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Googleによると、どうやら私はこの時計を好きになるべきではないらしい。私は占星術にも星占いにも、ましてや星座にも特に興味がない人間だ。だからニューヨークのヴァシュロン・コンスタンタンのブティックへ向かう道すがら、蟹座の私が牡羊座のために作られた時計についてどう感じるべきかGoogleに相談してみることにした。というのも今回、私はアメリカで最初に同ブランドの最新作であるメティエ・ダールシリーズ、12星座に着想を得た12本の時計から成る“12星座へ想いを馳せて”と題されたコレクションを手に取る機会を得たからだ。そのため、きちんと心の準備をして臨みたかったのだ。古代メソポタミアにまでさかのぼる4000年にわたる星の研究が、AIによるGoogleのサマリーに凝縮されているのなら、これはきっと時計を客観的に評価するための最適なガイドとなるに違いない。などと考えながらブティックの扉を開けたわけだが、Googleいわく、事態はうまくいかないらしい。
どうやら、牡羊座と蟹座の相性はあまりよくないそうだ。確かホロスコープ上で90°の角度に向かい合っている星座同士といったような、そんな話をどこかで読んだ気がする。正直、そのあたりから私はすっかり注意力が切れてしまった。占星術好きの友人たち(少なからずいる)には申し訳ないが、私が自分の星座に興味を持った瞬間といえばたぶん今年初めにパテック フィリップが発表した12星座にちなんだ時計のセットを見て、蟹座がカニではなくロブスターで表現されることもあると知ったときくらいだろう。
とはいえ、12星座をモチーフにした時計はブランドにとって珍しいものではなく、ましてやヴァシュロン・コンスタンタンにとってはなおさらで、これまで幾度となく、この豊かなモチーフを創造的に用いてきた。直近では、世界でもっとも複雑な時計とされるバークレー・グランドコンプリケーションにおいて12星座を活用し、中国暦に特化したさまざまな複雑機構に新たに取り組んでいる。正直なところ、バークレーに搭載された中国暦(そして下に示されている、バークレーに搭載されたすべての異なる暦も含めて)を理解しようと数カ月かけたとしても、おそらく得られるのは表面的な知識にすぎないだろう。ブランド創業250周年を記念したもうひとつの秀逸な作品が1755:レスプリ・デ・キャビノティエである。これは、手彫り装飾が施された天体球のなかからクロックが姿を現す。
1755:レスプリ・デ・キャビノティエ。Photos courtesy Vacheron Constantin
より現行に近い例としては今回の新作メティエ・ダールコレクションが着想を得た、ヴァシュロン・コンスタンタンのビスポーク部門レ・キャビノティエが2021年に製作したユニークピース、レ・キャビノティエ・ミニットリピーター・トゥールビヨン・スカイチャート 獅子座ジュエリーが挙げられる。新作ではスカイチャートとミニッツリピーターという複雑機構は省かれ、代わりに実績のある(とはいえ、依然として非常に高度な技術を要する)自動巻きトゥールビヨンが採用されているが、それでも- 12星座へ想いを馳せて -の牡羊座は美しく、印象的なタイムピースであることに変わりはない。
Cal.2160はカール F. ブヘラのブランド終了後も市場に残る、数少ないペリフェラルローター式の自動巻きトゥールビヨンのひとつである。また注目すべき選択肢として、ブレゲもCal.581および581SQを提供している。ヴァシュロンの5.65mmに対して厚さわずか3mmと薄型である一方、直径は36.1mmと、ヴァシュロンの29.1mmよりもかなり大きい。超薄型キャリバーは往々にして“薄さ”だけで評価されがちで、クレジットカードのような極薄の時計を作ることは可能である(たとえばリシャール・ミルの例のように)一方で、時計全体のコンパクトさやバランスは損なわれることもある。
