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Bring A Loupeへようこそ、そしておかえりなさい。今週はモバード特集だ。なぜモバードなのか? ちょうど1年ほど前、私がHODINKEE編集部に加わった直後に、ヴィンテージモバードの腕時計についてのIn-Depth記事を公開した。それは10年以上にわたって同ブランドをコレクションしてきた私にとって、編集者としての“キャリア”の集大成とも呼べる内容だった。読者として(のちには社員、さらに編集者として)過ごしてきた年月のなかで、私がこよなく愛し過小評価されていると思ってきたこのブランドが、HODINKEEらしい本格的な扱いを受ける姿を見ることができたのは、まさにひとつの完結だった。たとえその記事を自分で書くことになったとしても、だ。それ以降、Bring A Loupeでも数多くのモバードを取り上げてきたが、今回はその正統な続編といえる内容になる。ではなぜ今なのか? まあ、思い立ったが吉日というところだ。
本稿の構成は、読者諸氏におなじみのBring A Loupeらしいスタイルに、ひとひねり加えたものとなる。各モデルについて、買うべき1本と、たとえ仇敵にであってもすすめたくない1本(もちろん冗談半分で)を紹介する。仮にこのブランドに対する私の熱弁に飽きていたとしても、ここで紹介するグリーンフラッグとレッドフラッグは、ヴィンテージウォッチ全般に通じる普遍的な視点である。たとえモバードでなくとも、“よくない例”で取り上げるリダイヤルや過度なポリッシュの見極め方、そして“よい例”で示す全体的なクオリティの評価など、本稿は目利きとしての感覚を磨く手助けになるはずだ。
前置きはこのくらいにして、今回のセレクションをご紹介しよう。
1950年代製 自動巻き/フランソワ・ボーゲル(トーバート)ステンレススティールケース
Ref.11151
まずはモバードの万能型の1本から紹介しよう。ステンレススティール製ケースに収められた自動巻きモデルで、防水性を備えたケースはフランソワ・ボーゲル、いわゆるトーバートケースだ。私はボーゲルという呼び方を好むが、この呼称の是非についてはまた別の機会に語るとしよう。モバードはこの種の腕時計を1940年代から数十年にわたって製造しており、当初は手巻きムーブメントを搭載、次に“バンパー”式自動巻き、そして最終的には1950年代半ばに自社製の、全回転ローター式自動巻きムーブメントを搭載した。このタイプの時計に関しては、評価の方程式はいたってシンプルだ。ボーゲルのケースは当時のスイスにおいて最高水準の防水ケースであり、モバード自社製のムーブメントは常にスケールの大きな時計製造において最先端をいく存在だった。
これらのモバードを位置づけるならば、私の考えでは同時代のロレックス、たとえばオイスター パーペチュアル “バブルバック”と、同じくボーゲルケースを採用しているパテック フィリップ カラトラバ Ref.565の中間にあたる存在と言えるだろう。バブルバックよりもケースは薄く、直径もわずかに小さいため、現代の基準では“ドレスウォッチ寄り”の印象を受ける。そして率直に言えば、パテックのRef.565ほどの卓越したつくり込みには及ばないにせよ、大きく劣るわけでもない。
“よくない例”
eBayの出品を長年見続け、いくつか実際に所有もしてきた経験から言えば、このカテゴリーに該当するモデルのケース径はおおむね28mmから35.5mmのあいだに収まる。なかでも最も一般的なのが、ステップベゼルと、シンプルで角張った面取りラグを備えたケースである。これは、本稿の“買うべきではない”例で取り上げている形状と同じだ。こうしたモデルは通常31mm〜34mm径で、ラグ幅は16mmとなっている。サイズ感に関しては万人受けするとは言えず、正直なところ、私がこれまで所有してきた数本を最終的に手放してきた理由でもある。それでもなお、これらの時計の価値は常に価格以上であることを申し添えておく。
