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Hands-On フェルディナント・ベルトゥー ネソンス ドゥンヌ モントル 3 —— かつてのウォッチメイキングへの回帰

モダンウォッチメイキングの枠を超え、その歴史そのものの限界を押し広げる真のハンドメイドウォッチだ。


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9月初旬、フェルディナント・ベルトゥーがモダンウォッチメイキングにおいてきわめて注目すべき発表を行った。これは完全手づくりの時計である。近年高まる独立時計製造への情熱と関心は、“インディペンデント”という言葉の定義、そしてなぜこれらの時計師たちが特別であるのかという点を、少々あいまいにしてしまった側面がある。フェルディナント・ベルトゥーのネソンス ドゥンヌ モントル 3(Naissance d'une Montre 3、“時計の誕生”)は、その卓越した品質が自明である一方、今日ではごくわずかな人々やブランドにしか実現できないという点で、理解することが難しい側面も持っている。ジュネーブの街角で偶然出会ったフィリップ・デュフォー(Philippe Dufour)氏に、「ぜひ時間を作って見に行くといい」と背中を押されたこともあり、私はこの時計を見なければならないと強く感じたのである。

Ferdinand Berthoud Naisance d’une Montre 3

 あるコレクターに最近こう尋ねられた。「レジェップ・レジェピ、ロジャー・スミス、そしてフィリップ・デュフォーの時計は、いったい何がそんなにすごいんですか? レジェップは手作業で時計を作っているんでしょう?」。その質問に、私はしばし言葉を失い、“うーん”とか“えっと”といった言葉で時間を稼ぎながら、明確な答えを探した。それは技術と美意識の絶妙な融合であり、大手ブランドから独立して、ウォッチメイキングという芸術のために自分が正しいと信じる道を貫く力、そしてデザインと仕上げの両面でほかの名高い時計師でさえ到達するのが難しいほどの完成度を実現する能力にある。ただし、彼らが現代技術、つまりCNC工作機械などを一切使わずにそれを行っているわけではない。だがフェルディナント・ベルトゥーはまさにそれをやってのけた。そして誰も成し遂げたことのない偉業を達成したのだ。

 永遠の時財団(Time Æeon Foundation)が主催するネソンス ドゥンヌ モントルプロジェクトの一環として、この取り組みの目的は、失われつつある伝統技術を再発見し、それを後世へと伝承することで、純粋で混じり気のない“本物のウォッチメイキング”、すなわちアンティークスタイルの真髄を守り続け、知識を保存・保護することが掲げられている。手動工具のみを用いて完成されたこの時計は、過去・現在、そしておそらく未来においても、ウォッチメイキングの最高峰といえる存在だ。このシリーズは全11本限定ですでに完売済み。しかしプロトタイプ(スティール製)が11月8日のフィリップスオークションにかけられ、その収益の一部は永遠の時財団に寄付されるという。


ネソンス ドゥンヌ モントルプロジェクトの歴史

 私が時計ライターを始めたばかりのころ、フィリップ・デュフォー氏と出会い、当時お互いを突き動かしていたさまざまなことについて1時間半ほど気さくに語り合う機会を得た。「時計製造の未来が心配なんだ」と彼は言った(正確な言葉ではないが、そういう趣旨だった)。「もし何かできるとしたら、学生たちにもう一度あの技術を教えられるような大学院プログラムを始めたい。偉大な時計師たちが講師になって、それぞれの技を教えるんだ。ただ私を含め、誰もそんな時間はない」

 おそらくそのときだけでなく、フィリップ・デュフォー氏やほかの名だたる時計師たちは常に、ウォッチメイキングの未来に不安を抱いてきたのだろう。そうした思いからこそレジェップ・レジェピ氏が最近、徒弟育成プログラムを立ち上げたのである。現代のウォッチメイキングは、ある意味で飽くなき獣(クォーツ危機を経たにもかかわらず、機械式時計への需要は再び高まり続けている)を生み出してしまった。しかしその一方で製造システムそのものは、職人たちが身につけるべき知識をどんどん必要としなくなっている。工程は自動化され、学生たちは原理を学ぶものの、実際のキャリアの大半を単一の作業を繰り返すことに費やすようになった。私たちが話していたのは、1910〜1920年代の“古きよき時代”のことだ。学生たちがゼロから複雑な時計を作り上げ、自分の内から湧き出る発想を形にしていた、そんな時代の話である。

Naissance d'une Montre

初代ネソンス ドゥンヌ モントル。Photo courtesy Greubel Forsey and Time Æon Foundation.

