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時計業界最大のアワードであるジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ(GPHG)より、このたび2025年のファイナリストが発表された。各部門の受賞者は、2025年11月13日(木)にジュネーブで開催される授賞式にて正式に明らかにされる予定である。
2001年に創設されたGPHGは、現在公益財団として運営されている。選考プロセスは、数百名規模の国際的な組織“GPHGアカデミー”から始まり、そのなかにはHODINKEE編集部の数名(筆者を含む)も参加している。彼らがノミネートを決定し、その後30名で構成される審査員団が集まり、11月の授賞式に先立ってファイナリストを評価する仕組みである。
IWCのポルトギーゼ・エターナル・カレンダーは、2024年の最高賞(金の針賞)を受賞した。
パテック フィリップやロレックスといった大手ブランドの多くは参加を見送っているものの、GPHGは依然として時計業界で最も権威ある授賞式である。各部門には6本の最終候補が選ばれ、最高栄誉にあたる「金の針賞(Aiguille d'Or Grand Prix)」は全カテゴリーの時計を対象としている。昨年、この栄冠を勝ち取ったのがIWCのポルトギーゼ・エターナル・カレンダーだった。
伝説的なケースメーカーであるジャン-ピエール・ハグマン(Jean-Pierre Hagmann)はその卓越した功績により特別審査員賞を受賞したが、2025年3月7日に84歳でこの世を去った。
数カ月前にGPHGは、“出品作品”を発表している。筆者はこれを“ノミネート”ではなく“エントリー”と呼んでいるが、業界では慣例として“ノミネート”という言葉が使われてきた。GPHGアカデミーの1000名以上のメンバーが推薦を行える一方で、ブランドは最大7本まで部門横断で出品が可能となっている。出品には1本あたり800スイスフラン(日本円で約15万円)のエントリー料が必要で、これは「出品に関わる事務経費を賄うもの」とされている。さらに、最終候補に残った場合には7000スイスフラン(日本円で約130万円)を支払う必要がある。こちらは「コンペティションや展示会の運営、さらにはノミネート時計の広報・マーケティング活動」に充てられる費用である。加えて、時計自体も展示と審査のために提供しなければならない。こうした展示会は世界を巡回し、11月の授賞式に向けて時計は最終審査にかけられる。
事務的な説明はこのあたりにして、ここからは注目カテゴリーを見ていこう。さあ、今回のファイナリストはいかに。
レディスウォッチ賞(Ladies' Watch)
GPHGによる定義は次のとおり:女性用時計で、時・分・秒表示、日付(月日)表示、パワーリザーブ表示、クラシックなムーンフェイズのみを備え、最大9カラットのジェムセッティングが認められているもの。
コメント: ジェンティッシマ ウルサン ファイアオパールがおそらく最有力候補である。とにかく目を見張るデザインであり、一般的な装着者には少々派手すぎるかもしれないが(加えて集合体恐怖症の人には厳しいかもしれない)、それでも男性用のデザインをただ派手にしただけではないクールな時計である。ロイヤル オーク ミニも魅力的ではあるが、個人的には機械式であればなおよく、フロステッド仕上げがなければさらに魅力が増しただろうと思う。ティファニーの“バード オン ア ロック”は、女性用時計を過度にジュエリー化すべきではないという第1印象に反するものの、デザインとジェムセッティングの組み込みが見事で勝者候補として十分に説得力を持っている。
レディス・コンプリケーションウォッチ賞(Ladies' Complication)
GPHGによる定義は以下のとおり: 機械的な創造性と複雑性において際立った女性用時計。これらの時計は、アニュアルカレンダー、パーペチュアルカレンダー、均時差表示、複雑なムーンフェイズ、トゥールビヨン、クロノグラフ、ワールドタイム、デュアルタイム、その他の複雑機構といった、あらゆるクラシックかつ革新的なコンプリケーションや表示を搭載することが認められている。そして“レディス”および“メカニカル・エクセプション”部門の定義には当てはまらないもの。
