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Buying, Selling, & Collecting オーデマ ピゲ “ジョン・シェーファー”、傑作ネオヴィンテージの全貌

オーデマ ピゲ最高のネオヴィンテージモデルのひとつが30周年を迎える。今こそ、ブランドから直接得た多くの情報を含む、これまで未公開だった数十の知っておくべき詳細を掘り下げる絶好の機会だ。


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Photos by Mark Kauzlarich

1920年代、オーデマ ピゲはやがてブランドのヘリテージとして、そして永続的なコレクションにおいて最も重要な時計として知られることになる時計を製作した。約70年後、それは当時、ブランドで最も影響力のあるデザイナーであり偉大な時計師によって創られたフルコレクションへと発展した。それにもかかわらず、数分間オンラインで検索しても、この時計の名前を正しく言える人がごくわずかであることに気づくだろう。

 人々は答えようとする。Chrono24にはオーデマ ピゲの“シェーファー” ウォッチの出品が大量にある。グーグルもEverywatchも、同じ綴りを強制しようとする。評判のよいディーラーもしばしば“シェーファー”を使用する。実際、クリスティーズ、サザビーズ、フィリップス、アンティコルムといった主要なオークションハウスのどれもが、この誤植から影響を免れていない。何の誤植か? この時計は、オーデマ ピゲ ジョン・シェーファー(John Shaeffer)という、覚えやすいはずの名前を持つ小さくスクエア型の小振りな時計であるということだ。どういうことだろうか?

John Shaeffer

オリジナルのジョン・シェーファー ウォッチ。プラチナケース、ゴールドの裏蓋、ミニッツリピーター用のゴールドのスライドを備える。Photo by Ben Clymer

 J-O-H-N-S-H-A-E-F-F-E-Rの文字数を数えてみよう。12文字で、“C”はない。この時計の物語、そのアメリカの産業家であるオーナー、そして短命に終わった1990年代半ばのコレクションはすべて、上の時計に結びついている。1時間ごとに1文字が対応しているのだ。この時計とその物語、そして情報の乏しさに魅了されてきた者として、この興味深い小さな時計に関する情報を集めるのにここ数年費やしてきたなかで、この誤植は私にとって悩みの種だった。

 私は、2024年末にサザビーズで72万ドル(当時のレートで約1億1000万円)で売却されたトム・ブレイディ(Tom Brady)氏のオーデマ ピゲ ロイヤル オークに施されたの工場でのカスタマイズに、この物語のさらなる推進力を見出した。私がInstagramでこの件について投稿した際、多くの人がそれを派手で下品だと感じたようだ。彼らは、これはオーデマ ピゲが以前なら決して行わなかったような、過剰な話題作りに駆り立てられたカスタマイズだと言ってきた。彼らは大いに間違っていた。オーデマ ピゲについてだけでなく、パテックやほかのブランドについても同様だ。2014年、ベンはオーデマ ピゲのオリジナル “ジョン・シェーファー” ウォッチ、当時ブランド内で“トーチュ”として知られていた形状を持つプラチナ製のミニッツリピーターについて報じた。今、私たちはその詳細に深く踏み込む。

AP Tom Brady

この時計がオーデマ ピゲの最も重要なヘリテージウォッチのひとつと、これほど多くの共通点を持っていると誰が想像しただろうか?

 オリジナルのジョン・シェーファーや、最終的なコレクションの歴史について広く公開されている情報は多くないが、尋ねてみると驚くべき事実が明らかになる。オーデマ ピゲは、主要なブランドのなかでも最も充実したアーカイブと生産カタログを保有している。しかし、その知識は必ずしもモデルごとに容易に分類されているわけではない(まさにそれを実現するために積極的に取り組んでいるが)。彼らは私の調査に喜んで協力し、数えきれないほどの質問に多くの時間を割いて答えてくれた。

John Shaeffer

Photo by Ben Clymer

 オーデマ ピゲのヘリテージチームの協力と私自身の調査により、ブランドへの簡単な問い合わせは、ジョン・シェーファーのネオヴィンテージの復活の物語だけでなく、オーデマ ピゲが“オーデマ ピゲ ヘリテージコレクションのなかで最も重要なタイムピースのひとつ”と呼ぶ時計の歴史を書き換える、ほぼ完璧な物語へと発展した。

 このモデルの商業的な発売から30周年、そしてオリジナルが初めて米国に納入されてから100周年を迎える。1990年代のジョン・シェーファー コレクションを探求するのに最適な時期だ。だが、その前にさらに遡ってみよう。


