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ドバイ・ウォッチ・ウィーク期間のちょっとした話をさせてほしい。ベンから「これはどういうことだろう。記事にすべきじゃないか?」というメールが届いた。そこには、私がこれまで見たことのない、カリ・ヴティライネン(Kari Voutilainen)氏の名を冠したブランドによるムーンフェイズウォッチの写真が添付されていた。スケジュールはパンパンだったが、私はブースに駆け込み、そこにいたスタッフにその時計について尋ねた。翻訳の過程で何かが伝わらなかったのかもしれないが、彼らはそれが顧客のものであり、それについては話せないと言った。そこで起きた混乱が何であれ、この出来事はこのブランドに関する重大なニュースを埋もれさせてしまうことになった。
ドバイ・ウォッチ・ウィークの期間中、話題を読んだヴティライネンの28MPR。
数日後、私はヴティライネンの現共同CEOであるアンジェリック・サンジェル(Angélique Singele)氏からことの顛末を聞き、詳細を教えてもらった。その時計は、実はヴティライネンが17年間にわたって製作してきたヴァントゥイット(Vingt-8)をベースとするムーブメントを搭載した最後のモデルだったのである。また、複雑な機構を得意とするヴティライネンとしては驚くほどコンパクトだった。それはあまりに夢のような時計だったため、私の親友のひとりは初のヴティライネンとしてヴァントゥイットのデポジットを振り込んだわずか数週間後、新たに28MPRのために25%のデポジットを支払い、10年待ちの列に並んだほどだ。
実物を見ることができなかったブルーダイヤルの28MPR。Photo courtesy Voutilainen
ここで悪いニュースがある。この時計と新しいヴァントゥイットの注文は締め切られている。注文の最終期限は2025年12月31日(水)だった。2008年にブランドのベースアーキテクチャのひとつとして誕生したこのムーブメントのファンにとっては、残念なことだ。しかし、前述のようにヴティライネンのウェイティングリストは10年なので、どのみちすぐに納品されるわけではない。だがそれと同じくらい重要な出来事があった。ブランドが新しいムーブメント、KV21を発表したことだ。これはKV20i(28I インバースの後継機)とともに登場したKV20の全体的な形状から着想を得ているが、厚みを大幅に増すことなく、ダイヤル側により多くのコンプリケーションを組み込めるように設計されている。これはヴティライネンにとってコアコレクションで初となるトノー型でもある。これらを合わせると、年間約60個のムーブメントしか製造しない小規模マニュファクチュールによる、非常に強力な一手となるだろう。それでは、去りゆく古いものと、新しくやってくるものを見ていこう。
“究極のヴァントゥイット”、ヴティライネン 28MPR ムーンフェイズ
2008年、カリ・ヴティライネン氏は成功を収めたオブセルヴァトワール(Observatoire)のリリースにより勢いに乗っていた。これら初期のヴティライネンの時計は最近需要が高まっており、2024年末のフィリップス(ジュネーブとニューヨーク)では、約48万ドル(当時のレートで約7200万円)と53万3000ドル(当時のレートで約8000万円)で相次いで落札された。しかし、ヴァントゥイット(または28)は、ヴティライネンにとって極めて重要な転換点となった。それは彼にとって初の完全自社製ムーブメントであり、プゾーのようなメーカーによる初期の天文台ムーブメントから着想を得た、大型のフリースプラングテンプを特徴としていた。また、この新しいムーブメントには、今や彼の代名詞となったふたつのガンギ車を持つナチュラル脱進機も追加された。これ以来、28 スポーツや28 インバース、さらにはレトログラード日付表示を備えた217QRSのような複雑なモデルに至るまで、このムーブメントはブランドの中核をなすアーキテクチャとなってきた。標準的なヴァントゥイット搭載モデルの平均サイズは直径38mm、厚さ11.5mmだったが、37mmのバージョンも存在した。そして今、それは姿を消す。しかし、28MPRはシリーズの幕引きを飾るにふさわしい、最高のはなむけのように感じられる。
