。

Chronometre Bleu Byblos

クロノメーター・ブルー ビブロス(99本限定)。

 その名が示す通り、クロノメーター・ブルー ビブロスはクロノメーター・ブルーの派生モデルであり、そのためパワーリザーブ表示は備わっていない。本作はジュルヌで初めてカットアウトダイヤルを採用したモデルであり、ブルーのダイヤルから放射状に広がる印象的なクモの巣状のパターンが特徴だ。このブルーは、クロノメーター・ブルーに見られる光沢のあるエレクトリックブルーとは異なり、ブランドが“メディテレーニアン・ブルー(地中海の青)”と呼ぶマットな質感を採用している。大きく露出したダイヤルからは18Kローズゴールド製のムーブメントが完全に見えるため、今回は地板にさらなるギヨシェ装飾が施された。12時位置の“BYBLOS”の上にはF.P.ジュルヌのロゴが地板に直接刻印されており、“Journe”の“J”は、手を意味するフェニキア文字の“yodh”に置き換えられている。

 2017年、キエフに新たなF.P.ジュルヌ ブティックがオープンした。その開設を記念して、ジュルヌは8本限定のクロノメーター・スヴラン キエフ・エディションを製作した。これらエディションのなかでおそらく最も秘匿された存在であり、プラチナケースにサーモンカラーのギヨシェダイヤル、そしてゴールドのアプライドインデックスを備えている。あまりに公にされていないため、私はジュルヌのチームと話すまでこのリファレンスの存在を知らなかったし、オンライン上でも、このニューヨークのイベントで初めてその存在を知ったというコレクターが数多く見受けられた。

Kiev Edition

クロノメーター・スヴラン キエフ・エディション(8本限定)。

 サーモンダイヤルとプラチナケースの組み合わせは、ブルー ビブロスのそれほど大胆には見えないかもしれない。しかし興味深いことに、ニューヨークの集まりで目にしたクロノメーター・スヴラン キエフ・エディションは、数字の“6”が逆さまに配置されていた。これは、フランソワ-ポール・ジュルヌ氏自身による意図的な美学上の選択である。

 最後を飾るにふさわしい最新のブティックオープン記念モデルは、2020年に99本限定で発表されたクロノメーター・スヴラン ドバイ・エディションだ。プラチナケースに珍しいグリーンのダイヤルを組み合わせたこのバージョンもまた、パワーリザーブ表示を廃してより洗練されたルックスを実現している。ホワイトゴールドのアプライドインデックスとロジウムメッキを施したスティール針が、ともすれば極めてフラットになりがちなダイヤルに金属的な立体感を添えている。99本のうち20本は、アプライドインデックスとプリントのスモールセコンドに東アラビア数字を採用しており、これら限定エディション特有の“ただでさえ希少なのにさらに希少”というテーマを継承している。

CS Dubai Edition

クロノメーター・スヴラン ドバイ・エディション(99本限定)。

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スペシャルエディション

F.P.ジュルヌが米国での販売をすべて自社ブティックのみに集約する以前、近年の熱狂が生まれるずっと前から、このブランドに賭けていた小売店がいくつか存在した。そのなかでも注目すべきふたつのアメリカン・エディションは、1年の間隔を置いて、ダラスとシカゴの街から誕生している。

Deboulle Chronometre Souverain

クロノメーター・スヴラン デ・ブール限定モデル(8本限定)。

 2007年にテキサス州の小売店、デ・ブール(de Boulle)のために製作された8本限定モデルは、数あるなかでも特に私のお気に入りだ。40mmのプラチナケースに収められているのは、グレーを基調としたタキシードダイヤル。中央のシルバーギヨシェが、ルテニウム仕上げの外輪とシルバーでプリントされた数字と鮮やかなコントラストを成している。全体としてモノクロームなこの時計に、ブルースティールの針が控えめながらも彩りを添えている。

 そのわずか1年後、シカゴの小売店であるスイス・ファイン・タイミング(Swiss Fine Timing)が、最も型破りなダイヤルを備えた8本限定モデルを製作した。セット販売のみで提供されたこのエディションは、ブラックの外輪に鮮やかなピンクのプリントを施すという、控えめさとは無縁のデザインで、静かな収集を楽しむコレクター向けではない。しかしニューヨークで実物を目にしたとき、並み居るクロノメーター・スヴランのトレイのなかで、その存在を無視することは到底不可能であった。