 ネソンス ドゥンヌ モントルプロジェクトは、ある意味でこの問題へのひとつの解答といえる存在だ。2009年に始動したこのプロジェクトは、時計市場が再び活況を取り戻し、コレクターや愛好家たちがウォッチメイキングのプロセスからその歴史、高級仕上げの難しさ(そして時にその重要性)に至るまでより深く理解し始めた時期と重なる。そのコンセプトはいたってシンプルで、完全手作業で時計を製造するというもの。電気加工、CNC、コンピュータ制御といった、現代の時計師たちにとって当たり前となった技術は一切使用してはならない、という厳格なルールのもとに進められたのである。

 このプロジェクトは永遠の時財団の管理下に置かれているため、商業的な動機によって製作の容易さを優先したり、ルールを破ったりすることはない。最初の時計(上写真)は、グルーベル・フォルセイ(Greubel Forsey)氏とフィリップ・デュフォー氏指導のもと、ミシェル・ブーランジェ(Michel Boulanger)氏によって製作され10本が完成した。この取り組みが基調となり、グルーベル・フォルセイはのちに同じ理念に基づくハンドメイド1、そしてハンドメイド2を生み出すこととなった。これらの時計は、ジョン・F・ケネディ大統領の言葉を借りれば“容易だからではなく、困難だからこそ挑む”モノづくりの象徴として、高い基準を示す存在となった。

Hand Made 1

グルーベル・フォルセイ ハンドメイド1。Photo courtesy Watches by SJX.

Hand Made 2

今年初めに実機レビューで取り上げたグルーベル・フォルセイ ハンドメイド2。

 ネソンス ドゥンヌ モントル 2 は、まったく異なるアプローチを取った。2015年にドミニク・ブッサー(Dominique Busser)氏とシラノ・デバンテイ(Cyrano Devanthey)氏によって始動し、今回もグルーベル・フォルセイ、そして新たにウルベルクの指導を受けて製作が進められた。2019年に発表された際、プロジェクトの主導者たちは次なる第3弾をフェルディナント・ベルトゥーが引き継ぐことも同時に明らかにした。

Naissance 2

ネソンス ドゥンヌ モントル2。Photo courtesy of Phillips.

Naissance 2

ネソンス ドゥンヌ モントル 3

 ネソンス ドゥンヌ モントルの最新作は、これまでのシリーズのなかでも群を抜いて調和のとれた1本に仕上がっている。そのデザインは、フェルディナント・ベルトゥー独自のコードによってのみ形づくられている。これまでのコラボレーション作品では、それぞれが美学の実験場として独自のアプローチをとってきたが、今回はフェルディナント・ベルトゥーというひとつのブランドのもとで(ショパールの時計師たちとの協働を含めて)完結しているため、全体として統一感のある仕上がりとなった。さらに注目すべきは、その完成度の高さである。あまりに完璧で、手作業で作られたとは到底思えないほどだ。だがフェルディナント・ベルトゥーは、このプロジェクトを詳細に記録しており、それは私たちの理解を深めるだけでなくこの時計のすべてのパーツが手作業で切削、旋削、研磨、成形されたことを示す貴重な証拠ともなっている。

Ferdinand Berthoud Naisance d’une Montre 3
Ferdinand Berthoud

Photo courtesy Ferdinand Berthoud.

Ferdinand Berthoud

Photo courtesy Ferdinand Berthoud.

