それほど昔のことではないが、我々はパテック フィリップのRef.5316Pの実機レビューを公開した。これはパーペチュアルカレンダー、ミニッツリピーター、トゥールビヨンを備え、パテックの歴史をさかのぼる系譜を持つムーブメントを搭載した、驚くほど印象的な時計だ。私はこのRef.5316/50P-001を、“現在製造されているパテック フィリップのなかで、最高かつ最も代表的な1本”と評した。その主張と対極であるのが、最近発表されたRef.5308Gであり、これはメゾンにおける複雑時計製造にマキシマリスト的アプローチを取っている。Ref.5316Pは、パテックの前CEOであるフィリップ・スターン(Philippe Stern)氏のビジョンを受け継ぐロマンティックな存在だと主張することもできるだろう。しかしRef.5316Pがパテックのコンプリケーションの過去への賛歌であったとするならば、“カドラプル・コンプリケーション”として知られるこの時計はティエリー・スターン(Thierry Stern)氏が思い描くブランドの未来なのである。
正面から見ただけでも、直径42mm×厚さ17.71mmのホワイトゴールドケースが、直径40.2mm×厚さ13.23mmのRef.5316Pをはるかに凌駕していることから違いは明白だが、裏側を見ればその差はさらに際立つ。Ref.5308Gは(パテック フィリップのウォッチアート・グランド・エキシビション 東京のために製作された)量産モデルであったRef.5308Pの後継機であり、現代の実用的な要求に応えるべく設計されている。マイクロローター式のムーブメントを採用し、その構造はヴィンテージ感が薄い(Ref.5316Pのムーブメントが32年前の設計であることを考えれば当然だ)。しかし、それはRef.5308Gが何もないところから生まれたことを意味するわけではない。
“カドラプル・コンプリケーション”の先祖たち
15年間にわたり、パテックのRef.5016はパーペチュアルカレンダー、ミニッツリピーター、トゥールビヨンを過不足なく組み合わせた、ブランドを代表する時計として君臨していた。確かに2001年に登場したスカイムーン・トゥールビヨン Ref.5002は、ブランドでもっとも複雑な時計として王座を奪ったが、それは例外的な存在であり、Ref.5016が持つ抑制されたエレガンスとは正反対であった。しかし2000年代初頭、消費者の需要は変化した。購入者は手首の上でより大きく存在感のある時計を求めるようになり、同時に、よりモダンに見える時計を欲するようになったのである。
2008年に発表されたパテック フィリップ Ref.5207P。Photo courtesy Monaco Legend Group
2008年、パテック フィリップはRef.5207Pを発表した。これはブランド初の瞬転式パーペチュアルカレンダーであり、曜日、日付、月の開口部をダイヤル上部に放射状に配置し、ミニッツリピーターとケースバックから鑑賞できるトゥールビヨンを組み合わせたものである。もちろんCOSC認定を受け、ジュネーブ・シールも取得している。注目すべきは、今日ではブランドの現代的なコンプリケーションを象徴する意匠であるこの放射状の開口部表示が2008年に発表されたRef.5960で初めて採用されたという点だ。この時計は、パテック初の自社製自動巻きクロノグラフとして、それ自体がひとつの物語に値する存在である。さらに加えて年次カレンダーも備えている。
パテック Ref.5960/1A。
Ref.5207は当時としては大型であり、プラチナケースには手彫りのケースサイドと、手首に載せた際の視覚的な大きさを抑えるためのコンケーブ(凹型)ベゼルが採用されていた。しかし今日のサイズ感覚からするとやや逆説的だが、コレクターからのフィードバックは“大きいが、もっと大きくてもよかった”というものだった。以下は、Purists forumにおけるDJEの投稿から引用したものである。
“41mmというサイズは十分に着用可能であり、さらに大きくなかったことを残念に思う人も多いかもしれない。個人的にはこのサイズにとても満足している。厚さは16.25mmだ。キャリバー単体でも9.33mmあり、2.75mmのカレンダープレートとディスクを含んでいる”
パテック Ref.5207Pに搭載されたCal.R TO 27 PS QI。Photo courtesy Monaco Legend Group