Swiss Fine Timing Chronometre Souverain

クロノメーター・スヴラン スイス・ファイン・タイミング限定モデル(8本限定)。

FP journe steel set 2015

F.P.ジュルヌ 38mm スティールセット(全38セット)。

Chronometre Souverain Steel Set

ステンレススティール製の38mm径クロノメーター・スヴラン。

 2015年はF.P.ジュルヌにおける38mmケースの終焉を意味し、以降、ブランドのラインナップは40mmと42mmのみとなった。しかし、生産終了はひっそりと行われたわけではない。ジュルヌは、ブランドのオリジナルのサイズであった38mmのラストを記念して、5つの異なる複雑機構を収めたボックスセット“スティールセット”をリリースしたのだ。38セット限定で製作されたこれらの時計は、すべて38mmのステンレススティールケースを採用している。ジュルヌというブランドにとって、スティールは極めて希少なメタルだ。このセットに含まれるクロノメーター・スヴランは、中央にブロンズカラーのギヨシェを配し、外周のシルバー製チャプターリングの数字はブルースティール針に合わせてダークブルーでプリントされている。

 クロノメーター・スヴランのスペシャルエディションの多くがパワーリザーブを排しているが、2017年に発表されたスティール製のクロノメーター ホーランド&ホーランドほど、シンプルでありながら複雑な背景を持つモデルはない。全66本が製造されたこのモデルは、私の知る限りクロノメーター・スヴランの公式バリエーションにおいて唯一の2針(時分針のみ)モデルだ。パワーリザーブも7時位置のスモールセコンドも取り払われ、そこにはただ時針と分針だけが残されている。

Chronometre Souverain Holland & Holland

クロノメーター ホーランド&ホーランド(66本限定)。

 39mmのスティールケースに収められたこのデザインにおいて、主役は間違いなくダイヤルの素材そのものだ。本作は、ジュルヌと英国の歴史ある銃器メーカー、ホーランド&ホーランドとのコラボレーションによるもので、極めてユニーク(多くの人にとっては奇妙ですらある)な協力関係から生まれた。1868年製と1882年製のふたつのアンティーク銃身から66枚のダイヤルが製作されている。ダマスカス鋼特有の模様を湛えたこのダイヤルは、カドラニエ・ジュネーブで切り出された後、ホーランド&ホーランドの工房でブルーイング(黒染め)と呼ばれる銃器の伝統的な保護技法が施されるという、真の共同作業を経て完成した。

 クロノメーター・スヴランのテンプレートから外れたモデルといえば、ムーンフェイズを備えたジュルヌ・ソサエティ・クロノメーターも際立った存在だ。パワーリザーブ表示に代えて搭載されたムーンフェイズは、同名のクラブ会員である“ルナティック(狂人、あるいは月に関連した洒落)”たちにちなんだもので、このレイアウトを持つジュルヌは本作のみである。ダークブルーのダイヤルに、独特な“ストローゴールド(麦わら色の金)”のケースを備えたこのモデルは、厳密な限定モデルではない。2017年頃から生産・納品が始まったが、購入できるのは“ジュルヌ・ソサエティ”の会員に限られている。伝説的なコレクターであるGaryG氏が語るように、このソサエティはブランド自身とは無関係の独立した団体であり、その活動内容は今なお多くの謎に包まれている。

Journe Society Chronometer

ストローゴールド製のF.P.ジュルヌ ソサエティ・クロノメーター。


オッドボール(変わり種)

最後に、一点物や予測不能な“ワイルドカード”とも呼べるモデルたちを紹介しよう。

 そのうちのふたつはバービー・ミューラー(Barbier-Mueller)氏の名を冠した時計だ。驚くべきことに、ダイヤル側のどこにも“Journe”の名は見当たらない。この時計が登場するまで、ジュルヌ氏が自身のムーブメントをF.P.ジュルヌの名がない時計に使用することを許したことは一度もなかった。それを踏まえれば、これは極めて重大な出来事である。バービー・ミューラーは必ずしも誰もが知る名前ではないかもしれないが、ジュネーブ旧市街にある世界的に有名なバービー・ミューラー美術館の存在もあり、時計界ではかなりの重みを持つ名である。