このムーブメントは2.5Hz(1万8000振動/時)で駆動し、80時間のパワーリザーブを備え、巻き上げは22Kゴールド製のペリフェラルローターによって行われる。ジュネーブ・シール(ポワンソン・ド・ジュネーブ)を取得したこのムーブメントはサテンやコート・ド・ジュネーブ、アングラージュといった仕上げが美しく調和し、上質な仕上げを視覚的に楽しむことができる。当然ながら、これらのアングルはハイエンドの独立系ブランドに見られるような深く劇的なものではなく、また歯車の内角もサイモン・ブレットのような時計師が手がける仕上げとは異なる。これはヴァシュロンに対する批判ではなく、あくまである程度の規模で生産される時計と、仕上げそのものを主軸に据えて設計された時計との違いを示しているにすぎない。
正面からは、精巧に設計されたトゥールビヨンケージを鑑賞することができる。これまで私は、トゥールビヨンについてその技術的な側面や、時計全体のデザインにおける統合のされ方以上に深く考えたことはなかった。しかし最近、同僚から「木を見て森を見ずにならないように」と言われたことがあった。確かにこのトゥールビヨンケージはその対称性によってバランスが取れ、経過秒数をより正確に読み取るための実用的なブルースティール製のネジも含まれており、デザイン上も純粋なオブジェとしてきわめて美しい。
この時計において過小評価されがちな要素のひとつがCal.2160だとすれば(とはいえ、これから登場する真の主役を引き立てる“名脇役”とも言える)、ここからはよりわかりやすい主役級の存在に目を向けることにしよう。ホワイトゴールド製のケース(およびバックル)はおよそ3.87カラット分のブルーサファイアがセッティングされており、それはベゼルをぐるりと囲み、ラグを伝い、リューズ周囲にまであしらわれている。1本あたり、使用されているバゲットカットのストーンは合計96個にのぼる。
つい最近レビューした、F.P.ジュルヌ トゥールビヨン・スヴラン・ヴァーティカル ジョワイユリ・ルビーとはまさに対照的である。あちらは44mmのサファイアケース(ミドルケースを含む)に25カラットもの宝石をあしらった、マキシマリズムの極みを体現したものだった。それに比べると、- 12星座へ想いを馳せて -シリーズは寸法だけでなく全体として、はるかに装着しやすい。たしかにサイズは装着感を左右する要素のひとつではあるが、両者を見比べてみると、F.P.ジュルヌのケースが拡張されている主な理由は幅広く深いベゼルを収めるためだったことに気づくだろう。これによりダイヤルのバランスが変化し、視覚的にダイヤルが小さく見える効果が生まれている。しかし本作のようにダイヤルこそが主役であり、超薄型ムーブメントの存在感を際立たせるべき時計においては、そうした設計はむしろ逆効果になっていただろう。
だからといってどちらが優れているという話ではないし、いずれも日常使いに特化しているわけではない。ただ、それぞれがまったく異なる方向性を、それぞれの流儀で魅力的に表現しているのだ。バックルやラグに小さなストーンを用いることでサイズに緩やかなグラデーションをつけ、より劇的な視覚効果を生み出している点も非常に気に入っている。とはいえこのムーブメントを前提に考えるなら、これほどバランスの取れた時計はヴァシュロン史上でも例がないかもしれない。このムーブメントを収めたケースは過去最小の直径となっており、ケース直径は39mm。ヴァシュロンがこのサイズを実現したのは過去に1度だけ、トラディショナル・トゥールビヨン・ジュエリーにおいてで、そちらは厚さ11.2mmだった。それに対して本作では厚さ10.7mmに抑えられており、標準的なトラディショナル・トゥールビヨン(10.2mm厚)よりわずかに厚いものの、あちらはケース径が41mmあることを考えると本作の方が全体としてコンパクトにまとまっている。