1907年―オリジナル “ジョン・シェーファー”の知られざる物語

オーデマ ピゲの書籍『20th Century Complicated Wristwatches』を精査すれば、貴重な情報の宝庫であることに気づくだろう。そのなかで最も広くカタログ化されているのは、2120/2800をベースにしたパーペチュアルカレンダー搭載の時計に関するものだ。オーデマ ピゲはこれらの時計を数千本製造したため、そのデータは計り知れない価値を持つ。しかし、第1章は小型のチャイミングウォッチに焦点を当てており、同ブランドは1882年から1930年までに228個を製作した。1900年代初頭、8リーニュ(17mm)のミニッツリピータームーブメントを搭載した時計は2700スイスフランだったのに対し、複雑機構を搭載した懐中時計はわずか2000スイスフランだった。しかし1990年代まで、同ブランドはミニッツリピーターを搭載した腕時計を約35個しか製造しておらず、そのすべてがユニークピースだった。1945年から1960年のあいだに製造されたのはわずか7個だ。

AP Repeater

私は自分の腎臓を7つ(それだけ持っているだろうか?)売ってでも、この1934年のオーデマ カレ・コイン・アロンディ(Carree Coins Arrondis)を所有したい。Photo courtesy Audemars Piguet

 この本をめくると、本当に途方もない時計がいくつかある。私は上の画像で示した、アメリカ人顧客のW.タルマン(W. Talmann)のために作られた、1934年の“カレ・コイン・アロンディ(Carree Coins Arrondis)”に特に引かれる。これはミニッツリピーターを搭載したカルティエ サントス デュモンのように見え、おそらくオーデマ ピゲがこれまでに作ったなかで最もクールな時計トップ3に入るだろう。タイトルになっている“ジョン・シェーファー” ウォッチは、ギュブランやカルティエ(こちらは2015年にフィリップスで50万9000スイスフラン/当時のレートで約6200万円で売却された)のトーチュ型のリピーターを搭載したモデルなど、ほかのいくつかのトーチュ型リピーターと共にリストされている。その物語の骨子は本に概説されているが、オーデマ ピゲによる新しい研究のおかげで、同ブランドの傑作と認められるまでの紆余曲折の道筋をより深く理解できるようになった。

AP John Shaeffer

1925年製のオーデマ ピゲ ジョン・シェーファー。Photo courtesy Audemars Piguet

 この本は物語をもう少しわかりやすいものに要約しているが、ここに全タイムラインを示す。“ジョン・シェーファー”となる時計の製造は、ムーブメント no.11649が製造に入った1907年2月26日に始まった。このムーブメントは、ルイ=エリゼ・ピゲ(L.E.Piguet)によるエボーシュのリピーターを搭載したCal.12SMVをベースとしていた。1908年までに、ペンダントの形でケーシングされたこの時計は、ギニャール(Guignard and Co.)社名義で登録された。この時計はオーデマ ピゲのアーカイブに以下の仕上げが施されていると記載されている(フランス語から翻訳し、一部明確化されている)。

 “12'''SMV ムーブメント no.6、18K、ルイ=エリゼ・ピゲ製キャリバー。マットな14Kゴールド。エナメル加工のブレゲ数字アワーマーカー。黒、サインなし(署名なし)。幅広でソフトなストライプ。ブルーのブレゲ針。尖ったレンズ。カラー(?)なしのペンダント。アン パリ(Ann Paris)製のスペシャル(?)ケース、直径32mm×厚さ29.5mm、18Kイエローゴールド、キュヴェット(編注;裏蓋の内側にある保護カバー)なし、アメリカンヒンジ。象眼細工風ムーブメント、ミドルケースは全幅にわたりきれいな状態。ムーブメント&12'''ダイヤル”

 台帳に(おそらく1915年頃に)追加された書類には、この時計が最終的に1908年にアスプレイ(Asprey)に売却されたことがアーカイブに追記されている。これはほんの始まりにすぎなかった。

Minute repeater movement from the period

ミニッツリピーター搭載の腕時計に収められた9 1/2リーニュのムーブメントの写真。もともとオーデマ ピゲによって1911年にペンダントウォッチとしてケーシングされ、その後1928年に腕時計としてリケースされたもの。オリジナルのジョン・シェーファーは、12リーニュのムーブメントを使用していたため、これよりわずかに大きかっただろう。Photo courtesy Audemars Piguet

