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再び世界を目指した現代のグランドセイコー
雫が滴り落ち石に当たる情景を現代の名工・照井 清(てるいきよし)氏率いる彫金師たちが熟練の技で表現したSBGW263。時・分針に刻まれたパターンは滴り落ちる水滴、インデックスは石に当たって跳ねた水をイメージ。ダイヤルは18Kホワイトゴールド製の3枚から成り立つ別体構造で、外側に向かってなだらかにカーブするアワーマーク部分には、照井氏による高度な技巧による彫金が施される。2020年にリリースされた。
一度は途絶えてしまったグランドセイコーであったが、その名は1988年に復活を果たす。ここでも開発の軸には精度の追求があった。95GSは年差±10秒というきわめて高精度なクォーツモデルで、皮肉なことにグランドセイコーはクォーツウォッチで復活を遂げたのだ。余談だが、当時のクォーツは初代グランドセイコーが備えた太く堂々とした針を採用することができなかった。そうした針を動かすだけのトルクを持てなかったからだ。そこで高精度とともに、時間の読み取りやすさにおいても最高峰であることを目指し、5年の歳月を要してツインパルス制御モーターを搭載したCal.9F(1993年)を生み出す。クォーツウォッチも進化を遂げていると、セイコーウオッチの担当者は語る。
機械式時計の魅力が再評価されるなか、機械式グランドセイコーの復活への期待が高まっていたが、その道のりは困難を極めた。セイコーは機械式ムーブメントの製造自体は続けていたが、それはいわゆる発展途上国向けの廉価なものが主であり、高級とはほど遠く、さらにグランドセイコーが求める精度があまりにも高いため、そちらからの道は絶たれた。結果、完全新規設計での機械式ムーブメントの開発へと進むことになるわけだが、それはさらに困難を極めた。当時の様子について前述の担当者は次のようなコメントを提供してくれた。
「機械式復活を担当した設計者がムーブメントをイチから作った経験がないなか、グランドセイコーには長い空白期間があったため、前任者にアドバイスをもらおうにも知識を持つ人はいなくなっていたのです。設計担当者は資料を読んで独学し、引退したOBたちに尋ねては少しずつ情報を聞き出したそうです。情報収集に途方もなく時間がかかるにもかかわらず、開発に与えられた時間はわずか2年。設計上ではうまくいくはずが、実際にはちゃんと動かない、精度が出ないなどの不具合の連続だったようです。その都度、改善点を設計に反映させることを繰り返した末に、ようやく目標の精度を出すことに成功しました」
苦難の末に誕生したのが、新たな機械式グランドセイコー、ノンデイトのCal.9S51とデイト表示付きのCal.9S55だ。新開発のムーブメントを搭載しただけでなく、COSCの規格よりも高い精度基準を定めた新GS規格とともに、機械式グランドセイコーは復活を遂げた。機械式の復権を背景に、その後は着々と新規開発も進み、精度に磨きをかけていく。2004年には機械式のようにゼンマイを動力源としながら、クォーツのように水晶振動子を用いて時計の精度を制御するスプリングドライブCal.9R65が誕生。20年以上の開発期間を経て、1999年に最初のスプリングドライブが商品化された後、さらに5年をかけグランドセイコーにふさわしい性能を持つ高効率の自動巻きと72時間のパワーリザーブを実現させたムーブメントである。またターニングポイントとなった2010年の海外進出と時を前後して、初のダイバーズウォッチをてがけたり(2008年)、自動巻きの10振動ムーブメントCal.9S85を搭載したメカニカルハイビート36000(2009年)を投入するなど、グランドセイコーは少しずつだが着実に、それまでとは異なる変化を表出させてきた。そして、さまざまな意味で潮目が大きく変わったのは、ブランドとしてグランドセイコーが独立した2017年であろう。
2017年、当時のバーゼルワールドでグランドセイコーの独立ブランド化が発表された。これはブランドのグローバル・ラグジュアリー化を加速させるためのものであったが、単なる戦略上の変化だけでなく、プロダクトも目に見えて変化が見られるようになる。わかりやすいのはダイヤルにこれまでとは趣の異なる装飾性の高いデザインのモデルが多く登場するようになったことだろう。従来のグランドセイコーは主張しすぎないことを美徳としていた節があるが、グローバル展開を強化するにあたってデザイン要素を強化、強いメッセージを発信するようになった。これはセイコーウオッチも公式に認め、次のようなコメントを寄せる。