リダイヤルには注意が必要だ。リダイヤルとは、ダイヤルに対するあらゆるレベルの手直しを指す業界用語である。この個体に見られるような、古いリフィニッシュ済みのダイヤルは、ラジウム夜光と思しき塗料も含めて、初心者でも容易に見抜けるはずだ。まず確認すべきは、6時位置ダイヤル外周にスイス製であることを示す表記があるかどうか。この個体にはその表記がまったく見られない。モバードの場合、オリジナルダイヤルのほとんどはこの位置に“Switzerland”と記されていた。加えてフォントも雑で、このダイヤルデザイン自体、私がこれまでに見たことがない。というのも、ある意味“ワンオフ品”というわけだ。そして最後に付け加えるなら、ケースもややポリッシュされている。
Ref.11151
Ref.11151
対照的にこちらは買うべき1本だ。Ref.11151は、モバードによるこの系譜の最終世代にあたるモデルのひとつである。1950年代後半に製造され、より存在感のあるベゼルを備えたボーゲル製の大型ケースは、直径およそ35〜36mm。特筆すべきは、1956年から1960年代初頭にかけて製造された、モバード初の全回転ローター式自動巻きムーブメント、Cal.431を搭載している点である。このモデルは、モバードが手がけたこの種の腕時計の集大成と言えるだろうが、この時期にはすでに販売数が減少していたようで、ヴィンテージ市場でもめったに見かけることはない。コンディション面では、6時位置に“Switzerland”の表記があるオリジナルダイヤルに、シャープで整ったフォントが残っている。ダイヤルにはややパティーナが見られるが、全体的に均一であるため気にはならない。リューズは交換されているが、これは修正可能だ。そして何より、ケースは非常に誠実な状態を保っており、街の宝石店でポリッシュされたような形跡は一切ない。まさに理想的な個体である。
これはフロリダ州ネープルズのeBayセラーが出品しており、オークションはアメリカ東部時間で8月23日(土)午後6時(日本時間で2025年8月24日(日)午前7時)に終了予定だ(編注;現在は終了している)。詳細はこちらから。
1950年代製 自動巻きクロノメーター/フランソワ・ボーゲル(トーバート)18Kイエローゴールドケース
テーマに沿って、モバードもまたソリッドゴールド製の自動巻きタイムオンリーモデルを展開していた。これらは同じくボーゲルケースが採用されているが、貴金属素材で作られており、ムーブメントも同様に自社製の、場合によってはより高級なキャリバーが搭載されている。私見では、このカテゴリーの時計は1950年代におけるパテックやヴァシュロンに対して、直接的な競合モデルだったと思われる。しかしそれらは、消費者にとってやや手の届きやすい価格帯で提供されていたのだ。実際、当時ティファニーのショーケースにはこうしたブランドと並んでモバードも陳列されており、品質面ではほぼ同等と位置づけられていたが価格はかなり“安かった”。といっても、数十ドル程度の差であるのだが。
ヴィンテージ期のモバードは、ソリッドイエローゴールド(YG)製の腕時計をかなりの数製造していた。さらに言えば、“モールブランドの時計? ならば溶かしてしまえ!”という発想の犠牲となり、今や絶滅してしまったであろう個体まで考慮すればその数はさらに多いはずだ。ここで注目すべきはもちろんオリジナリティだが、同時にボーゲルの防水ケース、あるいは少なくともスイス製ケースを備えており、そして全回転ローター式の自動巻きムーブメント、場合によってはクロノメーター認定を受けているものを搭載しているという点だ。今回の“買うべき1本”は、まさにその条件を満たす。このモデルはボーゲルの18KYGケースに、Cal.431をアップグレードしたクロノメーター仕様の全回転ローター式の自動巻きであるモバード Cal.436を収め、そしてスターン・クリエイション社製のダイヤルを備えている。
最後のポイントは説明しておく価値がある。スターン社は当時スイスで最高のダイヤルメーカーであり、ロレックスやパテックをはじめ、もちろん我らがモバードのためにもダイヤルを製造していた。インターネット上でヴィンテージモバードを評価する際に、そのダイヤルがスターン社製かどうかを見分ける最良の方法はインデックスにある。本モデルに用いられているインデックスはスターン社が手がけたことで知られるものだ。コンディションも良好でケースはしっかりと厚みを保ち、ラグ穴はくっきりしていないがダイヤルには均一なパティーナが生じている。