 オーデマ ピゲの『Complicated Wristwatches』では1923年に話が飛ぶが、それ以前に、同ブランドは実際にはこの時計を交換でアスプレイから買い戻し、(当時のメモによると)“完全な状態に修復”し、E.ニコル(E. Nicole)による再調整を経て、1915年6月までに再び販売可能な在庫に戻された。同じ台帳によると、ムーブメントは次に1923年にギュブランのために改修された。1923年4月18日にケースメーカーのエグリー(Eggly & Co.)社に送られた手紙には、“きわめて緊急に”18Kグリーンゴールドとプラチナで、“細心の注意を払って”時計をリケースするよう記されていた。その頃までに、時計は最終的な形をとり始めており、“フープ”付きのラグを求めたにもかかわらず、時計は最終的に以下のデザインで納品された。

 “側面を含めたトータルの直径31.5mm。品位と検定: 18kゴールドとプラチナ。形状: キュビズム調のクッション、プラチナベゼル、キュヴェットなし、トノーラグ、ポリッシュ仕上げ。ダイヤルとサイズ: 直径22mm、(かろうじて判読可能な)ストライプ仕上げ、エナメルミニッツトラック。針: (かろうじて判読可能な)グレーのレリーフのブレゲ数字アワーマーカー。エングレービング: オーデマ ピゲ。その他: 可動式のグレーゴールド製のバックル付きグレーレザーストラップ”。ミニッツリピータースライドも逆方向に作動する。

AP John Shaeffer

この時計の最も興味深い点は、パーソナライズされたダイヤルに加えて、裏蓋にもエングレービングを施したという事実かもしれない(時計を裏返したときに自分が誰であるかを忘れないように)。Photo courtesy Audemars Piguet

 1925年10月16日、この時計はニューヨークのメトリック ウォッチ カンパニー(Metric Watch Company)という新しい居場所を見つけた。ムーブメント台帳に追加されたシートによると、この販売に関する詳細情報は多くない。実際、台帳には紛失した請求書の可能性のある会計上の誤りが記されている。この紛失した書類から、この時計が1810年に5番街で設立された最も古いアメリカの宝石商のひとつ、ブラック スター&フロスト(Black, Starr, & Frost)にいつ売却されたかという、ひとつの未解決の疑問への答えが得られたかもしれない。彼らの名前は湾曲した裏蓋の端に現れていた。おそらく同じ頃、この時計は数年以上所有することになる最初のオーナーのためにエングレービングが施された。

 ジョン・ウォレス・シェーファー(John Wallace Shaeffer)は、アライド・ケミカル・アンド・ダイ(Allied Chemical and Dye Corporation)の副会長だった。この米国企業はわずか数年前の1920年に設立され、化学、自動車、石油、ガス部門で事業を展開していた。ジェームズ・ウォード・パッカード(James Ward Packard)氏のようなほかの産業家と同様に、シェーファーも時計に愛着を持っていたようだ。

 1927年、シェーファーは時計に最後の修正を加えた。それはオーデマ ピゲに送り返され、ダイヤルはアワーマーカーの代わりに彼の名前が配置されるように作り直された。時計はケースを含めて再度改装され、1927年8月3日にパリのヴェロン&エグヴィヨン(Véron & Egouvillon)を経由して顧客に戻された。リピーターが適切に作動せず、1935年に再びパリ経由で修理のために返送されたという事実からも、シェーファーはパリで多くの時間を過ごしていたことがうかがえる。

Patek Pedro Fonseca

“ペドロ・フォンセカ(Pedro Fonseca)”のために作られ、2022年にChrono24で1万2500ドル(当時のレートで約160万円)で売却されたパテック フィリップ ゴンドーロ クロノメトロ。この時計は現在、シンガポールにあるFutureGrailのミュージアムに収蔵されている。

 このパーソナライズは奇妙に思えるかもしれないが、当時はある種流行していた。この種のカスタマイズは、ウォルサムやイリノイからパテック フィリップまで、あらゆるブランドが製造した時計に見られる。アメリカの懐中時計コレクターの言葉では、これらはしばしば“ルニックダイヤル(Runic dials)”と呼ばれており、初期のアメリカの時計メーカー(ウォルサムなど)も使用していた言葉である。これは、“Rafael Y Lusia”という名前に加え、“Runic”という文字と、フォント名である“Extra Old Eng.”が読み取れるサンプルダイヤルによって証明されている。