「2017年に独立したブランドとなるにあたり、ヨーロッパのブランドとの違いを明確にすることに重点を置いてコミュニケーションを行いました。文化的、環境的な要素や日本の職人技がグランドセイコー独自のアイデンティティを確立することにつながりました」
1998年に誕生したキャリバー9Sの20周年を記念して2018年に1300本限定で発売されたSBGR311。炎によって鉄を生かす鍛冶の伝統をイメージしたブラウンカラーと、独特のロゴパターンダイヤルが目を引く。2017年の独立ブランド以降、こうした特別なデザインを持つモデルが急増する。
「新たな顔をどうするか。たとえば、GSロゴを12時位置に配置するためにインデックスのサイズを含めてダイヤルでリデザインを行いました。さらにGSロゴをより美しく引き立てるために6時位置の表記(機能表示)も文字サイズや書体の定義を改めました。また、拡大する体系を見越して、4つのコレクション(マスターピース、エレガンス、ヘリテージ、スポーツ)を新設して、既存コレクションの整理を実施。特にエレガンス、スポーツを象徴するデザインシリーズの創出は、海外市場での訴求力の強化を図ったものです。ブランド独立の前年にはブラックセラミックスを登場させ、すべて100万円オーバーというリミテッドコレクションで新たなターゲットへのリーチを図りました。2017年にこのコレクションはレギュラー化されましたが、100万円を超えるレギュラーモデル(卑金属)のSKUへの組み込みはこれが本格的なスタート。貴金属モデルの拡充に取り組み始めたのも独立以降です。ただし、ラグジュアリー化というのは価格を上げることではありません。あくまでもGSでしか手に入らないモノ・コトを築くことが主眼です。GSのムーブメント開発は、2006年に9S5系から9S6系へのアップデート、2014年に9S86、2016年には手巻きスプリングドライブの9R01をリリースするのみでしたが、独立ブランド化、正確には2018年以降、毎年必ず新ムーブメントを発表しています。これはかつてに比べると驚異的なことですが、海外での展開を本格化し、ラグジュアリー化していくうえで必要なことと考えたのです」
本稿ではなかでもメッセージ性の高いモデルをいくつか掲載した。特にグランドセイコー 誕生60周年を記念して製作された、雫石高級時計工房のある岩手県雫石町をテーマにした手彫りの彫金ダイヤルを備えた数量限定モデル、SBGW263などはその好例といえる。
前出のSBGR311と同様、特別なダイヤルパターンが施されたキャリバー9Sの20
周年記念限定モデルのうちのひとつ。SBGH265は世界限定20本のプラチナケースモデルだ。数の少なさも注目に値するが、ダイヤルにかつてのV.F.A.をほうふつさせる文字がプリントされており、実際にグランドセイコー専任時計師の手によってV.F.A.に匹敵する平均日差-1秒~+3秒(静的精度)という精度に特別な調整がなされた。
2024年にリリースされた、45GS復刻デザイン限定モデル。世界限定1200本でSSモデル(SLGW005)も発売されたが、こちらは世界限定200本とより数が少ない18KYGケースのSLGW004だ。実に50年余を経て登場した手巻きの10振動ムーブメント、Cal.9SA4を搭載。復刻モデルらしく、1968年に発売されたCal.4520搭載の45GSのケースとダイヤルのオリジナルデザインを現代の技術を用いて表現した。
優れた質感を備えた小ロットのレアピース
服部金太郎生誕160周年記念限定モデルとしてリリースされたSBGZ005。初代グランドセイコーにインスピレーションを得て作られたうちのひとつだが、過去作と比較してもきわめてこだわったディテールを持つ。
本格的に世界を見据えて変化していくグランドセイコーではあったが、初代モデルに見られた意匠はブランドのよりどころとしてたびたびよみがえってきた。とはいえ、単にそのまま再現するわけではなく、その都度、最新の外装加工技術を用いることでよりシャープで質感の高い、現代にふさわしい外見にアップデートしたモデルがつくられた。ほかにも現代的な大きさへのサイズアップ、さらにはそれに伴う重厚感とのバランスに配慮して着用感にこだわるなど、控えめながらも作り手の確かなメッセージが込められたモデルが過去数回にわたりリリースされている。
