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数カ月前、私はブルガリのプロダクト・クリエイション・エグゼクティブ・ディレクターであるファブリツィオ・ボナマッサ・スティリアーニ(Fabrizio Buonamassa Stigliani)氏と偶然顔を合わせた。いつものように、会話は写真からアート、デザインへと自在に広がっていった。2023年のドバイ・ウォッチ・ウィークで1対1の朝食をともにして以来、繰り返し話題に上っているテーマのひとつが、中東でいまなお拡大を続ける時計コレクターのコミュニティに対し、ブランドが十分に思慮をもって向き合えてこなかったという点である。要するに、東アラビア数字に頼るだけという、頻繁ではあるがやや安易なエキゾティシズムから脱却する時期は、とうの昔に来ていたということだ。
11月、ブルガリは著名なエミラティ(アラブ首長国連邦)のアーティストでありカリグラファーでもあるマタール・ビン・ラヘジ(Mattar Bin Lahej)氏とのコラボレーションによる最新作を発表し、この潮流から1歩踏み出した少数派ウォッチメーカーの仲間入りを果たした。この新作は、この地域に向けた時計デザインにおいて、意図的で創造性に富み、そして何よりも深い理解に基づいたアプローチを採用した数少ない例のひとつとして時計史に名を刻まれるだろう。
中東には、時計に対する情熱に満ちた豊かな文化と歴史がある。地域内外から実に4万9000人が来場した2025年のドバイ・ウォッチ・ウィークがその何よりの証拠だ。また、故オマーン国王カーブース・ビン・サイード・アール=サイード(Qaboos bin Said Al Said)氏やドバイの首長であるムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム(Mohammed bin Rashid Al Maktoum)氏といった要人の存在もあって、ブランドは世界でも屈指のコレクタブルな時計を生み出してきた。とりわけヴィンテージモデルはその傾向が顕著である。カンジャール短剣の背後に交差した2本の剣、その上に王冠を配した意匠(オマーン王室の紋章)や、中央にダウ船を据えた鷲のエンブレム(2008年まで用いられていたUAEの国章)といったモチーフを備える時計は、それだけでも十分に魅力的だ。しかしそれ以上に、こうした時計の多くは誕生の経緯や来歴を含め、その背景にあるストーリーそのものが実に興味深いのである。
それらを本当に特別な存在にしていたのは、実のところそのストーリーであった。これらの時計の多くは王族や政府のために製作され、友人や政府関係者、軍の高官、さらには外国の指導者が権力の座に就くのを支援した外国軍人にまで贈られていた。当時、それらが商業製品として流通することはほとんどなかったのである。一方で現代の中東市場にフォーカスした時計は、商業的な判断として、文字盤に東アラビア数字を取り入れるケースが増えてきた。登場当初はその希少性ゆえに新鮮だったが、数が増えたこと、そしてそれ以上にフォント表現における創造性の欠如によって、私の目には次第に食傷気味に映るようになってしまった。
モナコ・レジェンド・オークションの2023年春季オークションに出品された中東市場向けの時計3本。いずれもオマーン国向けに製作されたカンジャールサイン入りのモデルである。
このデザイン表現に対して、私自身が明確な立場から判断を下せるわけではない、という点は認めるべきだろう。ウィスコンシン州で生まれ育った私にとって、中東は決して身近な存在ではない。しかし大学時代の4年間、アラビア語のふたつの方言を学び、ウィスコンシン大学で中東研究の学位を取得している。
この学位課程では、地域および国際政治から文化、宗教に至るまで、きわめて幅広いテーマを学んだ。そのなかで私が特に強い関心を抱いた分野のひとつがイスラム美術とカリグラフィーである(おそらく、自分自身のアラビア語の筆記があまりにも拙かった反動かもしれない)。このテーマへの興味は表面的なものではなく、実際、つい先週ドバイで会ったばかりの中東のコレクターや友人たちとも、この話題について繰り返し語り合ってきたのである。
