Ref.5316/50P-001は今日つくられているパテック フィリップのなかで、最も素晴らしく象徴的な時計である。これは私の個人的な意見にすぎないかもしれないが、“強く主張するが、いつでも考えを変える”という普段の私の姿勢とは異なり、この信念は揺るぎないものだ。なぜか私にとって白鯨のような存在となっていたこの時計をついに手に取り、着用し、そしてチャイムを鳴らすことができた今、その思いはさらに強くなった。
これは最も複雑な時計ではない(その座はRef.6300 “グランドマスター・チャイム”に、そして次はRef.6002 “スカイムーン・トゥールビヨン”に譲る)し、最も高価な時計でもない(その栄冠は560万ドル、日本円で約8億5300円をわずかに超えるRef.6300/403G-001 グランドマスター・チャイム・ハイジュエリーが手にする)。しかし着用が難しいデザインやサイズを備えるほかの有力モデルを前に、パテックのRef.5316/50Pはブランドの歴史、複雑機構、そしてデザインの最高のバランスを保っており、2023年に発表されて以来、私を魅了し続けている。
Ref.6300/403G-001 グランドマスター・チャイム・ハイジュエリーは、パテック フィリップのカタログのなかで最も高価かつ複雑な腕時計だ。
Ref.5316/50Pは信じられないほど希少な時計である。年間わずか数本しか製造しておらず、この時計を手に取る機会を得ることはきわめて珍しい。2023年のWatches & Wondersで発表された際も、報道関係者向けに展示されることはなかった。今年のRef.5308G “グランド・コンプリケーション”(ウォッチアート・グランド・エキシビション / 東京2023で発表されたRef.5308Pがベース)も部分的にしか完成していないプロトタイプしかなかったため、撮影は許可されなかった。
Ref.5308G-001およびRef.5316/50P-001は、パテック フィリップの製造ラインナップにおける頂点とも言える2本。
私たちはこの2本を同時に見るという、めったにない機会を得た。記事は2回に分けて紹介する予定である。Ref.5308Gは、パテック フィリップにおけるハイパーモダンでマキシマリスト的なアプローチを体現するモデルであり、対してRef.5316/50Pは同ブランドが誇る最高峰の技術(とデザイン)の系譜を象徴する存在だ。複雑機構を備えながらも驚くほど装着しやすく、過去への敬意をにじませつつ現代的な趣をまとっている。映画『フィールド・オブ・ドリームス(原題:Field of Dreams)』の名セリフを借りるなら、“かつてのいい時代を思い出させ、再びその輝きを取り戻せると教えてくれる”。ああ、すばらしき野球!
パテック フィリップ レトログラード パーペチュアルカレンダーの歴史
パテック フィリップのクロノグラフは二次市場で大きな話題を呼ぶ時計だ。その成功の一因は、クロノグラフが持つセクシーさにある。それは十分なお金さえあれば、あなたも産業界のキャプテンになれるというロマンチックなアイデアで、新しいフェラーリ 250 GTOに乗り、ヴェンガー製Ref.2499の初代モデルを着けてラップタイムを計測する、といったものだ。しかしながら、パーペチュアルカレンダー クロノグラフが必ずしもブランドのカタログのなかで最も象徴的なモデルであるとは言い難い。
ムーブメント No.97975は、パテック フィリップによる史上初のパーペチュアルカレンダー搭載の腕時計だ。Photo courtesy Patek Philippe
もちろんカラトラバもある。(ベン・クライマーを含む)コレクターたちが再びRef.6196Pに夢中になっている。しかし私の考えでは、パテック フィリップの“プレーンな”パーペチュアルカレンダーこそ、ブランドの現代の腕時計におけるアイデンティティの過小評価されている核であると思う。クラシックで複雑で、なおかつ“本格的な”コレクターの手の届く範囲にあるパテックのパーペチュアルカレンダーは、歴史上初のパーペチュアルカレンダー搭載の腕時計であるパテック フィリップのムーブメント No.97975にさかのぼる1925年からの系譜を持つ。
レトログラード表示を備えた唯一のパーペチュアルカレンダーRef.96。Photo courtesy Patek Philippe
ここで重要なのは、1940年に世界初の量産型パーペチュアルカレンダー搭載の腕時計であるRef.1526を発表する以前、パテック フィリップはすでに1937年にRef.96 カンティエーム・パーペチュアル、そのムーブメントはNo.860183という、世界初のレトログラード パーペチュアルカレンダー搭載の腕時計を製作していたという点だ。(フィリップスの“溥儀”オークションで再び注目を集めた)Ref.96のコンプリートカレンダーバージョンに関する議論のなかで、No.860183はしばしば見過ごされがちだが、この個体こそがRef.96の究極形である。直径わずか30mmという小振りなケースに、11リーニュのムーブメントを収めている。