 後者の呼称はフォントに限定される傾向があったため、“ルニックダイヤル”よりも“パーソナライズドダイヤル”という用語を好む人もいる。これらのダイヤルは、プリントされた小売業者の署名や米国市場向けの“プライベートラベル”ウォッチなど、カスタマイズサービスの一環として工場で手描きされていた。私が目にしたこれらの数から判断すると、この種のカスタマイズは、ほかのどこよりもアメリカ大陸全般でより一般的だったという直感が働く。


1990年代―復活の起源

 “ジョン・シェーファー”の復活は、モデル自体から始まったわけではない。スイスの時計産業がクォーツショックの余波に揺れるなか、少数の若手スペシャリストたちが複雑時計製造の主導権を握るために現れた。ブランドは、世界で最も複雑な時計や腕時計に取り組もうと、新たなエネルギーをもって取り組み、一方で、廃れかけていた複雑機構を復活させようとするブランドもあった。これらすべては、これまで利用できなかった新しい技術によって容易になった。

Guilio Papi

オーデマ ピゲの時計師であったジュリオ・パピ(Giulio Papi)氏とドミニク・ルノー(Dominique Renaud)氏は、コンピューター設計とCNCマシンに焦点を当てた専門の研究開発部門を設立することを決定し、1980年代と1990年代に時計のデザインと製造にハイテクアプローチをもたらした。Photo courtesy Dominique Renaud

 オーデマ ピゲによると、1980年代後半の会話で、当時の技術ディレクターであるセルジュ・メイラン(Serge Meylan)と、若きウォッチメイキングの天才ジュリオ・パピ(Giulio Papi)氏(元同ブランドの時計師で、1992年にオーデマ ピゲの一部となるルノー・エ・パピの一員)が、彼らの夢の時計について話し合ったという。メイランはジャンピングアワー(ブランドが過去に何度も行ってきたこと)をやりたがっていた。パピ氏はミニッツリピーターをやりたかったが、単なるリピーターではなかった。彼はレディースウォッチにも使えるほど小さなリピーターをやりたかったのだ。最終的に、彼らは両方を一緒にやることに決めた。

AP 25765PT

Ref. 25765PT、Cal.2865を搭載したユニークピース。Photo courtesy Phillips

 当時、ブランドのアーカイブコレクションには、ジャンピングアワーやミニッツリピーターの時計は含まれていなかった。代わりに、メイランはパピ氏に1930年代のジャンピングアワーウォッチと、1950年代にあった質の悪いミニッツリピーターに関する広告のコピーを渡した。のちに、リピーターが10リーニュのムーブメントを搭載していることを知るが、当時、サイズに関する基準はなかった。代わりに、パピ氏は結婚指輪を外して直径を測った。

 その22mmは9 3/4リーニュに近かった。4年足らずの研究を経て、リピーターの基礎となるCal.2865を搭載したRef.25723が発表された。また、エレガントで傾斜したフィンガーブリッジ、主ゼンマイを支える長くまっすぐなブリッジ、そして半分バイオリンのような蛇行するセンターブリッジという、典型的なジュウ渓谷スタイルのデザインも特徴だった。

John Shaeffer Repeater

オーデマ ピゲ ジョン・シェーファー ウォッチに搭載されたミニッツリピーターを備えた9 3/4リーニュのムーブメント。

 そして、ジョン・シェーファー自体のデザインが誕生した。1989年、オーデマ ピゲは次の時計のインスピレーションを見つけた。その年、サザビーズ・ニューヨークが10月のオークションで、以下のラベルが貼られた時計を出品した。“珍しいツートンゴールドのミニッツリピーターを搭載したクッション型の腕時計、オーデマ ピゲ、ジュネーブ、No.11643、1908年頃、1915年販売、ブラック スター&フロスト、ニューヨークで小売”。この時計には、ジョン・ウォレス・シェーファーのモノグラムが刻印されたクラスプ付きの9リーニュのライスブレスレットが採用されていた。カタログでさえ、ある箇所でシェーファーの名前をスペルミスしていた。この時計はシェーファーの息子によって委託され、推定価格は10万ドルから12万5000ドル(当時のレートで約1300万から1700万円)だった。オーデマ ピゲはバイヤーズプレミアムを含め22万ドル(当時のレートで約3000万円)でこの時計を購入した。