コメント: 時計業界にひと言。宝石をあしらったからといって、それだけでレディスの複雑時計になるわけじゃない。残念ながらジェイコブ&コーは44mm径のトゥールビヨンにダイヤモンドを敷き詰めたからといって、女性向けの複雑時計を本気でつくったようには思えない。史上もっともクールで複雑なヴィンテージウォッチのなかには、女性用のペンダントウォッチや懐中時計向けの極小ムーブメントをベースにしたものが数多くあったのだ。今こそそういうものがもっと必要だと思う。エルメスのカット タンシュスポンデュはブランドにとって新しいコンセプトを示したわけではないが、コンプリケーションとデザインの両面で最も興味深く、サイズも程よい時計として自分の推しである。
タイム・オンリーウォッチ賞(Time Only)
このカテゴリーは2年連続での開催となる。GPHGによる定義は以下のとおり: 時・分・秒のみをアナログで表示し、ソリッドダイヤル上に2本または3本の針を用いる時計。その他の種類の表示、複雑機構、ジェムセッティングを一切持たないもの。
コメント: ここはダニエル・ロートの独壇場だと思う。エクストラ プラットは復刻モデルではあるが、その完成度は見事というほかない。同じことはピアジェにも言えるだろう。もちろんほかの時計も良作ばかりであり、タサキは実際に手に取ってみたい1本だ。ただし、この部門には人気投票的な側面もある以上、ロートに軍配が上がると言わざるを得ない。
メンズウォッチ賞(Men's Watch)
GPHGによる定義は以下のとおり: 男性用時計で、時・分・秒表示、日付(月日)表示、パワーリザーブ表示、クラシックなムーンフェイズのみを備えるもの。また、デジタル表示やレトログラード表示を組み込むこと、最大9カラットまでのジェムセッティングを施すことも認められる。
コメント: 今年もっとも激戦区といえるカテゴリーで、まさに誰が勝ってもおかしくない状況だ。ショパールは文句なしの傑作(以前に紹介したとおり)で、ゼニスがG.F.J.キャリバー135を復活させた点にも個人的に強い思い入れがある。ウルバン・ヤーゲンセンのUJ-2も美しいが、本質的には“ヤーゲンセン流にアレンジしたヴティライネン”といったところだろう。自分が本命視するのはグランドセイコー U.F.A.だ。世界で最も精度の高いゼンマイ駆動式時計であり、その差は圧倒的だ。サイズ感やデザインはこのリストのなかでとりわけ目を引くわけではないが、その技術的価値を疑う余地はない。
メンズ・コンプリケーションウォッチ賞(Men's Complication)
今年はカレンダー系コンプリケーションがひとつのカテゴリーに統合された。GPHGによる定義は以下のとおり: 機械的な創造性と複雑性において際立った男性用時計。これらの時計は、ワールドタイム、デュアルタイム、アニュアルカレンダー、パーペチュアルカレンダー、均時差表示、複雑なムーンフェイズ表示、その他あらゆる種類の機構を搭載することが認められる。そして“メンズ”および“メカニカル・エクセプション”カテゴリーの定義には当てはまらないもの。
コメント: これは自分だけかもしれないが、このカテゴリーの顔ぶれを見たとき正直それほど心を動かされなかった。ヴァシュロン・コンスタンタンのようなブランドが今年は参加していないことも理由だろう。もしソラリアが出ていればこの部門をあっさり席巻し、最終的には世界で最も複雑な時計として金の針賞に引き上げられていただろう。その場合、規定に従って残りの候補から勝者が選ばれることになるが、それでも本来ならリストに入っていて欲しい1本だ。ウルバン・ヤーゲンセンのUJ-3は技術面で興味深い時計であり、ルイ・ヴィトン×ヴティライネンはアートと時計製造の巧みな融合といえる。ショパールやパルミジャーニ・フルリエも加わっているだけに、結果は誰に転んでもおかしくない。
アイコニックウォッチ賞(Iconic)