さて話を“部屋のなかの象(編注;誰の目にも明らかな問題や状況でありながらあえて触れずに無視している状態を意味する慣用句)”、いや、ここでは“牡羊”に戻そう。この時計においてクラフツマンシップが主役であることを思えば、ダイヤルはまさに期待どおりの見応えある仕上がりだ。技術的なディテールに加えて特筆すべきなのは、機能性(たとえばプリントされたミニッツトラックやアプライドインデックスなど)をきちんと確保しながら、それをケース全体の構成に巧みに組み込んでいる点だ。ベゼルや中央のダイヤルよりもずっと濃いトーンで仕上げられた外周のマットなトラックが視線を中央へと引き寄せつつ、構成要素を明確に分離している。
しかしなんと言ってもこのダイヤルだ。今回私が見たのは牡羊座モデルだったが、全12星座分のダイヤルが存在し、それぞれに手彫りギヨシェによる“サイン”が施され、対応する星座がブリリアントカットのダイヤモンドで表現されている。ひと目見ただけでも十分に視覚的なインパクトがあるが、その製作工程の多さと、ヴァシュロンがこの図像的・比喩的・幾何学的なパターンを生み出すためにまったく新しいギヨシェ技法を開発したと知ればより一層深い感銘を受けるだろう。1点の図柄を彫るのにおよそ16時間を要するというのだからなおさらである。
一気通貫してひとつのダイヤルをひとりの職人が担当するわけではないため、工程が進むごとに緊張感は高まっていく。というのも、たったひとつの作業ミスで、それまでに積み重ねられてきた数日分の仕事が一瞬で台無しになりかねないからだ。ダイヤルは18K 5Nゴールド製の薄いディスクをベースとしており、そこに星座と12星座のアウトラインが刻まれている。続いてサンバースト仕上げが施され、さらに(“人間”を象徴する4つの星座の場合には)オパーリンのディテールが加えられる。次の工程ではトゥールビヨンの開口部を切り抜く前に、12星座のサイン部分に手彫りのギヨシェ装飾が施される。その後ダイヤル全体に青色の着色が行われるが、一部は機械加工によって削り取られゴールドの地金が露出することで、繊細な線が際立つようになる。その地金上にラッカー仕上げが施され、ホワイトゴールド製のインデックスすべてが植字され、そしてミニッツ・セコンドトラックとヴァシュロンのブランド名が転写プリントされる。最後の工程として各星座を構成する星々を示すダイヤモンドがセッティングされる。
こうして完成したダイヤモンドの星座は、沈み込みと立体感が相まってまさに息をのむような美しさを放つ。だが私にとっては、その美しさが逆に、自分の想像力の乏しさをおかしくなるほど浮き彫りにしてくれる。というのもあの星4つの並びから“牡羊”を読み取ることなんて、自分には到底できそうにないからだ。しかしダイヤモンドが全面パヴェや単体のインデックスとして用いられることが一般的なこの世界において、こうした使い方はまさに創造性に富んだ表現である。
執筆時点で、12星座へ想いを馳せてシリーズの販売価格は税抜き21万5000ドル(日本円で約3195万円)に設定されている。以前掲載したIntroducing記事に寄せられたコメントのひとつにこんな声があった。「もしこの時計を写真なしで説明されたら、正直あまり引かれなかったかもしれない」。それは確かに一理あるし、もし占星術をレビューの基準にするならどうやら私はこの時計を好むべきではないらしい(あるいは、少なくともこの時計の持ち主とはうまくいかない運命にあるようだ)。しかし現実には、私はこの時計に深く感銘を受けたし、ヴァシュロンがこれをオープンシリーズとして継続する決断をしたことをうれしく思っている。もちろん生産数は限られているが、今後数年間、ブランドの創業270周年をはるかに超えて顧客からの注文に応じて製作される予定だ。
ヴァシュロン・コンスタンタン メティエ・ダール - 12星座へ想いを馳せて -の詳細についてはこちらを、またはHODINKEEのIntroducing記事にてスペック情報をご覧いただきたい。
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