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時計ディーラー、益井俊雄さんが残したもの

海外オークションを通じて得られた売り上げから1億2000万円が島根県浜田市へ寄付された。そして、その寄付金は浜田市益井俊雄奨学基金として実を結んだ。

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2025年12月1日。島根県浜田市でひとつの条例が制定、施行された。議案第81号を持って制定されたのは「浜田市益井俊雄奨学基金条例」。HODINKEE Japanでは時計ディーラーだった故・益井俊雄さんが創設した私設時計博物館 VOGA Watch Museum(島根県江津市)所蔵のコレクションが海外オークションに出品、落札されたことを紹介してきた(こちらの記事からその詳細を確認できる)。記事のなかで、オークションでの売り上げを未来の担い手である子どもたちが希望を持って日々を過ごせるように島根県浜田市の教育支援事業へ寄附を予定しているとお伝えしたが、ついに形になったのである。


高校生の文化・芸術、スポーツ活動、そして海外留学を支援

 奨学基金条例の制定、施行に先立つ8月22日、オークションでの売り上げから1億2000万円を市へ寄附し、それを原資とする浜田市益井俊雄奨学基金の創設が決まった。そして同日、この寄附金の贈呈式が執り行われるため、ぜひ同席して欲しいという益井さんのご遺族たっての希望を受けて、筆者はその現場に立ち会うこととなった。本稿では、益井さん、そしてVOGA Watch Museumに関する一連の記事のいったんの締め括りとして、贈呈式で明かされた奨学金制度創設の経緯と、その概要をお伝えしたい。

 同奨学基金制度は、将来に夢や目標を持つ若者が、文化・芸術、スポーツなどの活動や、海外での学習機会を経済的理由で諦めることがないように支援したいというご遺族の思いを形にしたものだ。給付型の奨学金で、対象となるのは浜田市内の中学校を卒業した高校生。前述の文化・芸術、スポーツなどの活動の支援、さらに海外短期留学の支援のために奨学金が支給される。

 この奨学金の大きな特徴は、対象者が高校生という点だ。大学生を対象とした奨学金はさまざまな制度があるうえ、自身でアルバイトをして費用を捻出することもできるが、高校生の場合は上記のような活動をサポートする奨学金制度はなく、アルバイトもなかなか難しい。浜田市益井俊雄奨学基金が高校生を対象としているのは、そうした状況にある高校生こそ支援したいというご遺族の意向を汲んでのことである。さらに海外留学に特化している点も、ほかではあまり見られないという。他市で高校生の海外留学を支援している自治体は少なく、特に短期留学においても奨学金給付を認めるというのは、かなり優遇された制度のようだ。

 奨学基金制度の創設に際し、対象が高校生ということから大学進学や就職を機に目指していた目的をやめてしまうケースがあるのではないか、本人のやる気や将来の目標への熱意といった部分は見えにくいのではないか? という懸念の声が浜田市教育委員会の会議で挙がったという。だが、益井さんのご遺族は次のように答えたそうだ。

 「奨学金がある3年間はその道を目指し、大学進学や社会人になったときにやめてしまう可能性があるという点については、私たちも聞き及んでいます。でも若いのだから、あれをやってみたい、これをやってみたいと挑戦した結果、自分が思った道とは違った、ほかに興味があるものが出てくるというのは当然で、それを妨げるつもりはありません。もちろん、やる気はしっかりと見極めたいですが、もし若い方が違う道に進みたいと思われたときには、私たちはそれも応援したいと思っています」

 思えば、益井さんの時計ディーラーとしての成功も紆余曲折あってのものだった。決して順風満帆ではなかった益井さんの苦労を知るご遺族だからこそ、このような奨学基金制度の創設に至ったのだろう。まさに益井さんらしい制度ではないか。浜田市益井俊雄奨学基金は、条例により2025年12月1日に施行され、その運用は2026年(令和8年)度から2050年(令和32年)度の25年間にわたって行われる。

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オークションへの出品を終えたVOGA Watch Museumへ

 寄附金の贈呈式の立ち会いを終え、筆者は益井さんのご遺族とともにVOGA Watch Museumを訪れた。思い返せば、益井さんとのお付き合いは前職の頃から数えて10年以上。益井さんが亡くなってからも、取材やオークションへの出品を仲介するため、このミュージアムを幾度となく訪れた。いまだ数百本の時計がミュージアムには展示されているが、主だった時計はオークションを通じて世界各地のコレクターのもとへと旅立った。

 私設博物館を作ってまで、後世に時計を残したいと奔走した益井さん。ごっそりと空になった展示ケースを見ていると、残念ながらかつてのようにすべてのコレクションを実際に見ることが叶わなくなってしまったことを否が応にも実感し、一抹の寂しさを感じた。筆者が訪れた8月の段階では時計が歯抜けになっていたため、ミュージアムは一時閉鎖されていたが、うれしいニュースもあった。その後、残された時計を整理、ショーケースに並べ直して現在は展示を再開しているそうだ。もちろんオークションに出品された時計を見ることは叶わないが、アメリカブランドや、スイスのマイナーブランド、国産ブランドのヴィンテージウォッチ、そしてヴィンテージキャラクターウォッチなど300点弱のコレクションを見ることができる。展示数はずいぶん減ったが、それでも一見の価値ありだ。

 筆者は益井さんとの出会いを通じて、有名ブランドの名作だけでなく、世界には実に数多くのユニークで魅力的なヴィンテージウォッチがあることを知った。自身のヴィンテージウォッチに関する知識の多くは、間違いなくVOGA Watch Museumのコレクションを調べるなかで得たものだ。同ミュージアムを訪れた方のなかにもきっと、同じようにVOGA Watch Museumをきっかけに時計の奥深い歴史に触れたという人はいるのではないだろうか。そして未来の高校生たちも、これから浜田市益井俊雄奨学基金の支援を通じて、彼の功績、そして時計の世界の一端に触れることになるだろう。

 VOGA Watch Museumが今後いつまで運営されるか、コレクションをいつまで見ることができるかは、正直誰にもわからない。だが、時計の楽しさを伝えたいという益井さんの思い、時計に対する熱い情熱は、確実に多くの人の心に火を灯し、今後もさらにたくさんの人を通じて後世に受け継がれていくに違いない。

Photos by Kyosuke Sato