Sotheby's Shaeffer

1989年10月30日のサザビーズ ニューヨークオークションのカタログスキャン。Photo courtesy Sotheby's

Sotheby's Shaeffer

ジョン・ウォレス・シェーファーの刻印が入ったブレスレット付きの時計。Photo courtesy Sotheby's

 インスピレーションを実際の製品へと昇華させるため、オーデマ ピゲは最も偉大なスターのひとりに依頼した。ジャクリーン・ディミエ(Jacqueline Dimier)は、業界初の女性デザイナーのひとりであり、1990年代にはすでに同ブランドで15年以上働いていた。実際、彼女は24年のキャリアでブランドの時計の大半をデザインした。

 オーデマ ピゲのヘリテージ&ミュージアムディレクターであるセバスチャン・ヴィヴァス(Sebastian Vivas)氏とのZoom通話中、彼はスケッチをカメラの前に掲げ、通話の直前にそれを見つけたところだと述べた。シェーファーのデザインには、ディミエの紛れもないサインがあった。彼女の多作なキャリアを考えると、現代のシェーファーのデザインを生み出した彼女の役割は、比較的知られていなかったか、あるいは当然のことと見なされていたようだ。

Jacqueline Dimier design

Photo courtesy Audemars Piguet

Photo courtesy Audemars Piguet.

Photo courtesy Audemars Piguet

Photo courtesy Audemars Piguet.

Photo courtesy Audemars Piguet

 デザインを見ると、製品化された時計とされなかった時計が多数見られる。パーペチュアルカレンダー、スターホイール、さらにはシンプルな時刻表示のみの時計やミニッツリピーターも彼女の描画に登場した。一部の時計はラウンドダイヤルを特徴としており、ほかの一部はクッションケースの形状を反映したダイヤルを持っていた。ある興味深い時計は、ダイヤルの前面がハーフハンター型になっており、数字の彫刻が可能だったが、このアイデアはのちに、2000年のブランドの125周年記念のために作られた4つのユニークピースに使用された。ブレスレット付きでデザインされたジョン・シェーファーさえあった(そして同様の例がひとつ作られた)。

Photo courtesy Audemars Piguet

Photo courtesy Audemars Piguet


1995年―シェーファーの帰還

 その名にもかかわらず、ジョン・シェーファーのラインは短命な実験であり、1995年から1997年までのわずか2年間しか存続しなかった。それでも、時刻表示のみの時計からシンプルなカレンダー、パーペチュアルカレンダー ミニッツリピーターに至るまで、すべてを網羅した印象的なラインナップだった。しかし、真のシェーファーウォッチはミニッツリピーターを備えているべきだと私は考えている。それは、ダイヤル上の名前と同じくらい、オリジナルの重要な特徴だからだ。しかし、この問題に取り組み始めたときに抱いた多くの疑問のなかで、私を悩ませた単純な疑問がひとつあった。“ジョン・シェーファー”はモデルの実際の名前だったのだろうか? タスカンダイヤルがオーデマ ピゲと関連のあるイタリア人によってでっち上げられたように、単なるニックネームだった可能性もあると私は考えていた。

John Shaeffer Repeaters

 しかし、このプロジェクト全体がどこから始まったのかについて少し背景を説明しよう。昨年シンガポールにいるとき、私はピグマリオン ギャラリー(Pygmalion Gallery)を訪れた。そこは美しく控えめな空間で、何も販売されておらず、すべてが驚くべきものだった。これはシンガポールにとって特筆すべきことである。ここは同国のオーデマ ピゲ コレクションコミュニティの基礎となり、イベントを主催し、知識とコレクションを共有している。また、同ブランドの歴史における多種多様な希少品の拠点でもある。コレクターであり、シンガポール ウォッチ クラブ(Singapore Watch Club)の創設者であるトム・チャン(Tom Chng)氏は、私が望むものは基本的に何でも持ち出すことを快く申し出てくれたが、私はシェーファーに搭載されたリピーターに焦点を当てた。なぜなら、現在の収集環境において、それらがよいペースの変化をもたらすと考えるからにほかならない。

Pygmalion Gallery

シェーファーに搭載されたムーブメントの仕上げのバリエーション。Photo courtesy Tom Chng at Pygmalion Gallery

Pygmalion Gallery

Photo courtesy Tom Chng at Pygmalion Gallery

 まず第一に、そうだ、ジョン・シェーファーは時計の名前だった。時計があまり成功しなかった場合、頼るべき広告がほとんどないことが判明する。もちろん、オーデマ ピゲはこの時計の名前を知っているが、彼らはネオヴィンテージの広告のいくつかを共有してくれた。これらは、オーデマ ピゲのようなアイコンを宣伝するというよりも、ブランドや小売業者のカタログのエントリーのように見える。