ウォッチメイキングにおいて用いられてきたさまざまな数字表記の歴史をここですべてたどるつもりはないが、現在では、多くの人が一般にアラビア数字と呼んでいるものが(私たちが日常的に使っている0、1、2、3、4、5、6、7、8、9)、中東でよく見られる東アラビア数字とは異なることを理解しているだろう。後者の数字(٠،١،٢،٣،٤،٥،٦،٧،٨،٩)は、3つの系統(ペルシア語/ダリー語/パシュトー語、ウルドゥー語/シャームキー文字のバリエーションを含む)から成る数表記体系の一部であり、今日世界の大半で使われている数字の源流でもある同じヒンドゥー・アラビア数字体系に由来しているのである。
この特定の東アラビア様式の発展は、イスラム黄金時代に流行した。その背景には、ペルシアの数学者アル・フワーリズミー(al-Khwarizmi/ヨーロッパではアルゴリズムとも称された)の著書『ヒンディー数字による計算法/On the Calculation with Hindic Numerals』が地域内外(ヨーロッパを含む)に広まったことがある。要するに、学生が学校で最も嫌う科目のひとつ(アルゴリズム)の考案者として非難する人物こそが、過去10年ほどで時計収集界に広まった最も多用されるエキゾチックな要素のひとつをもたらした恩人でもあるのだ。
私が前回のドバイ・ウォッチ・ウィークで手に入れた、バルチック × パーペチュアル・ギャラリーのトロピカル・トリコンパックス。
これらの数字表記は何世紀にもわたって時計やクロックに用いられてきたが、東アラビア数字を再び表舞台へと押し戻した要因としては、1950年代から1970年代にかけてのデイデイトをはじめとする文字盤への採用を通じた、ロレックスの功績が大きいと考えている。これらの数字が地域市場を明確に意識していたことは疑いようがない。それでも現在の関心の多くは、より珍しく、エキゾチックな時計を求める購買トレンドから生まれているように思える。時計の歴史や地域の文化を理解し、敬意を払ったうえで楽しむのであればそれは素晴らしいことだ。しかし私の目には、東アラビア数字はサーモンダイヤルと同じように、もはや必要以上に使われる、やや過剰な装飾になってしまっているように映るのである。
42mmのセイコー SNKP21J1。
私自身もその罠に陥ってきたひとりである。このトレンドが特に顕著に見られるのはマイクロブランドであり、彼らは新しい文字盤を迅速かつ効率的に製作し、地域市場で販売しながら同時に、より広い層の売り上げも見込むことができる。なかには納得感できる例もあり、たとえばファーラン・マリのリリースは、サウジアラビア出身の共同創業者ハマド・アル・マリ(Hamad Al Marri)氏の影響を色濃く反映している。同ブランドがこの系譜において発表した最新作は、つい先週サウジアラビアの正規販売店向けにリリースされたばかりだが、実際の仕上がりは見事で、非常によく考え抜かれたものだった。
HODINKEEもまた、2022年に掲載した記事を通じて、こうした文字盤をより広い層に知らしめる一助となった。その記事がきっかけとなり、このデザインを備えたセイコーに一気に注目が集まったのである。なかには非常に魅力的な仕上がりのものもあり、正直に言えば私自身もドバイの小売店とバルチックによるコラボレーションモデルのように、いくつかをコレクションに加えてきた。しかし、2年前にその時計について書いた際ですら、気に入ってはいたものの、このアイデアそのものに対する食傷感をすでに認めていた。そしてその倦怠感はいまやさらに強まっている。
ロレックス Ref.6263 “アラビアンナイト”は、フィリップスによるデイトナ・アルティメイタム(Daytona Ultimatum)セールにおいて、193万2500スイスフラン(当時の相場で約2億1800万円)で落札された。Photo courtesy Phillips
オーデマ ピゲによる41mm径のチタン製ロイヤル オーク Ref.26530TI.OO.1220TI.05。25本限定のリミテッドエディション。Photo courtesy K2 Luxury Watches.