このカテゴリーは非常にあいまいでわかりにくく、これまで十分に評価されてこなかった。しかし長期間にわたって生産されてきた時計に光を当てるための場のように思える。GPHGによる定義は以下のとおり: 時計史や市場に20年以上にわたって持続的な影響を与えてきた象徴的なコレクションまたはモデル、あるいはそれを現代的に再解釈した時計。
コメント: 難しいカテゴリーだ。アンデルセン・ジュネーブはワールドタイムで独自の歴史と物語を持つものの、より長い歴史や文化的な象徴性を備えたモデルには太刀打ちしにくい。なぜ比較的新しいロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーがこの部門に入っているのかは疑問で、むしろメンズ・コンプリケーションウォッチと入れ替えたほうが理にかなっているように思う。オープンワークのロイヤル オークはデザイン的に象徴的で、旧キャリバーをベースにしたものである一方、新しいキャリバーは受賞にふさわしい成果といえるからだ。ブルガリ×MB&Fのセルペンティはクールではあるが、“アイコンの象徴”という観点では審査員が求めるものとは少し違うかもしれない。ここでの本命はブレゲであり、ピアジェは伏兵といったところだろう。
トゥールビヨンウォッチ賞(Tourbillon)
GPHGによる定義は以下のとおり: 少なくともひとつ以上のトゥールビヨンを備える機械式時計。その他の表示や複雑機構も認められる。
コメント: メンズ部門が今年の最激戦区だとすれば、この部門はそれに次ぐ接戦になるだろう。実際、あるファイナリストが「この部門は怪物ぞろいだ」と話していたほどだ。世界最薄のトゥールビヨンウォッチ(ブルガリ)、もっともクリエイティブに刷新された新生トゥールビヨン(ルイ・ヴィトン)、そして懐中時計史上もっとも重要なムーブメントのひとつを復活させて腕時計に載せた(ウルバン・ヤーゲンセン)……この3本のどれもが受賞候補として十分に戦える力を持つ。伏兵はファム・アル・ハットのメビウスだ。中国発のこのモデルは、コレクターのあいだで注目を集めており、42.2mm×24.3mm×12.9mmというサイズに自社製の小型バイアクシャル・トゥールビヨンとレトログラード表示を搭載している。とにかくとんでもない1本で、手元に届くのを心待ちにしている。届いたらその狂気ぶりをお見せできるだろう。
メカニカル・エクスセプション賞(Mechanical Exception)
GPHGによる定義は以下のとおり: 革新的または高度な表示機構、オートマタ、リピーターやその他の音響機能、特別な脱進機、ベルト駆動のムーブメント、その他独創的かつ卓越した時計コンセプトを備える時計。
コメント: このカテゴリーには傑作がそろっている。個人的には若手のハゼマン&モナンを応援したいところだ(彼らの時計を紹介した自分の記事の宣伝も兼ねて)。とはいえ、ここはルイ・ヴィトンのエスカル・オ・ポンヌフが圧倒的人気で勝利をもぎ取っていくだろう。定価315万スイスフラン(日本円で約5億8000万円)、オートマタであり、ハイアートもであり、驚くべきミニッツリピーター搭載の懐中時計でもある。正直、これでは勝負にならない部分もある。ヴァン クリーフ&アーペルのオートマタも素晴らしいが、それでもルイ・ヴィトンのエスカル・オートゥール・デュ・モンド「エスカル・アン・アマゾニ」は、レジェップ・レジェピやフィリップ・デュフォー以外では見たことがないほどの仕上げだった。もっとも、ハゼマン & モナンにとっては「オロロジカル・レヴェレイション賞」(毎年最優秀の若手時計師を讃える特別審査員賞)を獲得するほうが、むしろブランドにとって大きな意味を持つかもしれない。
クロノグラフウォッチ賞(Chronographs)
GPHGによる定義は以下のとおり: 少なくともひとつのクロノグラフ表示を備える機械式時計。その他の表示や複雑機構も認められる。