John Shaeffer Advertisements

 同時期のジュール・オーデマ(Jules Audemars)の一部がセカンダリーマーケットで徐々に価格が上昇しているのに対し、シェーファーは同等の注目を集めていない。確かに、ミニッツリピーターのバージョンはより希少だが(総生産の約3分の1を占める)、一般的に現代のコレクターはまだトノー型に目を向けていないようだ。これには論理的な理由がある。まず、時計の幅は約33.5mmで、(ほかの複雑機構がないミニッツリピーターの場合)厚さは9mmである。若いコレクターは“小さい”時計への苦手意識を克服しつつある(いや、むしろ一部は好んでさえいる)ため、これらの時計が価値を高める可能性はある。しかし私の市場分析が示すように、希少なアイテムはすでに高値を付けている。

John Shaeffer Repeater

 率直に言って、現代市場で私が知る限り最小のリピーターが、直径36mm×厚さ10.41mmのパテック フィリップのRef.7040であることを考えると、私はこの時計をヴィンテージらしい魅力にあふれた、特筆すべきものだと感じている。それは現代においても印象的であるだけでなく、IWCのデストリエロ・スカフージアのような巨大な時計の時代であった1990年代に作られたという点でも印象的だ。当時、コンパクトさと着用感で本当に匹敵したのは、直径34mm×厚さ10.2mmであるブランパンのRef.5335だけだった。

Shaeffer Minute Repeater

 シェーファーに搭載されたリピーターはまた、現在市場にあるほかのオプションと比較して、音色が薄い。その一因はサイズ(小さなゴングと小さなハンマーによる力の不足)と構造にあると想像する。しかし現在の市場価格で、クールなネオヴィンテージの歴史を持つ機械式ミニッツリピーターを手に入れているのだから、それでもかなりお買い得だ。

 考慮すべきバリエーションは多数あり、あとで内訳を提供するが、いくつか(ピグマリオン ギャラリーの例を含む)を紹介しよう。以下に示したのはリピーターの最もシンプルなものであり、おそらくオリジナルのオーデマ ピゲによるミニッツリピーターを搭載したトーチュ型の系譜を最も直接的に受け継いだものだろう。これらの時計の多くは以下に見られるように、ブレゲ数字とカセドラル針を特徴としていた。

John Shaeffer Repeater

 同じコンセプトは、透明なダイヤルでも見られる。オーデマ ピゲはこれらをスケレッテまたはスケルトン化されたバージョンとしてラベル付けしたが、前面からはほとんどスケルトン化されていない。代わりに、モダンとヴィンテージのスタイルの狭間にあるモデルに似ているだけだ。また見てのとおり、それらは最も視認性が高いわけではない。しかし上記のトム・チャン氏の写真で見られるように、裏側は、今ではあまり見られない彫刻されたブリッジなどのユニークな仕上げを特徴としている。

John Shaeffer Repeater

Photo courtesy Tom Chng at Pygmalion Gallery

 おそらく、このなかで私のお気に入りの時代錯誤は、ジョン・シェーファー ミニッツリピーターの“スポーツバージョン”だ。少なくとも私はそう呼んでいる。ロイヤル オークのような針と、きわめて大胆なアラビア数字の組み合わせで、両方とも夜光素材を備えており、私が気に入らずにはいられない奇妙な組み合わせになっている。ミニッツリピーターの本質は、暗闇でダイヤルを見る必要がないということだ。なぜ夜光を追加するのか? 誰にもわからない。だが、まあ、なぜいけないというのだろう? ブラックダイヤルにレッドのアクセント、そしてゴールドケースはあまりにも奇妙で完璧であり、ホワイトメタルケースにグレーのダイヤルは完璧に“HODINKEE”的だ。

John Shaeffer Repeater
John Shaeffer Repeater
John Shaeffer Repeater

 もし予算に余裕があるなら(フォーチュン500のSVPのような収入はないとしても)、検討する価値のあるふたつのバリエーションは、さまざまな金属で提供されたギシェ ジャンピングアワーウォッチとワンダリングミニッツだ。これらは、ヴィンテージの美しさ(特にカルティエやグライシンのようなブランドがそのような時計を製造していた時代)と、現代的なムーブメントの時計製造技術を組み合わせている。それらは依然として控えめでサイズもわずかにヴィンテージ寄りであり、このような時計として、高い評価を十分に得ている。