なかでも2020年に発表された(発売は2021年。生年は1860年10月9日である)創業者・服部金太郎の生誕160周年を記念した限定モデル、SBGZ005は特筆に値するモデルといえる。冷間鍛造で作り出された稜線が際立つプラチナケースは、平面も曲面もひずみなく磨き上げられ、全体に柔らかい印象を与えつつも凛とした力強さを漂わせる。そんなケースに収められるのは高級時計の専門工房、マイクロアーティスト工房がてがけたスプリングドライブCal.9R02だ。同工房は、“信州 時の匠工房”を構成する主要工房のひとつで、2000年に時計の技能を継承する目的でセイコーエプソン塩尻事業所内に設立された。ここでは技能五輪金メダリストや、黄綬褒章受章者を含む卓越した技術者や技能者が所属し、その優れた技術や技能を生かして複雑時計などの製作をてがける。現在のグランドセイコーに欠かすことのできない存在だ。
左は2017年に発売された初代グランドセイコー リミテッドコレクション 2017復刻デザイン。プラチナケースではなくSSケース仕様で限定1960本。右は誕生60周年を記念して2020年に作られたプラチナケースモデル。数量限定ではないが、グランドセイコーブティックでのみ販売された。
特に見るべきは繊細な放射を放つ多層ダイヤルである。これは技術的な制約から、初代グランドセイコーではかなわなかった放射模様を実現すべく生み出されたダイヤル表現で、現代の加工技法を結集し、さらに新たな技法を取り入れることでつくられた。ダイヤルの装飾として、すり鉢の内面をほうふつさせる非常に細かな模様が刻まれているが、この模様は櫛目(くしのめ)と呼ばれ、内側の粘土の表面を櫛のようなもので引きずって作られる模様だ。この繊細な模様がダイヤルの豊かさに加えて質感の高さを与え、堅く飾り気のない印象を和らげる。インデックスと時・分針は14Kホワイトゴールド、秒針は通常のブルーではなく、グレーテンパーを採用して処理にもこだわる。繊細な放射模様のダイヤルにはブランドロゴ、SDマーク、そして秒目盛が浮かび上がるが、印刷によらず立体の陰影のみで美しさと視認性を実現した。価格は税込1155万円(発売当時。現在は販売終了)と、グランドセイコーとしては異例の高価格となったが、そのこだわりを考えれば妥当な金額といえよう。
驚くほどの手間暇がかけられて生み出されるグランドセイコー。それは今も昔も大きくは変わらないようだ。作り手たちにとっては当たり前であるがゆえに、彼らはそうしたこだわりをあまり声高にはアピールしないが、確かな審美眼を持つ時計愛好家たちの注目を確実に集めている。海外進出に伴い、セイコーウオッチでは積極的に海外のジャーナリストやリテーラーなどを招待してグランドセイコーの製造現場を見せるなど、草の根的な活動の一方で、作り手たちの静かなる情熱が込められたプロダクトの数々が世界の人々に届き、その目に、その手に実際に触れることでファンの裾野を広げているのだ。
収集価値の高いグランドセイコーを手にする魅力
2020年、グランドセイコーは新たなステージに突入する。グランドセイコーが新たに打ち出したデザイン文法、“エボリューション9スタイル”の登場である。
これは審美性の進化、視認性、そして装着性の進化という3つの方針に基づき、9つのデザイン要素を定義。たとえば、ケースは光の当たり方によって多様な表情を見せるように鏡面とヘアライン仕上げを組み合わせた立体的な造形とし、針やインデックスには立体的な多面カットが施され、わずかな光でも視認性を高める工夫がなされている。エボリューション9スタイルは、グランドセイコーの伝統を守りつつ、現代のライフスタイルや価値観に共鳴する新たなデザイン文法として、現行のさまざまなモデルに採用されている。代表的モデルといえば、通称“白樺”と呼ばれているメカニカルハイビートモデル、SLGH005だ。2021年に発売されたこのモデルは、GPHG(ジュネーブウォッチグランプリ)のメンズウォッチ部門賞を受賞した世界が認める逸品となり、名実ともに現代のグランドセイコーが誇る傑作となった。ここ数年はさらに日本の自然風景からさまざまな表情豊かなダイヤルバリエーションが作られるようになり、いまやそれらのアイコニックなダイヤルはグランドセイコーのアイデンティティにもなっている。