最後のヴァントゥイットであるという点を除いても、新型の28MPRには魅力的な特徴がいくつもある。まず、これは(私が知る限り)ヴティライネンが初めて量産した伝統的なムーンフェイズだ。ムーンフェイズディスク自体も、完全にブロドベック・ギヨシャージュ(Brodbeck Guillochage)で製作された初のものであり、美しいブルーのグラン・フー エナメルが見事な奥行きを醸し出している。ダイヤルはヴティライネンらしい、手作業による4種類のギヨシェを組み合わせた傑作だ。私が撮影した個体はオレンジがかったサーモンダイヤルだったが、ほかのヴティライネンと同様、色やパターンなどをカスタマイズすることができる。12時位置には、65時間のパワーリザーブインジケーターを備えている。
そしてケースだが、本作で新たな洗練を見せている。直径は37.5mmで、これまで量産されたヴァントゥイットモデルのなかでも最小クラスであり、厚さは12.6mmだ。厚みについては私自身を含め、しばしば課題として指摘されてきたが、新しいケースプロファイルはコンケーブ(凹型)ベゼルを採用しており、手首に載せたときに厚さを感じさせない。また、28MPRはストレートラグを採用している。これは興味深い選択であり、多くのコレクターに歓迎されることだろう。直近でヴティライネンの時計を注文した知人のなかにも、かつての代名詞であったティアドロップ型ラグではなく、あえて別のスタイルを選ぶ人が多い。その形状が普及しすぎたのか、ウルバン・ヤーゲンセンへの関心が再燃したのか、あるいは別の理由かはわからないが、最近“スポーティ”なラグを注文した人を複数知っている。これもまた素晴らしい選択肢だ。このモデルは、スティール、プラチナ、チタンの各15本限定で展開される。ケースにラグ、リューズは自社製である。
31石の手巻き式ムーブメントには、私たちがヴティライネンを愛する理由のすべてが詰まっている。地板と受けはジャーマンシルバー製、目に見えるすべての歯車はソリッドな18Kゴールド製で、残りはジャーマンシルバー製だ。ダブルダイレクトインパルス脱進機のためのふたつのガンギ車はスティール製である。下の写真で、テンプの真下をよく見れば確認できる。テンプはブランドのリファレンスでは標準となっている13.5mmの特大サイズで、振動数は1万8000振動/時、フリースプラングテンプにローズゴールドのタイミングウェイトを備えている。ヒゲゼンマイは、フィリップス外端曲線とグロスマン内端曲線に則って成形されている。本質的にこのモデルには、表裏のどこを切り取っても、私たちが憧れるヴティライネンのすべてが凝縮されている。
ムーブメントの仕上げを除けば、2024年にルイ・ヴィトンから発表されたLVKV-02 GMR 6とはほとんど見分けがつかない。
新型28MPRの機能面において、最も優れた特徴のひとつに、ムーンフェイズの調整をリューズで行えることが挙げられる。しかしこのムーブメントでは、さまざまなコンプリケーションに対する適応性に限界があった。しかしヴティライネンのムーブメントの強みは、メンテナンスのしやすさと、過度に複雑過ぎない設計にある。ほかの時計師が仕上げに注力するなか(本作も素晴らしい仕上げだが、一部のブランドのようにアングルの仕上げに過剰に固執しているわけではない)、ヴティライネンはより機能的な時計を作ることに重点を置いているようだ。その結果、ベースムーブメントは厚くなり、LVKV-02 GMR 6やこのムーンフェイズのようにコンプリケーションを追加すると、さらに時計が厚くなる。道は残されているが、もはやヴァントゥイットの構造では限界に達していたのだ。
では、私がその厚みに不満を抱くかと言えば、決してそんなことはない。それもまた、本作を美しい時計として完成させるために必要な要素だからだ。興味深いのは、GPHG(ジュネーブ・ウォッチ・グランプリ)で数々の賞を手にしているにもかかわらず、ヴティライネンの新作はしばしば世に広く知れ渡ることなく静かにリリースされるように感じられる。年間わずか50〜60本しか製造しない時計師にしては、驚くほど精力的に新作を送り出しているというのに。おそらくヴティライネン氏自身が過度なアピールを好まない性格なのだろう。だが今回ばかりは、ブランドにとって極めて重要な節目だっただけに、少しもったいない気もする。運よくオーダーに滑り込めた幸運なコレクターは、スティールおよびチタンモデルに14万2000スイスフラン(日本円で約2810万円)、プラチナモデルにはそれよりわずか7000スイスフラン高い14万9000スイスフラン(日本円で約2950万円)を支払うことになった。