Mosaique I Front

バービー・ミューラーによるMOSAÏQUE(モザイク I)。

Mosaique I Back

ハンターケースバックの下には、F.P.ジュルヌのCal.1304が隠されている。

 最初のモデルは2017年、モザイク Iとして10本限定で登場した。そのプロトタイプは2017年のオンリー・ウォッチ(Only Watch)に出品され、9万スイスフラン(当時のレートで約1000万円)で落札されている。装飾芸術へのオマージュとして、モザイク Iのダイヤルと41mmのローズゴールドケースは、さまざまな色のジャスパー(碧玉)で埋め尽くされている。石のセッティングにおいて最大のキャンバスとなっているのはハンターケースバックだが、ダイヤルやケースの側面にもブラック、グリーン、ホワイト、レッドのジャスパーがふんだんにあしらわれている。ローマ数字が配されたダイヤルのリング部分には、コントラストを成すマザー・オブ・パールが採用された。

 噂によれば、この10本はまだすべては製造されていないという。そのため、現在流通しているモザイク Iの正確な総数は謎に包まれたままだ。

Barbier Mueller Mosaique II Front

バービー・ミューラーによるMOSAÏQUE II(モザイク II)。

Barbier Mueller Mosaique II Caseback

 このシリーズの後継として、2023年のオンリー・ウォッチのために製作されたユニークピース(一点物)がモザイク IIである。オークションの延期を経て、2024年に24万スイスフラン(日本円で約4000万円)で落札された。引き続きストーンワークに焦点を当てたデザインはエリック・ジルー(Eric Giroud)氏が手がけ、見事な蓮の花のモチーフや、ジェイド(翡翠)、ブラッドジャスパー、ネフライトジェイド、オパール、カーネリアンを用いたシャンルヴェ・セッティングが特徴となっている。

 これら2作のデザインは、クロノメーター・スヴランという厳格な枠組みの外側に位置するものだ。ジュルヌの自社工房で完全に製造され、Cal.1304を搭載しているとはいえ、正式なF.P.ジュルヌのコレクションには存在しないため、厳密にはクロノメーター・スヴランではない。まさにオッドボール(変わり種)と呼ぶにふさわしい。

Journe to Daniels Christies

Image courtesy Christie's.

 最後に、話を公式のクロノメーター・スヴランへと戻そう。これ以上に重要な一本は、ほかに思い当たらない。フランソワ-ポール氏本人が、ジョージ・ダニエルズ(George Daniels)に贈ったクロノメーター・スヴランだ。外見こそ控えめなプラチナ製のクロノメーター・スヴランに過ぎないが、その唯一無二の証はムーブメント側に刻まれている。ブリッジには、“FP to George Daniels, My Mentor 2010(FPより、私のメンターであるジョージ・ダニエルズへ 2010年)”という極めて特別な刻印があるのだ。ジュルヌ氏がダニエルズを真の師と仰いでいたことに疑いの余地があるなら、この時計こそがその揺るぎない証拠となるだろう。史上最も伝説的な時計師のひとりへの追悼の手紙とともに、ダニエルズが亡くなる直前に贈られたこのギフトは、ジュルヌ氏がいかに多くの複雑機構を手がけていようとも、シンプルなクロノメーター・スヴランをいかに重要視していたかを強調している。


20年を経て

クロノメーター・スヴランが、F.P.ジュルヌの物語におけるアイコニックな地位を確立したと言っても過言ではないだろう。しばしば“エントリーレベル”のジュルヌと称されることもあるが、その息の長さが証明しているのは、ブランドで最もシンプルなこの機械式時計が、複雑機構を満載した兄弟モデルたちに対して決して引けを取る存在ではないということだ。むしろ本作は、フランソワ-ポール・ジュルヌ氏が抱くデザインと精密時計製作(クロノメトリー)への理想に対する、一切の妥協を許さない姿勢を映し出す拡大鏡のような役割を果たしている。

 2025年を迎えた今、若手世代の独立系時計師たちによるタイムオンリーウォッチの波が押し寄せるなかでも、クロノメーター・スヴランはその存在意義と希少価値を失うことなく、確固たる地位を保ち続けている。それはおそらく、このモデルが時代を先取りして発表された、現在のトレンドの先駆けのような存在だからだろう。20年の歳月と数えきれないほどのバリエーションを経てなお、クロノメーター・スヴランはモダンさと普遍性を併せ持っている。その極めて困難なバランスこそが、コレクターたち、そしてフランソワ-ポール氏本人がこのモデルをこれほどまでに慈しむ理由なのだ。

本稿の作成にあたり、コレクターイベントでの画像を提供していただいたF.P.ジュルヌに深く感謝の意を表する。

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