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Hands-On ジャガー・ルクルト マスター・コントロール クラシック 36mmは現代のドレスウォッチのスタンダード

現代的なニーズを網羅した新世代のマスター・コントロールは、ジェローム・ランベールCEOによる新しい方向性を示すようだ。

最近でこそ、小径ブームが囁かれ始めてドレスウォッチ復権が業界的に顕著な動きになってきた。裏を返せば、スポーティな時計が席巻していたここ10年は、ドレスウォッチはどこか置き去りにされていた存在だった。高級ブランドを中心に新世代のドレスウォッチが提案されてきたが、ジャガー・ルクルト(JLC)が昨年に突如として発表したマスター・コントロール クラシックは、手の届く価格帯でSS製高級ドレスウォッチのチェックポイントを余すことなく網羅した1本である(デイト表示の是非はいつもどおり大歓迎だ)。今回は、本機の魅力とともに今アップデートされているドレスウォッチの特徴、そして再任したジェローム・ランベールCEOが示唆する今後のJLC像について探っていきたい。


36mmという「魔法の数字」への回帰

2010年代後半からの10年は、時計業界にとってある種の「熱狂と忘却」の時代だった。デカ厚ブームからラグジュアリースポーツへと、連続した嵐が市場を席巻し、時計のサイズは大型化して定着した。近年でも、ブランド各社は40mm程度のケースサイズをメインとし、セラミックやチタンといったハイテク素材の開発も依然として旺盛だ。一方、その陰でドレスウォッチは長らくアップデートがされずにいた。市場のニーズに合わせてケース径だけは39mmや40mmへと大型化されたものの、中身のムーブメントは80年代から90年代に設計された小径用のものをそのまま流用。結果として、裏蓋を覗けばケースに対して心臓部が小さすぎ、表を向けばデイト窓が中心に寄ってしまうという、審美的な妥協が散見された。

 
 「カタログのドレス枠を埋めるために作られた古典」—それが、あの時代のドレスウォッチが抱えていた、拭いきれない違和感の正体だったと言える。だからこそ2025年、JLCが放った「マスター・コントロール」36mm径は、そんな空白の10年に終止符を打つ強烈な一撃となった。同社が1995年に発表した当時の初代マスターの空気感を纏った、サイズとディテールの両面で「復刻」を感じさせる1本だ。

 もちろん、昨年のWatches&Wondersで34mmの1815を登場させて話題をさらったA.ランゲ&ゾーネや、L.U.Cムーブメントを採用してかねてより36.5mmのスイートスポットにアプローチしていたショパール、トラディショナルやパトリモニーで、33〜42mmまで多彩なサイズ展開を実現してきたヴァシュロン・コンスタンタンなど、近年ドレスに取り組んできたメゾンは多くある。しかし、いずれも数百万円の高級ゾーンにあり、実用的なシーンも想定したドレスウォッチは長らく空座だったのではないか。

 僕は、このマスター・コントロール クラシックを手に取った瞬間、喉の奥に詰まっていたものがスッと消えるような感覚を覚えた。36mmのケース径。かつてフィリップ・デュフォー氏が「紳士の時計における黄金律」と呼び、レイモンド・チャンドラーの描く私立探偵フィリップ・マーロウが身につけていそうな、あのサイズ感と佇まい。この36mmというキャンバスに収められたサンレイ仕上げのシルバーダイヤルを眺めると、本来あるべき「余白の美」を思い出す。

 「美しさとは、これ以上削るものがない状態を指す」

 サン=テグジュペリのこの言葉を借りるまでもなく、デイトの配置からアプライドのインデックスに至るまで、全てが狂いなく均衡を保っている。これは、39mmに引き伸ばされたデザインでは決して到達できない、36mm専用の緻密な設計が生んだ調和だと思う。なお、「クラシック」と称して本機だけに与えられた意匠も多い。アプライドインデックスは数字エッジ部分のシェイプが通常モデルと比べて鋭い。メゾンのロゴはスタンプで印字され、AUTOMATIQUEのフォントと相まってクラシック感を高める。問題の日付窓だが、枠が強調されたことで小径化に伴うバランスは逆に向上したように見える。デイトのフォントも変わっているのがJLCらしい手の入れようだ。強めのサンレイは好みが分かれるだろうが、小さく薄い時計ながらある程度の主張を感じられるパッケージにしたのは、単なるクラシック回帰ではない現代性を与えたかったからだろうと予想する。その仕上げに負けじと主張する時分針はおなじみのドーフィン形だが、40mmと比べてもより太く存在感が増している。対照的に、ボンベダイヤルの淵に向かって曲げられた秒針は繊細さを現した。