新たな始まり:ヴティライネン KV21 トノー
ひとつの終わりは、また別の始まりを告げる。ヴァントゥイットの終了を惜しむ人々に朗報がある。ヴティライネンから新型ムーブメントが登場したのだ。ヴティライネンによる新たなベースムーブメントの誕生はそれだけで注目に値する。しかし最初は、ある意外な事実に目を奪われてしまうかもしれない。このKV21はレギュラーモデルではブランド初のトノー型として発表されたが、その成り立ちを知れば、ひと目でそれとわかる特徴を備えている。ドバイ・ウォッチ・ウィークには2種類の新型KV21 トノーが展示されていた。鮮やかなティール(青緑)がお好みの方には申し訳ないが、私はプラチナケースにグレーダイヤルを組み合わせたモデルに注目した。だが、まずはムーブメントの話から始めよう。
ドバイ・ウォッチ・ウィークでのおもしろい話をもうひとつ。撮影のためにこれらの時計(KV21と28MPR)を手に取ったとき、ブースにはカリ・ヴティライネン氏本人がいた。私はまず28MPRについて尋ねた。「これは新しいムーブメントですか?」。それに対して、「いいえ」と彼は答えた。「新しいムーブメントではありません。すでにあるムーブメントですよ」。なるほど。でも、時計としては新作ですよね? 以前このムーブメントを使ったことはありますか? 「いいえ、これが初めてです」。ということは、やはり新作では? 「いいえ、これはヴァントゥイットです。新しいムーブメントはこちら(KV21を指して)です」。わかりました、ではムーンフェイズ機構はモジュール式なのですか? 「いいえ、私たちはモジュール式など作りません」。この時点でカリ氏はモジュールという言葉の響きに少し気分を害したようだったので、私はその話題を切り上げた。だが、彼が言おうとしていたことは私なりに説明がつく。
28MPRは、ヴティライネンが長年信頼を寄せてきたヴァントゥイットという下地を新しく解釈したものだ。コレクターを含むほとんどの人には、既存のムーブメントの基本輪列を用いて新しいコンプリケーションを発表すれば、それは“新型ムーブメント”と見なされる。しかし言うまでもなく、カリ・ヴティライネン氏はその“ほとんどの人”には当てはまらない。注目すべきは、将来的にコンプリケーションをより効率的に構築できる、まったく新しい輪列が誕生したことだ。具体的には、ムーブメントのメインプレート全体を存分に活用できるため、ダイヤル側に組み込む複雑機構(願わくば永久カレンダーなど)の開発に適しているのだ。それでいて、この新ムーブメントのおかげで、そうした複雑機構を追加しても全体の厚みが大幅に増すことはないだろう。
このムーブメントを2024年のGPHGで受賞したKV20i(下図)と比較すれば、あることが明白になるはずだ。輪列を反転させて針をムーブメント側に配置する(つまりムーブメントがダイヤル側に来る……わかるだろうか?)ために必要だったセンターブリッジの構造を除けば、両者は驚くほど似ている。それもそのはず、KV21はKV20iのムーブメントに着想を得ているからだ。
2024年の記事に掲載されたKV20i。
ケースバックを見るとヴティライネン独自のスリーホールデザインを採用した4本の大きなネジで四隅が固定されており、サファイアクリスタルの裏蓋越しにいくつかの変更点が確認できる。まず、ローズゴールド製のタイミングウェイトを備えた直径13.5mmの大型フリースプラングテンプは、もはや2本の支柱で固定された長いテンプ受けに吊り下げられてはいない。代わりに、美しくベルセポリッシュ(丸みを帯びた鏡面仕上げ)が施されたシングルアームのブリッジがその役目を担っている。角穴車と丸穴車には依然として見事なブラックポリッシュが施されており、その仕上げは極上だ。たとえこのムーブメントが、単に仕上げを誇示するためだけの過剰なデザインを意図したものでないとしてもだ。