時を同じく、世界を驚かせたのがT0 コンスタントフォース・トゥールビヨンの発表だった。それまでのグランドセイコーとは一線を画す、まさにゼロからイチを生み出すような時計だが、なぜこのような時計開発が進められたのか。セイコーウオッチは次のように回答する。
「T0の開発においても、機械式時計としてさらなる高精度化を遂げるという目的は一貫していました。高精度化の手段としてのコンスタントフォース・トゥールビヨン自体は、開発当時から他社にもありました。そこで新しい機構を構想するなか、ぜんまいの力を一定にするコンスタントフォースと姿勢差を平準化するトゥールビヨン、このふたつを同軸に備え、かつ一体化するというアイデアが浮上しました。これは世界初の試みでした。その時点で製品化が決まっていたわけではありませんが、社内のアイデアコンテストへ出展され、そのコンテストでの2度の優勝を経て本格的な開発がスタートしました。こうした背景が商品化にとらわれない自由な発想で複雑機構を生み出すことにつながりました」
かつてグランドセイコーは1960年代の天文台コンクールに参加し、スイス勢を上回る15&20振動という超高振動ムーブメントをもって世界に存在をアピールした。そして今度は世界初の同軸コンスタントフォース・トゥールビヨンをもって、再び世界にその存在を示したのだ。しかもこれは単なる技術力の証明だけではなかった。単に高精度を実現するための機構を追い求めるだけでなく、感性価値の創造も開発のテーマに加えられたのだ。設計者の川内谷卓磨氏は、その正確さを機械式ならではの“音”で示すという奇想天外な発想で具現化した。T0の振動数は2万8800振動/時。脱進機が1秒間に8回、アンクルがガンギ車の歯に当たり、歯車をひとつずつ送り出してチクタクという音を鳴らすが、T0ではこれに1秒周期のコンスタントフォースが発する衝撃音が加わることで、まるで16ビートのような打刻音を発する。
本誌Vol.1で実施した川内谷氏へのインタビューのなかで、彼はこんなコメントを残している。「60周年の年にT0を発表したということは、グランドセイコーはコンプリケーションを否定しないことの声明であると、私は思っています」 T0はその後、基本設計はそのままに部品の90%以上を変更。小型化と仕上げの変更、そしてコンスタントフォース機構への改良を加えたCal.9ST1をもって製品化した。独創的な機構が生み出す音色と表情から心臓の鼓動を意味する“Kodo”の名を与えられ、氏の言葉どおり、Kodo コンスタントフォース・トゥールビヨン SLGT003(世界限定20本、価格は4400万円と、GSとしては前例のない超高額モデルとなった)として、2022年にリリースされた。そして同年のGPHGクロノメトリー賞を受賞。グランドセイコーは世界でのポジションを確固たるものとしたのである。
グランドセイコーの魅力とは、果たして “真面目”や“誠実”という文脈で語られるだけのものであろうか? それは断じて違うと、筆者は声を大にして言いたい。魅力を深掘りしてみると、そこには確かに時代の一歩先を行こうという革新性、常に進化し続けようという探究心、そして優れた製品こそがユーザーの信頼を得るという高い品質に対する揺るがぬ信念がある。一方で“国産最高峰”を錦の御旗として、その哲学に恥じない最高の時計を求めてブランドは多品種少量生産を取り入れてユーザーの多様なニーズに答えてきた。それは現代においても同様で、膨大な数のリファレンスが高い収集価値を生み出している。実用性能を追求するグランドセイコーのものづくりはもちろん魅力的である。だが、それと同じくらい収集価値の高い希少なモデルの数々が、同ブランドをよりいっそう魅力的な存在へ押し上げているのだ。
2022年に製品化されたKodo コンスタントフォース・トゥールビヨンSLGT003。グランドセイコーの今を示す、まさに画期的時計となった。2024年にはバリエーションとして、“薄明(夜明け前の闇に差す淡い光)”を表現したSLGT005も登場。
Photographs by Jun Udagawa, Styling by Eiji Ishikawa(TRS)

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