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Hands-On レッセンスがマーク・ニューソンとタッグを組んだType 3 MNを発表

1990年代のニューソンによるアイコニックな“アイクポッド”デザインへのオマージュと、レッセンスの先進的なオイル充填式モデル“タイプ3”が融合。両者の出合いから生まれたのは、唯一無二でありながら妥協のないコラボレーションだ。

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Photos by TanTan Wang

デザインの世界において、マーク・ニューソン(Marc Newson)は説明不要の存在だ。時計界においても、そのデザイン言語はひと目で彼のものとわかるほどに独特である。1990年代に発表されたアイクポッドのニッチながら魅力的なデザインから、2015年の登場と同時に世界的ベストセラーとなったアップル ウォッチのシルエットに至るまで、その特徴的なスタイルは常に際立っている。さらに腕時計以外にも、ウォールクロックやジャガー・ルクルトのアトモスクロック、そして賛否両論を呼びながらも圧倒的な美しさを誇るアワーグラスなど、時間を表現するさまざまなプロダクトを手がけてきた。

Ressence Marc Newson Type 3 MN

 近年、ニューソンは幅広い分野で作品を発表し続けており、全長347フィート(約105m)のスーパーヨットを含むプロジェクトまで手がけている。しかし、時計の世界においてはしばらく新作を発表していなかった。その沈黙を破るのが今回の新作、レッセンスとのコラボレーションによるType 3 マーク・ニューソンである。全世界80本限定のこのモデルは、ニューソンデザインのアイクポッドウォッチから筆記具、ガラス製品までを収集してきた私にとって、発表の噂を聞いた瞬間に“実物を確認せねば”と感じさせる存在だった。

 振り返ってみると、ニューソンとレッセンスの協業がこれまで実現していなかったことのほうがむしろ不思議に思える。ボックスを開けてType 3 MNを目にした瞬間、その完成形はニューソンらしさとレッセンスらしさが完璧に調和したものだと感じた。どちらか一方が主張しすぎることなく、両者の美学が均衡を保っている。レッセンスの標準モデルであるType 3は、もともと滑らかで小石のようなシルエットを特徴としているが、Type 3 MNではアイクポッド的アプローチをより強め、ラグを完全に排してケース両側にラバーストラップを一体化している。実際、アイクポッドの愛好家であれば1999年に発表された47mm径のチタン製メガポッド クロノグラフ(グレー/ブラック仕様)との強い共通項に気づくだろう。密度の高いスケールデザインから、文字盤周囲の鮮やかなイエローのアクセントに至るまで、そのDNAは明確だ。

 新作のType 3 MNはサイズ的にも存在感があるが、メガポッドを思わせるプロポーションながら、より実用的なバランスへと調整されている。グレード5チタン製のケースは直径45mm、厚さ15mmと聞くと大ぶりに思えるかもしれない。しかしラグのないラウンドケース状の設計によってストラップがケース端に埋め込まれ、サイドは手首に沿うように自然に傾斜している。結果として、全体の滑らかなシルエットが情報量の多いダイヤルを引き立てる“舞台”として機能し、Type 3の特徴をすべて残しつつも、明確にニューソンの流儀で再構築されている。

Ressence Marc Newson Type 3 MN Soldier Shot
Ressence Marc Newson Type 3 MN Running Seconds Macro
Ressence Marc Newson Type 3 MN Side profile

 ダイヤルはグレード5チタン製のディスクで構成され、DLCおよびPVDコーティングによってブラックとグレーの階調をさまざまに表現している。その美的アプローチこそマーク・ニューソンの感性によるものだが、時間表示の仕組みはレッセンス創業者ベノワ・ミンティエンス(Benoît Mintiens)の発想そのものである。各表示はブラックのサテライトディスク上に配置されており、時、曜日、ランニングインジケーター(秒針ではなく、180秒で1回転するように調整されている)、そしてオイル温度表示計(これについては後述)などが含まれる。一方、分針は外周のグレーリング上に設けられている。分が進むにつれてメインディスク全体が回転し、サテライトディスクもそれに合わせて文字盤上を移動するが、各表示は常に正しい垂直方向を保つ構造になっている。つまり、同じ1時間のなかでも分ごとにダイヤルの表情が変化して見えるというわけだ。