これは素晴らしい時計だが、以下に挙げるものはそうではない。ティファニーサインの入った個体は、おそらく完全な作り物だ。先に述べたとおり、モバードはアメリカの名門ティファニーで正規に販売されていたが、この1本はそうでなかった可能性が高い。ティファニーの書体が間違っているうえ、スモールセコンドの印字も不正確だからだ。ふたつ目の例はバンパー式自動巻きムーブメントを搭載した時計で、14Kのアメリカ製ケースが使われている。ケース自体は悪くないが、これにまたしても雑で明らかなリダイヤルが組み合わされている点が問題だ。最後の問題作はかなり惜しい出来で、防水仕様のスイス製ケースに、一見すると本物のようなダイヤルを備えている。しかしフォントに信頼が置けない。こちらも強くリプリントの可能性が高いと考えている。
このなかで唯一買うに値する1本はSarasota Watch Companyが販売しているモデルで、価格は2299ドル(日本円で約33万9700円)。詳細はこちらから。
1930年代製 90M クロノグラフ、ステップベゼルケース&“マルチスケール”ダイヤル
1970年代以前のモバードにおけるクロノグラフの収集は、おそらく同ブランドでもっとも評価の高いカテゴリーだ。率直に言って、人々はこのタイプの時計を愛してやまない。それも当然のことだ。1938年、モバードは自社製の2カウンタークロノグラフCal.90Mを発表した。これは世界初の2ボタン式モジュール型クロノグラフムーブメントである。その翌年には、3カウンター仕様のCal.95Mをデビューさせた。いずれも非常に革新的なムーブメントであり、その後30年間にわたり同ブランドのクロノグラフラインを支える中核となった。
モバードのクロノグラフには本気で大金を投じることもできる。偏りがあるのは承知で言うが、大半の場合その価値は十分にあると思っている。ただしいくつか意見はある。もしボーゲルケースに収められたCal.95Mを狙うなら、状態のよいパンダダイヤル、あるいはリバースパンダダイヤルの個体を探し、辛抱強く待つべきだ。価格が極端に跳ね上がるわけではないし、数は少ないものの、はるかに優れた選択肢だからである。これらは1960年代を代表するクロノグラフのひとつであり、ブランドを問わずトップクラスの出来だと言える。
初期のモバード製クロノグラフについては、コレクターはとにかくコンディションにこだわるべきだ。特にダイヤルの状態は最重要で、基本的に多少高額になってもよいと考えるべきである。ここでいうのは5万ドルの話ではなく、2万ドル以上のレベル。スタンダードモデルに投資するくらいなら、それぐらい費やしてでも、きわめて珍しい初期のブラックマルチスケールダイヤルのような特別な1本を手に入れるのが賢明だ。さらに言えば、 SSケースを選びたいところでもある。私の経験では、初期のモバード製クロノグラフの大半はゴールドケースであり、それがやや魅力を損なう要因になっている。
約1万5000ドル(日本円で約220万円)も払ってマッピン&ウェッブが販売したこのゴールド製M90を手に入れるくらいなら、私はむしろ少し節約して、さらに多めに出してでもSS製のブラックマルチスケールダイヤルを選ぶだろう。まあ、あくまで私個人の考えだ。ちなみに、マッピンの時計自体に何ら問題があるわけではない。そのスタイルが好みなら、それはそれでいい選択だ。ただし付け加えておくと、可能であれば夜光なしの時計を選ぶほうが望ましい。というのも、ラジウムを使ったダイヤルや針は、結局のところ経年劣化が進みやすいからである。
販売者はスペイン・バルセロナのThe Time Curatorのアルフォンソ(Alfonso)氏で、価格は2万3000ユーロ(日本円で約395万円)だ。詳細はこちらから。
ミュージアムウォッチ……
ヴィンテージモバードを愛するということは、いわば“黄金時代”以降のブランドの変遷を、どこかで受け入れずにいるということでもある。それゆえに、ネイサン・ジョージ・ホーウィット(Nathan George Horwitt)によるミュージアムウォッチのデザインを見ると反射的に拒絶反応を覚えるのが常だ。eBayでヴィンテージモバードの優品を日々探している身としては、ドットのみのダイヤルが画面を流れていくのを、無意識にスルーする術をすっかり身につけてしまったほどだ。とはいえヴィンテージモバードの歴史と現代におけるブランドの歩みの、どちらにも敬意を払う形でこのモデルをコレクションする方法は存在するのである。
