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本稿は2016年8月に執筆された本国版の翻訳です。
ホイヤーのお気に入りモデルについて、たびたび質問を受けるジャック・ホイヤー(Jack Heuer)氏は、公の場で何度もカレラ Ref.1158と答えてきた。その理由として、ずしりとした18Kイエローゴールド(YG)製ケースの存在だけでも十分に納得できるが、彼がこのモデルを選ぶ本当の理由は、それ以上にはるかに興味深い。この特別なカレラは、ホイヤーというブランドの頂点を象徴するモデルとさえ言えるかもしれない。なぜならこの時計には同社初となる、自社製の自動巻きクロノグラフが搭載されているだけでなく、ホイヤーが伝説的なフェラーリF1チームと築いた関係、そして1970年代を代表するトップドライバーたちとの深い結びつきを反映しているからだ。それらの時計にまつわる魅力的な物語は、しばしば裏蓋の刻印から読み取ることができる。そこには時計を手にした冒険心あふれるオーナーの名前が記されており、今回カプランズで競売にかけられる予定(編注;2016年に終了している)のこのカレラ Ref.1158 CHNも例外ではない。
このカレラ Ref.1158 CHNは、ハスリンガー・コレクションから出品されたミントコンディションかつフルセットの個体で、2011年に3万5500ドル(当時のレートで266万2000円)で落札された。
1971年、ジャック・ホイヤー氏はフェラーリのレーシングチームと1979年まで続くパートナーシップ契約を結んた。これは単なる革新的なマーケティング戦略にとどまらず、チームはシーズンを通じてホイヤーの計時機器の恩恵を受け、F1マシンにはホイヤーのロゴが掲げられていた。この提携にはより人間的な側面もあった。というのもフェラーリF1チームの各ドライバーには、直接時計が支給されていたのである。しかもそれは18KYG製の自動巻きカレラという非常に貴重な1本で、決して消耗品などではなかった。Ref.1158は、ホイヤーが世界初の自動巻きクロノグラフムーブメントのひとつであるCal.11を発表した1969年に登場したばかりのモデルであった(型番の最初の2桁もこれに由来している)。
カレラ Ref.1158 CHNを着用する故ニキ・ラウダ(Niki Lauda)。Photo Courtesy OnTheDash
1970年代のフェラーリのドライバー陣を見れば、その顔ぶれは驚くべきものだ。マリオ・アンドレッティ(Mario Andretti)氏、ジャッキー・イクス(Jacky Ickx)氏、ニキ・ラウダ(Niki Lauda)といった名だたるドライバーたちが“コメンダトーレ”(エンツォ・フェラーリの愛称)のもとで走り、彼らの手首にはいつもカレラ Ref.1158があった。そしてそれはフェラーリのテクニカルディレクター、マウロ・フォルギエリ(Mauro Forghieri)も同様であった。
この名作のオーナーリストはフェラーリのドライバーにとどまらない。ホイヤーの公式アンバサダーにもこのカレラが贈られていたため、ジョー・シフェール(Joe Siffert)、エマーソン・フィッティパルディ(Emerson Fittipaldi)氏、ロニー・ピーターソン(Ronnie Peterson)といった名ドライバーたちもこの時計を愛用していた。これらの時計は、すべて個別に裏蓋へ刻印が施されている。都市伝説として、事故時に備え血液型が刻まれているとも語られるが、実際のところは少なくともオーナーの名前が刻まれている例が多い(皮肉を込めて言えば、転売を防ぐ意図もあったのかもしれない)。
F1ドライバー、アルトゥーロ・メルツァリオ(Arturo Merzario)のカレラ Ref.1158 CHNの裏蓋。Photo Courtesy Bonham's
ロニー・ピーターソンのカレラ Ref.1158 CHNの裏蓋。Photo Courtesy Sotheby's
これらをすべて踏まえても、この華やかなカレラほどモーターレースと強い結びつきを持つ時計はほかにないだろう。その事実は生産数からも裏付けられている。本モデルの製造数はおよそ150本とされ(2004年のタグ・ホイヤーのカタログによれば)、そのうち15本が実際にF1ドライバーへ直接渡されたことが、当時の多くの写真から確認できる。さらにチームスタッフやドライバーの関係者たちが着用していた個体まで含めれば、カレラ Ref.1158の相当数が実際にサーキットで着用されていたことは明らかだ。この18KYGの重厚なケースを持つツールウォッチとは思えないモデルが、レースの現場で活躍していたのは驚くべきことである。さらに、このカレラは当初からきわめて高価なモデルだった。1972年当時の小売価格は550ドル(当時のレートで16万6000円)で、スティール製の同等モデルと比べて3倍に相当した(このRef.1158の価格設定について興味があれば、OnTheDashに興味深い解説がある)。