 この時計の技術的原理について、簡単に説明しておこう。フュゼ・チェーン機構は、主ゼンマイの巻き上げがほどけていく際に生じる不均一なトルクを一定化するため、15世紀にクロックに初めて採用された仕組みである。主ゼンマイは、完全に巻き上げられているときには強い力を発揮し、ほどけていくにつれて出力が弱まる。このトルク差を均一化するため、主ゼンマイを収めた香箱(下写真、ここでは左側)が、細い鎖を介して円錐形のコーン(フュゼ)と連結されている。ゼンマイが最大に巻き上げられているときは、鎖がコーンの上部から引かれ、力の引き出しが抑えられる。ゼンマイがほどけて出力が落ちるにつれて、コーンの太い部分がより大きなテコの作用を生み出し、力を補うという仕組みだ。極めて巧妙なメカニズムである一方、製作は非常に厄介である。チェーン自体の製造は産業用機械を用いても困難であり、しかも非常に繊細だ。なおフュゼ・チェーン機構を搭載した腕時計が登場したのは、1994年にA.ランゲ&ゾーネが発表したトゥールビヨン “プール・ル・メリット”が最初だ。

 本稿で大量のマクロ写真を掲載しているのは、特別な意図があるわけではない。ただ、この時計の仕上げがいかに素晴らしいかを実際に見てもらうためだ。たとえばフュゼ・チェーンによるコンスタントフォース機構を見てみよう。これにより、本作は約50時間のパワーリザーブを実現している。

Ferdinand Berthoud Naisance d’une Montre 3

 これはFBが10年以上にわたり腕時計として開発を続けてきたものだが、今回のように完全な手作業によって製作されたのは初めてである。チェーンの各リンクは非常に小さく、産業的な製造であっても製作が難しいため、現代の時計においては一般的に実用的とは言えない。このチェーンはゼニスやランゲが使用しているものと似ているが(それぞれ172mm、180mm、150mm)はるかに多くの労力を要する。本作では285個のリンクがすべて手作業で作られ、それらをつなぐ191本のピンはいずれも直径わずか0.3mmしかない。

Ferdinand Berthoud Naisance d’une Montre 3
Ferdinand Berthoud Naisance d’une Montre 3

 小ぶりなサイズながら、時刻表示は非常に視認性が高い。FBが得意とするマリンクロノメータースタイルを踏襲し、表示の主役は、文字盤外周のホワイトゴールド製見返しリングに沿って伸びる、細く長いブルースティールのセンターセコンド針だ。ミニッツトラックも時刻表示のインデックスもすべて、フリーハンドで手彫りされている。

 以下の写真では、バイメタルのギヨーム式チラネジ付きテンプも確認できる。ウォッチメイキングの歴史において、摩擦、湿気、そして温度変化は精度を脅かす最大の敵であった。特に温度変化はヒゲゼンマイに深刻な影響を及ぼし、温度に強い合金が登場する以前は、その安定性の欠如が精度に致命的な誤差を生じさせていた。マリンクロノメーターの時代においては、時計の正確さはまさに“生死を分ける問題”だったのである。この問題を補正するため、1700年代には時計師たちが異なる素材を組み合わせたテンプを使用し始めた。フェルディナント・ベルトゥーもこの技術をいち早く採用したひとりである。そして1899年、シャルル=エドゥアール・ギヨーム(Charles-Edouard Guillaume)がバイメタルテンプ用の新しい合金を開発したことで、大きな革新がもたらされた。この発明により、温度による誤差は1日あたり1.9秒からわずか0.3秒へと劇的に低減し、彼はその功績によってノーベル賞を受賞した。

Ferdinand Berthoud Naisance d’une Montre 3

 ネソンス ドゥンヌ モントルの目的は、失われた技術の再発見と継承にある。現代のように安定した合金が存在する時代において、ギヨーム式テンプはもはや実用的な意味を持たない。したがって、それを再びイチから作り上げるということは、ブランドにとって途方もない努力を要する試みだった。さらに驚くべきことに、ネソンス ドゥンヌ モントル 3はCOSC認定を取得している。つまり文字どおり正真正銘のクロノメーターである。私の理解が正しければ(もし間違っていればぜひ指摘して欲しいが)、この18年間のプロジェクトのなかでCOSC認定を受けた初のネソンス ドゥンヌ モントルであるだけでなく、完全な手作業で製作された時計としても初めての認定取得例となるだろう。さらに、おそらくバイメタルテンプを搭載した時計としても、現代の厳格な試験をクリアした初のケースであるに違いない。

Ferdinand Berthoud

Photo courtesy Ferdinand Berthoud.