日付のレトログラード表示は、より大きなフォーマットで表示することで視認性を高めるというアイデアだった。しかしパテックはこの機能に問題を抱え、1992年のRef.5013、1993年のRef.5016とRef.5050の発売まで、50年以上にわたってこのアイデアを放棄していた。ちなみにパテックのRef.96 QPは、2002年にアンティコルムのオークションで143万3500スイスフラン(当時のレートで約1億1500万円)で売却され、現在はパテック フィリップミュージアムのコレクションの一部となっている。
ダイヤモンドのアワーマーカーを配したユニークなRef.5013R。 Photo courtesy Keystone
55年後の1992年に発売されたRef.5013は、パテック フィリップにとっての転換点となった。当時は、複雑機構をめぐる腕時計の軍拡競争のような様相を呈していた。その流れを牽引していたのがIWCの成功であり、翌年にはパーペチュアルカレンダー、ミニッツリピーター、フライングトゥールビヨン、スプリットセコンド・クロノグラフを搭載したイル・デストリエロ・スカフージア、“シャフハウゼンの軍馬”を発表することとなる。それに比べれば、パテック フィリップ Ref.5013は(複雑機構の観点から見て)控えめだった。それでも、レトログラード表示を持つ初の自動巻きパーペチュアルカレンダーとして、ブランドはそのような複雑なデザインに伴う主要な問題を解決し、さらにミニッツリピーターを追加した点は特筆に値する。Cal.R 27 PS QRは、当時としては驚くべきマイクロエンジニアリングの偉業であり、小さな22Kゴールド製のマイクロローターを備え、最大48時間のパワーリザーブを提供した。
クロノグラフを搭載していなかったが、Ref.5013は美しさがその欠点を補っていた。パテックのRef.5013はエレガントであり、美しい傾斜のあるトノー型ケースは直径37mm、ラグ・トゥ・ラグ46.5mm、そして厚さわずか12mm(IWCの直径42mm×厚さ18mmと比較して)というサイズを特徴としていた。この時計は多くの場合、エレガントなブレゲ数字を備えており(ダイヤモンドのアワーマーカーが使用された既知の例を除く)、典型的なパテックらしさを持っていた。
アナログシフト(Analog:Shift)に掲載されたパテック フィリップ Ref.5050P。
1年後の1993年、パテックはRef.5016とRef.5050を発表した。この物語の中心となるのはRef.5016である。それはレギュレーターとしてトゥールビヨンを追加した(自動巻きはなくなった)。だがまず、3モデルのなかで最もシンプルな、自動巻きパーペチュアルカレンダーを搭載したRef.5050に触れておこう。Cal.315 S QRは、1984年に発表された315 SCをベースにしたフルローターを備えている。興味深いことに、315 SCは2006年に発売されたRef.5711 ノーチラスにも使用していた(しかしわずか6ヵ月間だけだが)。
Keystone Watchesで販売されたRef.5050J。Photo courtesy Keystone
その美的デザインには、やや物足りなさを感じる(個人的な意見であるが)。カラトラバスタイルのケースは初期のRef.96カレンダーを明らかに踏襲しており、ダイヤルには12時位置にうるう年のサイクルを表示する小窓を追加している。しかしブランドは中央に秒針を追加したが、これは余計で煩雑に感じられるし、ダイヤルには“automatic”という文字が書かれていた(デザインよりもマーケティングのためと感じられる)。
おそらく最も望ましいバージョンは、珍しい色のダイヤルを持つものや、ローマ数字をバトンインデックスに、または稀なケースとしてブレゲ数字に置き換えたものだ。1998年には同様のバージョンRef.5059が、スクロールラグとオフィサーズケースバックを備えてリリースされた。特にラグの選択は、この時計を時代錯誤に感じさせた。Ref.5050は9年間製造され、2002年に生産終了。Ref.5059は2007年まで製造され、Ref.5159とRef.5160が最終的にそれに続いた。
希少なパテック フィリップ Ref.5016R-010。2022年にフィリップスで販売。