オーデマ ピゲ ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー ウルトラ シンのユニークピースで、アラビア数字インデックスを備えるRef.26586XT.OO.1240XT.99。砂漠をテーマにしたフュメダイヤルを採用したクールなリリースだったが、インデックス表現にはさらに踏み込んだおもしろさがあってもよかったかもしれない。Photo courtesy Audemars Piguet
これ以上この点を掘り下げるつもりはないが、たとえばMicrosoft WordやGoogle Docsでアラビア語を入力すると、たいていはArialをベースにしたフォントが表示される。そしてそれは、現在多くの文字盤で使われている書体とほぼ同一である。これは実に残念なことだ。なぜならアラビアフォントには、参照に値するほど深く美しい書体と芸術の歴史があるにもかかわらず、それを積極的に取り入れてきたブランドはこれまでほとんどなかったからである。仮に、あるウォッチブランドがアメリカ市場向けに文字盤をデザインし、Times New RomanやComic Sansをそのまま使ったとしたらどうだろうか。私たちはもっと創意工夫を期待するはずではないだろうか?
数年前にボナマッサ・スティリアーニ氏と交わした会話のきっかけは、ドバイモール内にあるブルガリブティックで展開されていた、オクト フィニッシモ3本を横目で眺めながら抱いた関心だった。興味深いことに、昨年パルマのウォッチフェアではその3本すべてを同じ場所で目にすることになり、これらのモデルがいかに高いコレクタビリティと広い影響力を持っているかを物語っていた。ブルーまたはグレーダイヤル(シルバーもしくはグリーンの数字)を備えたチタンモデル、あるいはブルーダイヤルにゴールドの数字を組み合わせたきわめて限定的なローズゴールドモデルまで、そのいずれもが強い存在感を放っている。これらはまた、標準的な文字盤の一部にも見られる“オープン9”を思わせる、やや創意を凝らした数字デザインを採用した最新世代のひとつでもある。しかしブランドとそのデザイナーをよく知る立場として言えば、彼らならさらに踏み込んだ表現ができるはずだと感じていたのである。
9世紀後半から10世紀半ばに制作されたと考えられている初期のクルアーン写本、ブルー・クルアーン(الْمُصْحَف الْأَزْرَق)に見られるクーフィー書体。この写本は、チュニジアのカイルアン、もしくはウマイヤ朝時代のスペイン・コルドバのいずれかで制作されたと考えられている。Photo courtesy Wikipedia
あの初期の会話のなかで、私は彼に対し、別の書体からインスピレーションを得るべきではないかと提案した。歴史的なカリグラフィはもちろん、現在も新たに生み出され続けている書体は数多く存在する。しかしオクト フィニッシモやロイヤル オークのような時計であれば、真っ先に思い浮かんだのがスクエア・クーフィーであった。7世紀に生まれたこの装飾的でありながら極めて幾何学的なデザインは、エッジの効いた造形や幾何学的フォルム、インダストリアルなデザインを持つ時計と完璧に噛み合う。一方でスルス体のような書体は、今日のブレゲ数字がそうであるように、ドレスウォッチに用いるほうが理にかなっているだろう。余談だがこのスルス体は、ロレックス デイデイトの曜日表示に使われている、イラク出身の書家ウィッサム・シャウカット(Wissam Shawkat)氏が手がけた文字デザインにもどこか通じる印象がある。オクト フィニッシモに対する私の最初の提案はクーフィー書体だった。しかし、ブランドはそこからさらに1歩踏み込んだのである。
マタール・ビン・ラヘジ×オクト フィニッシモのコラボレーションは、間違いなく大胆であり、従来の東アラビア数字を用いたモデルと比べると、着こなしの難易度も高いだろう。だがエミラティのアーティストであるビン・ラヘジ氏と協業したことで、ブルガリははるかに深い文化的領域に踏み込むことに成功している。カリグラフィは挿絵入り聖書が長年にわたって果たしてきた役割と同じく、クルアーン(コーラン)の内容を視覚的に伝えるための美しい表現手段だ。それにとどまらず、宗教美術において人物表現が禁じられてきたイスラム世界においては、芸術そのものの中核を担ってきた存在でもある。そしてそれは、並大抵の想像力では及ばないほど、高度な創造性を求められる表現でもある。