Ferdinand Berthoud Naisance d’une Montre 3
Ferdinand Berthoud Naisance d’une Montre 3
Ferdinand Berthoud

Photo courtesy Ferdinand Berthoud.

 時計の裏面はやや控えめな印象ながら、やはり見る者を圧倒する仕上がりだ。地板にはジャーマンシルバーが用いられ、サンドブラスト仕上げが施されている。このスタイルは、現代スイスの仕上げ様式というよりも、ベルトゥーが活躍した当時のフランスやイギリスの時計に見られる伝統的な手法に近い。地板やブリッジ、そして輪列の内側に至るまで、すべてのパーツには熟練の技によるアングラージュ(面取り)が施されている。さらに地板は金めっき仕上げで、文字盤側のWG製の表示部と美しい対比を成しながら、時計全体に統一感のある美観を与えている。

 一部のネジには青焼き仕上げが施されており、巻き上げ爪をはじめとするSS製パーツには、現代的な内角処理と鏡面のように磨き上げられた仕上げが見られる。表裏の両面には、バランスの軸受けを覆う天然ダイヤモンドのエンドストーンが配されており、手作業で製作された耐震装置によって固定されている。裏側の地板にはフュゼ・チェーン機構の下部が見え、その上にはフランス語で、“時間という偉大な師に捧ぐ(Dedicated to time, the great teacher)”という銘が刻まれている。

Ferdinand Berthoud Naisance d’une Montre 3
Photo courtesy Ferdinand Berthoud.

Photo courtesy Ferdinand Berthoud.

Photo courtesy Ferdinand Berthoud.

Photo courtesy Ferdinand Berthoud.

Ferdinand Berthoud
Ferdinand Berthoud

 ケースはより伝統的なラウンド型でWG製だ。ラグはミドルケースにねじ込みとロウ付けによって固定されている。全体のサイズは44.3mm×13mmで、厚さは比較的控えめながら数字が示すほど大きくは感じられない。製造方法から視認性に至るまで、実用的な時計とは言いがたいものの、意外にも装着感は良好だ。また30mの防水性能を備えるほか、直径8.8mmのリューズは巻き上げ時にしっかりとした指掛かりを与えてくれる。

 巻き上げの感触は、全体的に驚くほど心地よい。フュゼ・チェーン機構を備えた時計では、リューズを回したとき特有の感触があり、チェーンの張力と形状が生み出すカチッとしたクリック感が実に爽快だ。フュゼ・チェーン機構は通常の香箱とは異なり、一方向に巻き上げ、もう一方向にほどけていく構造を持つ。そのため、ゼンマイが逆方向に巻き上がっている最中でも時計への動力供給を絶やさないことが重要となる。このためフュゼ・コーンの内部には補助ゼンマイが組み込まれており、巻き上げ動作中でも動力を維持し、さらに約30分間の予備パワーリザーブも確保できる。

Ferdinand Berthoud Naisance d’une Montre 3
Ferdinand Berthoud Naisance d’une Montre 3
Ferdinand Berthoud Naisance d’une Montre 3

 このモデルはWG製が10本、そしてSS製が1本のみ製作された。後者は11月8日にフィリップスでオークションにかけられた(編注;127万スイスフラン、日本円で約2億4000万円にて落札)。1本の製作に要する時間は約1万1000時間にもおよび、フェルディナント・ベルトゥーおよびショパールのスタッフ約80名が製作に関わっている。納品は数年にわたって行われる予定だが、購入者にとってそれは問題ではない。10本すべてがすでに完売しており、販売価格は85万スイスフラン(日本円で約1億6000万円)である。この価格で価値を語るのは容易ではないが、確かなのは、手にするのが単なる時計ではなく“歴史そのものを内包した特別な存在”であるということだ。

Ferdinand Berthoud Naisance d’une Montre 3

ネソンス ドゥンヌ モントルプロジェクトの詳細については、永遠の時財団公式サイトを参照して欲しい。フェルディナント・ベルトゥーによるネソンス ドゥンヌ モントル 3については、ブランド公式サイトで確認できる。またネソンス ドゥンヌ モントル 3 プロトタイプのオークション情報は、フィリップス公式サイトをチェック。