しかしRef.5016は傑作だった。1993年にレトログラード パーペチュアルカレンダー、ミニッツリピーター、トゥールビヨンを搭載して発売されたこのモデルは、2001年にRef.5002 スカイムーン・トゥールビヨンが発売されるまでの8年間、同ブランドの最も複雑な時計だった。私が何度もコレクターたちから聞いた話では、このリファレンスは、富裕層がコレクションに加えるべき時計として静かにその地位を確立しており、それ自体を深く掘り下げて解説する価値がある。この時計は段付きのラウンドケースとラグ、美しいブレゲ数字を備え、直径37mm、厚さ13mm強のサイズを誇っていた。
OnlyWatchのために製作されたパテック フィリップ Ref.5106A。
搭載されたCal.R TO 27 PS QRは、後に続く同じく複雑な時計(わずかに異なるCal.R TO 27 PS QIを搭載したRef.5207など)とかなり似た美学を持っている。この時計はとても愛され、切望され、成功を収めたため、2011年に後継モデルであるRef.5216が発売されるまで製造された。2015年には、Ref.5016はOnlyWatchオークションのためにステンレススティール仕様で復活を果たした。落札価格は(当時の記録となる)730万スイスフラン(当時のレートで約9億1800万円)に達し、これはコレクターたちが後継モデルよりもオリジナルを好むことを強調している。
Keystoneによって販売されたパテック フィリップ Ref.5216P。
パテック フィリップのRef.5216が2011年に発表されたのは、ブランドにとって奇妙な時期だった。すでにカタログのなかで最も複雑な時計ではなくなっており、Ref.5207、Ref.5208、Ref.6002 スカイムーン・トゥールビヨン、そしてRef.6300 グランドマスター・チャイムに次ぐ5番目のモデルとなっていた。ケースは現代の顧客層に合うように40.2mmに大型化され、音もよくなったといえる。しかし、同時にRef.5050のデザインに戻ったカラトラバスタイルのケースも採用された。
同ブランドはまた、バトン型のアワーマーカーを多用するようになったが、これはケースデザインにはより合っていると感じられた。だがRef.5216は、その先代モデル(あるいは後継モデル)に比べて多くの支持を得ることはなかった。人々は単にモダンなプロポーションだけでなく、よりモダンで斬新なデザインを求めており、Ref.5207やRef.5208のような、より新しい時計へと移行した可能性がある。Ref.5216は2017年に生産終了となった。
パテック フィリップ Cal.R TO 27 PS QR。
Ref.5316は、Ref.5016以来使用されているCal.R TO 27 PS QR LUを搭載した。30年以上も前に開発されたムーブメントであり、時代遅れだと感じる人もいるかもしれないが、当時の技術をはるかに先取りしており、信頼性の高い実用的なムーブメントであることを証明してきた(このような複雑なムーブメントではめったに言えないことだ)。しかし2017年のRef.5316は、今日のものとは大きく異なって見えた。
オリジナルのRef.5316P-001。 Photo courtesy Patek Philippe
ケースは40mmのままだが、Ref.5016のデザインに戻り、ファセット加工が施されたバトン型アワーマーカーを備えたブラックエナメルダイヤルを特徴としていた。2017年の時点でも素晴らしい時計だったが、最新のバージョンを信じられないほど素晴らしいものにしているのは、Ref.5016とRef.5216の美的要素に、いくつかの新しいひねりが加わっている点だ。
今日のパテック フィリップ 5316/50P-001
パテック フィリップの強みは、歴史、デザイン、そして揺るぎない漸進主義の組み合わせにある。それはロレックスについても同じことが言えるかもしれないが、パテックと同様、ロレックスもそのデザインにおいて、より実験的になってきている。“セレブレーション”や“パズル”ダイヤルは、アクアノート・ルーチェ ミニット・リピーターほど過激ではないかもしれないし(見方によってはその逆かもしれない)、ランドドゥエラーもキュビタスほど衝撃的で意見が分かれるデザインではなかった。しかし両ブランドとも、製品開発とデザインにおいて長期的な視点を持っているのだ。“ホーリートリニティ”のほかのブランドはマイクロメカニズムや、きわめて複雑でありながら時には着用が難しい時計に秀でている。しかしパテックはその最も優れた時計において、美的な魅力、着用性、複雑機構の完璧な組み合わせを達成する、控えめなエレガンスなデザインを持っているのだ。
最新のRef.5316の成功は多くの要素で構成されているが、おそらく最大の要因はそれがより古く、より漸進的で歴史的な時計のデザインと開発アプローチを象徴していることだろう。同ブランドは、Ref.2499を35年間の製造期間で349本製作したが、Cal.13-130(自社で改良されたバルジュー製エボーシュがベース)は同じままに外観にわずかな(しかし意味のある)改良を加えただけだった。時代は変わり、ブランドが再び35年も続くリファレンスを製造することは2度とないだろうが、多くの点でこのモデルもそれほど大きくは変わらない。