 Type 3 MNがオリジナルのメガポッドから決定的に異なるのは、ダイヤルの“奥行き”である。いや、正確にはその“奥行きのなさ”と言うべきだろう。メガポッドは傾斜した見返しと複数の針によって、ダイヤルとラウンド状のサファイアクリスタルのあいだに開放的な空間を感じさせていた。しかし新しいデザインでは、ガラスの下に“空間がない”ような感覚を与える。実際、すべての表示要素がドーム状サファイアクリスタルの内部で文字どおり浮遊しているように見えるのだ。この“奇妙な”視覚効果を生み出しているのが、Type 3のシリコンオイル充填構造である。光の屈折による歪みを完全に取り除き、ダイヤルのグラフィックをまるでガラス表面に直接投影しているかのように見せる仕組みだ。この効果を最も分かりやすく例えるなら、“アップル ウォッチのラミネートOLEDディスプレイ”に近いというのはちょっとした皮肉である。

Ressence Marc Newson Type 3 MN Side Crystal Macro
Ressence Marc Newson Type 3 MN 60 minute indicator
Ressence Marc Newson Type 3 MN Minute hand macro

 オイル充填式のダイヤル自体は時計業界において決して新しい発想ではない。ただし、通常はクォーツムーブメントに限られており、機械式ムーブメントをオイルのなかで動作させるのは現実的ではないだろう。だがレッセンスはこの分野のパイオニアであり、Type 3およびType 5コレクションを通じてオイル充填式の機械式時計を実現してきた。その鍵となっているのが、上部のダイヤルをオイルで満たしたチャンバーに、下部のムーブメントを空気の層で密閉したチャンバーにそれぞれ分けるという極めて巧妙な構造である。両チャンバーのあいだには薄いチタン製の膜があり、ムーブメント側の動きは微小なマグネットによってダイヤル側に伝達される。また、温度変化によりオイルの体積が膨張・収縮する際には、ベローズ(蛇腹)機構がその変化を吸収し、その動きがダイヤル上のオイル温度計に反映される仕組みだ。まさに現代時計技術の到達点ともいえる構造であり、マーク・ニューソンがこの仕組みを自身のデザインの舞台として選んだのも当然だろう。

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 オイル充填による視覚効果のおかげで、ダイヤル上のブラックパーツは深く濃いインクのような質感を帯び、中央のグレーディスクのマットなグレイン仕上げと鮮やかなコントラストを際立たせている。さらに近くで観察すると、ブラックのサテライトディスクの外周には明確なスネイル仕上げ(円状の溝模様)が施されており、通常の距離では見逃してしまうほど繊細なものだ。このわずかなテクスチャの違いが、平面(あるいは正確にはわずかに凸面)のダイヤルに立体感を与えている。分目盛りを囲む外周にはデイトリングが配され、12時位置のイエローアクセント付き60分マーカーがその日の日付を指し示す。

Type 3 Running Indicator Closeup
Type 3 MN Wristshot
Type 3 MN Caseback

 ソリッドなケースバックの下方には、リューズの役割も兼ねた機構が備わっており、そこにはType 3 MNにおける巻き上げ方向や時刻・表示の設定方向を示すマークが刻まれている。その内部に収められているのが、自動巻きキャリバー ROCS(Ressence Orbital Convex System)3.6 だ。ベースとなるのはETAのCal.2824-2だが、調速機構としての基本構造以外は大幅に改良され、レッセンス独自の構造を駆動できるよう大幅に再設計されている。密閉構造の二重チャンバー、磁気伝達システム、ベローズ機構、そしてサテライト式時刻表示という数々の革新的要素のなかでは、ベースムーブメントの存在などもはや取るに足らない。