Cal.R TO 27 PS QIは、Ref.5016およびRef.5316に使われたCal.R TO 27 PS QRから、いくつかの設計的な系譜を引き継いでいる。トゥールビヨンのテンプを支える大きなブリッジと、その上に載る大きなオクトパスホイールがその例だ。一方で、ここでは瞬転式のパーペチュアルカレンダーが採用され、表示方式も異なる(QRはレトログラード式パーペチュアルカレンダー、QIは瞬転式の外周表示)。この時点で、超複雑機構の系譜は大きく枝分かれを始めたのである。
2017年のOnly Watchのために製作された、チタン製のパテック フィリップ グランド・コンプリケーション Ref.5208。
2011年、パテック フィリップはRef.5208でさらに一段階ギアを上げた。トゥールビヨンを省く一方で、モノプッシャークロノグラフを追加し、さらにCal.R CH 27 PS QIにマイクロローターを組み込み、自動巻きとしたのである。パテックの多くのクロノグラフとは異なり、通常クロノグラフに期待されるレバーやブリッジの密集は巻き上げブリッジとリピーター機構(カラトラバクロスの下に見えるガバナーを含む)の下に隠されている。
この時計はケースサイズが直径42mm×厚さ15.2mmであり、ムーンフェイズ表示は反転された(これはのちのRef.5204 永久カレンダー搭載スプリット秒針クロノグラフなどにも引き継がれる)。正直なところ、なぜムーンフェイズを反転させたのかは私にもわからないが、個人的には好ましい判断ではなく、ダイヤルの視線を必要以上に下へ引っ張ってしまうと感じている。ブランドはまた、装着時の重量を軽減するために、ラグをスケルトン化した。
Only Watch仕様のパテック Ref.5208に搭載されたCal.R CH 27 PS QI。
2023年、パテック フィリップのウォッチアート・グランド・エキシビション 東京で発表されたRef.5308Pは、2008年のRef.5207から始まった自然な最終進化形であったと言える。それでもなお、きわめて印象的な登場であったことに変わりはない。スプリットセコンドクロノグラフを備えたこの時計は、“カドラプル・コンプリケーション”と呼ばれた。その名称からトゥールビヨンの復活を期待する人もいたかもしれないが、パテックはクロノグラフとスプリットセコンド機構を、ふたつの別個のコンプリケーションとして数えている。
したがってこの時計はクロノグラフ、スプリットセコンド機構、瞬転式のパーペチュアルカレンダー、ミニッツリピーターを備え、ラインナップのなかでもっとも複雑なクロノグラフとなった。プラチナケース、サーモンカラーのダイヤル、ブラック仕上げの針とインデックスを備えたこのモデルは、最高水準のファンサービスとも言える存在であったが、製作数は15本に限定された。
ウォッチアート・グランド・エキシビション 東京のために製作されたパテック フィリップ Ref.5308P。
実機で見るパテック フィリップ Ref.5308G
その意匠の系譜が明確である以上、Ref.5308Gのムーブメント Cal.R CHR 27 PS QIから語り始めるのがふさわしいだろう。一見すると意味不明にも思えるこの数字の並びも、ひとつずつ分解していけば理解できる。リピーター、クロノグラフ(今回はラトラパンテ、すなわちスプリットセコンド)、27mm径のベースムーブメントを基にしたプチセコンドと瞬転式のパーペチュアルカレンダーである。“カドラプル・コンプリケーション”において私を悩ませる点のひとつが、実際に4つ目のコンプリケーションが何なのかということだ。単純に言えばパテックは、パーペチュアルカレンダーとミニッツリピーターを加えて、スプリットセコンドクロノグラフを、ベースとなるクロノグラフとスプリットセコンド機構というふたつの別個のコンプリケーションとして数える、私が知る限り唯一のブランドなのである。
これらコンプリケーションの代償として、パワーリザーブはやや控えめで、クロノグラフ作動時で38時間、最大でも48時間となっている。実際、パテックはクロノグラフを連続して作動させないことを推奨している。ムーブメントはオフセンターに配置されたジャイロマックス式マイクロローターと、2万1600振動/時で作動するスピロマックス(シリコン)製ヒゲゼンマイを備える。799個の部品と67石を必要とし、ジュネーブ・シールの基準を満たしているが、一般的なスプリットセコンドクロノグラフと比べると、ムーブメント側の見どころは意外と少ない。