そしてムーブメント全体のコンパクトさも特筆に値する。かつてのヴァントゥイットムーブメントは、輪列の各パーツがそれぞれの世界を持っているかのような、ゆったりとしたスペースを感じさせた。対してこちらは、テンプのピボットを囲むふたつのブリッジが、ダブルダイレクトインパルスを構成するふたつのガンギ車を保持している様子がはっきりと見て取れ、残りの輪列もより鮮明に視認できる。ヴァントゥイットではガンギ車やピボットはダイヤルの端に位置し、輪列の次のステップはプレートの下に隠されていた。この歯車類をプレートのムーブメント側に移動させたことこそが、ヴティライネンがダイヤル側のコンプリケーション用のスペースと柔軟性を確保した要因だと思われる。脱進機の原理はこのムーブメントでも変わらない。スイスレバー脱進機に比べてトルクが30〜40%ほど小さい主ゼンマイを使用できるため、ムーブメントの摩耗を抑え、寿命を延ばすことができるのだ。
その姿からは、ムーブメントの複雑な構造が生み出す奥行きを堪能しながら、歯車から歯車へと駆動が伝わっていく様子を詳しく見て取ることができる。すべての部品は、目に見えるかどうかにかかわらず、従来どおり厳選された素材で製作されている。またヴティライネンのワークショップでは、今もなおヒゲゼンマイの二重の曲線を一本ずつ手作業で成形している。内端のグロスマン曲線が重心を中央に保って姿勢差を抑え、外端のフィリップス外端曲線がヒゲゼンマイを同心円状に正しく“伸縮(呼吸)”させることで、ピボットにかかる負荷を軽減しているのだ。
トノー型の採用はまったく前例がないわけではないにせよ、驚きをもって迎えられるだろう。ブランドの公式サイトには、これに近い形状の時計としてジャンピングセコンドを備えたユニークピースが1点だけ掲載されている。28MPRではティアドロップ型のラグを廃してストレートラグを採用したが、このモデルではブランド伝統のラグが維持された。これが最善の選択かどうかは、私には断言できない。私はもともとトノーケースをあまり好まないし、ラグの存在がケースの流れるようなラインを遮っているようにも感じるからだ。しかし、もしラグをケースに隠すデザインにしていたら、ケースの絞り込みによってストラップが細くなりすぎ、重量感のあるケースを手首でバランスよく支えるのが難しくなっていただろう。
そして、特筆すべきはそのサイズだ。この時計は縦39.5mm、横35mmという小振りなサイズを実現している。もしこれがラウンド型の時計だったなら、36mm径のヴティライネンを手にしているような感覚だろう。これは実に素晴らしいことだ。厚さは11.66mmと、競合他社に比べればまだ厚みがある。それでも、複雑機構を搭載することがあっても厚みが大幅に増すことはないはずだ。これを機に、ヴティライネンがより多くの複雑機構に挑戦し始めることを期待したい。ダイヤルは相変わらずヴティライネンの真骨頂(私は特に、センター部分のギヨシェパターンが気に入っている)だが、この時計はすべての個体において外装のカスタマイズが可能なため、これ以上多くを語る必要はないだろう。
実際に腕に載せてみると、装着感は極めて良好だ。横幅35mmでは小さすぎると思う人がいるかもしれないが、ラグトゥラグは39.5mmあるので心配はいらない。逆に、トノー型は手首の上で平べったく不自然に見えるのではと懸念する人も、これほど絶妙な長さであれば杞憂に終わるだろう。視認性も申し分なく、何ひとつ不満はない。ただ単に、私がラウンド型の時計をより好むというだけのことだ。
今回の発表は少し意外ではあったが、同時に胸が高鳴るものでもあった。ヴティライネンが新型ムーブメントの発表という節目を、好みの分かれそうなトノー型ケースで飾るとは予想していなかったからだ。前述のとおり、このブランドは限られた生産能力にもかかわらず、精力的にバリエーションを展開している。もし今回のKV21 トノーが好みでないとしても、次に発表される1、2本の新作を待ってみて欲しい。間違いなく、心に響く何かが登場するはずだ。新型KV21 トノーは全40本の限定生産で、スティール、チタン、プラチナ、ホワイトゴールド、ローズゴールドの各素材で8本ずつ展開される。価格は、スティールとチタンが13万4000スイスフラン(日本円で約2655万円)、ローズゴールドが13万9000スイスフラン(日本円で約2750万円)、ホワイトゴールドとプラチナが14万2000スイスフラン(日本円で約2810万円)となっている。
これらの時計の詳細については、ヴティライネンの公式サイトを確認して欲しい。
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