ドバイの統治者であるムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム氏の言葉と、マタール・ビン・ラヘジ氏の仕事を組み合わせることで、ブランドは首長の言葉そのものを芸術へと昇華させた。実際に用いられているのは、ドバイの未来博物館の外壁にも掲げられている、あの有名な言葉(“未来は、それを想像し、設計し、実行できる者たちのものとなる。未来は待ってはくれない。しかし、それは今日、設計し築くことができる”)である。この言葉は、ケースや文字盤の上をうねるように配されているため判読するのはほとんど不可能だが、それこそがカリグラフィアートの常である。そこでは意味の可読性よりも造形としての美しさが優先されるのだ。
このプロジェクトを形にするまでの3年にわたる協業のなかで、ボナマッサ・スティリアーニ氏はビン・ラヘジ氏がきわめて勤勉で思慮深い共同制作者だったと語ってくれた。40mm×5mmというケースと文字盤を、レーザーエングレービングによってこのように装飾する手法自体は、ブルガリにとって初めての試みではない。クロノパッション向けに展開された、いわゆる“タトゥー”ウォッチの過去作でも用いられてきた技法である。しかし制作の過程を通じてビン・ラヘジ氏の仕事は、この創作がいかに難しいものであるかを浮き彫りにした。それは美しいデザインと、ブルガリのデザイナーが当初スケッチした(ほとんど意味をなさない走り書きのような)コンセプトとの、とても繊細なバランスを取る作業だったのだ。このデザインが持つ唯一無二の個性と深い思慮が結実し、70本限定のエディションは発表とほぼ同時に完売する結果となった。
ブルガリがより創造的なアプローチを取った最初のブランドでないことは言うまでもなく、ドバイ・ウォッチ・ウィークにおいても同様である。ここで私が示したいのは、すでに優れた実例がいくつか存在している以上、この地域(そしてほかの地域も同様に)はその文化を称え、時計に注がれる情熱に敬意を払ううえで、もっと多くを受け取るに値するということだ。たとえば2年前に発表されたミンの37.08 “サンド”は、今なおこのジャンルにおける最高峰のリリースのひとつだと感じている。この手のモデルでありがちなブラウンやグリーンのカラーバリエーションに安易に寄りかかるのではなく、彼らは上空から眺めた砂丘の波紋を思わせる文字盤を作り上げた。想像力に富み、ひと目でそれとわかる個性を備えながら、決して説明的になりすぎないアプローチなのである。
ミン 37.08 “サンド”は、2023年のドバイ・ウォッチ・ウィークで発表されたモデル。
より芸術性と物語性の高い表現という点では、パテック フィリップのレア・ハンドクラフツ カラトラバ “ファルコン・ハンティング” Ref. 5077P-091にも強く引かれる。ドバイや湾岸地域を訪れたことがあれば、鷹狩りがいかにベドウィン部族にとって重要な文化であったかをご存じだろう。その伝統は現代にも受け継がれ、アブダビには年間1万1000羽ものハヤブサを治療し、ハヤブサ用のパスポートまで発行する巨大な専門病院が存在するほか、サウジアラビアで機内がハヤブサで埋め尽くされた航空機の写真が話題になるほどの情熱へと発展している。パテックはフランス人画家ジョルジュ・ワシントン(Georges Washington)が描いた狩猟の情景をもとに、20本限定のミニアチュールペインティングによるリミテッドエディションを製作した。本作はこの地域への深い理解を感じさせる美しい表現として、今も私の記憶に強く残っている。ただし一方で、これはサヒーフ・アル=ブハーリー(9世紀に編纂されたスンナ派イスラームにおいて最も信頼性が高いとされるハディース集のひとつ)に見られる、生命ある存在の描写を避けるという一般的なハディースの教え、いわゆるアニコニズムの考え方とは相反する側面も持っている(補足しておくと、サヒーフ・アル=ブハーリーはスンナ派の伝承集であり、ワッハーブ派やサラフィー派のようなより原理主義的なスンナ派がこの教えを厳格に守る一方で、ほかのスンナ派やシーア派、さらには別の宗派では必ずしも同様の解釈が取られているわけではない)。