John Shaeffer Repeater

 私のトップピックであり、ジャクリーン・ディミエが実際にデザインしたもの(上記のスケッチで見られる)は、スターホイール ミニッツリピーターだ。ウルベルクや、最近のオーデマ ピゲによるCODE 11.59の発表で見られるように、スターホイール表示に精通している人は多い。しかし私の意見では、オーデマ ピゲのスターホイールウォッチは、これらの透明なディスクを使用したときに最高の状態だった。

 視認性を高めるためにダイヤルに小さな開口部しかないものなど、多数のバリエーションがある(これについてはあとで触れる)。しかし透明なディスクと上部のトラックを使用することで、ほかの数字は奥に引っ込み、気が散ることが少なくなり、初めて着用する人にとっては表示がはるかに直感的になる。

John Shaeffer Repeater
Star Wheel Minute Repeater
Star Wheel Minute Repeater

 私が実際に目にできなかったふたつのバージョンの時計には、間違いなく究極のモデルが含まれている。それは、ジョン・シェーファー ミニッツリピーター パーペチュアルカレンダーだ。それは本当に驚異的な時計だが、セカンダリーマーケットでは高値を付ける。もうひとつ見られなかったものは? それはシェーファー コレクションのわずかに先行モデルである、オリジナルの長方形のジャンピングアワーであるRef.25723のように、レギュレーター式の分針を備えたジャンピングアワーウォッチだ。


数字で見る

 オーデマ ピゲからのデータによると、1995年から1998年までのわずか3年間の生産期間(プロトタイプを除く)で、ジョン・シェーファーモデルは約670個製造された。そのうち209個(私の集計)が、ミニッツリピーターを搭載していた。これは、オーデマ ピゲ自身の書籍『20th Century Complicated Wristwatches』で共有されている合計よりも1個多い。これはおそらく、2000年のブランドの125周年記念のために作られたひとつのユニークピースによるものだろう。しかしデータに目をとおし、市場と相互参照する(Everywatchの助けを借りて)と、ユニークな、あるいは予想外の時計の魅惑的な物語が見つかる。以下の情報を分析できる。いくつか詳細を強調しよう。

John Shaeffer Chart

 ミニッツリピーターの209個の例のみに焦点を当てると、いくつかの驚くべき数字が浮かび上がる。この時代のジョン・シェーファー ミニッツリピーターのほぼ半分(209個中103個、または49.28%)がプラチナでケーシングされていた。これは音の伝達において、おそらくコンプリケーションにとって最悪の金属素材だ。ローズゴールド(RG)は約22.5%を占め、イエローゴールドは21%だった。ホワイトゴールドで製造されたのはわずか1個、スティール(SS)で製造されたのは1個のみであり、これについてはこの物語の収集性について詳しく説明するが、どちらも市場に出てきていない。“オーデマ ピゲ ミニッツリピーター”、“ステンレススティール”、“初出品”という言葉の組み合わせは、探しているコレクターにとっては間違いなくエキサイティングだ。

 おそらく最も驚くべきことは、ジョン・シェーファー ミニッツリピーターが13個、チタンで製造されたことだ。これは当時としては大きな数字のように感じられ、チタンは音の伝達に優れた素材ではあるが、このような伝統的なケース形状の第1の選択肢には感じられない。3つはギシェのジャンピングアワーウォッチのために作られ、さらに3つはクローズドダイヤルのスターホイールのために作られた。実際、私はアンティコルムのあるオークションで、これらのチタンの例の1つがSSと誤認されたケースがあったと信じている(オーデマ ピゲは製造したことがないと述べている)。しかし、ひとつのオプションが最も優れている(ここでは意図的に伏せておく)。


収集性

 ネオヴィンテージのオーデマ ピゲ ジョン・シェーファー ミニッツリピーターは世界に209個存在し、これはパテックのRef.1518よりも少ない数だ。誰もこのふたつのモデルが匹敵すると主張しているわけではないが、希少性は収集においては重要な要素だ。

 過去数年間、シェーファーモデルは着実に上昇傾向にある。過去5年間で、時刻表示のみのミニッツリピーター(それに加えて、ひとつのスケルトンモデル)のみが10万ドル(日本円で約1500万円)未満で売却されている。2019年には、Ref.25798TI(チタン製のダブルギシェ、ジャンピングアワー、ワンダリングミニッツ)がクリスティーズで5万2500ドル(当時のレートで約570万円)で売却された。2024年には、同じモデルのRG製が13万8600ドル(当時のレートで約2100万円)で売却された。これは、ブランドがRGで8倍多く製造したにもかかわらずだ。おもしろいことに、ケースには24/25と刻印されているが、実際に製造されたのは24個のみだ。