 ケースバックにある操作機構自体は決して複雑ではないものの、ほかのレッセンスモデルで見られるフォールドアウトレバー(折り畳み式レバー)がないため、完全にフラットなケースバックを用いて正確に巻き上げや時刻合わせを行うのはやや骨が折れる。もしここにリッジ(凹凸)やテクスチャのような加工が施されていれば、操作性は大きく向上しただろう。ストラップの着け心地は良好だが、標準的なピンバックルではなく、ニューソンが考案したオリジナルの“タックイン式”バックルデザイン(ストラップの余りを内側に収める構造)が採用されていれば、装着体験はさらに洗練されたものになっていたはずだ。もっとも、このデザインの権利は現在アップルが所有していると考えられる。というのも、このバックル構造はアップル ウォッチのスポーツバンドにも使われているからである。

Type 3 MN Wristshot on Matt

 1度時刻設定を済ませて手首に着けると、Type 3 MNはとにかく楽しい時計だ。時計技術の観点から見ても極めて印象的な作品でありながら、過剰に“真面目すぎる”印象を与えない。その理由のひとつは、約1000万円という高価格にもかかわらず、身に着けたときにそれを誇示しない自然さにあるだろう。正直に言えば、ランニングインジケーターのブラックとイエローのアクセントを見るたびに、衝突試験のダミー人形を連想してしまうが、それがこの時計に遊び心を添えており、Type 3本来のエレガンスを多少犠牲にしてもそれ以上に個性を引き立てている。また、ラグを持たないラウンドケースのおかげで、私のような手首の細い者でも、従来のType 3よりはるかに快適に装着できる。そして、ダイヤルを眺める時間は常に格別。──実物の印象は写真や動画では伝えきれないほど異なる。手首の上で見たときの効果はきわめて幻想的で、どの角度から見てもその存在感が際立つ。本作はカーブを描くサファイアクリスタルが極めて巧みに生かされている数少ない例のひとつであり、Type 3 MNの側面から外周の文字を見ることができるほどだ。

 ただし1点だけ注意しておきたい。特にこの時計の購入を検討している人にとって重要かもしれない点だが、ルーペで拡大して見ると、ダイヤルの印刷は完全無欠ではない。印刷された夜光の一部が背景の数字とわずかにずれている箇所があり、マクロレンズ越しにはブラックのサテライトディスク上に白い印刷の痕跡がうっすらと確認できる。極めて細部にこだわるコレクターにとっては、この点は覚えておくべきだろう。すべてのディテールをルーペでチェックするタイプの愛好家には、あらかじめ伝えておくべき“注意事項”である。

Type 3 MN slanted on windowsill

 最終的に、このコラボレーションを特別なものにしているのは、ニューソンが初期のアイクポッドのデザインから非常に限定的なカラースキームを復活させたという点にある。特定のモデルを参照することでわずかにノスタルジックな魅力を漂わせながらも、Type 3という土台の上で再構築されたそれは、驚くほどモダンに感じられる。価格は936万1000円(税込)。明らかにデザイン志向のコレクターというニッチな層を狙っており、通常の672万3200円(税込)のType 3に比べて多くの要素を刷新している点を考えれば、そのプレミアムにも一定の説得力がある。

 もっとも、貴金属ケースでもなければ、伝統的な高級仕上げが施されているわけでもない時計に、ランゲやパテック級の価格を支払うというのはなかなか大胆な選択だ。それでも、マーク・ニューソンが手がける限定モデルには、常に独特の魅力を感じ取るコレクター層が存在する。そして見た目の好みは人それぞれであっても、このコラボレーションがニューソンとミンティエンスというふたりの思想が自然に融合した結果であることは間違いない。その先に誕生したのは、まさに“わかる人にはわかる”──そんな特別な 1本なのだ。