カプランズに出品されるホイヤー カレラ Ref.1158 CHNは、ゲイ・フレール製のオリジナルブレスレットを備えている。
当時、ホイヤーの米国法人はこのモデル専用のブレスレットを製作することを決定していた。18KYG製であるのはもちろんのこと、その供給元にはゲイ・フレール社が起用された(同社はブレスレット製造において、当時最高峰だった)。この贅沢なオプションは大幅なプレミアムが付けられており、YG製ブレスレットの価格は時計本体の2倍に、重量は本体の1.5倍にも及んだ。実際に製造された数がごくわずかであったこと、そして今日まで残っている個体がさらに少ないことは、容易に想像がつく。もちろん、このブレスレットこそが、スウェーデンのオークションハウス、カプランズに出品されるホイヤー カレラ Ref.1158 CHNの魅力の一部を成しているのである。
カプランズに出品されているホイヤー カレラ Ref.1158 CHNの裏蓋。
これらカレラの裏蓋は、アイコニックなF1ドライバーとのつながりが見つかれば、まさに情報の宝庫(最終的な落札価格を大きく押し上げる要因にも)となり得る。ところがカプランズに出品されたこの個体の場合、そのスウェーデン語の刻印はやや拍子抜けするかもしれない。というのも、直訳すると“あなたの60歳の誕生日に”となるからで、あの危険なF1マシンを操るにはいささか意外な年齢である。しかしここで諦めてはいけない。この時計には実に美しい背景が隠されているのだ。
カプランズに出品されているホイヤー カレラ Ref.1158 CHNの裏蓋。
1970年代初頭、F1界にはロニー・ピーターソンという有名なスウェーデン人ドライバーがいた。彼はフェラーリの所属ではなかったが、ホイヤーのアンバサダーのひとりだった。そのため1972年には、彼自身もカレラのなかでF1ドライバーたちに最も人気のあった仕様(CHNはシャンパンカラーのダイヤルにブラックインダイヤルを意味し、仏語のノワールに由来)を持つRef.1158CHNを手にしていた(なお、同型番にはシルバーダイヤル仕様も存在する)。同じ年、ロニーとその兄トミーは、同じモデルをブレスレット付きで注文し、父親の60歳の誕生日プレゼントとして贈ったのだ。そこに、もうひとつ深い歴史の層を通じたF1とのつながりが隠されていたのである。
コクピットに座るロニー・ピーターソン。その背後には妻のバーブロ(Barbro)と兄のトミー(Tommy)の姿が見える。Photo Courtesy The Peterson Family
この贈り物はジャック・ホイヤー本人から直接取り寄せられたもので、非常に喜ばれたようだ。実際、トミーの父親は1999年に亡くなるまで毎日のようにこの時計を着用しており、そのため現在の使い込まれたコンディションであるのも納得できる。今回のカレラは家族(正確には、当時の購入に関わったロニーの兄トミー)によって出品されたものである。残念なことに、ロニー・ピーターソンは1978年、モンツァ・サーキットでのクラッシュにより命を落とした。当時、プロレース界ではこのような悲劇があまりにも多発しており、この事故もそのひとつだった。
38mmという絶妙なケースサイズを備えた、カレラ Ref.1158 CHNのリストショット。
この希少なカレラは、ロニー・ピーターソン本人が所有していたYG製ロレックス デイデイトとともに、11月12日土曜日に競売にかけられる予定だ(編注;現在は終了している)。由緒あるこのホイヤー カレラ Ref.1158 CHNの予想落札価格は13万スウェーデンクローナ(当時のレートで153万4000円)とされている。しかしすでに事前のオンライン入札額がこの見積もりを上回っており、土曜日のオークションでは注目の出品となることは間違いない(編注;2016年11月12日に26万5000スウェーデンクローナ[当時のレートで約312万7000円]で落札された)。
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