そこで今回、あらためて紹介したいのが、1960年代製の手巻きミュージアムウォッチだ。この時計をデザインしたのはブロンクスに住んでいたロシア移民、ネイサン・ジョージ・ホーウィット。1947年にこのデザインを最初に提案したのは、なんとヴァシュロン・コンスタンタンだった。プロトタイプはVCで1度製作され、その後ルクルトでも試作されたが、いずれも製品化には至らなかった。しかしその後、1960年にニューヨーク近代美術館(MoMA)のコレクションにこのプロトタイプが収蔵されたことをきっかけにモバードが正式にこのデザインを採用することになる。
最初の製品版がアメリカ市場に登場したのは1960年代初頭。ムーブメントはモバード製Cal.246を搭載し、ケースはアメリカ製の14Kゴールドで、サイズは24mmまたは32.5mmの2種類が展開された。この第1世代のミュージアムウォッチは、現在では非常に入手困難だ。とはいえ、Cal.352を搭載した第2世代のモデルであれば、まだ市場で見つけることができる。そしてもし、所有する価値のあるミュージアムウォッチがあるとすれば、それは第1世代もしくは第2世代の32.5mmサイズの個体にほかならない。幸運なことに、eBayではちょうどよいタイミングで、素晴らしいコンディションの第2世代モデルが出品されている。個人的には、同じ金額を出すのであれば、現行の42mm自動巻きミュージアムウォッチではなく、断然こちらを手に入れたい。諸君はいかがだろうか?
このミュージアムウォッチはフロリダ州オーランドのeBayセラーが出品している。オークションはアメリカ東部時間で8月24日(日)午後4時45分に終了予定だ(編注;現在は終了している)。詳細はこちらから。
1950年代製 ジェントルマン/18Kレッドゴールド
今回の締めくくりとして紹介するのは、比較対象なしの1本。というのも、現時点で“ハズレ”と言えるようなジェントルマンが見当たらなかったからだ。しかしこの時計は、モバード尽くしのBring A Loupeである本稿で取り上げずにはいられないほど魅力的な個体である。“ジェントルマン”ブランドは、1950年代にモバードが採用し始めたもの。基本的にはタイムオンリーの薄型ドレスウォッチに使われ、大きめサイズとゴールドケースを備えたこのシリーズは、当時のモバードにおける上位モデルとして位置づけられていたようだ。1950年代後半から1960年代にかけては、ダイアル中央にギヨシェ装飾があしらわれたスタイルが登場し始める。クラシックなデザインでは、四角いギヨシェのブロックが特徴的で、それを用いた多くのリファレンスが存在する。しかし、今回紹介するのは珍しい“パイパン”デザインである。トーン・オン・トーンでまとめられたダイアルに加え、ケースは極薄でありながら、ラグは出品者曰く“ツイステッドスパイダー”形状が採用されており、さらには内側に湾曲したベゼルが組み合わされており、ディテールの巧妙さには驚かされるばかりだ。
このジェントルマンのような個体は、1969年のゼニスとの合併以前に存在した真のヴィンテージモバードの最終形態を体現するものだ。私は1960年代半ばのモバードのカタログを所有しているが、そこには信じがたいほど豪奢に宝石をあしらったジェントルマンのバリエーションが掲載されている。そして先日、我らが旧友ジョン・ゴールドバーガー(John Goldberger)氏が、まさにその1本をInstagramに投稿していたのを見かけたばかりだ。私の見解では、こうした超高級ラインは、経営難に直面したモバードが打った最後の一手だったのではないかと思う。真っ当なウォッチメイキングを貫きながらも、自力での経営維持が困難になったとき、背水の陣を敷いたその場面でブランドが選んだのは自らの卓越性を世に示すことだった。たとえその挑戦がギャンブルであったとしても、自分たちにできる最高の時計をつくったと胸を張れるのだ。
販売者はニューヨークのGoldfinger's Vintageのディラン(Dylan)氏で、価格は8295ドル(日本円で約122万円)。詳細はこちらから。
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