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Photos by TanTan Wang
2025年は狂乱の1年だった。使い古された表現だろうか? おそらくそうだろう。しかし2025年は私がHODINKEEで働き始めてから5年が経ち、時計について専門的に執筆活動に取り組んだ最初の1年でもあった。私にとって重要な年だったのだ。
オートマタを搭載したヴァシュロンの驚異的なラ・ケットゥ・デュ・タン(時の探求)の一部、アストロノマー(天文学者)。
だが、まずは1歩引いて業界全体を俯瞰してみよう。私たちが選ぶお気に入りの時計の年末総括でも指摘したとおり、2025年はマキシマリズムなウォッチメイキングへの回帰を象徴する年のようだった。そして最近の記憶にあるどの年よりも、“あいた口が塞がらない”という言葉を、より文字どおりの意味で使っている自分に気づいた。近年、私の頭のなかでは“世界三大ブランド(Holy Trinity)”という概念はそれほど大きな意味を持たないが、ヴァシュロン・コンスタンタンが同じ年に世界で最も複雑な腕時計と、オートマタを搭載した巨大なクロックを発表し、オーデマ ピゲがRD#シリーズの締めくくりとしてフライング トゥールビヨンを備えた超薄型のフライバッククロノグラフを投入してくると、なぜこれらのブランドがその地位に君臨するようになったのかを改めて思い知らされる。
同時に、A.ランゲ&ゾーネから初のミニッツリピーター・パーペチュアルカレンダーや、ブレゲの野心的なエクスペリメンタル 1など、数えきれないほどの傑作が誕生した。認めざるを得ないのは今挙げた例のすべてが、凡人には(あるいは半神半人でさえも)到底所有できないような価格設定であることだ。しかし、この狂気じみたウォッチメイキングの追求こそが、現代においてラグジュアリーウォッチブランドであることの意味を決定づけているのだ。
アントニー・デハス(Anthony De Haas)氏の手首に巻かれた、A.ランゲ&ゾーネのミニッツリピーター・パーペチュアルカレンダー。
私の友人で、高級キーボードの製作者でもあるライアン・ノーバウアー(Ryan Norbauer)氏が語る、ラグジュアリーという言葉の定義はいつも私の心に残っている。「私の考えでは」と彼は言う。「ラグジュアリーとは、この種の創造的な仕事に固有のものである、“規模の経済”の対極で活動することに伴う経済的な不安定さを解決しようとする、必然的な少量生産のビジネスモデルを通じて、芸術的に興味深くニッチな製品を可能にする条件を作り出すことなのです」と。ブランドが忘れてはならないのは、縮小しつつある顧客層を通じて利益を追求するのではなく、これこそが本質であると私は考える。ブランドの強さを語る際、私たちは伝統やレガシーについて話す。しかし50年後に今を振り返ったとき、現代のレガシーを形作るのは、まさにこうした挑戦なのだ。
それを超えて、業界全体がフル回転していた。机上ではそれはポジティブなはずだが、今年はしばしば単に過負荷として現れた。全体として、新作のリリースがあまりに多すぎたのだ。その一部はいまだにコロナ禍で遅延したプロジェクトの最後のしずくかもしれないが、業界が製品数を増やしたことで、ブランドの焦点がぼやけるという結果を招いた。ノイズが増えるほど、ブランドは本当に重要なストーリーを抽出することが難しくなり、同時に、ますます疲れを見せている顧客の関心を奪い合うことになる。
加えて、価格の継続的な上昇という、何人かの同僚がより深く取り組んでいる避けては通れない問題が重なった。それによって2025年が、ブランドたちが自ら作り出した怪物、つまり近年のハイプサイクルと均質化から生まれた問題といまだに格闘している1年だったと感じられるのも驚きではない。しかしポジティブに捉えるならば、そのノイズのなかにも、あらゆる価格帯で真にクールな時計が依然として存在していた。ただ、ブランドや時計師には、物事に集中して取り組むことが切実に求められており、2026年にはそれがより多く見られることを願っている。
サント・クロワのアトリエに居る、オートマタの巨匠フランソワ・ジュノー氏を訪ねたことはこの業界に身を置いて以来、最もクールな体験のひとつだった。
2025年、私はかなりの数のマニュファクチュールを訪れ、取材で世界中を飛び回った。レジェップ・レジェピにいたずらを仕掛けられたりもした(長くなるのでまたの機会に)。そしてこれまでの人生で最も多くの時計を見て、触れたが、昨年のハイライトはジュネーブでの取材だ。夏にヴァシュロン・コンスタンタンの本社を訪れ、7年の歳月をかけた巨大プロジェクト、ラ・ケットゥ・デュ・タンを誰よりも早く目にし、続いてサント・クロワにある伝説のフランソワ・ジュノー(François Junod)氏のアトリエを訪れたことである。
それでも私が興奮し続けているのはハイとロー(高級な価格帯と手ごろな価格帯)のコントラスト、つまり愛好家がウォッチメイキングに関わる方法の驚くべき幅広さだ。その考えは昨年訪れたボンクールにあるETA社の、スウォッチ システム51の製造施設で形づくられた。ウォッチメイキングとは何かを再考させる体験だった。それは根本的に異なる考え方と実行方法であり、手作業による仕上げや、ストーンを組み合わせたマルケトリといった骨の折れる手仕事と同じくらい、間違いなく業界に貢献しているものだ。多くの新しく斬新な取材と並行して、グラスヒュッテにあるノモスやクパチーノにあるアップルなど、なじみのある場所への再訪も果たした。ウォッチメイキングに関して言えば、たとえアプローチがまったく異なるとしても、両方の場所で真にクールなことが起きているのだ。
ル・ブラッシュにあるオーデマ ピゲを訪れた際、ブランドの創業150周年キックオフイベントで目にした、信じられないようなロイヤル オークの懐中時計。
2025年のやりたいことリストに、スウォッチ・モービルでスイスの田舎を走るなんて項目は用意してなかった。
テキサス州ヒューストンにあるアクシオム・スペース(Axiom Space)で、オメガの取材中に宇宙飛行士マイケル・ロペス=アレグリア(Michael López-Alegria)氏に会った。
プロの時計マニア(別名はHODINKEEのエディター)であるということは、多岐に渡る時計が持つストーリーを語るということである。理想を言えば、クロックのことなど考えたこともない人々や、プラスチック製の機械式スウォッチを鼻で笑うような人々に対して、なぜその両方が注目され、称賛されるべきなのかを理解してもらうためのコンテキストを提供することだ。私が時計を愛していると言うとき、それは本当にすべての時計、そしてそれぞれがもたらす価値のことを意味している。
その懐の深さこそが会話を前に進め、コミュニティの異なる隅々をつなぐ最も効果的な方法であると私は信じている。毎年が、時計が排他的なものとならないための戦いであるべきであり、それは2026年も例外ではない。新しい年の始まりと、これから生まれるたくさんの素晴らしいストーリーに乾杯しよう。
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