AP ref. 25835

これが23万9400スイスフラン(当時のレートで約4200万円)のオーデマ ピゲの外観。ブレゲ数字、ブルーのインダイヤルを備えた33.5mm径ケース。Photo courtesy Christie's

 さらに驚くべきことに、同じパーペチュアルカレンダー ミニッツリピーターが10年間隔で、両方ともクリスティーズで売却され、2015年には5万ドル(当時のレートで約620万円)2025年の初めには239,400スイスフラン(当時のレートで約4200万円。初めて30万ドルの境界を超えた)を記録した。どのバリエーションでも製造された時計がきわめて少なく、市場に出てくるものも少ないため、一般的な上昇傾向を超えて特定のトレンドを断定するのは難しい。最も需要があって収集価値があり、魅力的なものは、明らかに最も複雑なバージョンだ。

 いくぶんか力が弱いとはいえ、パーペチュアルカレンダー ミニッツリピーターがそのような価格に達するのに、なぜこれほど時間がかかったのかは私には理解できない。パープルダイヤルを備えたプラチナ スターホイールも魅力的であり、製造されたのはわずか7個で、計画された10個よりも希少だ。とはいえ、価格のピークに達しつつあると私は思う。

Shaeffer

オーデマ ピゲが製造した時計の社内“バイブル”より。これはRef.25835TIだ。そう、ネオンイエローのダイヤルを備えたチタン製のパーペチュアルカレンダー ミニッツリピーターである。ユニークピースだ。Photo courtesy Audemars Piguet

ref. 25835

Ref.25835BC。Photo courtesy Audemars Piguet

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スケルトン表示を備えたRef.25835PT。Photo courtesy Audemars Piguet

 探す価値のあるいくつかの例があり、それらがどうなったのか気になって仕方がない。色合いは好みではないかもしれないが、オーデマ ピゲの“バイブル”に示されている上記のRef.25835TIがきわめてワイルドであることは否定できない。チタンケースを持つパーペチュアルカレンダー ミニッツリピーターの唯一の例であるこの時計は、鮮やかなイエローのダイヤルを持ち、時計にマッチするストラップと共に納入された。これも市場に出てきたことはない。ブルーダイヤルを備えたホワイトゴールド製のRef.25835BCも同様で、これも同素材では唯一の例だ。スケルトン表示を備えた単一のRef.25835PTも市場に出ていない。

 チタンは1990年代にはすでに珍しい素材であり、私の調査によると、シェーファーはこのケース形状を持つオーデマ ピゲ初のチタン製ミニッツリピーターである。このケース形状を持つ同ブランドによるチタン製ミニッツリピーターは合計13個存在し、そのなかには唯一無二のチタン製パーペチュアルカレンダー ミニッツリピーターと、もうひとつのSS製が含まれているという事実は、まだ一攫千金のチャンスがあることを意味する。SSまたはチタンのユニークピースのどちらかが市場に出てきた場合、私は設定価格34万9999ドル99.5セント(日本円で約5400万円)を“上回る”と見る。

AP Shaeffer

シンガポールの“ピグマリオン ギャラリー”からのRef.25882。

 もう少し手頃な価格のもの(もちろんそれでも高価だが)が欲しいなら、夜光付きのアラビア数字を備えた“スポーツ”ダイヤルはきわめて興味深い。私はRef.25882の、スモールセコンドと大胆なアラビア数字の風変わりな組み合わせが好きだ。あるいは、ブレゲ数字とカセドラル針を備えたより伝統的なRef.25760を選ぶこともできる。どちらも約10万ドル(日本円で約1560万円)、またはそれ以下で購入できる可能性が高い。私は個人的に上記のどれも買う余裕がないので、おそらくこれらの聖杯のいくつかを探し続けるだろう。もしあなたが先に見つけたら、私に教えて欲しい。

 時計の歴史と開発の研究、およびアーカイブからの画像提供にご協力いただいたオーデマ ピゲのヘリテージチームに心から感謝する。また、追加の画像とコレクションの撮影を許可してくれたシンガポール ウォッチ クラブトム・チャン(Tom Chng)氏と、シンガポールのピグマリオン ギャラリーにも感謝を述べる。最後に、価値とオークション結果の調査にデータベースを使用させてくれたEverywatchに謝意を表する。