「見えない」アップデート:Cal.899の正体

残念ながらクローズドケースバックであるため内部のCal.899を拝むことはできない。一方で、1000時間コントロールを示す刻印が特別感を盛り上げる。

 この時計が単なるノスタルジーに終わらない理由は、その心臓部にも隠されている。搭載されるのは、JLCの屋台骨を支え続けてきた名機であるCal.899AC。その先代機であるCal.889が生まれたのは1967年と、実に60年近く基礎設計を同じくするムーブメントである。しかし、この最新世代のCal.899(初出は2005年)は外観こそ伝統的だが、2019年のアップデートを経て中身は完全に21世紀仕様となっている。

 JLCは、水面下で着々とこの名機を磨き上げていると言い、実は細かな調整は常に行われているそうだ。主だった特徴としては、シリコン製のエスケープメントを採用し、パーツの摩擦を徹底的に軽減。その結果、従来の38時間前後だったパワーリザーブは、現代のライフスタイルに不可欠な70時間へと飛躍的に延長。1992年に制定された「1000時間コントロールテスト」という過酷な自社規格も、現代の磁気社会や衝撃リスクを想定して常にアップデートされている。その他、使用するオイルや香箱の主ゼンマイなど、調整は細部に及ぶ。我々が手にするのは過去の焼き直しではなく、長年の技術的研鑽が36mm径に凝縮された、「最新の古典」なのだ。


誰のための36mmか

 僕の日常は朝から昼にかけてデスクで執筆や記事の校正をし、午後は都内各所で打ち合わせ、そして夜は友人や仕事関係者などを問わずほぼ毎日のように夕食を共にすることが多い。そんな、特に動きのあるサイクルで過ごしていると、自然と手が伸びるのは着けていることを感じないような、小ぶりな時計になる。もちろん40mm以上の時計をすることもあるが、ふとした瞬間に「時計をさせている」という意識が芽生える。デスクワーク中にPCのパームレストに当たる感触や、シャツの袖口に引っかかる煩わしさ。時計に対してわざわざ気を使わねばならないこともしばしばだ。しかし、このマスター・コントロール クラシックの36mmは驚くほどスッと袖口に収まる。わずか8.15mmにまで厚みを抑えたケースデザインと、短くカットされ手首に沿いやすく設計されたラグ。着用していることを忘れるほどの軽やかさは、良質なオーダメイドのシャツを羽織った時の感覚に近い。存在感を主張しすぎず、しかし必要な時に目を落とせば、そこには絶対的な信頼感を持って時を刻んでいる。

 時計本体はドレスウォッチとして本格派であるが、今回JLCが採用したライトブラウンのオーストリッチレザーは、そこに少しカジュアルさを与えている。使い込むほどに深い飴色へと変化するだろうこのレザーは、限られたオケージョンというより日常の中で実用品として使われることを想定しているように感じられた。ドレッシーな個性に終始して用途が限られるよりも、シーンがシームレスな現代のライフスタイルに溶け込むことを明確に目指したのだろう。

 さて、JLCがこのサイズを急に復活させたのは、単なるトレンドの揺り戻しだけではないと思う。そこにはジェロームCEOによるメッセージが潜んでいると感じた。先月僕は、特別な取材のためにJLC本社を訪れ、彼に直接お話を聞く機会を得た。その全貌はまた別の記事にまとめるが、このグランドメゾンは継続的な進化の過程にあるというメッセージが印象的だった。技術やデザインが新しい基準に達したらもっと先へ、次の段階へとジグザグした道のりを進む。そうした姿勢が、実に1400ものムーブメントを開発するに至った理由であり、今回、マスター・コントロールを“次の段階”へ進めた背景だろう。トレンドとしての36mmでなく、自社のヘリテージを進化させた結果として、Cal.899ACとこれらのディテールが、今どきに見えるサイズ感にまとめられたのだ。

 谷崎潤一郎が『陰翳礼讃』で説いたように、美は物体そのものにあるのではなく、物と物との作り出す陰影のあやにある。マスター・コントロール クラシックは36mmを単に手首で見た目の良いサイズとしてではなく、絶妙な様式として用いた。強い筋目とそれに負けない針が文字盤に落とす表情はまさにその陰影のあやのようであり、36mmはそれを最も美しく表現できるキャンバスなのだろう。

ジャガー・ルクルト マスター・コントロール クラシック Ref.Q4008520。SSケース、36mm径、8.15mm厚。自動巻き、Cal.899搭載、2万8800振動/時、32石、70時間パワーリザーブ。ブラウンオーストリッチレザーストラップ。139万400円(税込)、世界500本限定

その他、詳細はジャガー・ルクルト公式サイトへ。

Photographs by Yu Sekiguchi