この世代(Ref.5316/50P-001)と8年前の先代モデルとの主な違いから話を始めよう。サファイアダイヤルは発表当時、魅惑的であると同時に議論の的となった。複数のネットユーザーが、パテック フィリップはA.ランゲ&ゾーネのルーメンシリーズの手法を真似しているのではないかとコメントしていた。しかし実機を手に取れば、その批判が真実からほど遠いことは明らかだ。
パテックはオープンダイヤルのデザインを熟知しており、彼らのRef.5303Rはリピーターのメカニズムをダイヤル側に見せたブランド初のモデルであり、カタログのなかで唯一(ダイヤモンドがセットされたモデルとともに)、トゥールビヨンを時計の正面から見せている。これは常にパテックにとってのタブーであり、私がブランドの本質とは考えていないことだ。
この時計には実際には夜光がないが、日常的な時刻表示だけでなく、カレンダー機能についても驚くほど高い視認性を保っている。ホワイトゴールド製の時・分針には3つの視認可能な面がある。ファセット加工が施された側面と中央の平らな部分が、ほとんどあらゆる状況で光を捉えるからだ。これは“オビュ(砲弾を意味する)”スタイルのホワイトゴールド製マーカーも同様だ。
サファイアダイヤルの青みがかった色合いは、ダイヤルの下にあるムーブメントが注意をそらすのを防いでいる。レトログラードデイトは、ダイヤルの周囲270度にわたるブラックのセンタートラック上に配置しており、視認性を高めるためにダイヤモンド型の先端を持つ小さなホワイトの針が添えられている。曜日、うるう年の年数、月もすべて、ホワイトの文字が入ったブラックのディスク上で読み取ることができる。
その光がさまざまな状況で、たとえば強い光でダイヤルが“反転”したときでさえも、Ref.5316/50P-001が問題なく機能しているのがわかる。これはパテックからの現代的な進化だが、オリジナルのRef.5316ダイヤルからかけ離れているわけでも、Ref.5216のダイヤルインデックスとまったく異なるわけでもない。これはあなたがパテックに望む、現代的で漸進的な開発であり、パンチが効いているがまったく突拍子もないわけではない。今年発表された(レトログラード パーペチュアルカレンダーを備えた)“弟分”であるRef.6159Gもスモーク仕上げのサファイアダイヤルを採用しており、本モデルとの比較は明らかだ。しかしより近くで見ると、ダイヤルへの技術的アプローチがいかに似ているかがわかる。
The Patek Philippe ref. 6159G.
Ref.5316/50P-001のサファイアダイヤルは(Ref.6159Gの純粋なブラックと比較して)青みがかった色合いだ。しかし、どちらも真のスモーク加工は施していない。オーデマ ピゲやF.P.ジュルヌ(をはじめとする多くのブランド)がリピーターモデルで採用しているようなスモークサファイアと、アンオーダインやH.モーザーがフュメエナメルを使用していることで人気を博しているフュメ加工との組み合わせは珍しい。現状唯一の該当モデルと思われるツァイトヴィンケル 273° ザフィア・フュメの写真では、本物のフュメ効果を見つけることはできなかった。
多くのフュメ仕上げに通常見られるスプレー効果とは異なり、詳しく調べてみると、青/紫の中央から外側の暗いリングへの理想的なグラデーションを作り出すためにデザインされた、ピクセル化されたパターンであることがわかる。Ref.5316/50Pでは、これは実際に青色のメタル化されたサファイアなのだ。
この仕上げは独創的で控えめであり、近くで見ても、何らかのプリントというよりは、フィルムグレインやデジタル写真のノイズに似ている。Ref.6159Gではダイヤルがより単色であるため、この処理はあまり目立たないかもしれない。いずれにしても着用者の視点からは気づくほどではないだろうし、グラデーションがムーンフェイズディスクと重なる部分で最も明らかになる。
Cal.R TO 27 PS QR。
パテックが、発表から32年経った今もCal.R TO 27 PS QRを使い続けているのは好感が持てることだ。直感に反するように思えるかもしれないが、コレクターたちと話してみると、私がそう考えているのはひとりではないようだ。“壊れていないなら直すな”という考え方もあるが、そのメリットはそれだけではない。1990年代は、きわめて複雑でありながら大型化した時計の時代の始まりであり、その直前の時代だった。90年代後半から2000年代初頭にかけてはブランドがサイズを無視して、可能な限り最も複雑なムーブメント(ひいては時計)をつくり出そうと全力を尽くしていた。もしR 27ベースキャリバー(Ref.3973や33mmのCal.RO 27 PSといった時計に使用されてきた)が数年後に作られていたら、これほど汎用性が高く、着用しやすいものにはならなかったかもしれない。