コメント: タンタンはアルプスをテーマにしたモーザーとミン 20.01 シリーズ5について書いていたし、アンディは今年のWatches & Wondersでのお気に入りとしてアンジェラスを挙げていた(私も同感で、あれは実にクールだ)。自分は前回のオーデマ ピゲ ロイヤル オーク コンセプト ラトラパンテ GMT ビッグデイトを別素材のケースで取り上げたが、新しいケースとカラーリングだけでほかを押しのけられるかどうかは微妙なところだ。個人的な予想では、勝者はアンデルセン・ジュネーブになるかもしれない。ヴィンテージのスプリットセコンドをベースにして、世界初のワールドタイム・ラトラパンテを組み上げたという点は、多くの時計愛好家にとって非常に魅力的に映るはずだ。
スポーツウォッチ賞(Sports)
GPHGによる定義は以下のとおり: スポーツの分野と結びついた時計で、その機能・素材・デザインがフィジカルな活動に適したもの。
コメント: このカテゴリーは突出して優れている1本があるわけではなく、誰が勝ってもおかしくない。ショパールのアルパイン イーグルは、高振動ムーブメントと超軽量ケースを備え、このなかではもっとも“スポーツウォッチらしさ”を的確に体現しているように思う。一方で、レッセンスはこれまでで最もスポーティなバージョンでブランドデザインを表現しており、その独自性において際立っている。結局のところ勝負は五分五分といったところだ。
小さな針賞(“Petite Aiguille”)
GPHGによる定義は以下のとおり: 小売価格が3000スイスフランから1万スイスフラン(日本円で約55万〜185万円)のあいだにある時計。このカテゴリーではスマートウォッチも認められる。
コメント: このカテゴリーは、クレイジーなハイエンドウォッチに夢中になりつつも、最終的には自分の予算を見て現実に戻るような人たちにすすめたい。今回も「高価でなくても素晴らしい時計はある」ということを思い出させてくれる魅力的なモデルがそろっている。アミダ、クリストファー・ウォード、モーザー、M.A.D.2、ノモスはすでに紹介してきたとおりだ。H.モーザーのアナデジ・スマートウォッチはコンセプトとして楽しいし、実際どのモデルもおもしろい。誰が勝ってもうれしいが、第一印象としてはノモスが1歩リードしていると思う。超コンパクトでカラフルなワールドタイマーは強力だ。次点として、昨年チャレンジ賞を獲得した大塚ローテックを今年も応援したいという人は多いだろう。
チャレンジウォッチ賞(Challenge)
GPHGによる定義は以下のとおり: 小売価格が3000スイスフラン(日本円で約55万円)以下の時計。このカテゴリーではスマートウォッチも認められる。
コメント: このカテゴリーも勝敗の行方は読みにくい。クリストファー・ウォードはこのグループのなかで一番楽しい時計だと思うし、ベダーアのエクリプスはもっとも身につけやすく、それでいてクリエイティブなデザインだ。クロノトウキョウは全体としてもっともまとまりがよく、日常的に着けやすいモデルだろう。そしてベーレンスは技術的にも意外性という点でも突出している。どれが勝っても納得できるし、奇抜な時計が多かったこのカテゴリーのなかで、彼らの存在はしっかり際立っていた。
最終的な考察
ここで紹介したのは、今年のGPHGファイナリストの一部にすぎない。全リストを確認したい場合は、今回のアワードの公式ウェブサイトを参照して欲しい。業界を代表するロレックス、パテック フィリップ、リシャール・ミル、カルティエ、そのほかのリシュモン傘下ブランド、さらにはスウォッチ グループ全体は参加していない。GPHG自体も2022年の受賞発表で「決して完璧なものではない」と認めている。年間のベストウォッチを決める決定的なアワードというより、現在のGPHGは技術革新を紹介する場として、特にインディペンデントや新興ブランドにとっては大きなマーケティングの機会となっている。
ファイナリストの時計を実際に見たいなら、GPHGが企画する巡回展示がある。スケジュールはすでにオンラインで公開されているが、残念ながら今年はアメリカでの開催は予定されていない。
残りのエントリーについては、GPHGの公式ウェブサイトを参照。
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