パテック フィリップ レア・ハンドクラフツ カラトラバ “ファルコン・ハンティング” Ref.5077P-091。Photo courtesy K2 Luxury Watches
ウブロは、私が目にしてきたなかでも、とりわけ創造性に富んだ中東向けウォッチを数多く手がけてきたブランドであり、2023年のドバイ・ウォッチ・ウィークでは、カリグラフィを用いた文字盤を2種類発表している。マスカットを拠点とする小売店ミスタルが販売した、オマーン建国記念ゴールデン・ジュビリー向けのクラシック・フュージョン2本に加え、私が個人的に引かれているのが、同じくミスタルによって企画・発注された、別のリミテッドエディションである(2018年前後のリリースだったはずだ)。このモデルでは、オマーンのカンジャール短剣の柄や鞘を想起させる、精緻な装飾が施されたケースが採用されている。さらにストラップにはカンジャールとともに身につけられるヒザーム(“ベルト”)をモチーフに、金糸による装飾があしらわれていた。
オマーン向けに製作されたクラシック・フュージョン。
地域の嗜好に寄り添った優れた事例として、中国市場向けに製作された時計、とりわけ春節(旧正月)に合わせたモデルが挙げられるだろう。現在はやや落ち着きを見せているものの、かつて急成長を遂げた中国市場を前に、多くのブランドが、この地域には深い文化的背景に根ざした優れたデザインの可能性があることを認識してきた。こうしたコラボレーションが商業的成功の可能性を示しているのであれば、すべての市場が同じ水準の創造性を享受するに値するのではないだろうか。春節モデルに限らず、最近ではセラドン(Celadon)とレボリューションが、表層的なモチーフにとどまらない、文化的理解に基づいたコラボレーションを実現している。中国の時計製作シーンは大きく成長してきた一方で、そのスタイルは実に多様だ。単純に数字を置き換えるのではなく、両者は中国の伝統的な花鳥画によく描かれる“四君子”を着想源とした時計を生み出した。こうしたデザインこそ、その土地の文化を深く理解し、敬意を払う姿勢からしか生まれないものなのである。
ここではっきりさせておきたいのは、東アラビア数字を配した時計が好きな人を、私は決して否定するつもりはないということだ。私自身、今もそれらが好きである。ドバイ・ウォッチ・ウィークで現地を訪れた際にも、そうした文字盤を数多く目にし、とりわけこの地域の人々がそれを楽しんで身に着けている光景を見てうれしく感じた。たとえば、セディキ・ホールディングの会長であるアブドゥル・ハミード・セディキ(Abdul Hamied Seddiqi)氏は、東アラビア数字とアラベスク調のムーブメント仕上げを備えた、実に見事なロジャー・スミス シリーズ5を着用していた。その翌日には、アラビア数字を配したプラチナ製ロレックス デイトナのユニークピースを身に着けていた。こうした時計は、時計に対する深い情熱の歴史に敬意を表する非常に優れた在り方だと言えるだろう。
プラチナ製のロレックス “アラビック” デイデイト Ref. 228206-0025、228396TBR-0016(ダイヤモンドセッティング)。 Photo courtesy K2 Luxury Watches
私自身、これまで批判的なことを述べてきたとはいえ、将来的にまた東アラビア数字の文字盤を手にする可能性は高いと思っている。ただし、それは“正しい1本”でなければならない。とりわけロレックスは、このデザインにおいて長く確かな実績を積み重ねてきたブランドであり、文字盤上でも自然に収まっている。もし将来、十分な資金に恵まれ運も味方してくれるなら、迷わず1本を手にするだろう。なにしろ、彼らは多くの意味で最初の存在なのだから。しかし、ドバイ・ウォッチ・ウィークのようなイベントが示しているのは、時計が人々を結びつける力だけではない。嗜好がここまで成熟してきたという事実でもある。もし私たちがウォッチメイキングとデザインの黄金時代を生きているのだとすれば、ブルガリやミンのようなリリースこそが、巨大で多様なグローバルコミュニティに向けた、より創造的な時計表現への道を切り拓いていく存在になるはずだと考えている。
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