現代のユーザーの要求から判断すると、パテック フィリップは現在の顧客のために自動巻きムーブメントを好んだ可能性もある。ブランドは防水性、使いやすさ(簡単な時刻合わせと自動巻き)、長いパワーリザーブ、そしてより長いメンテナンス間隔という、ほとんど不可能な組み合わせを顧客が望むことが、より小型のムーブメントを製造する際の制約となっているとよく私に話す。それが過剰な設計で、きわめて分厚い自動巻き時計につながっている。しかし、パテックは自ら需要を生み出している。彼らが製造するものはすべて売れるのだ。そのため、顧客からの圧力にもある程度抵抗することができ、今回のケースでは48時間のパワーリザーブを誇り、コンパクトである直径28mm×厚さ8.61mmの手巻きムーブメントを製造し続けている。
美的観点から見てもCal.R TO 27 PS QRは、パテック フィリップが最高峰の時計製造で培ってきた精緻な仕上げのすべてを備えている。確かにそれは、“仕上げが新たな複雑機構である”とベンが言ったような、深い面取りや内部の角の最大化に極端に焦点を当てる時代とは異なる時代のものだ。ここでは複雑機構そのものが主役なのだ。それでもコート・ド・ジュネーブ装飾、トゥールビヨンブリッジやミニッツリピーターのハンマーに施されたブラックポリッシュ仕上げはいずれも完璧である。5本の波打つスポークを持つ大型の“オクトパス”ホイールが、(毎時2万1600振動で動作する)トゥールビヨンをほかの輪列と連結している。さらにミニッツリピーターのガバナーには、金色のカラトラバクロスが刻まれている。
それからミニッツリピーターのチャイムだが、オリジナルのRef.5016より直径が3mm大きくなったことでケースの制約が少なくなり、より共鳴豊かなチャイムを奏でる。ローズゴールドが最も温かみのある心地よい音色を出すという言葉はよく耳にするが、私には少し滑稽に思えていた。それを証明するには、同じムーブメントを3つの同じサイズのケースに収める必要があるが、“温かい”色合いのケースが“温かい”音色を持つというのは、あまりにも出来すぎている。しかしプラチナは密度が高いため、チャイムを鳴らす時計にはあまり適さない。それでもRef.5316/50Pは、私が最近聞いたクラシックなゴング式リピーターのなかで、最高の音色のひとつである。その音は大きく力強く、しかし温かみがあり豊かなのだ。
こうした緻密で段階的な改良の数々も、全体として完璧な調和を成していなければ意味がない。ヴィンテージ志向のコレクターたちは依然としてRef.5016に引かれるだろう。より小振りなケースサイズとブレゲ数字の組み合わせが、時計史へ目を向ける人々にとって魅力的だからだ。しかしパテックは歴史的な段付きのケースとラグを引き継ぎ、これは(より実用的に感じられるフラットベゼルのカラトラバスタイルよりも)複雑な時計によりふさわしいと感じられる。ブランドは、ファブリック模様のテクスチャーが施されたカーフスキンストラップとプラチナ製のフォールディングクラスプを採用し、フォーマルさを抑えている。
もちろん、ラグのあいだにはプラチナケースを示すダイヤモンドがセットされている。直径40.2mm、厚さ13.23mmというサイズは複雑な時計としては完璧かもしれない。ミニッツリピーターのスライダーがあるため、防水性がほとんどないのは当然だろう。ロレックスのGMTマスター IIやデイトナよりもわずか1mmほど厚く、ミドルケースから滑らかに続くラグのおかげで、手首に低く、快適にフィットする。実際、この時計はきわめて着用しやすかったため、私は誰かがこれをほぼ毎日着ける2本目の時計として使う世界を想像できるほどだ。このような高価な時計について述べるにはばかげた発言であることはわかっているが。
2年半の歳月を経て、ついにRef.5316/50P-001を見るという私の夢が叶った。120万ドル(日本円で約1億8300万円)という価格は、おそらくブランドのカタログのなかで最も切望されている時計のひとつだろうが、ごく一部のトップコレクターにとっては手に入れる価値のあるモデルだ。パテック フィリップに求めるすべてを完璧に兼ね備えながら、決して過剰なところのないRef.5316/50Pは、ほかの誰も夢見ることさえできないようなことを、長きにわたって静かに行ってきたブランドの歴史における次なる1歩なのだ。
パテック フィリップ Ref.5316/50P-001の詳細についてはこちらから。
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