実際、この時計はモジュール構造であり、技術的な要素の多くはダイヤル側に隠されている。裏側からは、エンジンターン仕上げのマイクロローターや、ブラックポリッシュ仕上げのリピーター用ハンマー、そしてゴールド製のカラトラバクロスの下に隠されたリピーターのガバナーを見ることができる。一方、ダイヤル下にはパーペチュアルカレンダーのモジュールが収められている(パーペチュアルカレンダーは一般的にこのような構造だ)。スプリットセコンドクロノグラフが一体型でない点は簡略化されたアプローチに見えるかもしれないが、そのために80点の新規部品が必要となり、追加の動力消費に対応するための厚みを増したゼンマイや、信頼性向上のために厚く設計されたアイソレーターなど、多くの変更が加えられている。さらに作動精度を高めるため、バネ付き歯を一体化した新しいバックラッシュ防止ホイールも採用されている。
Ref.5308Pはサーモンダイヤルと、ブラック仕上げを施したダイヤル要素を備えるRef.6196Pに見られるような、今後の美的な方向性を予感させる存在でもあった。Ref.5308Gは実際に目にすると圧倒的な存在感を放ち、旧来のパテックのためのデザインというよりは、ロレックスのプラチナ製デイトナのような時計をすでに愛好している、新しい顧客層に向けたデザインに感じられる。アイスブルーのサンレイ仕上げを施したダイヤルにはブルーの針と、ダイヤル要素(カレンダー開口部の縁取りを含む)、そして経過時間・分を表示するクロノグラフ用のスネイル仕上げを施した大きなインダイヤルがふたつ配されている。インダイヤルに使われたセリフ体のフォントでさえ、カレンダー表示のフォント(ブランドの伝統に忠実なもの)やブランドロゴとは明確に異なり、よりモダンな印象を与えている。
個々の要素だけを見れば、ややちぐはぐに感じられるかもしれない。その点に注目すれば、確かにそうだと言えるだろう。しかし、実際に約1時間この時計を着用し体験した限りでは、違和感を覚えることはなかった。インダイヤルが低い位置にあることも、正直なところRef.5204 永久カレンダー搭載スプリット秒針クロノグラフでは少し気になる反転ムーンフェイズについても、ここではさほど気にならなかった(私はそれだけRef.5004を愛しているのだが)。
ブランドはスケルトン化されたラグ(ブランドの用語では“pierced”)を踏襲しており、正面からはほとんど目立たないが、横から見るとこれは従来のパテックのデザイン言語とは異なることを象徴する要素となっている。ケース全体の高さに対してストラップの取り付け位置がかなり低く設定されているため、手首の上ではやや高く感じられるが、その点はコンケーブ(凹型)ベゼルによる視覚的な引き締め効果によってバランスが取られている。
ここ数年、私は主にRef.5207よりもRef.5016を好むような、いわば旧世代のコレクターたちと時間を過ごしてきた。彼らの影響もあり、この時計の系譜にはあまり注意を払ってこなかった。しかし最近になって、歴史に対する深い知識よりも、自身が収集を始めたあとに進化していった現代的なデザインによって嗜好が形成された、より若い新世代のコレクターたちと知り合うようになった。言い換えれば、彼らはこの種のパテック フィリップのデザインによって形作られ、ブランドがかつて何であったかという先入観を捨て、現在の姿、そして未来の姿そのものを愛しているのである。
この時計は新世代がスカイムーン・トゥールビヨンや、グランドマスター・チャイムといった頂点のモデルへと階段を上っていくなかで、奪い合うことになるタイプの1本であり、今後もそうであり続けるだろう。145万2990ドル(日本円で約2億2670万円)であるRef.5308Gを含め、そのクラスのすべてを手に入れることができる人々にとってでさえ、この時計はパテックにおける“ラスボス(最終目標)”へ至るための単なる途中段階として見るべきものではない。それ自体が、祝福されるべきブランドのヘリテージを凝縮した存在なのである。
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